2007年、モデルチェンジした隼を富士スピードウエイのストレートで解き放ったときの事は想い出深い。あっという間に速度計の数字は299キロへ。長いストレートの大半を「何キロ出てるんだろう」と妄想しながら走った。
パワーもさることながら、その速度を楽しめる余裕、そこにやられた。さすがに1コーナーが迫る頃には何処で体を起こし、ブレーキを掛けるのか、というココロのせめぎ合いに翻弄される。その瞬間、未体験に近い風圧で悩殺されるのだ。それを見極めるのに驚く程の集中力を要求されたが、コーナーでは「さすがGSX-Rを作ったスズキだ……!」などと悦に入るようにその旋回性を楽しみ、最高だ、と感じ続けていた。何をしても上質。正にワールドクラス。記事の見出しを考えるアタマが刺激されっぱなしだったのを覚えている。
そして2014年。久々に走らせる事になった隼。さすがにこの7年の間、バイクも進化してるし、国内仕様が輸出仕様と同じパワー、同じトルクで出されたとしても、古さは否めないに違いない。そんな想定のもと、走りだした。
しかし、隼は驚くほど日本の道にも標準が合っていて、まるでニューモデルのような鮮度で僕を迎えてくれたのだ。あれから1年弱。今回もその満足度は変わらなかった。
古い、とあえて重箱の隅をつつくとしたら、抱え込むような大きなタンク、曲面を多用したふくよかなデザイン、そして270キロに迫る車重だろうか。それでも、これは隼のコンセプトにある最高速域での空力特性を優先したためのもので、デザインの新しい、古いでは語れない部分だ。唯一、190/50ZR17というリアタイヤのサイズが「時代」を感じる、と、ねじ込むのが精一杯。きっと、隼番のスズキのエンジニアなら55サイズやら200サイズあたりを時期モデルに虎視眈々と練り上げているのでは? と勝手に想像してみたりする。
ライダーの身長は183cm。(※写真上でクリックすると両足時の足着き性が見られます) |
さっそく隼を紹介しよう。最初にこのバイクが乗り手を満たすのはやはりその隼デザインだ。ロングノーズとも言えるフロントカウルは先端に行くほど細く狭くなる。しかしライダーの目線からはたっぷりとした幅があり、インパネには、モニターを中心に左右に広がる4連メーターという豪華さ。スクリーン上端は高くないが、しっかりとライダーを風圧から守ってくれるキャノピーのようだ。大きなタンクは跨がるとそれを抱えるようになる。しっとりとした肉厚のシート、広めのスタンスかつ低めのハンドルバーが作るポジションはやや前傾姿勢だが、ステップ位置も後ろ過ぎることが無く、走り出すとリラックスした気分になれる。エンジンを始動すると左右2本の3角形のサイレンサーから隼はオーラを発散させる。いい音なのだ。
シートやポジション全体からも遠くまで移動する事を楽しませようという意思が伝わってくる。最高速自慢の豪腕かと思っている人は隼の上質さにふれてみて欲しい。
フレームのスイングアームピボット周辺はしっかりと絞り込まれているから幅広感はなく、足付き性も良い。ソフトな足ではないが、手強さを感じないインターフェイスを持っているのも特徴だろう。
サイドスタンドからフっと起こす時も、低い位置にあるエンジンの重さを巧く使って起こせるような絶妙な仕立てを感じた。走り出しも気持ちへの負担はとても少ない。こんなハイパフォーマンスなバイクをこんなに気持ち良く動かせて良いのだろうか?
クラッチ、アクセルの反応、シフトタッチ、ブレーキを僅かに引いたときの減速感とサスペンションの入り方等々、何処をとっても低速域から申し分ない。隼が目指すハイスピードクルージングに向け、それこそワークスマシン並の磨き込まれた質感がそこにあった。
低速では重心位置が低く、低速ターンやUターンも苦手ではない。エンジンの低速トルクデリバリーも秀逸。扱いやすいからドカンと後輪を乱暴に回すことがない。結局、郊外の道を交通の流れに合わせて走ってもイライラしなくて済むのは、こうした従順なエンジンのおかげなのだ。
しかし、少しペースを上げるのにアクセルを開けると、大排気量4気筒らしい応答性と滑らかさ、トルクの波が乗り手をスッと希望する速度へと押し上げる。事務的に「やっときました」というものではなく、加速にちゃんと充実感がある。これまた退屈しない。しらぬ間に速度が出ている、というバイクが少なくないなか、富士のストレートでも60キロの流れでも同じような満足感がある。そこがスゴイ。
峠に入った。隼を右に左にリーンしながら走らせる。向きの変わり方は明確で、その後の旋回も意図した通りの回り方を楽しませる。スーパースポーツのように軽く曲がるのとは異なり、ちゃんとした手応えがある。これも190/50ZR17というサイズがもたらす性質なのだろう。古いなんて言った自分を反省。車重の違いもあるのだが、この手応え感が隼を操る充実感を醸し出す。
ブレーキは軽い減速からカーブへの進入を楽しむための計算したブレーキングまで意のまま。フロントフォークの応答性とタイヤのグリップなどの一体感があり、タイヤのグリップを確かめながら感覚通りに楽しめる。
とにかく、走る、曲がる、停まる、その全てを隼は今なお第一級のスポーツバイクとして楽しませる一台だ。300キロオーバーを日常とする勢いで登場した隼。今なおそのパフォーマンスを有しながら、そのために集中したマシン造りがあらゆる場面で乗り手の心をもみほぐし上質な走りを提供してくれる。何もサーキットで300キロを出すまでもなく、休日、ゆったりとツーリングをすれば、その実力がわかるはずだ。隼は常に獲物を狙っているわけではない。そんな自然界の「あたりまえ」をスズキはこのバイクで実は体現しているのだ。
<試乗:松井 勉>
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