幻立喰・ソ

第19回「迷宮のスーパーバリューセット」

 新年あけましておめでとうございます。

 今年も与太話に磨きをかけるつもりが、磨き過多で地金丸出しのヨタヨタ話を延々させていただく予定ですので、お付き合いよろしくお願いします。お付き合いと申しましても、出会って口説いて深い仲になって、急激に燃え上がったと思ったらささいなことで大喧嘩して、別れるだのもう終わりだのと大騒ぎしたくせに「やっぱりあなたが大好きなのあなたしかいないの」「おっ、おれもだよ」となって、一晩中併結作業に汗をかけど、結局は浮気が原因で別れてしまうという方面のお付き合いではありませんので、どうぞご安心ください。

 お正月は、ほとんどの立喰・ソはお休みなのでわざわざ出かけることもなく、コタツに入って箱根駅伝を眺めておりました。

「人生の折り返し地点は越え、とっくに復路に入っているんだろうな」と、思いながら。

 お正月は、まさに“冥土の旅の一里塚”でございますな。

 じじいという自覚もないまま、身体は確実に老いていくわけで、お引っ越しや畑仕事を手伝った翌日(翌々日も)は身体の節々が悲鳴を上げています。とよく言いますが、建て付けの悪いドアじゃないんだから、ギーコギーコ音が出るわけではありません。もし「痛いよ〜」「たすけて〜」と声が出たらうるさくて夜も寝られません。電車の中だと「うるさい! 即座に死ね」という熱い視線が送られてきます。

 じじいの自覚はなくとも、このようにハード面は自覚が伴うので解るんですが、本当に怖いのはソフト面の老化。祖父と綿の老化でも、ソフト麺の老化でもありません。脳の老化です。反射神経や動体視力の場合は、ソフトが瞬時に指令を出したところでへっぽこハードが追いつかないのでこれは問題外。ロッシならどんなバイクに乗っても速いはずですが、私にベストセッティングのRC212Vを渡されても困りますということです。なんか趣旨が違ってきていますが。

 ちょっと前に置いたものが見つからないとか、人の名前が出てこないなんてのは日常のありふれた光景になっています。一昨年などは、せっせと書いた年賀状を鞄に入れて家を出たのはいいけれど、靴を履いた瞬間に年賀状の記憶を喪失。ついには夏頃鞄の中から発見されるというコボちゃんでもネタにしないようなことをやらかして「年賀状一つ出さんとは何事か!」と人間関係までギシギシさせたほどです。今気がつきましたが、鞄と靴は似てますね。でも鞄と靴をそっくり置き換えると、人脈にヒビが入るどころか黄色い救急車が迎えに来ます。

 他人事ではないというか、自分でやらかしているのですからどうしようもありません。ですから他人事の具体的な例を挙げてみましょう。

 つい先般、10歳年上の某氏ととある丼物屋で食事をしたときのこと、とある丼には黒いプラスチックの小鉢に入った生玉子が付いてきます。それを丼にかけて食べるのですが、玉子をかければ、机の上にはなにも入っていない黒いプラスチックの小鉢が残ります。幼稚園児でも解ることです。

 某氏は、かなりの大盛で知られる丼と格闘した後、黒いプラスチックの小鉢を繁々と眺め、頭に大きな?マークを載せて言いました「あれ? この茶碗なにが入っていたの?」

 その20年ほど前、夜中に入った立喰・ソ(今はラーメン屋になり幻立喰・ソになってしまった西麻布霞町交差点にあった名店いしい)で、徐(←「じょ」ではなく「おもむろ」)に「ぼくはねー、きつねそばとおいなりさん」と注文しました。「おい、誰も知らないと思ってウソを言っちゃいかん。いしいは食券を買うシステムだったろ!」とお叱りの声が聞こえてきます(幻聴)が、夜中は券売機の電源を落としてあり直接注文する節電型立喰・ソだったのです。

 おいなりさんを押っ取り刀(←「のんびり」という意味ではありません。念のため)でかたづけた頃、きつねそばが登場。そのきつねそばを見て一言。

「あっ、おあげさんばっかりになっちゃった」(←この名言、憶えておいてください)

 いしいの主は無口ながら時々ニッと素敵な笑顔を見せるおニイさんでした。このとき「ニッ」と微笑んだあの顔は“忘れようにも憶えていません”(麺通団 田尾団長の名言より)。

いなりそば
きつねそばとおいなりさんは極端ですが、そばとおいなりさんの組み合わせはシャケさんとTZ500みたいな最強の組み合わせ。という話と関係もございませんが、三浦友和さん主演の話題作「RAIL WAYS 愛を伝えられない大人たちへ」の舞台となった富山地方鉄道の電鉄富山駅改札横にある越中そば(という名前とは裏腹に店内は地方のスナックか喫茶店のような雰囲気)には、その名もズバリ「いなりそば」があります。とは言え、おいなりさんが入っているのではなく、いわゆる普通のきつねそばでした。ちょっと残念。今もあるのかは未確認。(2010年1月30日撮影)

 さらにその少し前のことです。

「あのね〜、車の中が変なニオイなんだよね」ご自慢のBMW325i(Mテクもどきの外装ながら、エンジンはあのイータエンジン)から異臭がするというのです。当時は自他共に認めるダンディでオシャレな独身貴族だった某氏。「ぼくはね〜、“突撃一番”(←おじいちゃんに聞いてみよう)を自分で買ったことがないんだよね〜」と、教員をされていたご両親が聞いたら、さぞやお嘆きになるであろうとんでもない自慢をする程の超モテ男でした。

 あっ、そう言えば先日、某所で信号待ちをしていたら隣りに停まったクラウン(フェンダーミラーの安そうなやつ)になんと「なんでもはんたーい」でおなじみS党のF党首が乗っていました。あっ、み○ほちゃんだ! と思う間もなくするするとウインドが下りました(電動ではなく手回しっぽい?)。

 こともあろうか「こちらをみていらっしゃるから」と、某氏に声をかけてくるではありませんか。

 某氏は驚く様子もなく「ぼくはね〜、学生時代に○○さん(先日亡くなった大物代議士)の選挙運動を手伝ったんですよ」と会話をしていました。知り合いなのか? と烏賊鰤、いや、訝かり(←「いぶかり」と読みます)ましたが、まったくの初対面だそうです。逆ナン? とは、さすがは某氏。老いても肥えても今でもモテモテじゃん! と見直しました。

 その後について私の知るところではありません。F党首はたぶん庶民的ですごくいい人だと思います。思いますが政治家、しかも党首としては、もうちょっと腹芸ができないと厳しいんじゃないかとも思いました。一市民の老婆心ながら。

 話を戻して異臭騒ぎですが、「捨てた女子がこっそり産み落としたややこをトランクに押し込んだにまちがいねーだよ。恐ろしかことじゃて」と噂しきりでした。

 そうこうするうち日に日に腐敗臭は増し、ついに我慢できなくなった某氏は覚悟を決めてトランクを開けたところ、強烈な腐敗臭を放つ白い袋の中に液体状の物が……ややこが溶けた!? たたりじゃたたりじゃ、と村の衆は大騒ぎ。しかしよくよく見れば白い袋には「最高級牛肉味噌漬け」の文字が。

「あっ、そうそう、“○ょーちゃん、若い娘ばっかり食べてるから気がつかないだろうけれど、熟したお肉もおいしいのよ。ふふふ私と同じくらい。“って○○さんがくれたんだよねー」と無邪気に宣い(←「のたまい」です)ました。

 という3題小咄(ではないですね)から解るように、某氏の場合は老化ではなく、性格的問題です。ですが、そう遠くない未来、この某氏も「ごはんはまだですかいのう?」という鉄板のセリフを吐くのでしょう。しかしそれはボケではなく天然なのだという言葉が頭をかすめたところで、本題に戻ります。

 何の話の例え話だったのか、これでは善光寺のお戒壇巡りの状態です。と例えると罰(←「ばつ」ではなく「ばち」と読んでください)が当たります。ヨタ話の堂々巡りでは絶対に極楽浄土へは行けません。

 唐突ですが本題です。慶応大学のある田町といえば、一郎でも三郎でもないあのラーメン屋さんが有名ですが、おしゃれな場所柄からかフランス料理屋のような某店や、華麗そばという一見なんだかわからないけれど、見れば「ああ、なるほど」と誰もが納得するメニューがある某ビル地下の某店、特大チェーン店Fそばの隣りで奮闘する揚げたて天ぷらとせいろが自慢の某店など、週刊誌の巻末特集や、立喰・ソ本で紹介される有名な立喰・ソも存在しています。

 そんな田町の慶応通りから一本入った路地に、今回紹介させていただく立喰・ソ、福原はありました。東京のド真ん中にありながら、前記の週刊誌や立喰・ソ本はもちろん、諸先輩方の立喰・ソ関連サイトにさえほとんど紹介されていない、まさに幻のような立喰・ソでした。

 こんなところに立喰・ソが! と驚いたのは昨年の夏のことでした。じりじりと気温が上昇し出す夏の朝っぱら、なぜ田町をぶらぶらしていたのか記憶にありません。強いて言えば立喰・ソ神様のお導きに違い有りません。まあ、去年の7月のことをこれほどはっきり憶えていないということの方がかなりの問題ですが。

 未訪問のソを発見して小躍りしながら、のれん横の張り紙を見て固まってしまいました。

「LOOK! 朝食そばセット200円」! 

 一瞬2000円の間違いかと思いました。200円と2000円だったら、どちらがより驚くのか、これも興味深い提言ですが、それはとりあえず置いておきます。

 立山黒部アルペンルートの拠点、室堂バスターミナルにも立喰・ソ(一説によると日本で一番高いところにある立喰・ソとも)があります。ここのかけそばは一杯630円(2009年6月現在)。立山連峰ですからコストを考えれば当然ですが、朝食セットならば「3杯食べてもまだ余る」コカコーラホームサイズ状態、どんどんど○き〜立喰・ソ〜♪です。

 さらに驚きは続きます「朝食そばセット」には、そばにおいなりさんが2個もついているのです。セット物で200円というのは驚異的です。ちなみにかけそばは270円。いったいどうなっているのでしょうか。これは素直に驚かなければいけません。さらにこのあと最大の驚きが! 続きはCMの後で。

「立喰・ソがついに単行本化! されるはずもなく……どこかの出版社の方、いかがですか? CMおわり」

 福原なら「3杯食べてもまだ余る」コカコーラホームサイズ状態で〜(と、テレビのCM明けは前章繰り返しが定番ですが、これは水増しですね。最初に思いついた人、エライですね)。迷わず朝食そばセットを注文しようと券売機を見てもボタンがありません。

 あれか? 「42型液晶テレビ19,800円!(極小で)1台限り」みたいなやつか? 玉子をタダでくれるというからついていったら、いつの間にか羽毛布団のオーナーになっているという例のやつか? と心配になりましたが、きつねにつままれていた私に「100円の食券を2枚買ってくださいね。現金でもいいですよ」とカウンターの中からおばちゃんは言いました。いわれるがままにして食券を購入し、しばらくすると看板というか張り紙に偽りなく、そばといなりが2個出てきました。そばはややこぶりなどんぶりでしたが、わかめも入っていました。

JR田町駅前(地下鉄だと三田駅)から国道15号を横断したところにある慶応大学方面へ抜ける狭い路地が慶応通り。しかし慶応ボーイには似合わない庶民的な飲み屋さんが多く、スリーダイヤ自動車系のサラリーマンのオアシスです。(2011年11月4日撮影)
JR田町駅前(地下鉄だと三田駅)から国道15号を横断したところにある慶応大学方面へ抜ける狭い路地が慶応通り。しかし慶応ボーイには似合わない庶民的な飲み屋さんが多く、スリーダイヤ自動車系のサラリーマンのオアシスです。(2011年11月4日撮影)
在りし日の福原。いい感じです。よく見ると看板に三田店とありますが他にもあるんでしょうか?(2011年7月11日撮影)
在りし日の福原。いい感じです。よく見ると看板に三田店とありますが他にもあるんでしょうか?(2011年7月11日撮影)
LOOKといえば思い浮かべるのはJTBですか、それともチョコレートですか? 私はルックルックこんにちわの沢田亜矢子さんです。(2011年7月11日撮影)
LOOKといえば思い浮かべるのはJTBですか、それともチョコレートですか? 私はルックルックこんにちわの沢田亜矢子さんです。(2011年7月11日撮影)
「朝食セットのいない券売機」。関係ないけれど「皇帝のいない八月」という映画は見ましたか? 内容はあまり憶えていないのですが、国鉄に協力を全面拒否され、しょうがなく作ったセットの14系ががんばっていました。(2011年7月11日撮影)
「朝食セットのいない券売機」。関係ないけれど「皇帝のいない八月」という映画は見ましたか? 内容はあまり憶えていないのですが、国鉄に協力を全面拒否され、しょうがなく作ったセットの14系ががんばっていました。(2011年7月11日撮影)
これが朝食セットの全容。載せた憶えはないんだけれど、なぜか載っているコロッケはオプションのはず。今から思えばこれも不思議と言えば不思議な話。ただ単に載せたことを忘れているだけでしょうけれど。(2011年7月11日撮影)
これが朝食セットの全容。載せた憶えはないんだけれど、なぜか載っているコロッケはオプションのはず。今から思えばこれも不思議と言えば不思議な話。ただ単に載せたことを忘れているだけでしょうけれど。(2011年7月11日撮影)

 一安心しておいなりさんを口に入れると、ん? なんか食感が違います。お米の密集した重さがない歯ごたえ=歯ごたえがないんです。重いと思ってふんばって持ち上げた荷物が思いの外軽くて、勢い余ってひっくり返るという、おなじみのあの感覚です。

 今時の若者の指向に合わせたライトセッティングなのでしょうか? 牛めしのM屋には小盛というメニューがあります。小盛といってもおばちゃまが出てくるのではありません。女性向け話題作りの戦略メニューと早合点していたのですが、注文している人をよく見かけます。しかも女性ではなくほとんどが20代前半とおぼしき男子たち。人も車も省燃費ですか。悪い意味で……

 おいなりさんの断面を見て、腰を抜かさんばかりではなく、えええっ! と声を出してしまいました。みなさんも立喰・ソで声を出すことはそうそうないと思いますので驚愕の程度が解っていただけたら過分な幸せにございます。

 断面には得体の知れない黒く細いものがみっちりと密集していました。な、なんじゃこれは? 強いて言えばそばのようなその物体の正体は、みなさんご想像の通りのそば。酢飯ではなく、そばが入っていたのです。 前記の某氏の言葉を借りれば「おそばだらけになっちゃった!」。あまりの衝撃に写真を撮ることも忘れていました。

 その衝撃から幾星霜(←「いくせいそう」です)、「ひょっとしてあれは思い違いだったのでは?」との思いが強くなりました。いくらなんでもおいなりさんの中にそばが入っている訳がないじゃないですか。とうとう私の脳内ソフトもあれか、とうとうあれになっちゃったのか? とそっちのほうが心配になり、ならば事実は一つ、百聞は一見にしかず(私の場合、一見自体があやふやですが)と勇んで再訪したのですが……

なくなっちゃった。現在は流行のナポリタン屋さんとして盛業中です。LLL(500g)まで追加料金無しで楽しめます。(2011年11月4日撮影)
なくなっちゃった。現在は流行のナポリタン屋さんとして盛業中です。LLL(500g)まで追加料金無しで楽しめます。(2011年11月4日撮影)

「なんでおいなりさんにそばを入れるのか?」

「200円とは安すぎじゃないのか?」

「味でも値段でも勝負できる福原がそれほど知られていなかったのなぜ?」

「そうえいば、他にお客さんがいなかった」

「食券ははっぱのような感触だったような……」

「おばちゃんが“ありがとうございましたコン”と言ったんじゃないか??」

「やはり、おいなりさんだけにキツネに化かされのか?」

「そもそも、アポロ11号は本当に月に行ったのか?」

 どんどん脳内ソフトが暴走し、ナゾは永遠のナゾとなったのです。

 じゃんじゃん。

 という、ぐだぐだな定型のオチでおしまい。


■立喰・ソNEWS

●45

焼きそばで大ブレイクの富士宮で、歴史ある立喰・ソを発見しました。が、一足遅かった。残念ながら廃業後でした。一度くらい食べてみたかった。そして、なぜ45なのか聞いてみたかったです。ネット全盛時代の今日なのにネットで検索してもヒットしませんでした。世の中にはまだまだあなたも私も知らない立喰・ソがあるんですよ。そして、幻立喰・ソ道は時間との闘いであると再認識させられました。(2012年1月7日撮影) 

45
寂しいお知らせです。(2012年1月7日撮影))

寂しいお知らせです。(2012年1月7日撮影)


バソ
バ☆ソ
日本全国の立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在500店ほどを制覇したものの、データ化されていないのでたいして役に立たない。そば好きから、立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋になろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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