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大治郎カップ最終戦がサーキット秋ヶ瀬で開催された。開幕戦から連勝を続ける#47菅原汐恋奈(すがわらしれな)が史上初の全戦優勝のチャンピオンとなるかに注目が集まった。
開幕戦は予選レースと絶好調なのは#47菅原で、決勝でも菅原が独走態勢となり優勝を飾った。第2戦も#47菅原が勝ち、第3戦は夏休み入りし気温が40度を超す酷暑となる。決勝は#8下家丸絆穰が好ダッシュで首位に躍り出た。#81笹野陽裕が追い、ポールポジション(PP)スタートの#47菅原が追い上げ、トップに出ると、徐々に2番手以下を引き離し約7秒の差を築いてゴールし3連勝。第4戦は残暑が厳しい中で行われ、#47菅原が独走優勝を飾った。
■文・写真:佐藤洋美

 最終戦はエキスパートとフレッシュマンと2クラスが同時開催となった。公式練習で#47菅原は33秒913でトップタイムを記録、タイムアタックで33秒877とタイムを詰める。2番手に#81笹野が33秒958と迫った。予選上位4名が出場権を得たスペシャルステージが行われ、1周のタイムアタックでも#47菅原が33秒847とベストを更新した。
 スペシャルステージが行われ、これまで、たった1周のタイムアタックで、自己ベストを更新したライダーはなかったが、#47菅原が更新して、その集中力と度胸が示された。ここでは唯一の33秒台を記録、決勝前の公式練習でも33秒台を記録した。

 決勝で飛び出した#47菅原を#81笹野がぴたりとマークしトップ争いとなるが、序盤に#81笹野が転倒し再スタートするが、そこからは#47菅原の独走となる。通常よりも長い周回数(18周)を走り切り優勝を飾った。
「スタートから引き離せたら、自分のラインでは走ろうと思っていたけど、笹野選手がついてきたのでラインを変えました。このラインは、笹野選手は走ったことがないので引き離せると思った」
 菅原は冷静に作戦を変更し、途端に笹野は転倒してしまう。

#Sugawara-DaijiroCup
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 レースを見ていた母・明香さんも「あっ、ラインを変えた」と気が付いた。菅原は独走体制を築き、力強いライディングを見せトップを走る。それをサインエリアで見ていた明香さんの目から大粒の涙が流れた。
「5周を過ぎたあたりから涙が止まらなくて……」
 大治郎カップチャンピオンを獲得するために多くの時間を過ごし、努力を重ねて来た。その5年半の思いが大粒の涙になった。
 ポケバイを始めた頃は100cmしかなかった身長も今では130cmとなり成長し力強くトップを快走していた。菅原は18周を走り切り、真っ先にチェッカーフラッグを潜り、全戦全勝チャンピオンに輝いた。

#Sugawara-DaijiroCup
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 菅原が、ポケバイに乗り始めたのは4歳半だった。父・健一さんも母明香さんも、バイクの免許所持者で、バイクに乘っていた。だが、レースに関しては、見たこともやったことなかった。
 父・健一さんは、女性ライダーとして活躍した高橋桃子さんが、幼少期にポケバイに乗ってファンタのCMに出演した映像が強烈な印象となる。可愛い女の子が神業のようにバイクを操りスラロームをスイスイと進み、ファンタの清涼感と親しみやすいイメージにぴったりだった。このCMは、評判となり多くの人の目に触れた。
 健一さんは、「女の子が生まれたらポケバイに乗せたい」と思うようになる。その夢をかなえた女の子が、汐恋奈だった。
 明香さんは「レースのことは知りませんでしたが、女の子だからとダメだとか、危ないからダメと言う先入観はなかった」と言う。
 健一さんは、バイクを怖がらずに楽しいものだと思ってもらいたいと、まずはバイクの後ろに乗せ、ゆっくりとドライブした。自転車に乗れる年齢になると補助輪を付けて、近くの河原に出かけた。自転車で、アクセルの真似やブレーキを教える。勿論、スラロームも自転車で体験した。本人は嫌がることなく家族での自転車トレーニングを楽しんだ。
 幼稚園に通うようになると、いよいよ、ポケバイ(74Daijiro)を購入してサーキットデビューだ。週末はかかさずサーキットへと練習に通い、多い時は週4回のペースで通った。健一さんは「中途半場に向き合うのは良くないと思った、子供に集中しないと」と趣味のバイクをやめる。

#Sugawara-DaijiroCup
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 明香さんが振り返る。
「汐恋奈が楽しんでいることを伝わっていたように思います。バイクが楽しいのか、サーキットで出来た友達と会うのが楽しいのか、わからないけど、今まで、一度もサーキットにでかけるのは嫌だとは言わなかった」
 親にとっても、懸命に取り組む汐恋奈の姿が愛おしく、家族の楽しみになる。ふわふわと綿菓子のような色白で可愛い汐恋奈ちゃんは、皆のアイドルであり、誰もが手を差し伸べたくなる女の子ライダーだった。
 だがその容貌とは裏腹に、誰よりも努力を重ね、年上のライダーたちの背中を追い掛け、目を見張るような成長を遂げた。

 菅原に、これまでで、1番印象に残っているレースは?と聞いた。
「去年の最終戦」と答えた。
 決勝で、田中陸が逃げ、鈴木隆之介が追い、菅原がついて行く。3台は、激しいバトルを見せ、ポジションを入れ替えながら最終ラップへ突入した、横一線でゴールに向かい、田中が一瞬早くチェッカーを受けた。2位鈴木との差が0.096、そして3位菅原が0.132差だった。決勝でのファーステストラップは菅原で33秒637を記録している。
「トップ争いが出来たことが嬉しかった」と振り返る。
 そこでバトルをした田中、鈴木は大治郎カップを卒業した。
 健一さんは「ライバルがいなくなり、そこに成長があるのかと考えたら、続ける意味がないと悩みました」と言う。
 悩んでいた時期に、全日本GP3王者の尾野弘樹からチーム入りを打診された。74チャンピオン獲得者には署名なライダーが多く、タイトルを獲得してステップアップすることも大事ではないかと考えるようになった。それも、チャンピオンになるだけでなく「全戦全勝、全てのセッションでのトップタイム獲得」を掲げた。圧倒的速さを示してタイトルを輝かせようとしたのだ。

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 10歳の女の子に、重圧が推しかかる。それでも、それを励みにする強さが菅原にはあった。
 父も母も、娘だけに重圧をかけたわけではなかった。
「開幕戦から最終戦と受付も車検も、全て時間前に1番に並んで、1番の運をすべてもらおうと思った。それが、どれだけの意味があるのかはわからないが、出来ることは何でも1番を心がけた」
 会社員の健一さんは、仕事終わりに整備に取り掛かる。マシン整備は日課だった。
「絶対にトラブルがあってはならないと思って、レース前は、新品の部品に変えて、レースには、何かあっても、すぐに取り換えられるように、新品パーツを持参しました。完璧を目指しても、汐恋奈が、おかしいと違和感を指摘されて、見ると不具合が見つかったこともあります。なので、毎回、しっかり確認して送り出していました」

 アドバイザーの全日本GP3のトップライダーである若松 怜は「初めて菅原選手を見たのは2020年の開幕戦だったんですが、その時は、まだ、勝負が出来ない状態だったんですけど、去年の最終戦ですごいトップ争いのバトルをして、男子にも書けないブレーキングを見せ、練習の成果を示していました。今年は自分が主役だと、自分との戦いをしなければならない難しいシーズンだったと思いますが、それでもシーズンを引っ張った。諦めずに戦った結果、目標のタイムを記録して、プレッシャーがありながら戦い抜いた。すさまじい成長を見せてくれた」と感嘆していた。

#Sugawara-DaijiroCup
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 YouTubeのインタビューに答えるために、菅原は、手書きの手紙を持参し丁寧に読み上げた。
「2025年シーズン、サーキット秋ヶ瀬大治郎カップエキスパートクラス女子初のチャンピオンになりました。全勝出来て、とても嬉しいです。最終戦はとても緊張しました。親からよく言われたことは、練習ではバイクの上でたくさん身体を動かすこと、目線を遠くすること、レースではいつも同じスタートをすること、1周目のタイムが大事なこと、良いアベレージで走り切ることです。そして、課題に全力で取り組むことです。
 大治郎カップチャンピオンには、長島哲太選手、水野涼選手、池上聖竜選手など速い選手がたくさんいるので、同じタイトルが取れたことも嬉しいです。
 幼稚園年中の4歳から74Daijiroに乗り始めて、一番最初は秋ヶ瀬のタイムは1分6秒でした。今は33秒台で走れるようになりました。はーちゃん(母)、パパ、たくさん練習に連れて来てくれてありがとう。来年はミニバイクにステップアップの予定です、次の時代の74ライダーの皆さんもたくさん練習してチャンピオンを目指して頑張って下さい。ありがとうございました」(抜粋)
 手紙の中にはサーキット秋ヶ瀬のスタッフ、YouTube撮影のスタッフ、アドバイザーの若松や74スタッフの名前もあり皆への感謝を伝えていた。
 菅原汐恋奈は、秋ヶ瀬だけでなく、千葉北、生駒でもチャンピオンに輝いている。
 好きなライダーはMotoGPライダーのマルコ・ベッセッキで、「マルケスに抜かれても諦めずにいくところが好き」と言う。
(文・写真:佐藤洋美)

■民間救急サービス

『大治郎カップ』のレースドクターとして長年ボランティア活動を続ける、埼玉医科大学の根本学教授が、最終戦に「民間救急サービスのMedical Transportation」の専用搬送車両(救急車とほぼ同じ設備)をサーキット秋ヶ瀬に設置した。
 株式会社スター交通(バス会社)が運用するもので、病院間の転院、福祉施設から医療機関、在宅医療患者の通院などの移動手段として提供されている。最近はバスケット、卓球などのスポーツ会場やコンサート会場にも活動の場を広げている。サーキットは今回が初となる。
 根本氏は「救急車を呼んでも、場合によってはすぐに駆けつけてくれるとは限らない。時間を争う場合には、すぐに病院へ向かうことができ、救急救命士がいてくれることで応急処置も可能になる」と語る。
 今回は“伝説の救急救命士”と呼ばれる小澤正美氏が参加した。消防署に35年間勤務し、救急救護隊で活動。早くから救急医療現場に必要な資格を取得し、後進の指導にもあたってきた。その働きからレジェンドとして尊敬を集めている。小澤氏は次のように話す。
「スポーツ救護としては、本社が群馬なので地元のプロバスケットチーム『クレインサンダース』の試合に行くことが多いです。また、JAPANラリー・モントレーに参加したことはありますが、オートバイレースは今回が初めてです。転倒された方もいましたが搬送や応急手当には至りませんでした。ですが、応急手当ができる緊急現場に長けた人間が関わることが大切だと感じました。モータースポーツは外傷が起こり得る場ですので、その必要性を強く感じました」
 ライダーたちにとって、心強い存在であることは間違いない。
 この車両は、群馬・東京・埼玉を中心に全国への搬送に対応しており、24時間稼働している。
https://www.s-koutsu.com/index.html

#Sugawara-DaijiroCup
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2026/01/16掲載