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レース・イベント



■文:中村浩史 ■撮影:富樫秀明 


 その衝撃的な発表は2022年7月のことでした。
「MotoGP及びEWCレース参戦の2022年シーズンでの終了について」
ネット風にいえば【悲報】スズキさんレース活動辞めちゃうってよ、と。それ以前に非公式で発表はしていたんですが、7月の発表ではMotoGPも一緒に、世界耐久も終了、と。つまり「スズキ」としてのレース活動を完全終了します、という内容でした。

 スズキは古く、1970~80年代にもGP活動を撤退→復帰を繰り返したことがあります。
 スズキが世界グランプリに参戦を開始したのは1960年。当時の鈴木俊三社長が、汽車で本田宗一郎さんと出くわしてマン島TTの話題になり、それならウチも、と世界グランプリ参戦を決めた、という逸話も残っています。ご存知の通りホンダは、スズキより先、1954年に「マン島TT出場宣言」を発表、59年に初出場を果たしていました。
 スズキはその後、50/125/250ccクラスに参加し「2サイクルのスズキ」の異名をとるほどの強豪となりましたが、67年には参戦を終了。この時は、あまりにも日本勢が強過ぎて、FIMのレギュレーションが「日本車いじめ」に傾いたから、と言われていました。

 スズキはその後、65年にはモトクロスの世界グランプリに参戦を開始。グランプリ参戦で競争力を高め、製品の完成度やパフォーマンスを上げる、という至極まっとうなレース参戦理由だったのでしょう。70年代に入ると、今度はT500やGT750改レーシングマシンでデイトナに挑戦しています。
 74年には、スズキは世界グランプリに復帰します。時系列で追うと、GPで小排気量を完成→その技術を使って2ストモトクロッサーを完成→2スト技術が爆上がりで、市販車でも2スト攻勢→2スト大排気量マシンが充実→じゃぁGPの大排気量クラスで2スト技術研究開発を始めよう、となったのでしょう。
 そして小排気量クラスから撤退した7年後、74年にグランプリに復帰します。今度は500ccクラス、この時のグランプリ用マシンRG500は、70年に世界グランプリモトクロスを制した2ストローク125ccのエンジンをスクエア配列に4つ搭載、つまりこれがスクエア4です。
 このRG500シリーズが、76年にバリー・シーンの手によりライダー&メーカータイトルを獲得。この後、メーカータイトルを82年まで7連覇という大記録を打ち立てるわけですね。

 そしてスズキは、84年にグランプリ500ccクラスから撤退。この時は、ホンダとヤマハがしのぎを削る中、もはやスクエア4の戦闘力が限界に達したとして、ニューマシン開発のための一時休止というニュアンスでした。そのニューマシンで87年から参戦を再開。この時のニューマシンがRGV-Γ、ライダーは、あのケビン・シュワンツだったのです。
 その後、グランプリの500ccクラスを戦っていくスズキですが、2002年にグランプリマシンが2ストから4ストに世代変わりするタイミングで、1年間だけ 2ストマシンで継続参戦する予定がありました。しかし、4ストマシンGSV-Rの開発が進み、完成度が高まったことで予定より1年前倒しで4ストマシンでの参戦をスタートさせるのです。
 けれど、これで終わりではありませんでした。V型4気筒エンジンのGSV-Rの成績が上向かないとみるや、2012年に参戦を休止。今度は並列4気筒マシンGSX-RR開発のために3年間のブランクを経て復帰。その後、20年にワールドチャンピオンを獲得するも、22年いっぱいでのMotoGPと世界耐久選手権からの撤退を発表したというわけです(実際は世界耐久選手権には継続して参戦)。

#PRESS release

 こう書き連ねると、何回もヤメるって言っては始めて! ヤメるヤメる詐欺じゃないか――なんて声も上がりそうですが、これまでは休止と同時に、発表はなくても、数年後にニューマシン、または新規の体制で復帰、というニュアンスがありました。
 けれど22年いっぱいでの撤退という発表は、今までの参戦発表よりもシビアなものでした。スズキのレース活動を担っていたグループが2019年に設立されたSRC(=スズキ・レーシング・カンパニー)。ホンダとHRCのような別法人というわけではありませんでしたが、それまでの社内のいち担当部署「2輪レースグループ」(=通称ニレ)を独立させた社内カンパニーのような立場でした。
 しかし22年いっぱいでの撤退発表で、SRCを解体し、レース部門の人員は社内の他部署へとそれぞれが異動、つまりレース関連のヒトもモノも場所もなくしてしまったのです。これは本気だ。もうスズキがレースをすることは当分ないのではないか――事情を知る人ほど、スズキに近しい人ほど、そう感じたわけです。

 けれど、レース撤退を発表してからのスズキの動きは、ひとつの意思が見えているような感じでした。それは、レースと対極にあると言われるカーボンニュートラルへの動き、たとえば「非」ガソリンエンジンへの研究開発です。
レース活動をストップした23年以降の動きに、こんなものがありました。
①23年1月:カナダInmotive社と電気自動車向け二段変速機の共同開発に合意
②23年3月:(スズキが参加する)次世代グリーンCO2燃料技術研究組合にマツダが参加
③23年3月:オーストラリアApplied EVと自動運転可能な電動台車の共同開発に合意
④23年5月:水素小型モビリティ・エンジン技術研究組合の設立認可を取得
⑤23年9月:インドでのバイオマス実証事業について合意
⑥23年9月:パナソニックサイクルテックと電動アシスト自転車の駆動ユニットを活用した新しいモビリティの共同開発に合意
⑦23年11月:エリーパワーとの間で追加出資・業務提携契約締結

 その他にも活動はあるだろうけれど、スズキが会社的にオフィシャルに発表したのが上のニュース。このニュース前にMotoGP活動の取りやめニュースがあったわけですから、無理やりつなげて考えると
「MotoGPを取りやめます」その後
「電気自動車向け技術、CO2燃料技術研究組合の活動をしています、自動運転可能な電動台車を作ります、水素小型モビリティ技術を研究します、バイオマス実証事業を進めます、電動アシスト自転車ユニットを使って新しい小型モビリティを開発します」と言っているわけです。

 これをつなげると、2輪レース用の高出力ガソリンエンジンよりも、電気自動車や水素小型モビリティのような分野に注力していきます、という意味にとってもいいわけです。もちろん、そんな短絡的な発表ではありませんけどね。ちなみに⑦にあるエリーパワーとは、スズキとヨシムラと共同開発で、EWC仕様GSX-R1000Rに使用しているリチウムイオン電池のメーカーです。鉛じゃないバッテリー、これもカーボンニュートラル方策へのひとつです。

 そして、この東京モーターサイクルショーで発表したのが、スズキが「24年の鈴鹿8時間耐久ロードレースに参戦する」というニュース!
 もちろん、現在ヨシムラSERT MOTULが活動しているEWC参戦とは別動隊で、まったく別の単独プロジェクト。ステージ上で初めて見るカラーリングのGSX-R1000Rがアンヴェールされ、田中 強二輪事業本部長が、こうコメントしました。

「スズキはこの車両で、サスティナブル燃料を使用し、本年7月に開催される2024FIM世界耐久選手権‟コカコーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース第42回大会に参戦いたします」
 おぉぉぉぉ、とザワザワするスズキブース。続けます。
「チーム名は『チームスズキCNチャレンジ』。参戦クラスはエクスペリメンタル(=実験)クラスとし、サスティナブル燃料の他に、プロジェクトにご賛同いただいたパートナー企業様のタイヤ、オイル、カウル、ブレーキなど、複数のサスティナブルアイテムを使用して、新技術の開発を兼ね、挑戦いたします。今回の参戦は、耐久レースの厳しい条件での実走行を通じ、環境性能技術の開発を加速させることを目的としています。スズキはこのチャレンジで環境技術向上のみならず、人材育成やモチベーションの向上にもつなげ、将来のより良い製品づくりのために取り組んでまいります」

 おぉ! そう来たか! が正直な印象でした。MotoGPやEWCのレースを続けることは、もちろんガソリンエンジンをはじめとした「現代の」バイクの研究開発がメインテーマ。だからスズキは、その研究開発をおしまいにして、カーボンニュートラルなレース車両についての研究開発をいち早く始める、ということです。スズキはもうレースやんない! って言ってたわけじゃなかったんですね。ちなみにチーム名のCNはカーボン・ニュートラルの略です。
 
 それなら、MotoGP活動終了のお知らせと同時に、この発表をしてくれたらよかったのに! でも、タイミングでしょうか、今までと全く違う活動について、タイヤ、オイル、パーツ屋さんに協力をお願いして賛同を得るまでは発表できなかったんだと思います。
 ちなみにCN燃料でのロードレースは、ご存知のように現在、全日本ロードレースJSB1000クラスが先行して行なっていますが、スズキCNチャレンジが24年のGSX-R1000Rに使用する燃料は、FIM公認の40%バイオ由来のサスティナブル燃料です。全日本ロードは100%バイオ由来燃料です。もちろん、これは現在、EWCの公認燃料ではないため、賞典外の「エクスペリメンタル」クラスでの出場なんですね。

■使用予定のサスティナブルアイテムは下のとおり。

#PRESS release

 新しいのはブリヂストンが供給するという、再生資源・再生可能資源比率を向上したタイヤですね。MotoGPの電動バイク「MotoE」クラスにミシュランが「ミシュラン パワースリックMOTO E」を供給していますが、それも「50%以上再生可能な材料」を使用しているタイヤです。再生材とは、寿命が来た(つまりボウズタイヤですね)乗用車やトラックのタイヤのカーボンブラックや天然ゴムなどを取り出して再使用する、というものです。

#31
#ミシュラン・パワースリックMOTO E
これが2024年仕様のミシュラン・パワースリックMOTO E 23年モデルよりも再生可能比率を上げているんだそうです。

 さらにカウルはJHIの再生カーボン材を使用します。JHIとは、旧社名:日本ハイドロシステムで、東京R&Dコンポジット工業よりカーボンファイバー事業を継承して現在の活動に至っている会社です。ご存知の方も多いでしょうが、NAPSのフルカーボンハヤブサがあったでしょう? あのプロジェクトもJHIが参加していましたね。
 また前後フェンダーはTrasが手掛ける、スイスBcomp、天然亜麻繊維を使用した革新複合材料を使用していますが、これは23年のスズキ主催KATANAミーティングでも展示されていました。こんなに早く実用化するのかー!

#カウル
#カウル

#カウル
23年のKATANAミーティングに展示されていた亜麻繊維で成形されたカウル。これ実用化するんですか?って聞いたら、まぁ意味のあるところになら使用されるでしょうけど、市販車にはどうでしょうか、ってTrasのスタッフさんがおっしゃっていました。

 24年には7月中旬に行われる鈴鹿8耐。プロジェクトリーダーは、MotoGPでもチームディレクターを務めていた佐原伸一さん、チームメンバーは社内から自薦他薦で集めての活動で、ライダーはまだ未定だそうです。それでも、ここに参戦する、と発表したからには、もう急ピッチで準備が進んでいるでしょうし、すでにマシンは走り出しているかもしれませんね。
 マシンはヨシムラと共同で開発、テストライダーは社内に市販車のテスト課がありますし、昨シーズン、全日本ロードレースST1000クラスに参戦していたライダーがスズキに入社した、というニュースもありましたから、そこも何らかのリンクがあるのだと思います。

#佐原さ
右がスズキCNチャレンジのプロジェクトリーダー、佐原さん。ニレからの移動で「いまどこの部署にいるんですか?」って質問したことがあって「いろいろだよ。将来ものだよね」なんて言っていたんですが、コレにつながる部署だったかー!

 スズキが世界中のファンをやきもきさせてまでMotoGPから撤退した理由の少しが分かった気がします。もちろん、MotoGPやEWC活動を続けているホンダ、ヤマハはものすごいんですよ、スズキが別の方向からバイクレースの未来を考えている、ということなのでしょう。
 もちろん、このニュースは「スズキがMotoGPに復帰!」という意味では全くありません。けれど、MotoGPが将来、カーボンニュートラルを進めて、レギュレーションが大きく改訂されたら、そこでスズキの出番があるかもしれません。将来のバイクのための研究開発ですから。
 まずは7月中旬の鈴鹿8耐へ向けて、徐々に明らかになるスズキCNチャレンジのニュースに注目しましょう!

(文:中村浩史、撮影:富樫秀明)

#GSX-R1000RヨシムラSERT
GSX-R1000RヨシムラSERT EWC CN使用と名付けられたマシン。外観からは従来のGSX-R1000Rとの違いが判かりませんが、カラーリングがヨシムラSERT MOTULのGSX-Rの赤×黒を青×黒としたようなイメージですね。ゼッケンは「0」です。
#前後フェンダー
前後フェンダーはすでに実車用の亜麻繊維を使用した樹脂、ディスクローターもサンスター製の熱処理廃止鉄製ディスクを使用しているそうです。

2024/03/27掲載