これまで3日間、とはいえすでに1000kmを走っているが、バイクは全く問題ない。唯一、スタータースイッチが埃を吸って動きが堅くなったので、エアで清掃して潤滑剤をシュッとしただけだ。親指に入れる力も少なくて済むし、快調だ。
すべてのマシンを見るメカニックにそれを頼んだ時、「スタータースイッチが押した状態で戻らないとスターターモーターが回りっぱなしになるかと心配だ」と言ったら、「知らないのか、BMWは頭が良いから、一定回転になるとスターターへの電気が遮断されるから全然心配ないよ」と。ハイハイ、解った、解った、スイッチを押すのが硬い、それがいやだから早く直して! しっかりスイッチボックスを開けて掃除して潤滑剤を軽く吹いて、直ったよ! 早ッ! あっと言う間なのだ。
このメカニック達の存在は心強かった。GSトロフィーではバイクにダメージを与えるとチームにペナルティーが加算される。例えばレバーを折った、ミラーを壊した、という立ちゴケレベルの部品交換からタイヤ交換、ホイール、エンジン交換など、作業時間、部品代金換算でそのポイントは増えてゆく。無理なく走り、怪我をしないように、という配慮であり、GSトロフィーというグループがスムーズに移動し続けるための協力要請でもある。
これだけの集団だ。選手や関係者合わせて140台を超すバイクがいる。支給されたウエアもバイクもGSトロフィー統一のグラフィックとカラーだ。誰が見ても集団だと解る。だから、ウイリー、ストッピー、バーンナウトなど第三者から「危ないバイカー達だ」という印象を与えるようなライディング行為も厳に禁じられている。これらもチームペナルティー対象となる。
スタートの興奮も収まり、参加者はしっかりGSトロフィーの代表として、GSのアンバサダーとしてその務めを果たしているようだ。
GSトロフィー4日目の朝はいつもより1時間以上スケジュールが早かった。ウエリントン郊外でキャンプを張った一団は辺りが暗いうちに出発準備を調え、F850GSに跨がった。眠っているウエリントンの街を抜け、クック海峡を渡るフェリー埠頭へとやってきた。まだ気温は16度。そこで夜明けを見る。乗船待ちの間、F850GS達が作る長い列、どこか眠そうなライダー達の間を見て回った。チーム・ジャパンの3名、君島真一、寺尾義明、上田 直の3名も元気にGSトロフィーを楽しんでいる。
この日、移動は80kmだという。もうフェリー埠頭まで30kmほど走っているから、あと50km? 8時過ぎに出港して13時ごろ対岸となるピクトンに入港する。オフロードもないというから、今日は楽勝だ、という気分になる。
ウエリントンから乗船したのは、インターアイランダーというフェリー会社が運航する“カイタキ”という船だった。長さから見た印象は北海道に行く長距離フェリー並。片道4時間ほどなので、キャビンスペースは大きくないが立派な船だった。
乗船時間になり長いバイクの列がフェリーに飲み込まれて行く。次々と船倉の横壁に90度の角度で置いても、細長い車両甲板がほぼバイクで埋まるという光景を初めて見た。出入りのスムーズさを考慮してこのスペースを借り切ったのだろうが壮観だ。
ピクトンまで100kmほどの航海中、前半はクック海峡を越え、その後、島と半島が造る南島の入り江を進むことになる。クック海峡は穏やかに見えて波長の長いうねりがくるのか、大きな船が揺れた。早起きをした体にそれが心地よく眠気を誘う。ライダーは一人、また一人と眠りに落ち、GSトロフィーの関係者のエリアは次第に静かになった。
海峡から長い入り江に入ると揺れは納まり景色も一変した。多くの乗船客がデッキに出て風景を眺めている。左舷、右舷とも間近に陸がある風景の中を大きなフェリーが通る。
このフェリーの中でもスペシャルステージが行われた。筆記テストである。BMWのGSが2020年、発売から40周年を迎えた。その歴史から出題された。開始前、マーシャルから「さあ、スマホはしまって。終わるまで出さないこと」。
問題用紙を裏返すと、最初に販売されたGSのモデル名は? その発売年は? ダカールラリーにBMWが初めて勝利した年とその時のライダーの名前は? 最初の4バルブボクサーエンジンを搭載したGSのモデル名は? 最初の単気筒GSのフルネームは? 等々、マニアックな問題が並ぶ。ものの5分と掛からず終わるのはいつものこれまでのスペシャルステージ通り。多くが「うーん、解らない!」という顔をしている。まったくオーガナイズは良いところを突いてくる。
そしてピクトンに上陸。静かで美しい街、ピクトンのカフェで一息入れた。午後、ゆったりした気分でベロラスブリッジのキャンプ地に到着した。ベロラス川に面した芝生のテントサイトに寝床を設営すると、程なく集合がかかる。スペシャルステージ2、スペシャルステージ3が立て続けに待っていたのだ。
スペシャルステージ2はBMW純正アクセサリーのナビゲーションデバイスを使ったもの。スタート地点で示された緯度経度をそのナビゲーションデバイスに打ち込み、その目的地にあるもう一台のナビゲーションデバイスに、スタート地点で入力した緯度経度を再度打ち込み、デバイスに地点登録をして戻れ、というもの。スタートからゴールまでの時間が競技時間になる。
こんな説明を英語でされるのだ。2度は説明してくれるが、3度目はしてくれないのはいつものこと。細かなことまでしっかり理解してスタートする。それが理想だが、ガーっと目的地に向かって走っている間に「あれ、何だっけ?」となる可能性もある。ポイントは、その目的地にあるデバイスにしっかりと地点登録をして短時間で戻るか、で決まる。もちろん、チーム全員がゴールについた時点でストップウォッチが停まる。総員全速ダッシュだ。
スタート! となった瞬間、マーシャルは緯度経度が記された紙を示す。それを見ながらデバイスに目的地として入力し、画面が目的地距離を示したらスタートだ。遠くない。チームジャパンきっての韋駄天、君島がダッシュを決める。トレールランニングで鍛えているだけあり、トレールの道幅を目一杯つかって飛ばす後ろ姿がみるみる遠ざかる。
みんなそれに続きながら、この辺だ、とデバイスを見つめて立ち止まり、寺尾と上田が追いついたところで、木の下に目的のデバイスを発見。
そこから急いでそのデバイスのナビ画面を操作し、先ほど登録した位置情報を入力、保存。その場所に置き、来た道を戻る。マーシャルがその手法に間違いがないかを確認しているようだ。全員がゴールに戻りフィニッシュ。太陽は高く夏らしい強さで照らしている。
ナビチャレンジに続き、メカニカルタスク、題してメッツラーチャレンジが行われた。
4台それぞれ別々の場所にメンテナンススタンドに置かれたF850GSがある。さあ、ゲームの内容を聞こうじゃないか。
「リアホイールの着脱をしてもらいます。バイクのところにある工具袋から必要な工具を選び、それを使いリアホイールを外す。そして外したリアホイールを持ち、バイクの周りを一周する。これは右回りでも左回りでもかまわない。その後、リアホイールを元通りに正しく装着し、工具を元通りに収納し終了の合図をマーシャルに送る」
というもの。制限時間も設定されている。
チームジャパンの3名は、相談し、F800GSを所有する上田がリアホイールを取り外し、装着するのを担当、外したホイールを持ってバイクを一周するのは足の速い君島が。寺尾は作業のサポート、というカタチでスタートする。
スタートの合図とともに工具袋を開ける。不要な工具を含めてどっさり入っている。より分けてアクスルナットを緩めるレンチを選ぶことから始まる。4チーム同時スタート、というのが工具を持つ手を急がせる。そして普段は一人でやる作業を複数の手が伸びることでややこしくする。時間が掛かっているわけではないのに気持ちが焦る。あっちのチーム、リアホイール入ったぞ、という情報も気持ちに拍車をかける。見てみると、他所のチームも同じような状況で、スイングアームにリアホイールは入ったが、ディスクとキャリパーが突っかかっていたり、アクスルシャフトがなかなかハブを貫通しなかったり、と一人だと簡単にいくことがみんなで作業するとあらぬ方向に力が入る……。
プレスは手を出せないから、冷静に見ていられるが、まったくもって人の心理をうまく使って簡単なことを複雑化させている。GSトロフィーのゲーム担当オフィシャルはクセものだ。元通り、正しく戻すこと、に含まれるチェーンアジャスターとアクスルホルダーがぴっちり接しているか、とか、そのロックナットは適正に締まっているか、とか、工具袋のひもはしっかり縛られているか、など、焦る心理をついてペナルティーポイントを探すのだ。
つまり、彼らがゲーム前に説明したことにヒントがあり、そこを丁寧に進められたらミスなくできる、ともとれる。時間勝負に潜む罠だろう。
スタートから3日間ですでに1000kmを走行した。その半分がダートだった。ニュージーランドとの時差もあり世界中から来たエントラントにも疲れがうっすら積もっている様子だ。早朝出発だったこの日、早めにたどり着いたキャンプ地でゲームをやり、その後、チームジャパンのメンバーとともにすぐそばを流れるベロラス川で泳いだりしてリフレッシュした。綺麗で水量豊富な川には、チームラテンアメリカのメンバーやロシアの面々も入っている。
その間、早めに到着した時間を使ってメカニック達が140台はあるF850GSのオイル交換をしている。一斉整備だ。メカニック達が乗るトラック2台、パーツを積んだ中型トラック2台とサポート体制が敷かれている。その荷台には純正部品が山盛り積まれていて、ルートがルートだけに様々なトラブル想定のうえ現地に乗り込んでいる。いまのところほぼ全車無事に走行を続けている。バイクの数や体制は、規模は違えどもダカールの2輪部門級だ。トラブルの引き金になりかねないから、参加者には整備させることはなかった。これも、つつがなく前進し続けるための周到なオーガナイズなのだろう。
明日、5日目から本格的に南島を舞台にした移動が始まる。明日は急なガレ道を登るという。メカニックの一人が言った。「人も少ないし風景も広々感が出る。いいぞ、南島は」と言った張本人である。明日からも楽しみだ。
(パート4に続く)