Facebookページ
Twitter
Youtube

試乗・解説

MV AGUSTA ENDURO VELOCE
■試乗・文:Klaus Nennewitz ■写真:MV Agusta https://www.mvagusta.com/jp ■翻訳:ノア セレン




難しい時代も過ごしたMVアグスタだが、そんな中で新たな3気筒エンジンのファミリーを展開することに成功し、さらに今回は同じエンジンでアドベンチャーモデルをラインナップするにまで至った。この構想はしばらくあったのだが、オーナーシップを巡って会社自体が安定しなかったため、なかなか形にならなかった経緯があるものの、満を持して登場となった。アドベンチャーのカタチになっても、伝説的イタリアンブランドのスポーティなDNAをしっかり継承しているのか検証する。

 
 イタリア・ヴァレーゼの名ブランドについて語る時、賞賛に続いて「でも」が発せられることが多い。その「でも」はパーツ供給であったり、カスタマーサービスであったり、あるいはニッチなマーケットに向けたプレミアム路線を突き詰め過ぎたことによるクオリティの管理であったりと多岐にわたる。これに加えてここ20年で何度も変わったブランドのオーナーシップやパートナーシップがまた、MVアグスタという名を不安定にさせてきたという面もあるだろう。その経緯はロシアのTimur Sardarov氏のファミリーが2017年にCom Star Invest社と共にMVアグスタ株の49%を保有し、そして2019年にオーナーとなった、という所でひとまず決着がついていた。

 そして今、MVアグスタはまたもや大きな転換期を迎えたのである。Pierer Mobility Group の一員であるKTMが2024年3月にMVアグスタの筆頭株主となり、新たにHubert Trunkenpolz氏がMVアグスタのCEO及びチェアマンに就任。かつてのSaradarov氏時代の関係者はまだ多く在籍しており、サンマリノの開発部門とデザインセンターは引き続き稼働中である。
 

 
 今回サルディニア島で行われた「エンデューロ・ベローチェ」発表試乗会でもう一つ気付いたことは、2008年にスペインのGASGASからMVアグスタへとやってきたBrian Gillen氏が不在だったことだ。彼はイギリスのノートンへと移ったと聞いたが、しかしMVアグスタ初のアドベンチャーモデルにはこのアメリカ人エンジニアが深く関わっており、彼の強い想いが詰まっていることだろう。

 この新たな3気筒エンジンは2019年に開発がスタートし、スポーツバイクを含めて様々なモデルに広く、そして長く使われるべくプロジェクトが進められた。この新エンジンの発表前にMVアグスタのR&Dセンターにおいて見る機会に恵まれたことを思い出す。2021年の秋、ミランのEICMAでMVアグスタは初めて大排気量デュアルスポーツバイクを発表。同時により排気量の少ないバージョンも発表したが、これは技術的にはベネリのTRK502をベースにしたものだった。この2台は1990年のパリダカでエディ・オリオーリが勝利を収めたカジバのエレファントをイメージさせるカラーリングをしており、いずれのモデルも「ラッキー・エクスプローラー」の名で発売される予定だった。
 

 
 これは当時レーススポンサーだったタバコ会社の「ラッキーストライク」を意識したものだったわけだが、バイク競技においてタバコ会社のスポンサーシップが規制をされ始めていた背景も考慮したネーミングだった。しかし同時期にドゥカティも「デザートX」で同じ歴史的背景を意識したモデルを発売してしまう。ドゥカティも当時はCastiglioni兄弟がオーナーであったカジバグループの一員であったし、ドゥカティ製空冷2気筒エンジンをラリーバイクに提供していたのだ。なおCastiglioni兄弟は当時ドゥカティの他、ハスクバーナ、モトモリーニ、そして後にはMVアグスタも傘下としていたのだった。

 今回のモデルにおいて「ラッキー・エクスプローラー」の名残は、わずかにハンドルグリップにその名が刻印されるだけにとどまり、とうとう発売にこぎつけたMVアグスタ初のアドベンチャーモデルは「エンデューロ・ベローチェ」と名付けられた。カラーリングはよりコンサバティブな展開となり、MVアグスタらしく「アゴレッド」「アゴシルバー」を採用。もちろん、「アゴ」とは「AGO」、すなわちG・アゴスティーニ。70年代にジャコモ・アゴスチィーニと共に大活躍したかつてのMVアグスタレーサーをトリビュートしたものである。
 もう一つ、MVアグスタがレース界を席巻した当時から引き継がれたものは、素晴らしい音色を発する3気筒エンジンの排気音だ。高回転域まで回した時の咆哮はシンフォニーのようで、鳥肌が立つほど麻薬的な魅力すらある。排気音の魅力で言えば世界中のバイクの中で限りなく頂点に近い位置にいるだろう。
 

 
 一方で、技術的にはどうだろう。マーケティングの人たちの言葉をそのまま受け取るならば、エンデューロ・ベローチェは競争激しいアドベンチャーカテゴリーにおいて全く新しい価値観を提供してくれるという。出力は8500rpmで124PSを、トルクは7000rpmで10.2kgmを発揮する3気筒エンジンはスーパースポーツモデルのDNAを色濃く持つもので、これをダブルループ形状のスチールフレームとボルトオンされたシートレールをもつアドベンチャー向けシャーシに搭載。フロント周りはφ48mmのZF製倒立フォークを備え、ストローク量は210mmを誇る。プリロードを調整できるスプリングは右側のフォークにのみ入っており、逆に減衰調整は左側フォークにその機能を集約。リアにはリンク式のフルアジャスタブルモノショックをセット。アルミのスイングアームに接続され、フロント同様に210mmのストロークを確保している。20L容量の燃料タンク、850mm(870mmへと調整可能)のシート高、燃料抜きの装備重量約230kgというスペックから、ライバルとなるのはトライアンフの新型タイガー900ラリーやBMWのF900GS(試乗インプレッション記事参照 https://mr-bike.jp/mb/archives/46151 )だろう。
 

 
 7インチのTFTディスプレイは4つのライディングモードに応じて表示を変える。またトラコンやエンブレ、ウイリーコントロールやABSといった機能を好みに合わせてセッティングすることも可能だ。調整機能のない大型のウインドスクリーンには幅もあるためヘルメットのバイザーを開けたままでも走れるし、風切り音が少なく耳栓も必要としないため3気筒エンジンの素晴らしい排気音も堪能できた。
 エンジンは2500rpm付近からスムーズにパワーを発揮し、そのままパワーやトルクに一切の谷を感じさせることなくレブリミットの11000rpmまでフケ切っていく。その間、どの回転域においても振動はほとんど皆無と言っていい。

 新しいエンジンはトライアンフのそれとよく似ていて、排気音の他に心地よいメカニカルノイズを発するのも魅力だ。パワーバンドは広く、ワインディングを駆け抜けるには十分以上のパンチ力をいつでも提供してくれ、そのパワーはわかりやすく後輪に伝えることができた。ミッションタッチも良好のためシフトはスムーズ、加えてクラッチの繋がるポイントがとても明確で、高めのギアで進入したコーナーが思いのほか曲がり込んでいたとしても、モトクロスでするように一瞬クラッチを滑らせれば素早いコーナー脱出が楽しめた。事実、エンデューロ・ベローチェはオンロードで素晴らしい走りを見せてくれ、MVアグスタでは「ブレード」と呼んでいるフロント21インチホイールという設定でありながら、実績あるブリヂストンのバトラックスタイヤとの組み合わせのおかげでアスファルトをライダーの意思通りになぞっていくことができた。ただ、サルディニアのワインディングロードでスポーツバイクを追いかけ始めると、19インチのほうが良いかな、と思わせられることもなくはなかった。
 

 
 オフロードにおいてのエンデューロ・ベローチェ「ファスト・エンデューロ」は、高山の砂利道の先にある山小屋、あるいはビーチまで安全にライダーを運ぶという意味では良い仕事をしてくれる。他のアドベンチャーバイクが走って到達できるポイントなら、エンデューロ・ベローチェも難なく行き着くことができるだろう。一方でよりハードなオフロード走行を希望するならば、MVは必ずしも「レディ・トゥ・レース」ではない、ということも心に留めておきたい。
 その理由は主にエルゴノミクスによるところだ。ステップは比較的前方に位置しかつポジションも高めであり、例えシートを高い方の870mmに設定してあったとしても膝の曲りは強めの設定。それに対しハンドルは手前に引かれており、スタンディングポジションをとった場合はオフロードを積極的に攻めるようなラリーポジションとはならず、車重もあるエンデューロ・ベローチェをデコボコ道でハイスピードで走らせるのは難しいと感じた。ただ、そもそもエンデューロ・ベローチェはオフロードにおいて他車と勝負しようとは思っていないのだ。MVアグスタとしても想定走行シーンはオンロードが70%、オフロードは30%としているし、エンデューロ・ベローチェはストリートでこそ活き、多くのライダーに笑顔をもたらすモデルなのだ。
 

 
■結論
 エンデューロ・ベローチェはアドベンチャーカテゴリーをさらに面白くしてくれる一台であり、Pierer Mobility Groupは当初計画されていた550ccバージョンのように立ち消えさせることなく、しっかりと実現してリリースにこぎつけたことがとても嬉しい。「ハイヒールを履いたスーパースポーツモデル」として、この3気筒のアドベンチャーモデルはオンロードによるダイナミックな走りや長距離のツーリングが最も楽しめるシチュエーションとなるだろう。エンジンは非常に魅力的だし、ウインドプロテクションの優秀さやシャーシの包容力による快適性はあらゆるオンロードシチュエーションで活き、また無理にハイスピードを求めさえしなければオフロードも十分にこなしてくれる。

 プレゼンテーションでは22,000~24,000ユーロ(約3,710,000円~約4,050,000円)というヨーロッパでのプライスが発表された。ハイクオリティな作り、究極のクラフトマンシップ、各種装備と絶対性能によりこの価格設定となったのだが、しかし他でまだ一般的ではない装備と言えばローンチコントロールぐらいしか思い当たらない。非常に魅力的なモデルではあるものの、MVアグスタ初のアドベンチャーバイクは「メイド・イン・イタリー」というブランドを掲げているとはいえ、果たしてこのプレミアム価格で成功を収められるのかは……市場の反応を待つしかあるまい。
(試乗・文:Klaus Nennewitz、写真:MV Agusta、翻訳:ノア セレン)
 

 

エンデューロ・ベローチェの3気筒エンジンは931ccの排気量を持ち、120度クランクを採用する。出力は10000rpmで124PS、トルクは7000rpmで10.2㎏mを発揮。ハンドリングを追求した結果クランクシャフトは逆回転しており、このためバランサーシャフトを兼ねる中間シャフトを採用してギアボックスへと動力を伝えている。プレーンベアリングで支持されるクランクシャフトと中間シャフトは、フロントアクスルとほぼ同じ高さでクランクケース内に位置し、通常の湿式クラッチによってエンジン右側から外すことが可能のカセット式ミッションへと繋がっている。完全新設計のアルミクランクケースはケース内にオイルタンクを内蔵するドライサンプ方式で、シリンダーは上側ケースと一体となっている。エンジンの全体の370mmという幅は3気筒としてはかなりスリムと言えるだろう。

 

2本のカムシャフトはエンジン左側のカムチェーンによって駆動され、バルブはバケットにシムを内蔵する直打式、インテークバルブの径は31.8mm、エギゾーストは26.7mmに設定され、それぞれシリンダーに対して11°と12°の開き角としている。吸気はライドバイワイヤーによって3つのφ47mmスロットルバルブが制御される。冷却システムも効率化され、クーラントはエンジン前方から直接シリンダー壁へと供給されるようになった。エンジン単体の重量はスロットルボディも装着した状態で57kgとされ、ライバルの2気筒ユニットと数kgしか変わらない軽量なものに仕上がっている。

 

●MV AGUSTA ENDURO VELOCE(欧州仕様) 主要諸元
■エンジン種類:水冷4ストローク直列3気筒DOHC 4バルブ ■総排気量:931cm3 ■ボア×ストローク:81.0×60.2mm ■圧縮比:13.4 ■最高出力:91kW(124PS)/8,500rpm ■最大トルク:102N・m(10.2kgm)/7,000rpm ■ 全長×全幅×全高:2,360×980×–mm ■軸間距離:1,610mm ■シート高:850 / 870mm ■車両重量:224kg ■燃料タンク容量:20L ■変速機形式:常時噛合式6 段リターン ■タイヤ( 前・後):90/90-21・150/70-R18 ■ブレーキ(前・後):油圧式ダブルディスク(ABS)・油圧式ディスク(ABS) ■懸架方式(前・後):テレスコピック・スイングアーム ■メーカー希望小売価格(消費税込み):未定

 



| MV AGUSTAのWEBサイトへ |





2024/06/17掲載