第107回「えきめんやの出てこない京急編」
かつての品川駅といえば、やたら広いコンコース、がらーんとした団体待合室、ひっそりして真っ暗な臨時列車用ホーム、東京方面に広がる品川客車区の入れ換えをする機関車が轟音を上げて行ったり来たり。長く狭い地下通路を海側に出れば港南口は都区内とは思えない平屋の駅舎がひとつ。その周辺は新幹線の車庫と貨物駅が広がり、駅前には食肉市場、下水処理場(このふたつは今も現存)、DD13しかいない品川機関区、その先には倉庫街くらいしかない、女子供と一見さんにはかなり敷居の高い独特なエリアでした。
それが今や新幹線の停車駅になって、りっぱな駅ナカのエキュートが出来、あの港南口はエグゼクティブなヤングサラリーマンやオシャレOLが高い意識で闊歩する様はまるで未来都市。雨が降ったらぐずぐずになる港南口しか知らない人が見たら浦島太郎状態でしょう。駅前の吉野家の脇のまさかこの先に? というような狭い路地の先にある飲み屋街は今も健在ですが、かつての怪しい雰囲気はほぼ皆無。オシャレなヤングOLが一人で来ても人さらいにさらわれて某国の人身売買市場に売られることはないでしょう(昔もなかったと思います)。食肉市場の裏手、おそらく不法占拠であったと思われる川沿いのホルモン系焼き肉街も、いつの間にか更地になりました。
その品川から赤い電車(といってもコルホーズ行の人民電車ではありません)に乗ると、次が北品川。各駅停車よりも本数が多い京急ご自慢の快特だと蒲田まで止まりません。北品川は品川の西側にあるのに北品川。その謎は地図見ればすぐわかります。京急は2020年に産業道路、仲木戸、花月園前、新逗子の各駅名を大師橋、京急東神奈川、花月総持寺、逗子・葉山に変更するそうですが、北品川が高輪ゲートウエイ西にならなくてほっと胸をなで下ろしているのは、実は鉄らしい能町みね子さんだけではないでしょう。
で、その次が新馬場。1976年開業ですから、明治時代に創業した京急(当時は京浜電気鉄道)にしてはかなり新しい駅です。新しいから新馬場とわかりやすいのですが、この駅、6両編成(18m×6両=108m)か4両の各駅停車しか止まらないのに、ホームは何故か約200mもある異常に長い駅なのです。しかも南口は改札口から道路のアプローチまでさらに約100m。どうしてこんなに長いのか、鉄が語ると長くなるので興味のある方は「新馬場駅 長い」で検索すれば謎は解けます。
その次は特急も止まる青物横丁。いかにも青果市場でもありそうな名前ですが、青果市場どころか八百屋さんさえありません(駅前には)。改名される花月園前だって、花月園(競輪場、その前は遊園地)は2010年に閉園していますし、その隣の鶴見市場駅も近所に市場はありません。JR外房線の行川アイランドも2001年に行川アイランドが閉園して以降、ずーっとそのまんま放置状態ですから珍しいことではありません。そもそも江戸時代に青物(野菜)を売る市が出たそうですから、わあわあ騒ぐと恥をかきます(誰かがどこかで)。ん? でもそれなら日本全国あちこち青物横丁だらけになるんじゃ……という正論はそっとしておきましょう。青物横丁には(駅からはちょっと歩くけれど)チェーン店の立喰・ソがありましたが撤退、その後に最近新進気鋭のすばらしい立喰・ソが出来ました。うれしいですね。
その次は鮫洲。東京在住の運転免許証をお持ちの方には、府中、江東と並んでなじみのある地名でしょう(免停講習とか思い出したくないことも……)。この先、終点の三崎口まで延々とこの調子で続くのかとうんざりされている善男善女のご尊顔がまぶたに浮かびますが、ご安心ください。今回は鮫洲が終点です。
運転免許試験場以外、鮫洲になにがあるのか? かつて駅前に某チェーン店の立喰・ソがあったことは第50回の立喰・ソNEWSにて即報しました。それではありません。鮫洲駅からはちょっと離れたところにあったのが、ちどり。
ちどり? まず思い浮かべるのは、万葉の時代から日本人に親しまれている小さな渡り鳥の「千鳥」。ですが、例え千鳥が目の前にいても「これなんという鳥ですか?」という人の方が多いのではないかと。もちろん私もその一員です。鳥とは違って、見れば誰でも知っているけれどなかなか名前まで出てこないのが、かき氷のあの旗の模様「波に千鳥」。一転、写真を見れば誰でも知っているのは、昭和芸人のテイストぷんぷんな人気漫才コンビの「千鳥」。今や誰もが知る有名人です。昭和の人なら 「創業寛永七年、伝統の銘菓」「ちろりあ〜ん」のなつかしいテレビコマーシャルでおなじみの「千鳥饅頭」も。で、鉄ならはずすわけにはいかないのが陰陽連絡の重責を担い芸備線、木次線経由で広島〜米子間を走った「準急ちどり」に「夜行ちどり」。ヘッドマークを付けたC56が3両の客車を引いて〜、のお話は長くなるのでこのへんで。と、いつものより長ーいフリはこのへんで。
お待たせいたしました、やっと本題のちどりです。旧東海道の青物横丁と鮫洲駅の間(ちなみに両駅間はわずか600m)にありました。独特の発声をする店主(たぶん)と、モーニングそば・うどんとランチそば・うどんを語らないわけにはいきません。店主の声を文章で再現するのは難しいのでスルーです。
モーニングは朝7時から11時半まで、ランチは11時半から14時半までの限定メニューでした。モーニングは、ちくわ天、きつね、わかめ、煮玉子がトッピングされて350円。ランチはかき揚げ、ちくわ天、きつね、煮玉子、岩のりのトッピングに、さらにおにぎり1個が付いて450円という、すばらしくコストパフォーマンスの高い逸品でした。ちなみにかけは250円で、単品トッピングのちくわ天、かき揚げ、きつねが各110円、わかめ、岩のり、煮玉子が各80円、おにぎり100円です。単純に計算すれば(限定のトッピングはレギュラーの半分の大きさとして)、モーニングは250+55+55+40+40=440円で90円も、ランチは250+55+55+55+40+40+100=595円だから145円もお得なのです。唯一の問題点はあまりに具沢山すぎて、何を食べているのかよくわからなくなってしまうことくらいでしょうか。
ちどりには何度も行ったので、いろいろと食べているはずと立喰・ソ帖を紐解けば、なんとまあ驚いたことにランチ以外は一切食べていませんでした。こんな罰当たりな客ばかりだったからという訳ではないでしょうが、しばらく行かないうちにいつのまにか中華系居酒屋になっていました。もうあのランチも食べることはできません。でもご安心ください。ちどりはしっかりと今も受け継がれているのです。
そのこころは?
「たくさん呑めば、帰りは千鳥足です」
おあとがよろしいようで。
●幻立喰NEWS2019
あのサンプルは今どこへ?
立喰・ソにしては珍しく、ショーウインドがあって、そこに並ぶ年季の入った食品サンプルがトレードマーク? だった鷺ノ宮の名店むさしのが老朽化のため2019年7月30日をもって幻立喰・ソになってしまいました。2〜3回ほどしかおじゃましていないのですが、カレーが妙にうまかったです。悲しい貼り紙には「建替えのため」とありましたから、ひょっとしたら復活も? 一縷の望みをつなぎつつ、まずはおつかれさまでした。
[第106回(PC版)][第107回][第108回]
[幻立喰・ソバックナンバー目次へ]
[バックナンバー目次(PC版)へ]