優しさに包まれて
多くのアドベンチャーモデルは最新装備満載であり、その満載感をルックスからも醸し出しているような、ある種攻撃的な印象を受けたりもするのに対し、この「ノーデン901」はどこか優しさのある雰囲気が素敵である。丸ライトやシンプルな面構成のカウル、落ち着いたカラーリングなどがその雰囲気を作り出しているのだろう。またとてもシンプルなメーターや最小限のスイッチ類としている左右スイッチボックスなど、跨って目に入るところにおいてもライダーを構えさせる要素が少ない。900ccほどの排気量を持つにもかかわらず、「これなら大丈夫」と思わせてくれるのが好印象だ。
ご存知のように、今のハスクバーナ・モーターサイクルズはKTMグループであるため、このノーデン901も生産はオーストリアであり、KTMの890アドベンチャーとは基本骨格を共有する兄弟モデルである。パラツインエンジンや左右に振り分けて低重心化を狙った燃料タンクなど設計思想は共通。しかしその中でルックスだけでないハスクバーナブランドならではの味付けを狙ったのが、試乗から体験できた。KTMのアクティブさよりも、付き合いやすさや優しさを押し出しているのだ。
ホンダのNC700/750的低重心感覚
シート高はローシート状態でも854mmと決して低くはない。加えて長距離を快適に走るためにシートに幅を持たせている関係で足着きも特別良いという印象もないのに、走り出すとハンドルとの位置関係や、車体バランスの関係か非常に低重心に感じ、シート高がとても低いような錯覚を得る。左右に振り分けられた燃料タンクにより、まるでヤジロベエ的に低い位置から車体を安定させてくれている印象で、それにより生み出される安心感はまるでホンダのNC700/750Xシリーズかと思わせるほど付き合いやすい。高い位置に重心を持ってきて運動性を高めようというモデルが多い中、この低重心の安定感は強い味方。ハスクバーナ関係者は安定した運動性だけでなく、この低重心は長距離走行での疲れなさも狙ったものだと語ってくれた。
これのおかげで、感覚的にエンジンもNCのような低回転型を勝手に予想してしまったが、これは逆に裏切られ、あくまでKTMらしいフリクション感少なくピャッ!とフケる特性だった。アクセルワイヤーを持たない電子制御スロットルのアクセル開け始めの部分はいくらかファジーで、NCのように超微開域からラフにクラッチを放していいわけではなく、ちゃんと回転数がアイドリング以上になっていることを確認してからクラッチを優しく繋ぐ必要がある。またこのアイドリング+αの領域でのトルクは特別厚いというわけではないため、標準であるストリートモードでもトルクに任せて緩慢に加速するよりは積極的にアクセルを開けたほうが本来のKTMらしい楽しさが引き出せるだろう。
ちょうどいいエンジンとわかりやすいディスプレイ
車体の優しさにより受けた印象から怠けた操作で接してしまったことを反省しながら、意識を切り替えて積極的に走らせると、全てが良いバランスにあることに気付く。クラッチの軽さやハンドル切れ角の大きさ、快適なアップハンドルにより取り回しは良好で900ccクラスというよりは感覚的には650ccクラスである。ディスプレイはわかりやすく、また左のスイッチボックスは簡素で操作も直感的にしやすい。特に好印象だったのは、今の電子制御満載バイクではディスプレイの情報も過多になりやすい中、「簡素モード」みたいなものがあり、必要最低限の表示にすることもできたこと。視界に入る情報が大げさではなくとても見やすかった。
エンジンのモードは標準のストリートモードの他、レスポンスを抑えたレインモードと、トラコンなどの設定をオフロード向きとしたオフロードモードを備えています。そしてオプションとして各種設定を好きに組み立てられるエクスプローラーモードも用意されている。色々試したが、ストリートモードの作り込みがとても良く、舗装路であればこれでほぼ事足りそうな印象。レインモードは明確にレスポンスが抑えられるが、ストリートモードのフレキシビリティを考えれば特別使いそうな場面も無さそうに思えた。またオフロードモードはトラコンの制御が絶妙で、不整地でわざとアクセルを大きく開けるとリアがスライドし、良いアングルのままずーッとスライドを続けてくれる。速く、もしくは安全に走るためということは置いておいて、これはシンプルに楽しくカッコイイ気分に浸れた。次のギアに入れても引き続きスライドを続けるのだからたまらない。筆者には900ccクラスのバイクでカウンターを当て続けて走る技術は無いため、完全に電子制御のおかげでひらけた楽しみ方である。
ただ、撮影のために細かいオフロードセクションが設けられた場所ではさすがにバイクのサイズを持て余す感はあった。フロント21インチでありオフロード性能が高いような印象も受けるが、とはいえ200kgを超える車重の900ccクラス、狭いドロドロ路も走れなくはないものの、フラットダートぐらいが楽しめるシチュエーションだろう。
21インチタイヤとスコーピオンラリーSTR
こういった大排気量アドベンチャーモデルでは、オフロード性能がどうなのかと取り沙汰されることが多いが、少なくとも筆者はサイズや重量を考えるとできるだけオフロード走行はしたくないと思っている。一部本気のオフロードに持ち込む愛好家もいるが、腕と度胸、体力と経済力を高いレベルで必要とする行為に思う。しかしノーデンはフロントに21インチタイヤを履き、そしてタイヤはピレリのスコーピオンラリーSTRというブロック形状が勇ましい銘柄。どうしてもオフロードのイメージは強いだろう。
実際のオフロード性能は先述したようにフラットダートぐらいが最も楽しめるシチュエーションに思う。ロード向けのタイヤを履く19インチモデルに比べれば許容度は高いだろうが、いずれにせよ高価なバイクで無理はしたくない。なお純正装着のハンドルガードは樹脂製であり転倒すれば折れてしまうだろう。
一方でオンロードでも自然な操舵性を見せてくれるのはありがたい。低い重心位置から大きな前輪が左右に切れていくハンドリングは安心感を伴うもので、良い意味で緩慢だ。タイヤもブロックパターンを思えば十分にグリップし、元気にワインディングを走るのも楽しかったし、淡々と走る場面でもロードノイズが気になるといったこともなかった。また試乗当日は雪がちらつく極寒シチュエーションだったが、そんな場面でもブロックタイヤは安心感を提供してくれアドベンチャー感を高めてくれた。
シート高変更で……まるで別のバイク!
ここまでの試乗で、ノーデンは低重心で付き合いやすい車体にKTMの元気なパラツインが載っているバイク、という印象でいた。しかし簡単に変更できるハイシート位置にすると操作性がガラリと変わるという話を聞き試してみると、ガラリと変わるどころかエンジンマッピングまで変わったような激変ぶりだった。
高いシート位置は874mmとなかなかの高さ。しかしこの位置にするとハンドルが相対的に低くなり上体が前傾するためフロントタイヤ荷重も増える。先ほどまでは大きな21インチタイヤの後ろに構えて、ヤジロベエ的タンクに助けられてのんびり走っていたのが、途端にバイクに覆いかぶさって積極的な入力をするようになるのだ。駐車場を一周しただけでその激変ぶりに驚き改めてワインディングへと繰り出した。
シートにより変更された車体バランスは非常にシャキッとしたものに代わり、先ほどまで隠れていたKTMらしさが前面に押し出された印象。ノンビリツーリングバイクがスポーツバイクに生まれ変わり、フロントタイヤからグリグリ攻めたくなるハンドリングとなっていた。アクセル開度も自ずと大きくなり、先ほどまでは使おうとも思わなかった高回転域ばかり使ってしまう。ハイシート位置にすることで元気なKTMエンジンと車体の性格がマッチした感覚にアドレナリンが湧き出、105馬力(77kW)を存分に活用し、車体を左右にヒラヒラと翻し、スコーピオンラリーSTRが悲鳴を上げてトラコンやABSが介入するという、当初は想像もしなかったような走りをしてしまい自制心が試される。
ここまでペースが上がってくると、フロント21インチのブロックタイヤがむしろ一つのリミッターとなり、そのおかげで「無理はしないでおこう」という気になる。これにフロント19インチのロード向けタイヤがついていたら……なんてことも考えてしまうが、それでは道を選ばず長距離を楽しくスマートに走り切るノーデンのコンセプトではなくなってしまうだろう。
どちらの性格もジキル博士
片方が優等生で、もう片方が攻撃的な二面性を持つ車両もあるが、ノーデン901はモード切り替えではなくシート高の設定位置によりこの二面性を持っていた。しかも両方の性格がそれぞれの視点で優等生。ハイド氏は存在しなかった。
イメージ映像には北欧のオン・オフ路を荷物満載で楽しそうに走破していくシーンが流れていたが、車体の性格、エンジンの性格に加え、純正で装着するフォグランプや大きなハンドル切れ角、大容量タンクがそういった様々なシチュエーションで、時にはアクティブに、そして時には懐深くサポートしてくれるだろう。
しかし一方で日本国内で短距離を楽しむ場合、低いシート位置でのんびり走りたい時は「もう少し微開領域でのトルクフルさやフレキシビリティが欲しい」だとか、逆に高いシート位置で積極的に走りたい時は「もう少しグリップの良いタイヤが欲しい」だとか、「その先のもうチョイ!」が欲しくなるような優等生ぶりに感じてしまうこともあるかもしれない。全方位のバランスが良くとれた優等生バイクの贅沢な悩みである。
丸ライトとシンプルなカラーリングで柔らかい印象を受けるルックス、そしてノンビリも積極的も楽しめるキャラクター、付き合いやすい電子制御や各操作系、そしてちょっと珍しい北欧のブランドという魅力もあり、道を選ばない、バランスの取れた、人と違うバイクに乗りたいというユーザーにヒットするモデルに感じた。
(試乗・文:ノア セレン)
●オプション装着車
■エンジン種類:水冷4ストローク並列2気筒DOHC4バルブ ■総排気量:889cm3 ■ボア×ストローク:90.7×68.8mm ■最高出力:77kW(105PS)/8,000rpm ■最大トルク:100N・m/6,500rpm ■全長×全幅×全高:–×–×–m ■ホイールベース:1,513mm ■シート高:854/874mm ■車両重量(燃料除く):204kg ■燃料タンク容量:19L ■変速機形式: 常時噛合式6段リターン■ブレーキ(前/後):油圧式シングルディスク(ABS)/油圧式シングルディスク(ABS) ■懸架方式(前・後):テレスコピック式・スイングアーム式 ■メーカー希望小売価格(消費税10%込み):1,745,000円