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2019年のMotoGPクラスルーキー勢が粒ぞろいであることは、開幕前のプレシーズンテストから何度も記してきたが、彼らの高い資質はシーズンも終盤になってますます広く周知されるようになった。たとえばTeam SUZUKI ECSTARのジョアン・ミルの高いポテンシャルは、第16戦日本GPのレース中盤以降に優勝者と同じようなラップタイムで周回し続けていた、という事実を見れば一目瞭然だ。しかも、この選手がMoto3クラスへフル参戦を開始したのは2016年。世界選手権デビュー4年目で、最高峰クラスのシングルポジションを争っているのだ。第15戦タイGPでは、サマーブレイク後のブルノ事後テストの際に負傷した肺の影響でレース後半に苦戦を強いられた、といいながら、それでも7位である。日本GPが行われたツインリンクもてぎで、そんな彼からたっぷりと話を聞かせてもらってきた。では、さっそく本題に入りましょう。
■インタビュー・文:西村 章 ■写真:Suzuki


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「ブリラムの決勝後に、レース後半がキツくて苦労した、と言ったことを覚えてる? だからタイGPが終わるといったん家に戻って回復とトレーニングに励んでいたんだ。これから3連戦だから、それがベストの方法だと思ったんだよね」
-ということは、もう一度時差ボケを調整しないといけないわけですね。
「うん。つらいけど、まあしようがないよ」
―さて、いよいよ2019年の終盤戦ですが、開幕当初、とくにカタールGPは非常にいい形で走り出しましたね。その後は山あり谷ありのシーズンだったと思いますが、ここまでの自己評価はどうですか?
「ルーキー。そのひとことに尽きるよ。リザルトだけを見れば、紙の上ではいい数字が並んでいるし、トップセブンやトップシックスで終えたレースもいくつもある。でも、ミスもたくさんしているし、転倒も何度もある。アルゼンチン(第2戦)ではタイヤに課題を抱えてリタイアした。ブルノ(第10戦チェコGP)では転倒し、事後テストではケガをしてしまった。ルーキーイヤーだから、いろいろある、ということかもしれないけどね。でも、バルセロナ(第7戦:6位)やザクセンリンク(第9戦:7位)でいい走りをできた、ということが大事で、その前後のレースでもドゥカティ勢を相手に5番手や6番手のポジションを争うことができた。ブルノの事後テストでケガをして2戦欠場したけど、復帰後のミザノ(第13戦サンマリノGP)は8位でゴールした。次のアラゴンは1周目でオーバーランしてしまい、それで大きく損をしたけど、その後のラップタイムは上々だった。で、タイでは7位だった。
Joan Mir
ジョアン・ミル(Joan Mir):1997年9月1日生まれ。スペイン出身。2015年オーストラリアGPのMoto3クラスで世界戦デビュー。翌年、同クラスをKTM でフル参戦(1勝・ランキング5位)、2017年はホンダでチャンピオンを獲得(10勝)。2018年のMoto2クラス(ランキング6位)を経て、今シーズンMotoGPクラスデビュー。第16戦・日本GP終了時点でランキング13位。好きなコースはオーストラリア のフィリップアイランド。
 安定して走れてはいるけど、いろんなことがあって自分のポテンシャルを充分に発揮しきれていないんだ。そこがまだ僕には足りないところだね。時間と運があれば、表彰台を争えると思うんだけど。今年の後半戦でしっかりがんばれば、来年は上位を争えるようになると思う」
Joan Mir
Joan Mir
ロサイル・サーキットで行われた開幕戦カタールGP。ナイトレースとなるこのデビュー戦を8位でフィニッシュ。※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。
-今季ここまでのレースリザルトは、自分で予想していたのと比べてどうですか?
「思っていたよりずっといい。初年度はまずトップ15を目指しながら、シーズン終盤に10番手争いをして、次の年にはもう少し目標を引き上げてトップファイブ、と考えていた。でも、今年の開幕戦ではいきなりトップグループについていって、8位でゴールできた。だから自分の予想を遙かに上回っている。でも、自分としてはいつももっと上を狙っているんだけどね」
-いい走りをすればするほど、さらいい結果がほしくなる、というわけですね。
「そうそう」
-今年はMotoGP初年度なので、学ぶべきことがたくさんあると思います。タイヤの温存や使い方、電子制御、バイクの特性もMoto2やMoto3とは大きく異なっているでしょうし、予選フォーマットも去年のMoto2時代とは全然違います。この最高峰クラスに、どれくらい慣れることができましたか?
「だいぶMotoGPに慣れてきたと思う。今の問題は、速く走るために必要なことをまだ充分に理解できていない、というところなんだ。たとえば、月曜の事後テストでは、レースウィークの経験がある分だけ、いつもレースより圧倒的に速いタイムで走ることができる。その事実が、今のぼくの課題をよく表しているよ。今の自分たちに足りないのは、僕が速く走るための方法を僕自身とスズキが理解すること、なんだと思う。それが、スズキに必要な僕に関する経験で、僕自身もスズキの経験を積み重ねることで今後獲得していくべきものなんだろうね」
Joan Mir
バルセロナで行われた第7戦カタルニアGP。現在のところデビューイヤー最高位となる6位フィニッシュ。
-MotoGPに順応するうえで、もっとも難しいことは何ですか?
「いちばん難しいのは電子制御だね。かなり難しいんだけど、どんどん使っていくうちに、僕の場合はあまり効かせない方向にしたほうがいいことがわかってきたんだ」
-制御は何に苦労をしているのですか?
「苦労はしていないよ。難しいと思うけど、苦労しているわけじゃないんだ」
-今シーズン、日本GPまでのMotoGP15戦……というか13戦ですね。2戦を欠場しましたから。ここまでのレースで、どういうことを学びましたか?
「ものすごくたくさん学んだけど、〈はやく立ち直ること〉の大切さはすごく重要だね。うまくいかないときでも、さっさと気を取り直してやり直すんだ。今年は本当に厳しくて難しいシーズンで、ブルノのときみたいに負傷もしてしまった。でも、ベッドから起き上がれるようになると、一週間後にはもうジムでトレーニングを開始していたよ。バイクに乗れない時間が長かったけど、復帰緒戦のミザノでは8位でゴールできた」
Joan Mir
テストでのケガによる欠場を経て、第13戦サンマリノGPに復帰、8位。
-それでかなり自信を取り戻せましたか。
「うん。それだけの力が自分にあるとわかったわけだから、すごくハッピーだったよ。この調子でいけばもっといい結果を獲得できる、と思うこともできた」
-チームメイトのアレックス・リンス選手からは何を学びましたか?
「たくさん学んだよ。アレックスは面白いライディングスタイルで、独特なんだよ。このバイクで3年走っているから、どう乗ればいいかもよくわかっている。テレビ画面をみていてもわからない種類のことなんだけど、彼はあまり速く走っているように見えなくても、すごく速いんだ。落ち着いて走る、というところにカギがあるんだろうね。僕とは違ったタイプのライダーだ。僕の場合はもっとアグレッシブだから。僕はかなりバイクを振り回すけど、アレックスは落ち着いて走っている。だから、僕ももっと冷静に走るようにしなきゃいけない。そこがアレックスから学んだことだね。
Joan Mir
Joan Mir
チームメイトのアレックス・リンスは第3戦アメリカズGPと第12戦イギリスGPでスズキに優勝をもたらした。
 重要なのは、シーズンの走り出しと締めくくりで、僕たちがどのあたりをどんなふうに走っているか、ということだと思うんだ。シーズン終盤になって、僕はアレックスにかなり追いついている。ミザノではアレックスと争ったし、アラゴンでもバトルをした。タイでもアレックスと戦ったよ。それが大切なんだ。同じバイクに乗っているチームメイトと、互いに切磋琢磨すること。スズキが僕たちに求めているのは、そういうことだと思う。

 もちろん、ミザノやアラゴン、タイのレースは、スズキにとってベストのレースではなかった。いつも上位で切磋琢磨しあうには、まだちょっと時間がかかる。もうまもなくだと思うけどね」

-あなたのレースキャリアを振り返ってみると、じつはまだ世界選手権4年目なんですよね。2016年にMoto3クラスへ参戦し始めたとき、4年後にMotoGPライダーになっているなんて想像できましたか?
「まさか。そんなことあり得ない、と思っていたし、何もかもがあまりにあっという間だった。Moto3のフル参戦初年度に表彰台を獲得して優勝し、2年目にチャンピオン。次の年がMoto2で5戦目に表彰台。そしてその次の年がMotoGP。ウソみたいだよ。でも、どの年も僕はずっと高い戦闘力を発揮してきた。今年のMotoGPでもね。それはすごく誇りに思っている。
Joan Mir
Joan Mir
Moto2にもう一年とどまってチャンピオン争いをしたかった、という気持ちも、もちろんある。きっと達成できるという自信もあったしね。でも、スズキと契約するチャンスがあったから、こっちのほうを選んだんだ。あそこで昇格をしておかなければ、MotoGPへ上がるまでにはさらに2年待たなければならなかった。だから、今がチャンスだと思って昇格したんだ。それでよかったと思っているよ」
-MotoGPに昇格する最高のチャンスを活かしたわけですね。
「そのとおり。いくつか選択肢はあったんだけど、本能が〈スズキへ行け〉と告げたんだ。だから、その本能の声に従った。他の選択肢も条件はすごく良かったんだけど、でも、ほら、あのケビン・シュワンツのようにいつか自分もなりたい、と思ったんだよね。レース人生をひとつのメーカーで過ごして、そのメーカーの代名詞的存在になる。自分もそうなれればいいなと思うけど、でもそれについては、いつの日か実現できた日に話そうよ。まだその段階じゃないし、今の目標は、来年にもう1台のスズキとチャンピオン争いをすることなんだ」
-2016年にあなたが世界選手権を走り始めたとき、マルク・マルケスはスーパースターで、ホルヘ・ロレンソが世界チャンピオン。バレンティーノ・ロッシはすでに伝説的存在でした。そんな彼らといま、一緒にレースをしているわけですが、開幕戦のカタールの時は、どんな気持ちでしたか?
「すごくうれしかった。最高だったよ。だって、テレビで見ていたバレンティーノカラーの黄色や、マルクカラーの赤が自分の目の前にいるんだよ。『自分はいま彼らと一緒にいて、この目でそれを見ているんだ』と思うと、すごく幸せな気分だった。しかもマシンが接触するくらいの距離で争っていたんだ。いい気分だったね」
Joan Mir
-緊張しませんでした?
「走り出してしまうと、べつにそうでもなかった。でも、開幕戦のカタールで、走る前はすごく緊張した。レースの最中は、今も昔も緊張したことがないんだ。でも走り出す前は、人生最高に超絶緊張したね」
―先ほどは、4年前にはMotoGPライダーになっているとは想像もしなかった、と言っていましたが、では、今から4年後に自分がどうなっているか想像はできますか? 世界チャンピオンになっているでしょうか。
「かもね。だって、僕がここにいるのは、ずっとグリッドに並び続けることが目的じゃなくて、チャンピオンになるためなんだから。その気持ちがなくなったら、家に帰るよ。自分に強い気持ちがないと気づいたら『オーケイ、ダビデ。ぼくはもう速く走れないから家に帰る』って言うだろうね。だから、あと数年以内にチャンピオンを獲得したい、と思っているんだ」
-今年は、ファビオ・クアルタラロ選手が非常に高いパフォーマンスを発揮して、何度も優勝争いをして表彰台に上っています。彼のそんな姿を見て、不安や不満は感じますか? あるいは、まったく気にならない?
「全然気にならないよ。正直なことを言って、不安も不満もまるで感じないんだ。彼はヤマハへ行くと決めた。僕はスズキへ行くと決めた。今年のヤマハ勢は全員が高いパフォーマンスを発揮していて、ファビオもヤマハのバイクですごく速く走っている。でも、僕は気にならないな。2016年に僕がMoto3でフル参戦を開始したとき、僕とファビオはチームメイトだった。次の年にファビオはMoto2にステップアップして、少し苦戦傾向だった。次の年は僕がMoto2にステップアップして、ファビオはMoto2の2年目。つまり、彼にできることなら僕にもできる、ということだ。あと、忘れちゃいけないのはペコ・バニャイア。彼もすごくいいライダーだけど、いまはドゥカティで苦戦をしている。苦戦をしているからといって、ペコがファビオよりレベルが低いわけじゃない。だって、去年、ペコはMoto2のチャンピオンを獲得しているんだから。
要するに、ファビオとヤマハの組み合わせがうまく力を発揮している、ということなんだよ。ホルヘとヤマハの組み合わせも力を発揮していた。でも、ホルヘとホンダは噛み合っていないみたいだね。このスポーツでは、バイクの力が50%でライダーが50%なんだ。スズキはいいバイクで、高い戦闘力を備えている。でも、僕がファビオのように走るためには、まだちょっと時間が必要だ。1年でできるかもしれないし、2年かかるかもしれない。こればかりは誰にもわからないよ。でも、ひとつハッキリしているのは、僕もメーカーも全力でがんばっている、ということだ。僕たちはいつかトップ争いをできるし、それはペコにしても同様だ。僕たちは、ファビオとバトルすることになるだろうね。
Joan Mir
ひょっとしたら、今は圧倒的な速さを見せているファビオだって、ある日いきなり苦戦し始めるかもしれない。だから、僕はファビオのことは気にならないし、ペコのことも気にしない。気になるのは、自分のことだけだよ。自分以外で誰か気にしているライダーがいるとすれば、それはマルクだけだね。僕たちはトップとの差を詰めなきゃならない。それがマルクであれファビオであれバレンティーノであれ、見ているのはトップにいる選手ただひとり。それだけなんだ」
-あなたの最大の武器は、高度な安定感だと思います。それを武器に、Moto3の2年目にチャンピオンを獲得しましたよね。だから、来年はもっと水準の高い走りを披露しているのではないですか?
「来シーズンは楽しみだね。高い水準で走れるようになっていると思う。冬の間にがんばればね。冬の間もトレーニングするのは好きだから、今シーズンにたくさん学んだことをしっかりと活かして努力すれば、来年は結果を出せると思う」
-先ほどあなたが言っていたように、ライダーとバイクの関係が50/50、あるいは60/40かもしれませんが、いずれにせよ、スズキのバイクはルーキーがMotoGPに順応していくためにとても乗りやすいバイクなのではないですか?
「どうかなあ。状況次第だと思う。アレックスは初年度に苦労していたからね。でも、2年目にはここ日本でも速さを発揮していたよね。外から見る限りだと乗りやすいマシンのように思えるかもしれないけど、たとえばイアンノーネだって1年目には苦労していた。要するに、バイクはその乗り方を理解して習得しなきゃいけない、ということなんだ。そのために必要なことが、経験。マーヴェリックやアレイシだって、最初の年には苦戦していたけど、2年目はすごく速かった。だから、スズキは1年目には苦労するバイクなのかもね」
Joan Mir
-つまり、あなたに足りないモノは経験である、と。
「うん」
-では、スズキのバイクに足りないモノは何でしょう?
「何も。スズキに必要なモノは何もないよ。速さを出せるオースティンとシルバーストーンは、アレックスがバツグンの走りで勝ったしね。まあ、ニューパーツはいるかもだけど」
-スズキはトップスピードが足りない、という人もいますが。
「僕はそうは思わないな。ヤマハの場合はそうかもしれない。彼らと比較すると、ぼくはタイでバレンティーノを直線でオーバーテイクできたからね。ドゥカティと比べれば確かに僕らもトップスピードは足りていないけど。でもその他と比べると、表彰台も獲っているからそんなに差はないし、僕たちは全体的にいい方向へ進んでいると思う。ただ、低速コーナーでのリアのグリップはもう少しほしい。ホンダやヤマハは悪くても5位あたりだけど、ぼくたちの場合は悪いときは8位とか10位だから、安定感という意味では、そこは改善すべきところだろうね」
-シーズン終盤の目標を教えてください。
「表彰台を獲得すること。シーズン終盤のレースでトップファイブを達成し、最終戦で表彰台に上がれれば最高だね」
Joan Mir
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはMotosprintなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。

[長島哲太に訊くへ]

2019/10/25掲載