KR500(1982)
1970年代後半から1980年初頭のWGP500クラスはキング・ケニーことケニー・ロバーツを筆頭とするヤマハYZR軍団と、 バリー・シーン、フランコ・ウンチーニらのスズキRGシリーズの2大勢力が台頭、ホンダは唯一4スト8バルブのNRで参戦していたのだが、 勝利への道は遠かった。
そんな2大勢力に真っ向勝負を挑むようにカワサキが投入したワークスマシンがKR500。
1970年代前半からKR250で積み上げたノウハウの集大成ともいえるマシンで、エンジンはKR250のタンデムツインをそのまま並列に 2個並べたようなスクエア4レイアウト(ちなみにYZRもRGBも同レイアウトで、 4ストのホンダ以外はスクエア4の三つ巴となった)。
ある意味でエンジンは実績に裏付けされていたが、フレームは違っていた。一般的なパイプフレームではなく、 軽量化と低重心化、エンジン脱着時の整備性向上などを狙い、アルミ板を使用した野心的なバックボーン型のモノコックフレームが 採用された。
ライダーはもちろん、1978年、79年とKR250/350で両クラスを2年連続制覇したエースのコーク・バリントン(南アフリカ出身)。
シーズン前の参戦記者発表会に、コーク自身は駆けつけたが、肝心のマシンは、 開発が遅れており写真発表のみ。実はまだテストすらできない状態であったという。
初のWGP500専用マシンであり、斬新な設計を取り入れたため開発が遅れていたが、 KR250、350の活躍もあり、KRシリーズのフラッグシップは、大いに期待が持たれた。
こうして1980年シーズンから実践投入されたKR500は、第3戦イタリアGP(第1、2戦は大雪でキャンセル)で WGPデビューを果たすも、電気系トラブルが発生してしまいわずか4周で終わってしまった。
その後スペインGPを13位で完走し、フランスGP8位、フィンランドGP5位と着実に順位を上げたものの、 イギリスGP7位、西ドイツGP11位と苦戦を強いられ、デビューイヤーのランキングは12位に終わる。
軽量化を狙ったはずのモノコック構造だったが、当時の技術では接合部分にボルトを多用していたりしたため 逆に重量の増加を招いてしまい、KR250では無敵を誇ったエンジンも、単純に2倍のパワーが出せる訳もなく、 安定期に入り絶対的速さを誇ったYZRやRGBに劣っており、250、350を制した名手コーク・バリントンでさえ苦戦を強いられたので ある。
翌1981年は前年の経験を生かし、パワーアップや軽量化、空力特性の向上、ホイールベース短縮、アンチノーズダイブ機構の追加など 大幅に改良され、第3戦オランダGPでは、先行車のリタイアによるタナボタではあったが3位入賞、第6戦イギリスGPでも好走した ものの、ロータリーディスクの粉砕により痛恨のリタイア。しかし第7戦フィンランドGPでは、ケニー、 マモラと互角のバトルを展開し、自力での3位入賞、最終戦も4位と好走し、来シーズンへと大きな希望をつないだ。
1982年、チーム側はやっと「走る」ようになった81年型をベースに煮詰めていくという着実な方針で勝利への道を歩もうとしたが、この頃からWGP500の開発競争は過激さを増しており、一歩でも先に進みたい開発側はフロント16インチ、プレスバックボーンタイプのニューフレームなど大幅な設計変更によるニューマシンを用意していた。
ワークスと言えど、コークやケン・鈴木自らがトランスポーターのハンドルを握って移動しながら闘う、古き良きスタイルの小規模なチームの時代は終焉を告げていた。ニューマシンを一からセットアップして闘うには、人も時間も資金も、なにもかもが不足していたのだ。さらにシーズン途中には今シーズン限りの撤退も決まってしまい、開発もストップしてしまう。
何もかもがちぐはぐなまま低迷を続け、前年の快走がうそのような最高位はやっとこさ6位という散々たる状態で迎えた 最終戦西ドイツGPでは、まさかのリタイアで有終の美を飾ることは出来なかった。
決定どおりこのシーズンを最後にカワサキはレースから撤退、ライダーひとりに監督とメカニックが3人(ひとりはコークの実兄) という史上まれに見る小さいながら、よくまとまった個性的なチームとともに、KRはWGPから去った。
結局、KR500はコーク以外がライディングすることなく、コーク専用マシンとして生涯を終えた。 監督のケン・鈴木氏がかつて本誌のインタビューで「コークだからこそ、あれだけの闘いが出来た」 としみじみ語ったように、欠点を出さないように長所を引き出して乗るのがプロという、職人ライダー気質のコークと のコンビあればこそのKR500でもあったのだろう。
勝利とは縁がなかったが、そう言う意味では、パートナーに恵まれた幸せなマシンだったのかもしれない。
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