カタール2連戦目のドーハGPは、様々な話題が詰まったレース、という意味で非常に〈MotoGPっぽい〉1戦になった、という印象が強い。
まずはトップ争いから。
今回の優勝はファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)。2位にヨハン・ザルコ(Pramac Racing/Ducati)、そして3位にルーキーのホルヘ・マルティン(Pramac Racing/Ducati)。マルティンが最高峰2戦目にもかかわらずポールポジションを獲得し、決勝でも終盤までトップを快走する姿は、「どうかしたらこのまま最後まで行ってしまうのではないか……!?」という勢いも漂わせていた。だが、結末からいえば、さすがにレース巧者のザルコとクアルタラロがそのままにはしておかなかった、という展開になった。
それでも、マルティンが最高峰クラスデビュー2戦目でここまで堂々とトップを争う姿は、逸材登場、という感を抱かせる。
ポールポジション獲得後には「予選の目標は上位3列のトップナインだった。予選の走行前にはチーフメカニックに『0.3秒詰めることができる』と話したけど、まさかポールを取れるとは思わなかった。でも、今日はまだ土曜で、厳しいのは明日の日曜。そう簡単にトップを走らせてくれないのはわかりきっているので、目標は勝つことじゃなくて、あくまで学習をすること」と謙虚なことばを述べたのだが、この謙虚さがかえって彼のライダーとしての器の大きさも感じさせる。
決勝で3位に入った後には、次のように述べた。
「レースではペースをしっかりコントロールできた。集中力も維持できたし、タイヤマネージメントも改善できた。ファビオに抜かれたときにはしっかりついて行こうと思ったけど、その後にヨハンにも抜かれてしまった。ヨハンとぼくは同じチームでも課せられている役割が違うので、3位に入れたことは100パーセントハッピー」。
いずれにせよ、今回のトップ争いで得た自信が今後の走りに結実していけば、次戦以降も面白い存在感を発揮してくれそうである。いずれにせよ、彼が優れた才能の持ち主であることは間違いない。
レースで優勝を飾ったクアルタラロは、前戦でのヴィニャーレスと合わせればヤマハファクトリーのカタール2連覇、という格好である。去年もヤマハはシーズン初頭の2戦(スペインGPとアンダルシアGP)をともに1-2フィニッシュで飾っているのだが、以後の戦いでは、例のエンジンバルブ問題に加え、ライダーたち自身の不安定さも加わって、かなり厳しい戦いを強いられることになった。
しかし、開幕戦でのヴィニャーレス同様、今回のクアルタラロも落ち着いた走りを続けてじわじわと順位を上げて優勝を飾り、メンタル面での成熟を強く感じさせるレース内容になった。そこが、昨年との大きな違い、といえるだろうか。
昨年のクアルタラロは、いちど中段グループに呑み込まれてしまうと、抜け出そうと焦るあまりに転倒で終わってしまうか、あるいはもがくことでさらに事態を悪化させてポジションを落とす、という展開がたびたび見受けられた。開幕戦の際にも、その面で大きく成長を遂げることができていることに自ら触れて「今回は5位で終われて上々」と話していたが、第2戦の今回は、さらにしたたかに走り抜いて優勝を達成した。ヤマハファクトリーコンビの、このメンタルの強さがホンモノなら、前回の当欄でも書いたけれども、今年の彼らはしぶといチャンピオン候補になりそうである。
ザルコは2戦連続で2位に入ったことにより、20点+20点=40点でランキング首位に立った。
「35日前にカタールに来たときには、まさかランキング首位でここを去ることになるとは思ってもいなかった」というのは偽らざる本音だろう。この人も、この2戦は落ち着いてレース距離全体を視野に入れて戦っていた印象が強い。最高峰クラスでの優勝はまだ達成していないが、久々のレース終了後のバク転を近いうちに見ることができるかもしれない。
フランス人が表彰台で1-2を飾ったことについては、優勝を飾ったクアルタラロは、
「開幕戦前にふたりで一緒にフランスメディアのインタビューを受けた際には、『できれば自分が最終コーナーを先に立ち上がりたい』と言ったけど、さいわい、今回の決勝ではぼくの方が数メートルほど前にいた。ふたりでともに表彰台に登壇して国歌を聴くことができて、涙が出そうになった。まちがいなく、ぼくのレースキャリアで最高の瞬間のひとつ」
と述べ、2位のザルコも、ややはにかんだ表情で以下のように感慨を述べた。
「そのインタビューでぼくは、『最終コーナーではムリせず最後の直線まで待つ』と言ったけど、じっさいにはそのことばどおりにはならなかったよ。でも、フランス人の1-2はオートバイで国家に貢献できたということだから、本当にうれしい。間違いなく特別な瞬間だと思う」
さて、今回の決勝レースは、優勝者からポイント圏内末尾の15位まで8.928秒という非常に緊密な争いになった。4位のリンちゃんことアレックス・リンス(Team SUZUKI ECSTARA)や5位のマーヴェリック・ヴィニャーレス(Monster Energy Yamaha)がそれぞれ満足げな様子でレースを終えていたのは、その緊密な争いのなかで、表彰台を逃したものの、シーズン全体を上位でしっかりと戦える手応えを実感できていたからだろう。
しかし、この上位争いの中でも憤然とした様子でレースを終えたのが、7位のジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)と9位のジャック・ミラー(Ducati Lenovo Team)である。
ことの次第は、12周目の10コーナー。ミラーの後方からミルがやや強引にイン側へ仕掛けた結果、2台が接触。ミラーは左コーナーをアウト側へオーバランする形になった。その周回の最終コーナーでは、ラインがはらみ気味になっていたミルのイン側にミラーが位置しており、両者のラインが接近してふたたび接触。この激しい接触の影響で、ミルのマシンが大きく震えた。その後の10周を経て、最終的には上記の順位でゴールしたわけだが、クールダウンラップでは、ミラーとミルはヘルメットのバイザーを上げて互いに罵り合うようなひと幕もあった。
レース後のミルは怒りが収まらない様子で、自分の視点からミラーとの接触を以下のように説明した。
「最初に接触したときは、自分にとっては数少ない狙い所だったので、あそこで勝負した。接触した結果、ジャックがワイドになってしまったけれども、その際には足を上げて謝罪の意を示した。その後の最終コーナーでは、ジャックはこちらのほうを見てから、彼のバイクが近寄ってきた。明らかに意図的な行為だと思う。
アレイシとぼくが最終コーナーで似たような位置取りになったとき、アレイシはぼくが近づいてくるのを察知してややラインをアウトに振ったけれども、ぼくも彼に近づくのを避けて接触を回避した。これは競争相手をリスペクトしているからこその行為で、でも、ジャックはそうじゃなかった。そこから判断をしてほしい」
一方のミラーはレース直後にはいかにも憮然とした表情だったが、我々との質疑応答の際にこの一件について多くを語ろうとせず、「それ以前にも接触はあったし、そういう流れの展開だった、ということなのかな」という程度にとどめている。彼の性格から類推すると、この言葉数少ない説明は要するに、(めんどうだからいちいち細かいことは説明したかないけど、レースなんだからお互いの挙動が交錯してそういうふうな見た目になることだってときにはあるもんでしょうよ)という考え方を表しているのかもしれない。知らんけど。
ふたりの接触はレース中に審議の対象になったが、とくに処罰裁定がくだることはなく、この裁定に対するチーム側からの抗議提出もなかった。
レース後のミルは「ジャックとはまだことばを交わしていない」と述べる一方で、「機会があれば、話をすることもいとわない」とも言っている。ミラーとミルのそれぞれの性格を考えると、過去にビアッジvsロッシ、マルケスvsロッシ、などの例にあったような、いつまでも後を引くめんどくさい遺恨にはならないのではないか、というふうにも思うのだが、さて、どうでしょうか。とはいえ、2週間後の次戦では、ある程度の緊張感が残るのは避けられないかもしれない。ところで、このできごとの一方の当事者であるミラーは、 右腕の腕上がりに悩まされていることをレース後に明かし、レースの終盤には右手の感覚がほとんどなくスロットル操作も難しかった、と話している。第3戦の前に手術を実施する予定なのだとか。
Moto2クラスに目を転じると、サム・ロウズ(Elf Marc VDS Racing Team)がレミー・ガードナー(Red Bull KTM Ajo)と最終ラップまで続いた激戦を制した一方で、ルーキーの小椋藍(IDEMITSU Honda Team Asia)は6番グリッドからレースをスタートして最後までうまく凌ぎきり、戦っていた集団トップの5位でチェッカー、という上々の内容になった。
Moto3クラスはいつもの大激戦。そのなかで何度もレースをリードしてトップを争った鳥羽海渡(CIP Green Power)は、惜しくも表彰台を逃して5位。佐々木歩夢(Red Bull KTM Tech 3)は7位。山中琉聖(CarXpert PruestelGP)は8位と健闘。鈴木竜生(SIC58 Squadra Corse)は12位。國井勇輝(Honda Team Asia)は15位、と日本人選手全員がポイント獲得した。
次戦からヨーロッパラウンド。第3戦ポルトガルGPの舞台はポルティマオであります。では、それまでしばらくごきげんよう。
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」は絶賛発売中。 最新刊「MotoGP 最速ライダーの肖像」は4月16日発売予定。
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