幻立喰・ソ

第106回「ホスピソ」

 
 ちょっと前までは、あっちでもこっちでも「アジェンダ」の連呼だったのに、今回の選挙では聞かなかったような気がします。そしたらあのアジェンダおじさんが、選挙が終わってから新規政党議員と記者会見しておりました。私がテレビで見ている間に残念ながらアジェンダおじさんの口から「アジェンダ」は聞けませんでした。重要なのはアジェンダという言葉ではなく、その中味です (だれも刃向かえない正論)。それよりも、シンプルでピンポイントな公約を掲げる党が議席を得たのですから、「立喰・ソを国民で守る党」なんて立ち上げて……やはり、だめでしょうか? 

 「暑い日が続いて、ついにおかしくなったのか? いや、おかしくない。つまらんなこいつが書く文章は。とっとと病院に行きなさい」心からご心配していただくみなさまの温かい声にお応えして、病院に行ってきます。
 というわけで(辻褄合わせ完了)、某大病院旧館の地下です。大病院+旧館+地下といえば、いわくありげな雰囲気むんむん、夏の夜にふさわしいお話になりそうです。が、怪談話ではありません。そんなことしたら夜寝られなくなって会社で居眠りします。「疲れているんだね。無理しない家で寝てなさい。永遠に」と、背筋が凍ります。
 その病院+旧館+地下にさらに加わる要素が立喰・ソだとしたら、これはこれで奇々怪々。知る人ぞ知る、もちろん知らない人はまるで知らない(当たり前)院内立喰・ソがあったのです。知ってる人はまったく驚かないが、知らない人は信じない、うそのようなほんとの話です。信じるか信じないかは貴方の自由、そのお店は、料金先払いで一応セルフという形態になっていますが、立ち食いではなくテーブルも椅子もあり、配膳もしてくれます。食べ終わった後、ほとんどの人はセルフで戻しますが、中には知ってか知らずか放置して出て行く人もいますが、ごく自然に回収もしてくれます。さらに価格的にも一般店に近いとなれば……それではお話にならないので勝手に立喰・ソに分類します。
 病院内にある大変稀少な立喰・ソでしたが、残念ながら2019年5月11日、幻立喰・ソになってしまいました。名物は忍者そばでした。「なにゆえ忍者?」という大問題に迫るべきです。が、いかにも常連風を吹かしておきながら、行ったのは閉店ぎりぎりになってやっと1回こっきりという、こっちのほうが大問題です。だからなーんにも知りませんわかりません。ああ、ざんね〜ん、かえすがえすもむね〜ん。いつものように詳細は全く不明の謎のまま迷宮入り。だってほら、病院には、行かないに越したことはないでしょ?



日本そば食堂


日本そば食堂
新橋の某大病院の地下にこんなすてきな空間があったんです。忍者そばは、きつね、たぬき、のり、ほうれん草にゆで卵が半分でした。この組み合わせで食べても忍者にはなれませんでした(少なくとも私は)。(2019年4月撮影)

 
 病院は24時間年中無休で誰かしら働いています。入院患者はともかく、外来患者はもちろん、お見舞いに来る人や出入り業者などたくさんの人が出入りします。さっさっと食べられる立喰・ソは重宝しそうですが、本格的スタンドがある病院内立喰・ソという話は聞いたことありません。あるかもしれませんが、知りません。まあ、わざわざ立喰・ソを作らなくても、食堂がある病院はたくさんありますし、そこでソを扱えばいいだけの話ですから。

 病院内にはなくとも、近所に立喰・ソのある病院ならありそうです。最初に(して最後ですが)思い浮かんだのが、いなばです。いなばといえば、誰しも思い浮かべるのは、缶詰メーカーやサムライジャパンの監督です。1982年3月15日名古屋駅で千鳥足のDD51717にどつかれた紀伊の相方の寝台特急が最初に浮かぶのは一部の特殊なおともだち。むろん私もそっちですが。今回は立喰・ソのいなばです。「ああ、あそこね」という立喰・ソ人も立喰・ソ神(師匠と周辺のみなさま)も立喰・ソ腎(塩分過多気味の方)もいらっしゃいます。特に塩分過多の方は立喰・ソ禁止令が出ているかもしれませんが、病院の近所だから大丈夫な(なわけではないが、なんとなく精神的にいいような気がしないでもない)立喰・ソでした。



紀伊


いなば
東京発の寝台特急、紀伊勝浦行きの紀伊と米子行きのいなば。名古屋で分割併合していました。数あるブルートレインの中でも、人気度知名度はほぼ最下位の迷コンビでした。(1978年撮影)

 いなばは病院のご近所の立喰・ソでしたが、いなばからすれば立喰・ソ近所に病院があるということです。そんなのどっちでもよさそうですが、ここ重要なポイントなので忘れないように。
 立喰・ソ中毒患者が多数来院していたのか、この病院の近所には4つも立喰・ソがありました。個性的なのはそば、うどんの看板は出ているものの……現役店なのでなんとなく名前は伏せますが、ドアを開けた瞬間、目に入る光景は場末のスナック。居酒屋兼業ですから当たりなのですが、気の弱い一見さんならば回れ右してしまうかもしれません。が、ちょっと勇気を出して入れば、夜は間違いなくママになるであろう親切なママが、ささっとソを作ってくれますから、昼間も問題なくすすることが出来ます。しかもあっと驚く激安でした(今はわかりませんがたぶん、まだ激安でしょう)。

 2軒目は、ちょっと離れて駅前。ここは第45回でご紹介させていただいたとおり、未食のまま幻立喰・ソになってしまいました。
 3軒目は厳密に言えば病院の近所ではなく、やや離れていますが徒歩でも5〜6分ですから近所といっても過言ではないでしょう。ここも2018年8月に幻立喰・ソになってしまいました。が、意志を継いだ方によりかつての雰囲気のまま復活を果たしております。名店の閉店が相次ぐなか、水道橋のとんがらし同様に復活劇はうれしい限り。名店の味と雰囲気を末永く継承していただけたらと切に願います。



スナックのような立喰・ソ


竹風亭
スナックのような立喰・ソ。あえてシャッターの降りた姿ですが現役店のはずです。(2014年5月撮影) 駅前にあった竹風亭。2013年の夏にはごらんのような貼り紙が貼られていました。(2013年7月撮影)


おくちゃん


おくちゃん
ちょっと離れた駅の反対側にあったおくちゃんは、その後違う店名で復活しています。雰囲気は昔のままです。(2012年7月撮影)

 
 最後になりましたが、病院に一番近いのがいなばでした。残念ながら昨年末(当初は2018年11月29日と予告されましたが惜しむ声が多かったのでしょう、12月4日まで延長されました)幻立喰・ソになってしまいました。創業はなんと前回の東京オリンピックの8年後の昭和47年。次々と立喰・ソが営業を開始した黄金時代からの生き証人です。店内の雰囲気もすてきで、ダシのにおいがしみこんだような木製のカウンターと壁は、ウッディなんて言葉がひれ伏す見事な飴色。削ればふりかけになったかもしれません。



いなば


いなば
最初に行った頃はひさしに店名が入っていました(写真左2012年7月撮影)が、次に行ったときは店名が消えていました(写真右2015年9月撮影)。が、電信柱の上の方にちゃんと店名入りの看板は昔からあります。これはちょっと前に行ったときもまだありました。


いなば


いなば
パンチのある正統派関東風のソに真っ白なネギのコントラスト。ネギ抜きでは味わえないすてきな世界。そして飴色の壁。たまりませんなあ。ちなみに冷やしも納豆も残念ながら未食です。(2015年9月撮影)

 
 そんないなばのようなすてきな立喰・ソが病院内にあったらすばらしいのですが、塩分制限中の患者にとってあのかぐわしき香りがただよってくるのはまごうことなき生き地獄。そうなんです、先に申し上げたポイントを忘れていませんね。今回いちばん言いたかったことそれは「何事も見る方向によっては天国でもあり、地獄でもある」ということです。「え、まさかそれで終わり?」と小首をかしげているかわいい貴殿のりりしいお姿が目に浮かびます。 はい、おわりです。この駄コラムのは、書いている側から見ても、読んでいる貴方側から見ても、荒涼とした地獄なのはわかっていますから、どうぞご安心して、また来月。

●幻立喰NEWS2019
北の駅ソ



そうや

10年ほど前、北海道のそこそこ大きなJR駅にはまだまだ駅ソがありましたが、ばたばたっと幻になってしまい、今ではせいぜい十数店程度。JR北海道自体、線路維持すら危ぶまれている状況ですから、駅ソどころではないのですが……今年の夏休み、北海道ツーリングに行かれるうらやましいみなさま、駅ソはいかがでしょう。大都市の札幌駅はもちろん、競走馬のふるさと静内駅、大観光地の富良野駅、狩勝峠の入口の新得駅、オロロンラインにつながる玄関具口の留萌駅に、内陸に入った士別駅、黒いそばで有名な音威子府駅、最北の稚内駅など個性的な駅ソが揃っています!


バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。やっと1000店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べるだけで、たいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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