今年のMotoGP開幕戦タイGPは、連日33℃を越える猛暑となりました。その暑さの中で日本のレースファンの期待を一身に集めたのは、日本のエース小椋 藍でした。結果は、土曜日に行われた13ラップのスプリントで4位、26ラップで行われた日曜日の決勝レースは5位でした。
今回は、タイGP開幕前日から決勝レースまで、小椋 藍がどんな気持ちで2年目の開幕戦に挑んでいたのか、藍選手のコメントを基に振り返ってみたいと思います。
- ■文・写真:遠藤 智
タイGPは昨年も開幕戦の舞台となり、藍選手は5位と同じ結果を残しています。今年もスプリントでの初のメダル獲得と初の表彰台には届きませんでしたが、十分に評価される結果でした。※注記:スプリントのメダルについて──2023年に導入されたスプリント(決勝レースの半分の周回数で行われるレース)は、グランプリの優勝や表彰台の公式記録には含まれません。そのため、上位入賞者にはトロフィーではなくメダルが授与され、表彰も通常の表彰台ではなく特設表彰台が使用されます。
しかし、戦いを終えた藍選手の自己評価は「0点」と厳しいものでした。去年は「なにもかもが初めての経験」でしたが、今年は「去年とは違って、いつもと同じ一戦としてレースに挑める」とコメントしていただけに、去年と同じでは進歩がなかったということなのでしょう。それ以上に、去年とは違う確かな手応えを結果につなげられなかったことが、つくづく悔しかったのだろうと思います。
■開幕前日の木曜日(2月26日)
開幕戦を前に行われた公式テストで藍選手は快調にラップを刻み、総合2位でテストを終えました。タイGPの舞台となるブリラムのチャン・インターナショナル・サーキットは、2024年にMoto2チャンピオンを決めた思い出のサーキット。それ以上に、このサーキットを得意とするだけに、藍選手も開幕戦に期待するものが大きかったと思います。そこで開幕を翌日に控え、いくつか質問しましたが、藍選手はライバルたちの状況を客観的に捉え、極めて冷静にコメントしてくれました。
まず、開幕に向けての心境については「とにかく無事に終わりたい」と答え、テストが好調だった要因については「得意なサーキットということもあるけれど、それ以上にフロントのフィーリングがすごく良くなったから」と話してくれました。
【藍選手のコメント】
「フロントのフィーリングが向上した要因は、車体にあると思います。自身のライディングについては、どう変化しているのかはわかりませんが、頑張ってより良くしようとしています。去年のテストのときに比べてタイムは上がっていますが、レースウイークに入ってのタイムと比べたら、それほどではなかったと思います。ロングランのデータも良かったと言われますが、自分はスプリント(ソフト)のタイヤで連続周回していたし、他の多くはメインレース用のタイヤ(ミディアム)で走っていたので、内容的には周りの方が良かったりします。ただ、確かに気持ち良く走れているサーキットで開幕戦を迎えるというのは、気分良く入れるという点でいいかもしれません。でも、シーズンを通して考えれば、苦手なサーキットでテストできた方がプラスには働くのかなというところはあります」
開幕前の公式テストは、1週間前の土〜日に行われました。熱帯の気候に慣れるため、藍選手はテスト開始の数日前にタイに入り、好きな釣りでリラックス。狙った魚は雷魚。「しっかり準備してきたけれど、あまり釣れなかった」と残念そうでした。
今回の遠征は、普段のバイクトレーニングでメカニックなどを務める父・正治さんも同行していましたが、時間を見つけては親子でフィッシングに出かけていました。父・正治さんは「地元の人も結構釣りに来ていたけれど、釣れていたのかどうかはわからないです。地元の人たちは、たぶん食用ですね」と話していました。
藍選手に「餌(えさ)釣りなら釣れたと思う?」と聞くと、「僕はルアーでしかやらないので」という答え。日本でも、ヨーロッパの拠点となるスペインでも、時間があれば釣りに出かけている藍選手。「自然を相手にするのは難しいですね」と語っていましたが、それをいかに攻略するかが、藍選手にとっては楽しいのだろうと思いました。
■金曜日(フリー走行、プラクティス)2月27日
初日の走行を迎えた藍選手は、ウインターテストで積み上げてきたデータと走りをしっかり発揮。午前中のフリー走行ではトップのマルコ・ベゼッキ(アプリリア)から0.309秒差の4番手。午後のプラクティスは不安定な天候となり、セッション終盤に転倒を喫して9番手に終わりましたが、ダイレクトでのQ2進出を果たしました。
1日の走行を終えて、藍選手とこんなやり取りがありました。
──今日のプラクティスは小雨が降ってきて、アタックのタイミングが難しかった。天候ばかりはどうにもならないと思うのだけど、明日のスプリントも同じような時間帯に行われる。今日のような天候だったら相当難しいレースになると思うのですが……。
「レースは簡単ですよ。レースはなんでもいいです」
──え? レースはいい?
「はい、レースは(ライダーが天候を)選べないですからね。今日のような天候の方が全然難しいです。いろいろ選択肢もあるし、どうしようかな……。いま行くか、行かない方がいいのか……など。いいタイミングで出たライダーもいれば、そうじゃないライダーもいるけれど、みんなそのタイミングがいいと思ってやっているわけで……」
セッション終盤に転倒した理由は、「小雨がぱらつく中、一度アタックするためにコースに出たものの、降りがすこしだけ強くなってきたため一度ピットへ戻ってきました。ピットでは、タイヤウォーマーを巻いて待機していたのですが、再度コースに出たときには、タイヤが十分に温まりきっていなかったのだろう」と語っていました。
そのときの状況を藍選手は、こう振り返ります。
「ピットに戻ってきたとき、残り時間が6~7分だったんですね。そのときに、選択肢はふたつ。雨の降り次第だけれど、雨があがったらコースに出て行く。雨の状況(小雨)が変わらなければ、セッション終盤まで待って最後にアタックに出る。どうしようかと思っているときに、いまだゴーという合図があってコースインしたんですね。でも、アウトラップの6コーナーでフロントから転倒しちゃったんです。タイヤが温まりきっていなかったんですね。くっそーと思いましたね。ちゃんとアタックできていたら、0.5秒はタイムを上げられたと思うし……」
黒い雲が空を覆い、稲妻がピカピカ光るという難しいコンディション。気温も路面温度も高いので、小雨程度なら路面が濡れることはありません。そうしたコンディションでも、MotoGPライダーたちはタイムを上げていきます。藍選手も、0.5秒タイムを上げられていたら4番手前後までポジションを上げることができたと思います。
こうして波乱のセッションとなりましたが、なんとかギリギリでのQ2進出。MotoGPクラスの厳しい戦いを感じさせる1日でした。藍選手の土曜日の予選の目標は「2列目」。プラクティスの悔しさをぶつける予選となりそうでした。
■土曜日(予選&スプリント)2月28日
前日のプラクティスでの転倒の悔しさをぶつけることになった予選は、大きなミスはなかったものの、1周をうまくまとめられず8番手。目標の2列目に並ぶことはできませんでした。
そして迎えたスプリント。ブリラムの路面コンディションは微妙で、スタート練習で何度も失敗していたという藍選手は、慎重なスタートを切ったこともあり、ポジションを挽回することはできませんでした。しかし、序盤の混戦の中でポジションを上げ、その後、先行していたジョアン・ミル(ホンダ)をパス。さらに同じアプリリア勢のホルヘ・マルティンもパスしました。終盤はトップ3の背後に迫り、トップから約2秒差。チームメートで3位のラウル・フェルナンデスとは約1.5秒差でチェッカーを受けました。
金曜日の走行を終えたときに「ブリラムはグリッドがとても重要なレースになる」と語っていました。その通りの展開となりましたが、2人の世界チャンピオンを次々にパスした走りは、表彰台獲得がもうそこまで来ていることを感じさせました。
【藍選手のコメント】
「予選は良くなかったです。走り自体はそこまで悪いわけじゃなかったんですけどね。アタックに3回くらい出たのですが、セクターにばらつきがあって。どのアタックも1周をまとめきれなかったんです。スプリントのスタートは、とにかく失敗しないようにと思っていました。路面コンディションが微妙なので、自分自身が『うわっ』ってならないように、そして自分の前の選手が『うわっ』ってなっても、それを避けられるようにしようと思っていたら、誰も失敗しなくて、あれ? あれ? って感じでした。今日はミスなくスタートしようと守りに入ったオレが負けましたね。スプリントはトップ3には届かなかったけれど、トップ集団がすぐ近くに見えていたので悪くなかったと思います。(もし2列目からスタートできていたら? という質問には)そうですね。ラウルといいレースができたかなと思います。明日は26周のレースなので、しっかり走りたいです」
■日曜日(決勝レース)3月1日
決勝レースはレースウイークでもっとも気温が高い35℃の猛暑の中で行われ、ライダーにもタイヤにも過酷な戦いとなりました。その厳しい状況の中で、藍選手は5位でチェッカーを受けました。
8番手グリッドからスタートだったがややポジションを落とし、オープニングラップは11番手。レース中盤まではなかなかポジションを上げられない厳しい展開となり、我慢のレースとなりましたが、後半は素晴らしい追い上げを見せました。
最終ラップには、4位を走るホルヘ・マルティンの背後に迫ります。スプリントと同じような展開となりましたが、マルティンを抜くことができず、5位でフィニッシュ。マルティンとの差はわずか0.229秒。チームメートで3位になったフェルナンデスとは、レース中盤まで約10秒差がありましたが、後半の素晴らしい追い上げで3秒差まで迫りました。
【藍選手のコメント】
「今日はうまくいかなかったですね。スタートは自分の中ではいつもより良かったと思うのですが、(後ろの列からスタートした)ミルのスタートがすごく良くて、1コーナーで目の前に入られてブレーキングされてしまい、行き場を失ってポジションを落としました。その後展開が落ち着いたときには11位でした。そこから上げなきゃと思って必死に走りましたが、なかなか前に行けず、後半になって追い上げたけれど、5位でした」
──チェッカーを受けたとき、どんな気持ちでしたか?
「いやもう本当に……残念で仕方がなかったです。本当に……」
──今回、金曜日の走行が終わったときに、これまでのMotoGPのキャリアの中で一番いい状態で予選と決勝を迎えられそうだと言っていました。それだけに余計がっかりしたのでは?
「そうですね。正直、スタートはうまくいっていたのに後ろに下がってしまったので……」
──それがなければトップ3にはいけた?
「いけたというか、もう獲るつもりでいたし、可能性は十分にあると思っていたので……」
──本当に残念だったね。
「もうがっかりです。本当、自分に……久々にこんなにがっかりしました」
決勝レースのデータを見ると、藍選手の後半のペースの良さが際立っています。トップグループはレース前半こそ1分30秒台で走っていますが、後半に入ると徐々にペースが落ちて、終盤は1分33秒台から34秒台までダウン。一方の藍選手は前半は1分31秒台、後半に入っても1分32秒台をキープしてトップグループを猛追しました。序盤の遅れがなければ、表彰台は確実だったと思わせる展開でした。
中盤までなかなかポジションを上げられなかったのは、猛暑という厳しいコンディションの中でフロントタイヤの内圧を上げないようにするため、スリップストリームを使わずラインを外して走らなければならなかったことも影響しています。しかし後半になるとリアタイヤの消耗に苦しむ選手が多い中で、いつも丁寧な走りを心がけ、タイヤに優しい走りをする藍選手のペースが際立つことになりました。
レースを終えた藍選手は「数字を見れば(表彰台は)いけたと思う」とコメント。表彰台はもちろん、もしかすると優勝も可能だったのではないかと思わせる数字だっただけに、悔しさがにじむ言葉でした。
しかし、開幕戦タイGPの悔しさが次戦以降につながることは間違いありません。藍選手の初のトップ3、初表彰台は、もうすぐそこまで来ていると感じさせるレースでした。
(文・写真:遠藤 智)
