話題の最強シングルエンジンと本気のモタードスタイルでデビューした「ハイパーモタード698モノ」。しかし実はコレ、純モタードというよりはもっと奥深いスポーツモデルのようだ。モタードというジャンルやイメージにとらわれず、ドゥカティの魅力に触れる新たな選択肢と捉えたい。
- ■試乗・文:ノア セレン ■撮影:渕本智信
- 協力:Ducati https://www.ducati.com/jp/ja/home
- ■ウエア協力:アライヘルメット https://www.arai.co.jp/jpn/top.html、カドヤ https://ekadoya.com/ 、アルパインスターズ https://www.instagram.com/alpinestarsjapan/
まさかこのカテゴリーに
ドゥカティは「ハイパーモタード」というジャンルを長らくやってきた。空冷であったり水冷であったり、あるいはツーリングバージョンまで用意してみたりとドゥカティの中でも ちょっと異色のカテゴリーとして存在してきたが、そんな中今回の「ハイパーモタード698モノ」はシングルであることや今までの同カテゴリーラインナップに増してさらに極端な設定ということもあって、これぞハイパーなモタード!とアピールするような新車種である。
出力は77.5PS、車重は燃料のみ抜かれた状態で151kg。排気量は車名とは違った659ccで、価格はツインであるモンスターの157万円を超える177万8000円。ドゥカティは完全に「本気」なのである。
しかしこういった大排気量モタードと言えばKTMが得意としてきたカテゴリー。そこに新規エンジンを開発してまで敢えて参入してきたのはどういった意図だったのだろう。KTMの690SMCRとスペックだけでなく、値段までもほぼ同じである。大きなマーケットとはとても言い難いこのカテゴリーに本気参入してくるそのココロは??
背が高すぎるッ!
筆者は身長185cm、体重74kgという体格である。その筆者がまたがるなり「高ーッ!!」と声が出たほどシートは高い。864mmという数値もそうだが、シングルというエンジン形式から想像するよりも車体にもシートにも幅があり、そしてモタードモデルから想像する程サスも初期沈み込みが大きくなく、これら要素が足つきを厳しくしている要因だろう。裏を返せばこんなパフォーマンスに全振りしたモデルにもかかわらず座ってしまえばシートは意外と快適であるとも言える。
ハンドルはモタードライクに幅広でシートは前後に長いためどこでも好きな所に座ることができる。非常に高い自由度を提供してくれているのもモタード的で、足つきさえクリアできれば、少なくともスポーツライドをするにはあらゆる体格の人でも大きすぎる、あるいは窮屈、と感じることはないだろう。ちなみに試乗車には本国仕様のシートがついており、これとは別に国内仕様のローシートも用意される。
ブットビ過ぎて公道ではわからないこと
600ccを大きく超えるシングルがギャンギャン回るわけない、という認識の人もまだいるかと思うがそれは過去の話だ。KTMが既に長く証明してきたように、超ビッグボア&700ccに迫るような排気量を持つシングルでも、いまやモトクロッサーのようにギャンギャンに回っていき高回転域では振動も少なく本気のパワーバンドを持っている。
数値的には80馬力未満でも、超軽量車体と全体的にショートなギア比のおかげでこういったシングルは滅法速い……というか、素人お断り的手強さを持っているのだ。筆者はかつて690DUKEも所有しておりこういったシングルの魅力を十分理解しているつもりだが、それでもDUKEは背が低くあくまでロードモデルだったから楽しみやすかったわけで、同じエンジンを搭載するモタード版であるSMCRは何度乗っても怖さが抜けなかった。
では設計の新しいドゥカティ版はどうかというと、やはり同じだった。とにかく恐ろしく速い。速いというか、全ての操作が「急」なのだ。アクセルの反応、クラッチのつながり方、フケ上がり方、などなど、ライダーの入力に対する反応がダイレクトの極みであり、常に丁寧で正確、かつ優しい入力が求められる。低回転域から乱暴に蹴り出され、パワーバンドに入ると軽量車体が離陸しそうに軽くなってくる様など、まさにSMCR的でありつつ、さらに高回転志向なイメージだ。大排気量モタードは本当に独自の乗り物だな、と畏怖の念を抱くのもまたSMCRと同じである。
ではSMCR、あるいは最近デビューしたGASGASのSM700と何が違うのか、という話になるだろう。当然ドゥカティの方が設計が新しいということはあるが、少なくとも公道で乗るぶんにはハッキリ言ってその差はごくわずか、というか、わからないほどではないかと思う。乗れば非常に激しい運動性にノケゾルのはこういったモデルに共通すること。「うわ! すげえ!」という直感的な感想や瞬時にアドレナリンあるいは脇汗が噴き出す感覚は共通なのだ。
誰がどこで
全ての「急」に少しずつ慣れて距離を伸ばしていくと、普通に走らせることはできなくもないとわかってきた。背が高いため見晴らしが良いことや、非常に珍しいバイクに乗っているという優越感、そして何せ美しいということによる満足感などは確かに高い。ただ4つあるモードの優しい方を選んだとしても、メチャクチャに速いことは変わりない。
しばらく乗っていると「ハテ、これは誰がどこで乗ればいいのかしら」という疑問がわいてくる。シートの前の方に座れば公道でもモタードらしい運動性の片鱗を感じることができたが、いやいや、それでもこれを楽しむならばもはやサーキットしかないだろう。ましてやSMCRなどのライバルとの違いをはっきりと理解し味わえるほど踏み込むためにはクローズド環境が必須に思える。
……という想いを裏付けるように、実はつい最近サーキット走行会でこのモデルを見かけることがあった。サーキットでビッグバイクに引けを取らない元気なペースで走っている姿は「水を得た魚」という感じであり、見ていて清々しかった。これはやはりサーキットが最大限楽しいバイクだと思う。もっともドゥカティ車の多くはやはりサーキットが楽しいわけなのだが。
必ずしもモタードではない
ドゥカティが提案してくれたこの超高性能シングル。 ハイパーモタードという名前こそついているが、一般的なモタードモデルが持っているような、ウイリーをしまくるだとか、オフロード路にも躊躇なく踏み入れて泥だらけにするのもいとわないだとか、モトクロッサーよろしく転倒も楽しみ方の一部、といったような雰囲気を持っていないのがライバルとの違いではないだろうか。またモタードにしてはしっとりとしたサス設定、ロードモデル的な車体の反応も特徴的に思え、激しいモタードらしさ中にもロードモデル的な洗練も感じることができる。
ドゥカティがこのカテゴリーに参入したのは、大排気量モタードのイメージを変えるということもあったかもしれない。丁寧に、クリーンに。公道での弾けた走りよりもサーキットでちゃんとタイムを追求するような、真面目な印象を持っているのがライバルとは違うこのバイクの特徴だろう。走り終えたらちゃんとガレージにしまって、しっかり細部まで磨きたい。そんなことをイメージさせてくれた。
パニガーレなど本気のスーパーバイクを走らせるのはちょっと荷が重いというライダーに対しても、より気軽にドゥカティの本気のスポーツマインドを味わってもらえるという選択肢でもあろう。そう、これはモタードの姿こそしているが、より小排気量でドゥカティイズムの真髄に触れさせてくれる全くのニューモデル/ニュージャンルと捉えても良さそうであり、ドゥカティとしてはモタードジャンルへの参入というよりはドゥカティの魅力への新しいアクセスの選択肢を増やした、というイメージではないかと思う。
なお、せっかくの新規シングルエンジンである。超軽量で背の高い車体に搭載され、かつモタード的なギア比であるがゆえに極端な乗り物になっているが、DUKEがそうであったようにこのエンジンをもっとロードモデル的なシャーシに搭載してくれればなお面白い世界が広がるはずだ。なんならスクランブラーシリーズに搭載しても楽しそうに思えた。
■エンジン種類:水冷4ストローク単気筒DOHC4バルブ ■総排気量:659cm3 ■ボア×ストローク:116×62.4mm ■圧縮比:13.1 ■最高出力:57kW(77.5PS)/9,750rpm ■最大トルク:63N・m(6.4kgf・m)/8,000rpm ■ホイールベース:1,443mm ■シート高:864mm(可変式) ■車両重量:151kg ■燃料タンク容量:12L ■変速機:5段リターン ■タイヤ(前・後):120/70 ZR17・160/60R ZR17 ■ブレーキ(前/後):油圧式シングルディスク(ABS)/油圧式シングルディスク(ABS) ■懸架方式(前・後):テレスコピック式・スイングアーム式 ■メーカー希望小売価格(消費税10%込み):1,778,000円