空冷、バーチカルツイン、そしてクラシックなスタイリングと、W800はいま、数少ない「ホンモノのビンテージ」として人気のモデルだ。クラシックなオートバイに乗りたい、けれどホンモノのクラシックに乗るには、トラブルや不具合とうまく付き合っていかなきゃいけないし、知識やスキルを持っているライダーでなければ乗り続けていくことは難しい、と思われるような高い壁が待ち受けている。
そんなクラシックなオートバイ、いうなれば’60年代や’70年代の「本物」に乗るのが難しいならば、スタイリングや雰囲気だけでも楽しみたい――それがファンの偽らざる心境だろう。となると、国産車で対象となるのは、ヤマハSR400、そしてカワサキW800、ということになる。外国車を入れても、ここにトライアンフ・ボンネビルが加わるくらいで、結局、それだけしか選択肢がないのだ。クラシック「風」バイクをイージーに乗りたい、長く乗り続けたいという思いを形にできるのが、SR、W、ボンネビルというわけだ。
ライダーの身長は178cm。(※写真上でクリックすると両足時の足着き性が見られます) |
そのW、すでに空冷なんてとっくに廃れてしまった1998年にデビューしたW650をベースに、2011年に800ccに排気量アップして誕生。わざわざ空冷エンジンとして、しかもわざわざベベルギア式SOHCを採用、そしてわざわざ直立シリンダーに設定。車体構成だって、前後ホイールサイズや、スポークホイールに、鉄パイプ素材のダブルクレードルフレーム、リアサスペンションもツインショックとしている。
これには、もちろん理由がある。クラシックなスタイリングとすることは、もちろん走りのテイストも「あの時代」に合わせたいからだ。大馬力の高性能よりも味のある走りにしたいし、俊敏なコーナリングよりも、どっしりとした安定感あるハンドリングとしたい。そのための、効率とはかけ離れた設計思想、つまりホンモノ志向こそが、Wの正体なのだ。
けれど、現在の社会状況で、Wのようなオートバイが生き残るのは難しい。まずもって、空冷エンジンがほぼ絶滅している理由は排出ガス対策によるものだし、もっと出力を出すとなれば、新たに騒音を抑える必要が出てきて、きっとこの流麗なキャブトンタイプのマフラーの形状も阻害されてしまうのだろう。だから、性能はほどほど。Wはあくまでも、ホンモノの雰囲気を味わえる、現代にも適合したオートバイ、ということなのだ。
そのW、きっと乗ると拍子抜けしてしまうライダーが多いだろう。800ccのバーチカルツインともなれば、1発1発の鼓動も大きな、ワイルドなフィーリングなのだろう、と思われがちだけれど、Wにそれを感じることはない。いうなれば、ソフトなのだ。振動=鼓動も穏やかだし、スロットルを開けていった時のダダダダダッという力感も少ない。
ダダダッというよりはルルルルッ、というフィーリングでエンジンが吹けて、スーッと回転は上がっていく。特にW800となってからはキャブレターがインジェクションとなり(これも排気ガス規制の対応だ)、一層スムーズなパワーフィーリングとなった。4ストロークエンジンらしく、大きくパワーが盛り上がる回転域もなく、すごくフラットトルクなキャラクター。逆に言えば、800ccツインというビッグボア×ロングストロークのエンジンをここまでスムーズに仕上げるのは大変な苦労があったことだろうと思う。
ハンドリングも、どこか前時代的。軽快ではあるものの、きちんとフロントタイヤの接地感があって、粘りあるハンドリングとなっている。ちょっとワインディングを走ってみても、決してシャープな走りではないけれど、粘りある、しっとりとしたハンドリングが安心できて、のんびり走るのがちょうどいい。バイクをバンクする、ちょっとフロントタイヤが大回りしながら、半テンポ遅れて狙ったラインに外からかぶせるような、そんな動き。回転は上げすぎずに高いギアを使って、うまくリズムに乗せて走ると、これがW流なのだとわかる。コーナリングスピードを上げたり、スパッとS字を切り返したり、というアクションをしたければ、ダエグやNinja400を選べばいいのだ。
今回、久しぶりにじっくりと眺めたら、Wって本当にカッコいい。フロント19/リア18インチの堂々とした姿勢、車体の中央部にドンと威張ったエンジン、しかもそのシリンダーには深々と冷却フィンが刻まれていて、地面とほぼ並行にまっすぐに、クロームメッキのキャブトンタイプマフラーが伸びている。何から何まで「現在」のオートバイではないし、だから懐かしい、だからカッコいい。
走りが物足りないならば、他のバイクを選べばいい。けれど、どうしてもWでもっと活発に走りたい、と思うならば、マフラーを交換したり、燃調できるサブコンを取り付けたりすれば、走りは徐々にパンチあるものに変わっていく。こういう楽しみも、きっとあの時代のライダーたちも楽しんでいたことなのだろう。
ストリートからロングツーリングまで、SRのシングルエンジンよりももっと幅広く使うことができて、ボンネビルよりも国産車としての安心感がある――それがWだ。現在では貴重なW的なオートバイは、今だからこそ乗りたいオートバイなのだ。
<試乗:中村浩史>
スポークホイールにシングルディスクの組み合わせ。ホイールサイズは、まさに’70年代のオートバイに多かった19インチ。 | 直立シリンダーの空冷2気筒エンジン。クランクケースの造形などは、’60年代のカワサキWシリーズを思わせる。黒エンジンのフィン側面のポリッシュなど、手の込んだ仕上がり。 | キャブトンタイプといわれるサイレンサーは、英国式に言うと「ピーシューター」(=豆鉄砲)。 |
プリロード調整式の2本サス、18インチのチューブタイヤを標準装備する。 | こちら側はベベルギアとシャフトトンネルが目立つ空冷エンジン。黒シリンダー、切削加工のフィンサイド、クロームメッキのギアまわりが美しい。 | ゴールドリムはリミテッドエディションだけの装備。 |
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