ミスター・バイク アーカイブス第9回 1976年12月号(第8号)
1976年(昭和51年)4月(月号では5月号)に創刊し、2010年(平成22年)7月号で休刊(書籍コード=ミスター・バイクの場合は08489が生きている限り廃刊とはいわないらしいので)して、現在はWEBでなんとか生き延びているミスター・バイク。長いようで短いのか、短いようで長いのか、35年間で420冊(増刊号は含まず)を発行しました。これも多いのか少ないのかさえ分かりません。創刊号から最終号まで、おもしろそうな内容をピックアップして、一部ではございますがご紹介させていただきます。あと412冊もあるので、不定期更新になりますがお気に召すまま気長にお付き合いくださればとおたのみもうします。
12月号というと暮れも押し迫ったようなイメージになりますが、発売は11月。ということは9〜10月に製作しているので、冬というよりは秋。昨今ならばまだ残暑が続き暑いかもしれません。表紙は枯れ葉散る神宮外苑? でたたずむ根本 健氏とドゥカティ860GTS。ライダースクラブ誌の創刊編集長ネモケンさんですが、この頃はTZ250で3年連続WGPにプライベート参戦中のまだまだ現役GPライダーです。ライダースクラブの創刊はレース活動を中断した1978年なので、この2年後になるのです。力さん同様、親しそうにネモケンさんなんて呼んでいますが、鈴鹿のレースで死闘を繰り広げたり(カブ耐久で抜かれただけ)、とことん吞んだり(新車発表会の懇親会で同席しただけ)という関係ですから、ネモケン様は私の事なんぞ覚えているとは思えません。それはさておき、一見恐そうなネモケンさんですが、編集長時代に懇親会で酒が入るとずらーっと並ぶ老舗の二輪誌編集長を前に「バイク雑誌なんてな、うちとミスターだけあれば他はいらないね〜」なんて放言は序の口で、おもしろい行動(ぺーぺーだった私にしたらおそろしい)と発言を真横で見る貴重な機会が多々ありました。この業界には昭和の豪快な二輪おじさんがたくさんいて、私らぺーぺーも大事にしてくれました。
かっこいいんだかそうでもないんだか、びみょうなスタイルのバイクはドゥカティ860GTSです。平成キッズは、え? これがドゥカ? と目ん玉飛び出しかねるでしょうか。映画にも出たりイケてるバイク最右翼のドゥカですが、この頃はだれもドゥカなんて言わずドカ。ドカジャンと同じ発音でした。だからというわけではありませんが、ビーエム(BMWなんて誰も言わなかった)もトラ(これは今昔もトラ)でも、欧州車はもっさりして、なんだか垢抜けていないイメージでした(あくまで個人的な感想です)。
巻頭カラーは「国際6日間トライアル」。といっても、一般的には今も昔もなんのこっちゃ? でしょう。無論私も知りません。サブタイトルは「トシ西山氏がKTMで挑戦 銀メダルを獲得」とあります。8月号の表紙に登場し、JAFのサービスマンなんて不遜なことを言ってしまったトライアルの先駆者トシ西山氏です。記事を読むと、このトライアルは、なんとセクションのない耐久タイプの国別対抗戦で、オーストリアの国内を1日300km、6日間に渡り1700kmを走破するというスケールの大きなレースらしいです。しかしセクションのないトライアルって、エンデューロではないの? と思いますが、その真相については「同じトライアルでも内容はかなり違う」としか書かれておりません。あいかわらずレース記事は素人に敷居が高いですねえ。
モノクロの巻頭は最新ナナハン、GS750のインプレ。竜洋テストコースにおける試乗記事。「スズキ初の4ストスポーツ車は、安定性と静粛性が優れているが、スズキらしいところがないとも言える」とのやや辛口評価でした。このらしさって、よく使われます。このずーっと後、某新車試乗会で新米編集者らしき小僧が「このバイク○○らしさが感じられないですね」と技術者に言ったところ、真顔で「○○らしさって具体的に説明してもらえますか?」と逆襲されている光景を目撃したことがあります。
活版の第一特集は「輸出モデル全ガイド 日本で買えない日本製バイク」という、先月に続いてミスター・バイクらしからぬ本格的なバイク雑誌らしい特集(!)。輸出車情報なんて、一部の大型車以外はほとんどなかった当時ですから、大型車から原付、コンペモデルに輸出専用のホダカまで活版とはいえ写真付きで網羅した記事は、読み応え充分。この記事を読んで、初めてホダカを知ったなんてこともあったことでしょう。この記事の後には12月号臨時増刊発刊のお知らせ。ミスター・バイク初の増刊号である「1977年オートバイカタログ、11月26日発売 定価650円」の社告(社用広告)がありました。この増刊号、たしかどこかにあったはずです。あ〜、紹介する本が1冊増えちゃった。
第二特集は「ユニーク研究! 血液型で分かる君のライディング・センス」ですって。信じるか信じないかは貴方次第、血液型占いは不変のコンテンツです。第三特集は先月号の写真撮影テクに続き、バイクをトル第2弾として「クリアサウンドを狙え! レーシングサウンド生録実践教室」です。バイク録音のマル秘テクニック。スマホで簡単に同録できる今からすれば、音だけで何が楽しいの? と思われるでしょう。でもね、ビデオもない大昔は、「あは〜ん♡」なんて声だけのカセットテープが結構な値段で売ってたりしたんですよ。あきらかにセリフを読んでいる声なのに、どきどきはあはあしながら聞いて、脳内ではものすごいことになっている画像を想像するんです。ヘッドフォンで聴いていたはずなのに、興奮してジャックが外れていて大音量で流れていても気が付かず……はっとして振り返ると、おかーさんが鬼の形相で立っていたなんてことも一度や二度では……え〜っとなんの話でしたっけ。
創刊号から続いている企画のひとつがバイクパッキング。バイクに荷物を積んであてのない放浪の旅へという地味な活版企画ながら、読者さんから「初めて野宿した」とか「ソロツーリングで友達ができた」とか結構な反響があったようです。ちょうどこの頃は「俺たちの旅」という青春ドラマが人気を得た時代でもあり、青春の象徴のような放浪の旅への憧れが強かったのかもしれません。スマホひとつあれば、海外でも困らない今がいいのか、行き当たりばったりで迷い続けた昔のほうが幸せなのかは、それは貴方次第です。
センターのカラーグラビアは「4年ぶりの快晴GP」。第13回日本GPの特集で、タイトルどおり秋の長雨に見舞われ続けた日本GPが4年ぶりの快晴で開催されたという記事。ノービス90、ジュニア250/350、エキスパート350/750クラスに、清原明彦、和田正宏、阿部孝夫、杉本五十洋、片山敬済、橋本泰、金谷秀夫、高井幾次郎などなつかしクラスになつかしの選手が並んでいます。
後半モノクログラビアは「バイク通学許可します」という横浜の市立高校を紹介。悪名高い3ない運動の前夜でしたが、公共交通機関が脆弱な地方はともかく、都市圏の高校では免許の取得はともかく、バイク通学となると禁止が当たり前でした。バイク通学OKとはかなり珍しいです(だからこそ記事になるのですが)。この次の記事も「おまわりさんと90台」という四国で90台の旧車を持つバイク好き現役警官を紹介。バイクブームが燃え上がる1980年代に入ると、バイク乗りVS警察という敵対関係が明確になっていくのですから、宇和島市から40km離れた山間部とはいえ、現役警官がバイク好きとして誌面に登場する最後の古き良き時代ではないでしょうか。
何でもアタックは、横浜のバイク屋さんの茅野さん(お世話になった人も多いであろう結構な有名人)がなんと250のトライアラー(おそらくTY250)で雪の富士山にアタック。しかも7回目の挑戦ということなのですから本気度が違います。ちゃんと頂上まで登り証拠としてなにかの柱にミスター・バイクのステッカーを貼っています。今はバイクで富士登山なんて絶対に無理、しかも登山道ではないところを冬季に登るなんて……さらにステッカーなんぞ貼ろうものなら壊滅的に大炎上でしょう。
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