■おかかごはんの唄はもう聞こえない。
(2010.9.27更新)
前回紹介した立会川の亮さんから手紙が来ました。
WEBってすごいんですね!となるのはドラマだけ。もちろん手紙がくるなんてことあるはずないです
私のところにやってくるのは……
「売り注文と買い注文同時に出しましょう。絶対に儲かりますから」
「この洗剤はすごいんです。で、子会員を一人作るごとに…」
「通貨なんですから、国が無くならない限り価値が下がることはないんですよ」
「セレブな奥様が割り切ったお友達を捜しています。費用は無料どころかお小遣いまで」エトセトラ…こんなのばっかりです。
おいしそうな話はごろごろしていますが、真に受けるととんでもない未来が大きなお口をぱっくり開けて待っている…少なくとも私の前に、そんなオイシイ話があるはずないんです。
やはり、身の丈にあったこじんまりとした幸せが一番です。その昔、ぼったくりノーパン喫茶でえらい目に遭って以来の家訓です。
高校時代、授業中は机の下に隠したオートバイ誌を熟読(しかし当時のオートバイ誌は厚すぎて、先生に気付かれた緊急時没収確率が高かった。その教訓を生かしコンパクトなミスター・バイクを愛読し始めたら、「なんじゃこれ!」とハマってしまったんです)し、空想ライディングにふけり、バイク購入のためのバイトばっかりしていました。
当然勉強などする暇もなく、しかも子供の多い昭和30年代後半生まれですから大学受験は大変でした。「早慶」なんて宇宙の彼方。「明治、青学、立教、中央、法政」(最近は頭文字をとって「MARCH」と言うそうです)も雲の上。「日東駒専」クラスはちょっとだけ手が届きそうな夢。「大東亜帝国」なら超猛勉強でなんとかなるかもしれない……という当時の標準仕様バカ高校生でしたから、当然奇跡は起こりませんでした。
勉強嫌いが浪人しても結果は目に見えているのですが、当時の風潮というか、まだ景気も良かったこともあり、水道橋の歴史のある予備校に通うことになりました
その歴史ある予備校の隣に立ち喰いそばやさんがありました。
朝からおつゆと天ぷらのいいかおりがズシズシとストマックを急襲し、道行く腹ペコ浪人の4割は吸い込まれていくという凄まじいキルレシオを誇るお店でした。
奥に細長いウナギの寝床の店内はいつも混雑していました。おつゆと油がじゅんわりと染みこみコールタールを思わせる真っ黒な床と、油でにゅるっとしたくすんだピンクのデコラのカウンター、店主は白衣に白い帽子の典型的そばやさんスタイルの無口なおやっさんと記憶しています。ですが、肝心のお店の名前は……覚えていません。
あれ?そういえば、無口なのは独特のリズムでカツを刻むカレーやさんの「わいわい」のニイさんだったかな……。記憶が混沌としております。ちなみに「わいわい」(「ワイワイ」だったかも)というのは、麻雀に勝って裕福になるとカツカレーを食べに行った小さなカレーやさんです。どこにあったのか場所がまったく思い出せません。ホントにあったのかどうか、かなり自信がなくなってまいりました。
わいわいはおいおいとして、まずはそば。ぱさぱさのゆでそばとしょうゆ辛いおつゆの典型的な関東立ち喰い系そばでした。からっと揚がっているわけのないコロモ7割ぷくぷくの天ぷらは、味はともかくやたら種類が豊富で油ですすけた壁一面に手書きのメニューが貼ってありました。
そんな、ごく普通の立ち喰いそばでしたが、ほぼ毎日のように吸い込まれていました。
私の場合、キルレシオはほぼ0:10の完敗。貴重な金銭搭乗員をどんどこ消耗していく姿は、太平洋戦争中期の「い号作戦」状態ですが、その結果「バ☆ソ」の才能(というか煩悩)の礎が開かれたのも歴史的な事実です(へへへ…)。
さて、1年間ほぼ毎日通ったくだんの(九段ではなく水道橋です)立ち喰いそばやさんですが、わざわざ総武線に揺られて行くほどのこともんでもなく、浪人終了と同時に疎遠になりました。
「大学に合格したら流星艦攻と彗星艦爆を満載した空母信濃のように、すべての天ぷらを全部搭載したそばを食べるんだ」と言っていたシンジは、あっというまに撃沈された空母信濃のごとく天ぷら満載そばを食べることもなく、緑色の服が支給される全寮制の会社に無事就職しました。
「大人になったら社長になって、わいわいのカツカレーを毎日喰うんだ」と言っていたぷーさんは、ホンモノのぷーさんになったと、風の便りが教えてくれました
あれから二十数年の月日が流れました。2005年の春、久々に予備校の前を通ると……私のようなバカが集まりすぎて進学率がガタ落ちになったからか、はたまた少子化の影響か、建物は健在でしたが半分は某大学の校舎に、半分はこともあろうかチェーン店の居酒屋に化けておりました……。で、となりの立ち喰いそばやさんも小綺麗なお店に変身しておりました。
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- バ☆ソ
それが今回紹介させていただく「みよし」さんです。半分使ってやっと本題です。ムダ話が長い長い。ムダといえば無駄なダムと一刀両断にされたあのダム、その後どうなったんでしょう?
今ならば「きたなシュラン」の候補になったかもしれない油でくすんでいた店内は、見事全面リニューアル。染みひとつない清潔感あふれる明るいお店に大変身。しかも「鰹節屋の自慢のつゆ」という自信満々のサブタイトル付きでありました。
学生時代は光浦級だった娘が、社会人デビューでバリバリのエビちゃんOL(風)に大チューンのようなもんです。居酒屋になった学舎(まったく学んでいませんでしたけど)と同等の衝撃でした。
へーえっ、あの店がねえ…と、当時はなかった戸を開け店内に吸い込まれたとしても誰が私を責められましょう(やはりここは定石に則り「誰も責めませんけど」というツッコミしておいたほうがいいでしょうか?)たとえ13分前にいもやの天丼を食べたばかりでもです。
おしながきを見渡すと、かけそば250円とかなりお安めの価格設定です。ここでよく食べた天ぷらそばはいくらだったのか…味はぼんやりと覚えているのに、値段はまったく思い出せません。さらに「全品おかかめし無料サービス」とあります。すごいです。かけそば+おかかめしのダブル炭水化物でワンコインどころか、半コイン。
昔の彼女に「おかかごはんだよ。食べる?」と言われれば黙ってうなずくのが昭和男子。「おかかめしつけますか?」とほほえんだのは、温厚そうなおやっさんでしたが。
ここからは、当時のメモをそのまま掲載します。
「No.117 みよし 高級蕎麦屋みたいな上品なそば。つゆは鰹節屋さん直営だそうで、化学調味料を一切使わないかつおだしとのこと。たしかに澄んだつゆは立ち喰いレベルではない。そばは細めでグレイドが高そうだが、ややゆですぎかやわらかいのが残念。天ぷらはころも系ではなく、油のキリも上品でサクサクの自家製」
……まあ!たかだか370円しか出していないのに、しかも無料のおかかめしまでいただいておきながら、この上から目線。消費者は王様、実は裸の王様。なまいきですね。我ながら恥ずかしいです。
立ち食いのそばレベルを超えた、ちょっとうるさい座り食いそばやさんのような、おじょうひんなおつゆと、佃煮のように濃厚なおかかごはん、腹がふくれて、おいしいかったことは間違いないのです。ですが、お上品すぎて、ガツンとストマックを刺激するB級パンチがないというか、「立ち喰いそばを食った食った、くったくた〜」というよくわからないけれど重要っぽい満足感は薄かった…のです。
前回の「亮」さんは、お客さんの動線からちょこっと外れていたのですが、今回のみよしさんは学生街のど真ん中。安くて、おいしくて、量もある。商売の常識で考えれば流行って当たり前。
2010年に再訪したら、カレーやさんになっていました。
撤退した、本当の理由は知るよしもありませんが、女心と立ち食いそばやさんの経営術、BONJIN(←なんかかっこよさげに見えるかも)の私には永遠に理解できない…と、わいわいの幻想を求めカレー屋さんののれんをくぐりました。