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試乗・解説

MT-09のカウル付から、 本格アドベンチャーへの脱皮! YAMAHA TRACER9 GT
活発な3気筒エンジンを持つMT-09だが、そのトルクフルでもある特性はツーリングにも活かせるはず、とカウル付のツアラー版「トレーサー」が投入されたのは2018年。そのトレーサーがMT-09のモデルチェンジに合わせ888cc化&ニューフレームを獲得。ロングスイングアームとすることによって、よりアドベンチャーモデルらしくトレーサー9 GTとして登場した。
■試乗・文:ノア セレン ■撮影:渕本智信 ■協力:YAMAHA https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/■ウエア協力:アライヘルメット https://www.arai.co.jp/jpn/top.html、KADOYA https://ekadoya.com/




フェーザーの仲間からテネレの仲間へ

 トレーサーというバイクは、ちょっとその立ち位置が独特だったのではないだろうか。モタード的要素さえも持っているMT-09の派生モデルという時点でアドベンチャーとは対極にあるような生い立ちのハズなのに、それでもちゃんと快適なツーリングマシンとしての装備が充実していた。アップハンドル、十分な防風性を提供するカウル、快適なシート&タンデムシート、荷掛けフックの類などツーリング向けの設定もあり、なんとなくカテゴリーとしてはやっぱり「アドベンチャー」に入れられていたのだろう。
 しかしこれにはちょっと違和感がある。いわゆるアドベンチャーはいざとなったらオフロード走行も多少はこなす、といったアピールがあると思われるし、だいたい各社アドベンチャーモデルというのは最先端の装備が遠慮なく投入されたフラッグシップであることが多い。車格も堂々としていて畏怖の念を抱かせる部分があり、また価格も150万円近辺から上が一般的と言えるだろう。
 

 

 その点トレーサーはロードモデルベースであることがわかるコンパクトさや軽さ、またアドベンチャーとしてはシンプルな構成が人気だったハズ。もちろん、約113万円~という価格もハードルを下げてくれており、この点でもライバル各社の「アドベンチャー」とは違ったのではないだろうか。むしろトレーサーは「優秀なツアラー」という位置づけで、ヤマハで言えばかつてのFZ1フェーザーといった、スポーツツアラーというカテゴリーだったように思うし、そんな立ち位置を好むファンも多くいた。
 しかし新型トレーサー9 GTはかなりアプローチを変えている印象。鋭い目つきや堂々としたカウルによるところもあるだろうが全体的に車格が大きくなった感があり、車体の姿勢を把握しトラコンやスライドコントロール、リフトコントロール等を制御する6軸IMUを搭載、サスペンションもKYB製電子制御を投入するなど大幅なアップグレード。サイドケースを取り付けるためのダンパー付ステーを備え、独創的な2眼メーターなどでも新しさをアピールし、いわゆるフラッグシップ的なアドベンチャーモデルとして(価格も)進化したと感じさせるのだ。新型のトレーサー9 GTはかつてのテネレ1200のような説得力を持っていて、これまでの「MT-09のカウル付版」という感覚から方向転換したと言えるだろう。
 

 

最先端「フラッグシップ」

 
 こういった最先端の各種装備を手に入れ、かつ車体も先代よりも専用設計とした部分が多く、近年の注目カテゴリーであるアドベンチャーモデルへ本格アプローチしたことで、トレーサー9 GTはもはやヤマハラインナップにおけるフラッグシップになったように思う。そう感じたのは、スペックや技術的な部分だけでなく、フレームの変更が「トレーサーありき」ということだからだ。MT-09の派生版がトレーサーなのではなく、それが逆転してトレーサーの派生版がMT-09、という見方もできるのだ。

 先代までのモデルではフレームピボット部はスリムで、ピボット部を挟み込むようにスイングアームが接続されていた。剛性的にはかなりしなやかな作りであり、だからこそ大排気量でもモタード的しなやかさが生まれ、それがまたMT-09の魅力でもあっただろう。しかし新型ではフレームピボット部をワイド化し、スイングアームをその間に納めるという、より一般的なロードモデルのような設定に変えている。これだけではないだろうが、フレームの各種設定変更によりその横剛性はなんと50%アップしているというのだから驚く。
 この変更により直進安定性を大幅に向上させたという。というのは、トレーサーに左右及びトップケースという3パニアを取り付け、さらにその状態でタンデムによりハイスピードツーリングをするような、欧州で実際に考えられる使い方に対応したという都合があるのだ。
 今回のモデルチェンジはユーロ5規制に対応するということももちろんあるが、トレーサーの本格アドベンチャー化、そしてフラッグシップモデル化という意味合いも強かったのだろうと感じさせられた。
 

 

上質でジェントル

 今回、スイングアームがMT-09よりも長いトレーサー9 GT専用品となり車格もひと回り大きく感じるのだが、実際にまたがると足着きも悪くなくポジションもナチュラル、アドベンチャーモデルとして捉えるならば比較的コンパクトな部類だろう。
 エンジン本体の設定はMT-09とまるっきり同様で電子制御の類が専用である以外、ハード部分についてはトレーサー9 GTのためだけに専用にした部分はないという。しかし走り出すとかなりマイルドに感じるから不思議だ。エンジンはパワーもトルクもそれぞれの発生回転数も同じ。さらにミッションの設定までまるで同じ。車体ではキャスターやトレール値も同じ。ということは、違いは先ほどの長くなったスイングアームと、約30kg増えた車両重量だけということなのだが、感覚としてエンジンは低回転域を増強したトルク型に思えたし、ミッションもロングに感じ、まさにツアラー的味付けを感じることができた。
 裏を返せばMT-09的活発さは影を潜めている。MT-09のような「開ければ即フロントが離陸したがる!」といったエキサイティングさは上質さに置き換えられており、いつでも安定して地面を捉えつつ、それでいてやたらと速い。コンセプトに「何もあきらめたくない(妥協したくない)ベテランライダーへ」という言葉があり、また刺激と快適さの両立、とも語られていたが、まさにその通りだろう。上質になっているとはいえMT-09のパワフルなエンジンはかわらず刺激的な部分もあり、ノンビリとツーリングして辿り着いた気持ちの良いワインディングでは十分スポーティな気持ちにも応えてくれるパフォーマンスを持っている。
 

 

 車体はMT-09に比べるとかなり大柄に感じるものの、一般的なアドベンチャーモデルほどの威圧感(?)のようなものはなく、積極的な気持ちで振り回そうという楽しみ方にも応えてくれる。トレーサー9 GTはMT-09とは違った、より強度の高いエンジンハンガーを採用するなど細部では差別化された部分もあるのだが、それは上質さを提供してくれているのだろうが逆に楽しさを犠牲にしていると感じる部分もなく、その気になればMT-09らしい活発な気持ちで接することができるのは変わりない。ただ、長いスイングアームや増やされた重量といった部分に加え、タイヤもよりツーリング向けのものが純正装着されているということもあり、やはり全体的な印象は流しても飛ばしても「上質でジェントル」と一貫したものだった。
 

 

電子制御サス・コーナリングライト・グリップヒーター・そして値段

 アドベンチャーモデルは「便利機能全部乗せ」「ライダーを徹底サポート」といった至れり尽くせり感も魅力の一つ。国内に導入されるトレーサー9 GTはライディングモードやトラコン、ABS、6軸IMUなど最先端の車体制御技術に加え、上級モデルだけに備わるKYBの電子制御サスもついているバージョンだ。今回のサーキット走行だけではその恩恵をあまり感じることができなかったのが正直なところだが、こういったツーリングモデルで出くわすことも大いに考えられる荒れた舗装路などでは強い味方になってくれるだろう。

 また昼間の試乗ではわからなかったがコーナリングライトも、説明動画を見る限りかなり有効な新機能に思える。長距離も走るツアラーなら街灯もない真っ暗なシチュエーションを走ることも考えられるわけで、その説明動画中にバンク中にコーナーの先を明るく照らす様はとても安心感が高く感じた。グリップヒーターの標準装備はこのカテゴリーではマスト。欲を言えば、20万円ほどプライスアップしたのだからETCも付けてくれれば、ツーリングライダーはありがたかったと思うが、それは今回オプション設定となっている。
 

 

オジサンになり切りたくないオジサンへ

 アドベンチャーモデルはバイク選びにおいて「アガリ」感が強いカテゴリーだろう。酸いも甘いも知り尽くしたライダーにとって、やっぱりツーリングもできて、タンデムもできて、荷物も積めて、ワンタンクの航続距離が長くて、快適で速くて、そして所有欲も高いアドベンチャーモデルは魅力的だ。しかし一方でその「賢い選択肢」にたどり着けてしまっている(かつそういったフラッグシップモデルを購入できる経済力のある)ライダーは概ね「オジサン」と呼ばれる年齢に差し掛かっていることも多いかと思う。

 トレーサー9 GTも今回のモデルチェンジでこのカテゴリーにだいぶ歩み寄ったと感じているわけだが、その先鋭的なルックスや活発な性格、振り回して楽しみたくなるコンパクトさや独創的な3気筒エンジンなどから、アドベンチャーカテゴリーと呼びたくなる完成度ながら、なぜか「アガリ感」「オジサン感」は少なく感じるのだ。酸いも甘いも知った上で、こんなバイクが万能で最高だ! と知ってはいるが、それでものんびりと走るだけでなくスポーツマインドや積極的にバイクの動力性能を楽しむようなアクティブな心が残っているようなアツいライダーにこそ響くモデルではないだろうか。

 快適なツーリングがしたい。
 峠道では元気に楽しみたい。
 仲間の大排気量車に引けを取りたくない。
 他と違う、何かカッコ良くて面白いモデルが欲しい。
 賢い選択肢だけれどそこに若々しさも欲しい。
……そんなライダーに薦めたくなるトレーサー9GTである。
(試乗・文:ノア セレン)
 

 

ライダーの身長は185cm。写真の上でクリックすると両足着き時の状態が見られます。

 

888ccへと排気量アップし120馬力を獲得しながらもエンジン重量は逆に軽量化。マフラーは以前よりも早く3本を集合させキャタライザーへと排気を導く設定。ユーロ5規制に対応させている。

 

MT-09同様に軽量な新作「スピンフォージドホイール」を採用。トレーサー9 GTではKYBの電子制御サスペンションが付く。ブレーキはMT-09で特に素晴らしいと感じた部分だが、トレーサーでは重量増によるところなのか、MT-09ほどのガッチリ感は少なくむしろコントローラブルでツアラー向けの設定に感じた。

 

MT-09との大きな違いは専用のロングスイングアーム。これにより直進安定性を確保しているのだが、車体の落ち着きは向上していてツアラーテイストに大きく貢献していると感じる。タイヤはブリヂストンのS22を装着するMT-09に対して、こちらは最新作のツーリングタイヤT32をいち早く採用。
先代モデル以上に腹下へとうまく収納したサイレンサーはコンパクトな車体の印象に貢献。駐車場などで誤って触れて火傷してしまうなどということも避けられる良い設計に思う。しかし排気音はそれなりに大きく、またトレーサーはカウルがあるせいかその排気音がカウルに反響してライダーの胸の前で渦巻く感覚もあった。トリプルサウンドは官能的だが、長距離ツーリングを考えるともう少し静かでも良かったか? トレーサーはセンタースタンド純正装着。
近年のネイキッドモデルはタンデムシートを簡略化する傾向だが、トレーサーではアドベンチャーモデルらしくしっかりとした座面積を確保。タンデムも荷物の積載も容易だろう。ライダー側のシートは高さを2段階に調整できるのだが、出荷時の設定ではいくらか前方に座ることを強いられる感もあり、もう少しフラットで座る位置を限定しない方がより多様なライダーに対応できそうな気がする。もう一方の高さ設定にしたならばそこら辺は変わったかもしれないが、その検証は時間の都合で次回に譲ることになった。

 

MT-09の14Lに対してこちらは18Lの容量を確保するタンク。長距離ツーリングの味方である。油種はハイオク。
カウル中央の目のようなツリ目ライトはコーナリングライトであり普段は点灯せず。ヘッドライトは左右の小さなLEDで、YZF-R1などと同じような構成。左右でそれぞれハイビームとロービームとなっている。スクリーンは内側のレバーを握ってグイッとワンモーションで上下できるシンプルで機能的な設定。

 

YAMAHA TRACER9 GT Specification
■エンジン種類:水冷4ストローク直列3気筒DOHC4バルブ ■総排気量(ボア×ストローク):888cm3(78.0×62.0mm)■最出力:88kW(120PS)/10,000rpm ■最大トルク:93N・m(9.5kgf・m)/7,000 rpm ■全長×全幅×全高:2,175×885×1,430mm ■軸距離:1,500mm ■シート高:810 / 825mm ■車両重量:220kg ■燃料タンク容量:18L ■変速機形式:常時噛合式6段リターン ■タイヤサイズ前・後:120/70ZR 17M/C・180/55ZR 17M/C ■ブレーキ(前/後):油圧式ダブルディスク/油圧式シングルディスク ■メーカー希望小売価格(消費税込み):1,452,000円


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2021/09/03掲載