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突然ですがブルノです。ブルノといえばマサリクサーキット、チェコGP。チェコスロバキア時代の1965年から連綿と開催されてきた長い歴史を持つグランプリで、当初は公道を使用してレースが行われ、1987年に現在のパーマネントコースが竣工して現在に至る。観客動員数も全18戦中で一、二を争う多さで、今年は3日間で24万8434人(金:31,138人、土:78,544人、日138,752人)が観戦に訪れた。その大観衆が見守るなか、フリープラクティスから一貫して安定した速さを発揮し、決勝レースでも得意の独走パターンに持ち込んで今季5勝目を挙げたのがホルヘ・ロレンソ(モビスター・ヤマハ MotoGP)である。優勝の25点を加算して、開幕からシーズンをリードし続けてきたチームメイトのバレンティーノ・ロッシとチャンピオンシップポイントで同点に並び、勝利数ではロッシに優るためランキング首位に立った。
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「今日の自分はいいペースで走れたけれども、ライバルたちはそうじゃなかった。バレンティーノとのポイント差を埋めることもできたし、マルクとの差を広げることにもなった。マルクはチャンピオンの有力候補ではあるけれども、今日の結果で可能性は少し小さくなったと思う。とはいえ、今後はマルクが強さを発揮するコースもたくさんあるので、油断はできない。バレンティーノとの差がなくなって振り出しにもどった以上、これからの戦いが重要」
と、警戒心を緩める様子はないものの、レース内容には満足、といった様子である。
今回のレースはロレンソが序盤から得意パターンの逃げ切りに持ち込んだため、トップ争いに関してはロレンソファン以外の人々は少々退屈な展開だったかもしれない。しかし、シーズンは残り7戦でロレンソとロッシが獲得ポイントで同点に並び、2位に入ったランキング3位のマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は彼らとの差が52点。けっして小さくはない差だが、マルケス自身は「(チャンピオン争いの心理戦は)自分の領分じゃないと思う。点数は離れているから失うモノもないし、取れるリスクはとっていくよ」と1戦必勝モードを宣言している。それだけに、今後の展開はヤマハファクトリーのチームメイト同士によるチャンピオン争いと、そのキャスティングボートを握りながら自分自分も戦いに加わる気満々のマルケス、という三つ巴の大混戦状態で、これがたとえばマンガやドラマなら「いくらなんでもそれはやりすきじゃないの」といわれてしまいかねないほどのスリリングで波瀾万丈な状況である。しかし、これはあくまでフィクションではなく、予測不可能な事実の積み重ねだからこそ多くの人々を惹きつけるのだし、スポーツの醍醐味とは、そもそも、そういうものだろう。
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2013年開幕戦以来のランキング首位。
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開幕戦以来、これで11戦連続表彰台。
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果たしてチャンピオン争いに肉薄するか。
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今回の第11戦では、優勝候補の一角に挙げられながら、金曜の午後早々に転倒を喫して古傷を痛めてしまったダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)が、決勝レースで負傷を抱えているとは思えない走りで5位フィニッシュを果たしたことも注目に値する。
金曜のフリープラクティス二回目で転倒した原因は、右フロントフォークからのオイル漏れ、というペドロサにとっては不運というしかない出来事でハイサイドを喫し、着地時に左足を強打。この部位は2003年のオーストラリアGPで大転倒を喫した際に痛めたところで、幸い骨折には至らなかったものの、腫れと痛みはかなり強そうな様子だった。
翌土曜日も痛みは相変わらず強いようで、走行後にはシフト操作と荷重操作がとても難しい、と話した。
「とくにシフトダウンと、ステップへ加重することが厳しく、乗りたいように乗れない。ブレーキして、シフト操作をして、体を動かして、と(ひとつずつの操作で)旋回することしかできないので、まるでアマチュアみたいな乗り方になってしまう。切り返しやシフト操作の際に、突然痛みが襲ってくるので、そのたびにヘルメットの中で叫んでいたけど、明日の決勝は痛み止めを使用するから、それが助けになってくれるだろうし、もう少し普通の乗り方に近づけると思う」
そんなふうに話していただけに、日曜の決勝はかなり苦しい展開になると予測していたのだが、じっさいに始まってみると、9番グリッドスタートからじわじわと追い上げて、レース後半になる頃にはドゥカティファクトリーの2台、アンドレア・イアンノーネ、アンドレア・ドヴィツィオーゾと4位争いのバトルを繰り広げた。最後は5位でチェッカー。
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「全然ダメなレースだったよ。速くなかったからね。タイヤのフィーリングも良くなくて、グリップしなかったし、ラップタイムもすごく遅かった」
と自分の走りにダメを出しながらも、その表情には笑みも泛かんでおり、本心ではまずまず納得していそうなことも窺えた。
「自分たちの強みはコーナー進入だけど、ドヴィツィオーゾは直線ですごく速いのでパスするのが難しかった。直線ではいつも引き離されてしまうけれども、インフィールドでは近づけて最後は前に出たけど、イアンノーネにまでは迫れなかった」
とレースを振り返った。このドゥカティ2台とのバトルを振り返る際に、ペドロサはひとつ面白いことを言っていた。今年のホンダRC213Vのウィリーという悪癖である。
「ドヴィツィオーゾといいバトルをできたけれども、残念ながらバイクにかなりハンディキャップがあって、彼の前へ出るためにかなり苦労をした。ウィリーするので優しく乗らなければならないんだ。ウィリーさせないためには(スロットルを)開けられないから、加速で損をしてしまう。肉体的にも疲れる」
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満身創痍ながら今回は大健闘。
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このウィリーという問題、じつはマルケスも同様の指摘をしている。このところスタートでいつもロレンソに先を許してしまう状況の改善点について、レース後にこんなふうに話している。
「スタートの1速はいいけど、そこから先の加速でウィリーしてしまう。自分の体を使ったりして対応しているけれども、これは来年に向けた改善ポイントのひとつとして取り組んでいる。今シーズンはこのままの状況だと思う」
今シーズンはこのまま、という理由は、レギュレーション上、7月1日以降(レースで言えば第9戦ドイツGP以降)はECUのアップデートができなくなっているからだろう。このアンチウィリーは、シーズン今後の彼らの戦いを左右し、冒頭に述べた三つどもえのチャンピオン争いの帰趨にも影響を与える要素になるかもしれない。
話をペドロサに戻すと、日曜の決勝レースでは、レース前に痛みを和らげる治療を施したものの、鎮痛剤の注射はしなかったと明かした。
「痛みが軽減して、かなりラクに乗れるようになった。今は、また痛みはじめているんだけど。完璧な加重はできなかったとしても、昨日はこわばりもあったから、それよりは自由度の高い乗り方ができた。今日は昨日よりも足首が動いたよ」
注射をしなかったのは、古傷でデリケートな場所だから、ということがその理由のようだ。では、具体的にどんな方法で痛みを和らげたのか、ということについては、「違った方法で」とニヤリとするだけで、それ以上を語ろうとはしなかった。
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ドゥカティファクトリーの2名も、今回はまずまずのレースになったようだ。イアンノーネは、2列目4番グリッドスタートの4位フィニッシュ。ドヴィツィオーゾも、同じく2列目で6番手スタートから6位チェッカー。ドヴィツィオーゾはシーズン開幕直後は連続表彰台も獲得したが、途中から転倒も増え、前戦のインディアナポリスも9位で終えていた。イアンノーネも何度か表彰台を獲得したものの、ここ数戦はトップグループに肉薄できず4位や5位で終えるレースが続いた。今回はフリープラクティスや予選でもトップスリーに迫る内容だったので、決勝では表彰台争いに絡む自信はある? と訊ねてみた。
「絡みたいね。簡単じゃないだろうし、とても厳しいと思うけど、バイクも良くなってきたしチームもがんばってくれている。だから明日はがんばりたい」
今回のレースウィークでは、ニューエンジンも試したものの決勝では使用せず、車体のセットアップに集中したのだとも話した。決勝レースではロッシの背後で走ることになったが、ロッシと自分の乗り方の違いについては「ヤマハはコーナーの旋回速度も高いけれども、バレンティーノは引き起こしからの加速部分も速い。コーナーは明らかに自分たちよりもヤマハのほうが速く、立ちあがりでは自分たちも悪くないけど、向こうのほうが少し速い。立ち上がってから2速、3速と上げていくと追いつけるのだけど……」
ともあれ、イタリア人選手として、そして同じファクトリーチームとしても先輩であるドヴィツィオーゾと真っ正面から戦って彼の前でゴールできたことには満足げな様子だった。
「強いライダーと争いたい、といつも思っているんだ。ドビは全体的に自分より力が上の選手だと思うけど、彼と争うことができてブレーキでも勝負をできた。そして最後に彼の前でフィニッシュできたんだから、ハッピーだよ」
で、そのドヴィツィオーゾはというと、開口一番
「このレースは(ポジティブとネガティブの)どちら側から見るかにもよるけど、レース前は苦しむと思っていたわりに、リザルトはそんなに悪くなかった。トップと15秒差はそんなに大きくないとも言えるけれども、バイクはシーズン序盤のように乗れなくて、限界まで攻めることができていない。とはいえ、今後のバイクの開発にはいいウィークになったと思うよ」
と、いかにもこの人らしいコメントが返ってきた。終盤周回のペドロサとのバトルについては「自分たちはブレーキングも強いし、直線も速いけど、コーナーが遅い。とくに今日のような暑いコンディションでは、コーナーで攻めることがあまりできない。全体的には悪くないけど、まだトップと争える状態ではないし、そこ(旋回)がウィークポイントだね」
フロントのエッジグリップを取れないことはドヴィツィオーゾは土曜から指摘していたのだが、日曜に向けて大きな変更をしない、とも話していた。その理由の説明がいかにもこの選手らしいので、ちょっと紹介をしておこう。
「やるべき項目があればやるし、アイディアがあれば積極的に試すことにためらいはないけど、皆がよく言う『ウォームアップでいいものを見つけることができて一気に良くなった』とかっていうのは、現実的ではないと思うんだよね」
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車高を低くしてブレーキングも改善。
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過去5戦の苦しい状況からようやく改善の兆し。
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いろんな意味でライダーの明暗がくっきりと分かれたのがスズキ陣営だ。金曜の初日を終えた段階で、マーヴェリック・ヴィニャーレスがポジティブな様子だったのに対して、アレイシ・エスパルガロのほうはやや苦戦を予測するような雰囲気も感じ取れた。初日のベストタイムはトップから0.7秒差だったことについてエスパルガロに訊ねてみると
「まあまあ、とはいえない開きだよ」という言葉が返ってきた。
「自分たちはワンステップ柔らかいタイヤを使えているんだから、もっと詰めることができてなきゃいけない。このサーキットは自分たちにとって最も苦手なコースのひとつで、ストレートも長いし、上り区間も非力な僕たちのエンジンでは苦戦をする。だから、その意味では今日の結果はまあまあ、といえるかもしれないけど。でも、午前から午後にかけてマシンがだいぶ良くなった。ジオメトリと制御をだいぶいじって、コーナーでもかなりスピードを稼げるようになった」
ヴィニャーレスはポジティブな言葉が多いのに対してエスパルガロに課題や問題点の指摘が多いのは、性格や年齢の違いに加え、おそらくMotoGPの経験量も大きく影響しているだろう。経験が豊富で求めるものも高い分だけ、エスパルガロは問題点の指摘や要求も多くなる、というわけだ。
ヴィニャーレスは決勝レースでは9番手を走行中に転倒を喫し、今季初のノーポイントレースになってしまったが、むしろさばさばした表情でレースを振り返った。
「限界をちょっとだけ超えて、転んでしまった。自分たちは失うモノがないんだから、この調子で今後も攻め続けたい。シーズン前半はかなり抑え気味だったけど、今後は攻めていくよ。(転倒時に)ホルヘとのタイム差は20秒でだいぶ離れているともいえるけど、この差はいい仕事ができている証拠だと思う。自分たちにはそれだけのポテンシャルがあるということだから、さらにモチベーションも高まるよ」
一方、最後まで走りきって9位でチェッカーを受けたエスパルガロは、かなり納得できない様子だった。決勝レース直後で精神的にまだ高揚していたであろうことを考慮しても、憤懣やるかたない心境が表情にもはっきりとあらわれていた。
「速く走れていないので、本当に頭にきてるんだ。理由がわからないから余計にはらだたしい。シーズン序盤には戦えていたトップエイト勢と、全然争えてない。6〜7周してリアタイヤが摩耗してくると、滑ってしまって全然スロットルを開けていけない。走り方もいろいろと変えてみたけど、全然よくならなかった。原因を究明しないといけない。バンプの追従性もいいし、ブレーキも深くできるので、皆が苦しんでいた部分で問題がないのはハッピーだけど、コーナーがダメ。開けていくところまで速度を維持できないし、リアもはねるしグリップしない、
マーヴェリックはだいぶよくなって、シーズン序盤の僕のレベルに来ていると思う。僕がシーズン序盤に争っていた選手たちを相手に戦っているからね。マーヴェリックは二歩前進しているけど、自分は二歩後退している。それが問題なんだ」
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予想どおりの苦戦を強いられる結果に。
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転倒がなければ今期ベストリザルトも!?
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さて、ここらで少し話題を変えて、来季に関する情報などを少々。MotoGPクラスのイギリス人選手に関する来季の契約更新などは、次戦のイギリスGPでかなりのところが明らかになる見通しだ。カル・クラッチロー(CWM LCR Honda)やブラッドリー・スミス(モンスター・ヤマハ Tech3)は残留が非常に濃厚。ジャック・ミラー(CWM LCR Honda)に関しては、アスパルへ移籍、というようなことも言われている。
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大きな注目を集めているのは、現在Moto3クラスでチャンピオンシップをリードしているダニー・ケント(レオパード・レーシング)の去就だ。同チームでのMoto2クラスステップアップなどいくつかの話があるようだが、MotoGPのプラマックレーシングから3年契約を提示されていることは公然の秘密、という状況になっている。
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おそらく次のイギリスGPで去就を発表か。
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さらに、Moto2クラスに参戦中のサム・ロウズ(スピードアップ・レーシング)は、アプリリアが興味を示している模様だ。だが、アプリリアのテクニカルマネージャー、ロマノ・アルベシアーノは、インディアナポリスから同チームに加入したステファン・ブラドルを手元に置いておきたい様子。ホンダで3年走ったブラドルの知識と経験は、アプリリアの今後の開発に向けて貴重なヒントになる、ということがその理由のようだ。ロウズ獲得に興味を示しているのは、アプリリア社内のスポーティングマネージメントで、社内での彼らの調整や綱引きが、ロウズ獲得かブラドル残留の結論を決めることになりそうだ。
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日本人選手についても、少し触れておこう。
Moto3クラスでは、土曜の予選セッションで序盤から好調な走りを見せていた鈴木竜生(CIP)が転倒し、左足第五中足骨を骨折。決勝レースでは、1周目の多重クラッシュに巻き込まれてしまった。だが、レースが赤旗中断で12周に仕切り直しとなったことにも助けられ、再開後のレースは20位で完走した。
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「転んだ瞬間、『終わった……』と思ったんですが、バイクを見るとあまり壊れてなくて、しかも赤旗と聞いたので、ひょっとしたらこれはまだいけるんじゃないかと思い、足が折れていることも忘れて猛ダッシュでバイクを押して、ぎりぎりで間に合って再スタートを切れました。でも、最後の3周がかなりキツかった。鎮痛剤の注射で感覚が麻痺してしまうのはいやだったので、軽い痛み止めを飲んだだけで我慢して走りました」
うん、よくがんばりました。
もうひとりの日本人Moto3選手、尾野弘樹は土曜の予選を終えてトップと0.978秒差の18番グリッドスタート。
「想定していたより後ろのグリッドだけど、序盤のプッシュが大事だと思うので、1周目から攻めていきたいと思います」
と話す尾野きゅんだったが、決勝レースではスタート直後の3コーナーで後方から追突されて転倒。その際に右足第五中足骨を骨折し、赤旗中断後の再スタートでグリッドにつくことはできなかった。うーん、残念な結果だが、まずは怪我を治して一刻も早い戦列復帰を待ちたい。
Moto2の中上貴晶(IDEMITSUホンダ・チームアジア)は16番グリッドスタートだったが、1周目で22番手まで大きく順位を落としてしまう。そこから次々とオーバーテイクを続けて最後は12位フィニッシュ。追い上げてゆく内容は悪くないものの、追い上げなければならないような状況さえ最初から作らなければ、もっと上位で戦えていただろう。その課題は本人も充分に理解しており、「ここ数戦、1周目が悪く、今回も同じになってしまった。これは、いちはやく改善しないといけない部分です」とレース後に振り返った。「ブレーキングだけじゃなくて、複合コーナーやS字の二個目という難しいところでも抜いていくことができたので、最終的な順位はけっして良くないですが、内容はまずまずだったと思います。今回の経験を教訓にして、次のシルバーストーンでは同じ苦戦を繰り返さないように上位を目指し、レースウィークをしっかり戦いたいと思います」
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次戦イギリスGPは参戦の方向。
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よくがんばりました。
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課題は1周目のポジションアップ。
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ミロの顆粒を直食いしてがんばれ。
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チームメイトのアズラン・シャー・カマルザマンは、最後までコース攻略がうまくいかず23位。「このコースは自分のライディングではかなり難易度が高く、ついアグレッシブに乗ってしまう癖を少しずつ修正していったけれども、最後までうまく噛み合わなかった」と、厳しい表情でレースを振り返る口数も少なめ。
……あ。アズランは日本人じゃなかった。まあいいか。ともあれ選手の皆さん、今後の戦いも健闘を祈ります。当コラムは次戦のイギリスGPはお休みをいただき、次回のおめもじは第13戦のサンマリノGPになる予定です。ではそれまでしばらくのあいだ、ご機嫌よろしう。
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来期以降も開催継続で合意。
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コース設計者を称える石碑。
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