2017年に発表され、2018年に発売。以来大型車クラスにおいてトップクラスのセールスを続けているカワサキZ900RS。その姿は同じカワサキの名車Z1をイメージさせるもので、当時を知る者には「現代版Z1」として、若い世代のライダーには「とても新鮮な美しいオートバイ」として高い評価を得ている。
その魅力の根幹は、何と言っても車体デザインだろう。Z900RSはどのようにしてこの世に誕生したのか。主任デザイナーの松村典和さんにうかがった(この模様は、ミスター・バイクBG4月号巻頭『市原隼人とZ1』の撮影取材において、市原隼人さんと共にインタビュー収録されたものです)。
松村:大型車クラスのニューモデルを出すとなった時、当初「クラシックな雰囲気&レトロテイストなモデル」は候補として挙がったコンセプトの中の一つだったのですが、世界的な市場調査をした結果、より明確なものとなっていきました。
特にヨーロッパでは伝統を重んじる文化が根強く残っており、例えば「メーカーの顔となっているエンジンがある」というアイデンティティが浸透し、認められています。そこにカワサキから自身の過去と何の関係もないレトロなモデルを出しても、認められないでしょう。長い歴史を経て現在のカワサキがある。その伝統を踏まえたモデルとすることで、価値が生まれるという考えに至りました。
カワサキをイメージさせる最も象徴的なモデルといえば、Z1。こうしてZ900RSは「Z1の雰囲気を継承するモデル」というデザインコンセプトに決定し、具体的な開発がスタートした。
実は松村さんは「大型のニューモデルを出す」となった時点で「僕にやらせてくれ」と自ら手を挙げていた。既にカワサキデザイン部の中で部下の指導も担う役職となっていた松村さんにとって、このニューモデルは専任として携わる最後の作品となることが予想されたのだ。だからデザイナーとしての総仕上げとして、このプロジェクトをやりたかった。
松村:まだデザインコンセプトが正式に決まる前から、アイデアスケッチを次々と描いてイメージを膨らませていきました。ある程度のスケッチが出来上がってから「こういうのはどうですか?」と提案し、カワサキらしいモデルとして調整していきました。僕が考えるオートバイらしさとは何なのかを今一度思い描いた上で、「こうであって欲しい」をどれだけ入れ込めるか、が大きな課題でしたね。オートバイって「この角度から見るのが一番カッコイイ。ずっと見ていられる」という一瞬の景色が必ずどこかにあります。それを「どこから見てもそう思えるように」と作り込んでいきました。
Z900RSのベースとなったのは、水冷4気筒エンジンを搭載するZ900。現代的な尖った車体デザインで、ダブルクレードルフレームのメインチューブはワイドスパン。この車体から、丸味を帯びたデザインのZ1をイメージさせる形とするには、並々ならない手間と苦労があったのは想像に難くない。
松村:Z900RSのエンジンは、シリンダー以外外観は全て新規で起こしています。ヘッドにフィンを設け、カムカバーは丸味を帯びたものに。クラッチカバー等も専用デザインです。
フレームは、Z900とは全く違う専用設計です。Z900のままでは、ティアドロップ形状のフューエルタンクを上に載せるとメインチューブが左右に出てしまう。このためメインチューブの幅を狭くし、シートレールも変えています。また、エアクリーナーボックスはエンジンの真後ろではなく斜め上に位置するので(フューエルタンクが載るスペースの多くを占める)、この点を考慮した上でデザインする必要がありました。しかも容量は17Lを確保する事が命題でした。もちろん、求めるシートの高さとデザインもあります。全ての条件をクリアするために、通常では不可能なことを、各設計部署に直接交渉して協力してもらいながら実現しました。例えば、フューエルタンクのシームライン(上部と下部の合わせ溶接面)とフレームとのクリアランスをあと何ミリ詰めれば、容量が確保できるか。そこにダンパーラバーを入れたらどうかなど、細かく調整しました。
そして細かな調整は、クレイモデル製作の段階でも行われた。
松村:クレイの色は膨張色ですから、実際に純正カラーとなるまでは『この形が正しいか』は分からないのです。色味によって印象が変わります。ですので『このボリュームなら色を塗ってもバランスが良いだろう』と想定して作ります。削る、盛るの作業を幾度となく繰り返しました。ここは長年車体デザインを手掛けてきた経験が生きました。
また、僕自身オートバイに乗り続けていたのも良かったと思います。乗っているからこそ、どのようなビューが、どのようなボリュームがカッコイイかが分かり、形作ることが出来たと思います。もちろんその行程は並大抵ではありませんでした。何せ相手はZ1ですから。
ここで、市原隼人さんから核心を突く質問が出た。
市原隼人:そもそもZ1に対し、どのようなイメージをお持ちだったのでしょうか。
松村:Z1は……単車、オートバイとして『スタンダード』だと思います。僕の原体験として、近所のカッコイイお兄さんがオートバイを洗車していたシーンがあります。水滴が流れ落ちる外装やエンジンの姿。無意識にいいなぁと刷り込まれました。そういった普遍的な『カッコイイ』がZ1にはある。それをZ900RSでも表現できたらと取り組みました。
市原:しっかり継承されているのですね。例えば音楽やファッションも、中学生の頃に好きになったものは大人になっても好きでいられる。役者もそうです。僕も『役者ってカッコイイ』と思い続けて役者になりました。そして今は『演じることは難しい、理想を追いかければ追いかけるほど逃げていく』という感覚があります。オートバイのデザインも同じなんですね。Z1に多くのライダーが乗り、体感し、憧れの的になった。この大きな存在に挑戦してZ900RSをデザインしたことが、とても価値のあるものなんだと思います。
市原:オートバイは、時代によって変わる乗り物です。昔は技術的に出来なかったけれど、現代は可能になった技術がある。逆に昔は出来たけれど、今は不可能なものがある。こういった中で、Z900RSにはどういった要素を盛り込んだのでしょうか。
松村:現代のモデルを作るのですから、過去にとらわれすぎてはいけないという思いはありました。最新の技術を採用し、かつZ1の雰囲気がある。そのバランスを取らないといけないと考えました。例えばホイールです。Z1に採用されたスポークホイール仕様は、Z900RSの車重、タイヤ選択の自由度、求める操縦安定性を考えると不可となりました。そこでキャストホイール仕様となったのですが、スポークの部分が(横から見たら)細く見えるようにデザインしています。強度解析技術が発展した現在だからこそ、出来たものです。
市原隼人さんからの「ご自分が思い描いたものの何パーセントが実現できましたか?」という質問に「全開でやりました。100パーセントです!」と応えてくれた松村さん。
Z900RSは、Z1と同じ1972年に生まれた松村さん、そしてカワサキ開発陣の熱意によって誕生した。コンピュータやAI、リサーチ機能が遥かに発達した現代においても、オートバイは血の通った人間が創り出す乗り物なのだと確信したひとときとなった。
最後に余談として聞いてみた。
Z1のバックミラーは、担当デザイナーである多田憲正さんが好物の三笠饅頭をモチーフとしてデザインしたと言われています。Z900RSも、こういった松村さんの私生活を採り入れた箇所があるのでしょうか。
松村:実はあるんです。Z900RSカフェは、僕の愛車Z750FOUR(D1)をカフェスタイルにカスタムしていた頃の造形をそのまま投影しています。
(取材・構成:ミスター・バイクBG編集部)
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