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 2023年のMoto3クラスは、第19戦カタールGPでおそらく誰もが予想しなかったような決着をした。ランキング首位のジャウメ・マシア(Leopard Racing)と、13ポイント差で2番手につける佐々木歩夢(Liqui Moly Husqvarna Intact GP)は、ともに決勝レース序盤からトップグループを走行。Moto3クラスならではの大集団バトルのなかで激しい攻防を続けたが、マシアと彼のチームメイト、アドリアン・フェルナンデスは佐々木の進路を阻むような露骨な挙動を何度も見せた。その影響で佐々木はポジションを大きく落とすものの、冷静かつクリーンな走りでそのたびに順位を回復していった。だが、最後はマシアが優勝、佐々木は6位でゴール。両選手のポイント差が28となり、マシアが2023年のチャンピオンとなってタイトル争いが終焉した。

 しかし、このレースでのマシアとフェルナンデスが見せた挙動には、日本のファンに限らず世界中から多くの批判が噴出した。5年連続最高峰クラス王者のレジェンド、ミック・ドゥーハン氏も、チャンピオンを獲ったチームとライダーをSNSで激しく批判、一方、最後までクリーンに戦い抜いた佐々木に対してはその姿勢を賞賛した。

 そのレースから4日が経過した最終戦バレンシアGP直前の木曜日、Moto3クラス最後の戦いを迎える佐々木歩夢にカタールGPの攻防と、今後の展望を存分に語ってもらった。



■インタビュー・写真・文:西村 章  ■写真:Husqvarna Motorcycles/Yamaha/MotoGP.com

―カタールGPのレースから数日が経ちましたが、今の心境はいかがですか?


「チャンピオンシップに負けた悔しさはもちろん残っています。でも、レースをサポートしてくれる方々やファンの皆様、パドックの人々もレース後にたくさんのメッセージをくださって、それが本当に力になりました。自分は皆に尊敬してもらえる走りをできていた、ということだと思うし、タイトル争いをするからにはそれに相応しい走りをしてチャンピオンを獲りたかったと思っています。あのようなことがなかったとしても、チャンピオンを獲れたかどうかは今となってはわからないことだけど、自分自身に関してはシーズン中に4回のノーポイントレースがあったし、改善できていたはずのミスもあったと思います。自分自身について考えると、反省点と悔しさは結構残るシーズンだったように思います」

―カタールGPのレースについて、今は落ち着いて受け止められていますか。


「チャンピオンシップの結果を受け止めたというわけではありませんが、もはや終わってしまったことで、今からそれを変えられるわけでもありません。自分には変えることができないものを悔やんでも意味がないので、それよりも自分自身の成長につながることについて反省したほうがいい。タイでのアンラッキーな転倒や、インドネシアのアウトラップに転倒したことなど、自分が変えられるはずだったことを考えると、悔しいチャンピオンシップだったな、という印象ですね」

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※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

―カタールGPについては、佐々木選手は何も悔やむ要素はなかったレースだと思います。


「そうですね。カタールは自分のベストを尽くしたレースでした。直線が長いのでグループをひき離すことは難しいコースですが、それをできなかったのは自分に飛び抜けた速さがなかったからです。でも、グループの中ではしっかりとマネージメントをできていて、マシアに抜かれてコースから追い出されても、気持ちを乱さずに集中してまたトップに立ち、自分のメンタルもうまくコントロールできていました。アドリアンに邪魔をされて最終ラップの前に10番手まで落ちたときも、落ち着いて走りながら、どこで抜けば後ろを引き離せるか考えていました。離してもすぐ追いつかれてしまえばまた同じようなことをされるだろうけれども、セクター1で抜けばセクター2のインフィールドで離すことができる。そういう展開になったのがラスト2周目です。だから、ラスト2周の1コーナーでは、まだアドリアンと一緒にいるんですよ。そのときに2コーナーから3コーナーで抜いて、(鳥羽)海渡たちも3コーナーから4コーナーで抜き、そこから後ろのライダーたちをどうチギるか、と考えました。4コーナーからセクター3にかけてプッシュしてそのグループを引き離し、前のグループに追いつこうとがんばったんですが、前との差はちょっと大きすぎました。コントロールできていたレースだっただけに、悔しさというか……、とにかくちゃんと戦いたかったですね。

だって、たとえばですよ。カタールで僕が勝って、ここ(バレンシア)も僕が勝ったとしても、両レースともマシアが2位だったら彼がチャンピオンになっていたわけですから。だから、彼は別に僕のことを気にしてチャンピオンシップを戦う必要なんてなかったはずなんです。だから、そこまで僕を意識して対抗しなくてもいいのに、チャンピオンシップを勝ちに行くのではなくレオパードチームは僕に勝とうという思いでレースに臨んでいた。

もしも完全に立場が逆で、たとえば僕を転ばさないかぎりチャンピオン争いをできないという立場なのであれば、それだってもちろんやっちゃいけないことなんですけど、それなら理由もまだなんとなくわかるんです。でも、僕よりも10数ポイントも前にいたわけだから、そこが納得できない。たとえば僕がこの2戦で優勝して、それでもチャンピオンを獲れなかったのであれば、自分ががんばっても届かなかった相手のマシアを祝福できたと思います。そういうチャンピオン争いをしたかったし、今までそういったチャンピオン争いを何度も見てきたのに、『なんでオレのときにはこうなっちゃったんだろう……』と思います。あとは、僕に対するアンチが多かったような気もしますね」

―アンチ、というのは?


「どう言えばいいのかよくわからないんですが、シーズンを通して敵に回る選手が多かったように思います。というのも、最後の数戦はマシアと戦っているんですが、他のKTM勢もチャンピオン争いに一応は絡んでいたじゃないですか。デニス(・オンジュ)とか、(ダビド・)アロンソとか、あとは(ダニエル・)ホルガド。現実的な可能性はともかくとして、彼らも計算上はまだ可能性があったので、『オレをヘルプして』と言ってもそうできたわけではないという意味で、アンチが多かった。

あと、これはあくまで自分の考えなんですけれども、ホルガドは去年マシアとチームメイトだったし、『歩夢がチャンピオンを獲るんだったらマシアに獲ってほしい』というような気持ちも、ひょっとしたらあったかもしれない。だから、レースでもホルガドは6コーナーで3回くらい抜きにきたりして、思ったよりもアグレッシブな走りでした。あのままムリせずについていけば、おそらく後ろは引き離せてアドリアンたちを全員チギれていたんですよ。少なくとも5~6台くらいの集団に絞れていたはずです。実際に最後の2周はそうなったじゃないですか。あそこでなぜそうなったのかというと、もう皆がガチャガチャしなくなっていたから。だから最後の2周で急に離れたんだけど、そんなのは最初からできたはずなんです。

マシアたちも最初からペースをあげなかったのは、グループを大きくしてアドリアンを僕に追いつかせる作戦だったからなんじゃないか。レースではずっとペースが上がらなくて、皆が全然速く走らなかったんですよ。速く走れていたのは自分とマシアとホルガドくんくらい。デニスも速かったけど、彼はレースでペナルティ(ジャンプスタート)を受けて後方に下がっていました。グループを大きくするためにわざとゆっくり走っているのは明らかで、それでアドリアンが6番手くらいまでひょいひょいと上がってきちゃった。彼らの作戦が大成功したレースだったな、という印象です」

―佐々木選手としては、孤立無援で走っているレースだった、ということですか。


 そうですね。チームメイト以外は自分ひとりで戦っていたような状態です。でも、ひとりで戦う分には全然問題ないんですよ。それがレースだから。個人戦なので、チームメイトに助けてほしいともまったく思わない。ただ、皆が皆に対してアグレッシブに走るのならともかく、僕だけに対してアグレッシブになると、やっぱり『エッ!?』と感じるところはあります」

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―それは、佐々木選手がそれだけ皆に意識されるライダーだということでもあるんでしょうね。


「さっきも言ったように、僕がたとえ2戦とも優勝しても、マシアは自分が両方2位ならチャンピオンを獲れていたんですよ。なのに、僕を意識してチャンピオンを獲ろうと考えたのは、それほど僕が恐かったのかな。そう考えると、ポジティブに捉えることができる部分はありますね」

―あのレースでのブレーキングやスロットルを閉じて露骨に押し出す行為に対して、佐々木選手はずっと沈着冷静に対応しているように見えました。


「昔から、なるべくいつも落ち着いてレースをしようと心がけてきたこともあるんですが、そもそも怒ってもしかたないじゃないですか。乗っているときに怒ると、遅くなっちゃうだけだし。

最初に6コーナーでマシアに押し出されたときは『なんだよこいつ……』とも思いましたけど、押し出されても1周してきたら2番手やトップに戻れていたので、『そういうことをしたいのなら、すればいいじゃん』と考えていました。ただ、『最後の2~3周で押し出されてしまうとヤバいから気をつけなきゃな』とも思ったので、最終ラップではマシアの前ではなく後ろにつけて、最終ラップのどこかでマシアを抜いて勝つ、という展開を考えていました。6コーナーは、ああいう押し出しかたをいちばんやりやすい場所なんですよ。だから、6コーナーのあとで最終ラップにマシアを抜いて勝つ、もしくは優勝争いするという展開を考えていました。レース中にマシアが何回か6コーナーで僕を押し出したのは、たぶん怒らせようとしてやっていた行為なんです。だから、『やりたいのならやればいいよ』くらいに思っていました」

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―そこで怒ってしまえば、相手の思う壺ですからね。


「そうそう。怒ってミスしたり転んだりしたら、向こうの狙いにハマったようなものですから。自分は速さもあったしフィーリングもよかったので、そこはあまり気にしなかったですね。アドリアンがアクセルを戻してトップグループから離されたときは、あと2周でどうやってアドリアンを抜いて前に追いつくか、ということだけに集中していました。だから、最後の2周は予選よりもアタックしながら走っていた感じですね」

―あのような荒れた展開のレースだっただけに、佐々木選手が最後まで徹底してクリーンに戦う姿が非常に印象的でした。


「来年からはMoto2に上がりますが、Moto2でチャンピオン争いをできるようになっても、『この選手はやはり今年のチャンピオンだな』と皆に思ってもらえる勝ち方をしたいし、そうしなければならない、というのが自分の考えです。

 マシアも、カタールまではチャンピオンらしい走りをしていたんですよ。だって、ホンダの中では一番速くてアベレージも高かったし、優勝は3回(オランダ、インド、日本)している。Moto3の経歴も僕と同じくらいのベテランで、チャンピオン争いをして当然の走りをしていました。今年のチャンピオン争いで彼がランキングトップにいたのは当然だと思います。だから、そういう考えを保ってチャンピオンを獲ってほしかった。僕は自分自身がチャンピオンを獲れていたと思いたいけど、『あんなことをしなくても、マシアは自分の力で充分にチャンピオンを狙えていたじゃん』と思うんですよ」

―あのようなレースを終えて数日が経過した今、レオパードレーシングとマシア選手に対してどんな気持ちですか?


「『まあ、そんなもんなんだろうな』というか……。練習走行ではアドリアンが毎回、僕と一緒のタイミングで出てきて絡んできました。僕より遅いから最終的には離されちゃうんだけど、こっちのメンタルを崩そうとしてそういうことを仕掛けてくるんですね。竜生くんならそんなことは絶対にしないじゃないですか。竜生君をクビにして、もっと速くて優勝できそうなライダーを連れてくるのならわかりますけど、実際には竜生君のほうがアドリアンよりもずっと速い。だから、そういうところも考えるとなんとなく竜生君をクビにした理由もわかりますよね。

 マシアにしても、去年の彼はあんな走りじゃなかったですもんね。そういう人たちといるから、そういう考え方に染まってしまったのかもしれない。だから、来年も彼は同じことをするかというと、そうじゃないかもしれない。レオパードってチャンピオンチームで、勝つことに対するハングリーさではある意味でナンバーワンなのかもしれないけど、そういうチームに入ってマシアは自分もその色に染まっちゃったのかもしれないですね」

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―残念ながら佐々木選手はチャンピオンを逃すことになってしまいましたが、シーズン最終戦のバレンシアGPはどんな意気込みで臨みますか。


「この週末は、Moto3で最後のレースになります。だから、速さを見せたい、ということを今は一番思っています。そうやっていい形でMoto3を終えて、Moto2にステップアップしていきたい。カタールGPが終わって応援メッセージをくださったみなさんやサポートしてくれる人々に向けて、優勝という形でこのレースを終えることができれば、支えてきた甲斐があったと皆が感じてくれるでしょう。だから、皆に応えられるようなレースをしたい。速さを見せて優勝をしたい、と思います。もちろん優勝は難しいことなんですが、最後のレースでしっかりと優勝争いをして勝ちたい、ということが今週の目標です」

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―来シーズンは、Moto2クラスに昇格してYamaha VR46 Master Campの所属になります。来年以降の展望を聞かせてください。


「どうやってMotoGPクラスに上がるか、ということを一番に考えました。KTMにはMoto2にも速いライダーがたくさんいて、MotoGPまで視野に入れたときにその中から日本人が選ばれるかというと、そこは未知数です。しかも、来年Moto2にステップアップして戦うこと自体が、絶対に簡単なことじゃないと思うんです。今のハスクバーナのチームだと、冬に自分でトレーニングして、年が明けて2月にプライベートテストと公式テストが1回ずつあって、すぐに開幕戦。そんなスケジュールで、いきなり自分が前を走れるとは思えません。たぶん、20番手スタートくらいですよ。だけど、できれば20番手スタートではなくて、ポイント争いやトップテンが見えるようないい形でMoto2クラスに上がりたい。ルーキーだから、という言い訳はしたくないんです。


そう考えながらヤマハさんと話をしてみると、600ccや1000ccの大きいバイクを用意してくれる、ということでした。日曜のバレンシアGPを終えて月曜にここで事後テストをしたら、すぐにポルティマオへ移動して大きいバイクで走り込む予定になっています。

シーズンオフはMoto2のバイクで練習はできませんけれども、大きいバイクに慣れるために1000ccや600ccのバイクでたくさん走り込む予定で、冬の間も日本に帰れないくらい、いっぱいテストが入っています。将来的にMotoGPクラスでヤマハがサテライトチームを再び持つようになるとすれば、自分のチャンスも大きくなるかもしれないし、そういったことも視野に入れながら考えてヤマハさんに移籍した、というのが正直なところです」

(■インタビュー・写真・文:西村 章  ■写真:Husqvarna Motorcycles/Yamaha/MotoGP.com)

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#MotoGPでメシを喰う
【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはSLICK、motomatters.comなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」優秀賞受賞。書き下ろしノンフィクション「再起せよースズキMotoGPの一七五二日」と「MotoGP 最速ライダーの肖像」、レーサーズ ノンフィクション第3巻となるインタビュー集「MotoGPでメシを喰う」、そして最新刊「スポーツウォッシング なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」(集英社)は絶賛発売中!


2023/11/24掲載