MBHCC E-1
西村 章

第87回 第二回セパンテスト

 2月23日から25日まで、マレーシア・セパンサーキットで行われた2015年2回目のプレシーズンテストは、M・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が一発タイム、ロングランともに、まるでお約束のように図抜けた速さと高水準の安定感を披露。おそらく誰もが想像しているとおり、まったく死角のない最強っぷりを見せつけてスケジュールを終了した。
 初日の走行では、今回から採用した大径(340mm)ブレーキディスクの違和感を訴えて総合6番手にとどまったが、二日目にはきっちりと順応してトップタイム。最終日午前に実施したタイムアタックでも、全選手中最速ラップをマーク。午後にレースを想定したロングランを行った際には、15周連続で2分00秒台を維持。「ああ、この選手はもう手のつけられない領域に入っているなあ」と誰もが改めて感じたであろうことはおそらくまちがいなく、やはりこのヒトはおそらく有史以来最強最速というほかない22歳である。

#93 #国分さん
♪もうどうにもとまらない♬ HRC開発室室長の国分信一さんです。

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 今回のテストで最も注目を集めたことのひとつは、ドゥカティのニューマシン・デスモセディチGP15のシェイクダウンだ。昨年からジジ・ダッリーニャが陣頭指揮を執り、新たな体制でチームが動き出したのだが、マシン開発に関してはリードタイムの問題などで昨シーズンは従来型にモディファイを施したGP14.3を使用していた。ダッリーニャの開発思想を反映したニューマシンはセパンテストで導入されると以前から公表されていたのだが、それが今回、ようやくシェイクダウンとなった。テストに先だちドゥカティ本社のあるイタリアでお披露目があったものの、公式な場で走行するのは今回のテストが初となった。
 一見したところ、このGP15は全体的にかなりコンパクトな印象で、初日にアンドレア・ドヴィツィオーゾとアンドレア・イアンノーネの両選手は両マシンの比較を実施。一日の走行を終えたイアンノーネは「きびきび走るクルマで、切り返しも速い。1コーナーから2コーナーも、クイックでラクに切り返せるんだ。GP14.3と比較すると、すべての面で進化をしている」と好印象を述べた。
 ファクトリー三年目を迎えるドヴィツィオーゾは、「ふつうのバイクになった!!」と、本当にうれしそうな第一声。ドゥカティといえばアンダーステア、というくらい枕詞のように語られてきたここ数年の懸案事項に関しても、「旋回の課題が解決されてるんだ。それがこの二年間の問題だったけど、GP15はアウトラップから良かった。二年前に初めて乗ったとき、アウトラップから進入と旋回に限界を感じたけど、今日はアウトラップからバイクが普通になった、と思ったよ。あたりまえのことなんだけど、これがGP13とGP14にはなかったことなんだ。いいバイクだよ。これからセットアップを進めていけば、自分の走りたいラインで走れるようになると思う。早く引き起こせるようになるだろうし、進入でも無理をしなくてもいいし、これがMotoGPのバイクの乗り方だよ」
 とまあ、ここまで素直に、ポジティブなコメントが次々と彼の口から自然に湧き出してくる姿を見るのは本当に久しぶりだ。
 車体特性が大幅な改善を果たしたのは間違いなさそうなのだが、ではGP15のエンジン特性はどうなんだろう、ということで、イアンノーネにそのあたりを訊いてみた。
「キャラクターは基本的にGP14.3と似ているけれども、GP15のほうが立ち上がりでスロットルのタッチがもっとソフトなんだ。GP14.3でもその部分はだいぶよくなっていたけど、それがさらに良くなった」
 ということで、かつての凶暴さはもはやなりを潜め、かなり扱いやすいパワーデリバリーになっているようである。

 このあたりに関しては制御も大きく関係している領域なのだろうが、いずれにせよ、今年のドゥカティは昨年以上のパフォーマンスを発揮すると見ても良さそうだ。この三日間で両選手は様々なセットアップにトライし、ドヴィツィオーゾはブレーキングの最後のふんばりにやや課題を残したようだが、それは今後のテストでバイクの理解を進めて解決方法を見いだしていくのだろう。
 ダッリーニャは、三日間のテストを終えたGP15のシェイクダウンについて、「きわめて満足をしている」といつもの穏やかな口調で述べた。
「予想してなかった課題も明らかになったけれども、まったく新しいバイクなのだから、まあ、そういうこともあるだろうね。ライダーたちのコメントのうち、80パーセントは想定してたとおりの内容で、20パーセントくらいが、今後考えなければならないこと、といった状況。今回のテストで、かなりいろんなことがわかってきたよ」
 少し、へぇ、と思ったのは、開幕戦でこのGP15を使うかどうかについては、ダッリーニャ自身は留保をした、というところ。
「現在はふたつのバイク(GP14.3とGP15)の比較をしている段階で、次のカタールテストが終われば、かなり明確に見えてくるのではないかと思う。どちらのパフォーマンスがいいのか、判断をするのはライダーで、それは私が決めることではない」
 これは穿った見方をすれば、選手たちに選択権を与えても大丈夫と考えるくらい、ダッリーニャは自らが開発の指揮を執ったGP15に自信を持っている、ということでもあるのだろうが、いずれにせよ、両選手がそのあたりをどう考えているのかというと
「GP15は、とくに軽快さで優っている。GP14.3はその部分が難しくて、僕にとってこの要素はとても大きいから、僕はGP15で進めていきたい」(イアンノーネ)
「ジジは僕が選べばいいといってくれているけど、GP15は今後改善していける余地がたくさんあるのに対して、GP14.3はそうじゃない。シーズンを通して、GP15はどんどん良くなっていくと思うよ」(ドヴィツィオーゾ)
 ということである。

#ダッリーニャ
ドゥカティ改革の鍵を握るダッリーニャ氏。
#29
よくまがり、よくとまる。
#29
「曲がる。曲がるよ!!」
#29
「取り回しが軽くなったよ」
#04
「曲がる。曲がるよ!!」

 ドゥカティは、ファクトリーでありながら、ルール上、シーズン中のエンジン開発凍結という制約を受けず、ホンダやヤマハのファクトリーオプション勢よりもワンステップ柔らかいタイヤを使用することができる状態にある(シーズン中に3勝すれば、以後のレースは他のファクトリー勢と同じタイヤ供給になる)。この規定は、2014年はさほど大きな意味を持たなかったが、ドゥカティのデスモセディチGP15が高い戦闘力を発揮することになれば、このルールが2015年の各陣営の勢力関係に微妙な影を落とすことになるかもしれない。

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 上記ルールの恩恵を受けるのは、今年から本格復帰を果たすスズキも同様だ。前回のセパンテストでは、アレイシ・エスパルガロが動力性能の不足を訴えていたが、今回のテストでは細かい部分の改良はあったものの、大幅なエンジンパワーの向上とまでは至らなかったようだ。とはいえ、エスパルガロと、今年からMotoGPデビューを果たす20歳の新人マーヴェリック・ヴィニャーレスはともに好調なパフォーマンスで、一歩一歩着実に前進を遂げているようだ。
 前回のセパンテストのあと日本で風洞実験などを行ったエスパルガロは、そのデータを盛り込んで対策の施されたカウルについて、好印象を述べている。
「今回は仕様違いのフェアリングを試している。僕は体格が大きいので、とくにストレートで頭が振られてしまうんだ。でも、新しいフェアリングはそこがだいぶ改善されたよ」
 テスト三日目の午前に行ったタイムアタックでは1分59秒台にわずかに届かず、ベストタイムは2分00秒275にとどまったが、午後の暑い温度条件のなかで実施したロングランは、大きな成果があったようだ。

「ものすごく暑い状態のなかでも、レースペースがほぼ1秒速くなった。ここまで良くなるとは思っていなかったので、とても満足してる。電子制御もいい前進ができた。トラクションコントロールがぐっと良くなって、トップスピードと加速性がよくなった。セットアップ面の進歩は、素直にうれしい。スズキはプライベートチームじゃなくて規模の大きなファクトリーだから、今後もどんどん良くなっていくと思うよ。次のカタールテストは、まったく異なるコースだから、そこでどれだけの走りができるか楽しみにしてるんだ」
 一方のヴィニャーレスは、前回のテスト同様、大きくセットアップを振るようなことはせず、今回もひたすらマシンの順応と走り込みに徹した模様。連日、自己ベストタイムを少しずつ更新してゆき、本人は一発タイムにさほどの重きを置いていない様子だが、それでも最終的にはトップのマルケスから1.4秒差のタイムに到達した。いまは経験するものすべてがとにかく新鮮で、あらゆる出来事を楽しみながら吸収しているような、そんな印象が、彼の表情や口ぶりからも感じられる。現状の課題は、立ち上がりの加速とタイヤへの慣れなのだとか。
「加速で開けすぎると立ち上がりでスピンして、結局タイムが遅くなってしまう。だから、タイヤをどうやってうまくマネージメントするかということを学んでいかなければならないんだ」


#41
兄の名はエスパルガロ。
#25
こないだ20歳になりました。
技術監督の河内健さん
技術監督の河内健さんです。

 それ以外の面でも「どこもかしこも、とにかく自分自身の全部をよくしていかなきゃ。今シーズンはたくさんのことを学んで経験を積まなきゃいけない。日々、少しずつの前進を重ねていけば、最終的に大きく成長できると思うんだ」と話す。前回のテストの際にも感じたことだが、この若者、かなりクレバーである。 

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 今回のテストでは、ヤマハファクトリーのギアボックスが、ダウンシフト側も<シームレス>化されたことにも大きな注目が集まった。前回の当欄の予想が的中した恰好だが、バレンティーノ・ロッシ曰く
「ヤマハが何か新しいものをやるときは、ジャーナリストはたいてい1~2ヶ月前に知ってるんだよね。でもホンダが何かやっていても、それに気づくのは5レース後だったりするんだ。いったいなんなんだろうね(笑)」
 と軽くジャブを打っておいて、さて、本題のギアボックスの印象はというと、初日の走行を終えた段階で
「大きな差があるわけではないけれども、いいかんじだよ」
 とポジティブな第一印象を述べた。
「進入でバイクをもっと安定させることに貢献してくれる。その部分ではホンダの後塵を拝していただけに、いいことだと思う。同じとはいわないまでも少し近づいたかな。以前はこの領域がもっと神経質だったけれども、バイクのコントロールがしやすくなるので、無理をしなくていいし、コントロールをうしなうリスクを負わずにすむ。失敗のリスクを減らせるというのは、これはレース全体を考えると非常に重要なことなんだ」
 この言葉、今年一月にYZR-M1のプロジェクトリーダー・津谷晃司氏に取材したときの分析とピタリと一致している。話を聴きながら、さすがロッシと、わたくしじつは内心で舌を巻くことしきりでありました。
 ホルヘ・ロレンソもこの新型ギアボックスについてはおおむね似たような印象のようで、ロッシと比較すればあまり多くを語りたがらないものの、
「いいところと悪いところがあるけれども、ドライではかなり気持ち良く走れるようになった。まだ完璧じゃないけれども、今後さらに良いモノにしていきたい」
 と話した。
 ロレンソは、今回のテストではブレーキングで大きな改善を果たすことができた、とも述べている。
「ブレーキングがよくなり、そのかわりにどこも犠牲になっていないのはいいことだと思うよ。よく停まるようになったのは、タイヤの保ちに対しても好材料だろうね。でも、タイヤが摩耗してからの加速では、さらに改善の余地がある。(暑い温度条件ではヤマハは不利になることが多いので)そこはさらに良くしていかなければならない部分だね」
 ところで、ヤマハのこの新型ギアボックス、いままで当たり前のように<シームレス>と我々は呼んできたけれども、<シームレス>と単純に呼んでしまっていいものかどうか、じつは微妙なモノのようである。
 ロッシに質問する際に「<シームレス>ギアボックスについて訊きたいんだけど……」と水を向けても「……あぁはいはい、<新型ギアボックス>のことね」という調子で、どうも彼らは<シームレス>という言葉を使いたがらない傾向にある。なので、そのあたりについて津谷PLに訊ねてみた。
「そうですね、今回はギアボックス周りで新しいトライをしています」
 と認めた上で、これは何をもってシームレスとするかという定義の問題であるので、シームレスであるかもしれないしそうでないかもしれません、というちょっと微妙な答えがかえってきた。いずれにせよ
「このギアボックスについては、開幕戦のカタールGPまでには何らかの形で我々から正式なアナウンスをしたいと考えています」
 ということだ。

#46 #99
こないだ36歳になりました。 今年は体調もバッチリ。
#2 #津谷さん
着々と連日テストを実施。 プロジェクトリーダーの津谷さんです。

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 さて、ホンダ、ドゥカティ、スズキ、ヤマハと触れてきたので、アプリリア陣営にも少しだけ触れておこう。

 グレシーニレーシングがチームを運営するアプリリアファクトリーのマシンだが、両ライダーのうちアルバロ・バウティスタが、良いとはいわないにしてもまあそこそこは健闘しているのに対して、もう一方のライダー、マルコ・メランドリは三日間ずっと最下位。今回のテストに開発目的で参加していたヤマハのテストライダー中須賀克行よりもさらに下を行く、ちょっと目をあてられないというか、かなり酸鼻を極めるような状態にある。


#19
「バウ乗り」は健在。

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 ピットで彼の表情を見ていても、茫然とするあまりちょっと瞳孔が開いているような気配もある。メランドリと長年親しい交流のある、イタリア人のベテラン記者との会話でも、モトクロス等の雑談には応じるものの、今回のテストやMotoGPの話になるととたんに口を閉ざすのだとか。その記者曰く「ほら、あの2008年のときと同じだよ」というので思い出したのだが、そういえばたしかに彼がドゥカティに移籍してデスモセディチGP8に苦戦していたときも、今のようにやや瞳孔が開いた表情をしていた。
 メランドリは今回のMotoGP参戦について、もともと非常に気乗り薄だったという背景事情もある(昨年秋頃の当欄でかなり詳しい事情を記しているので、適宜参照してくださいね)ので、メンタル面でやる気がまったく無之介、みたいな状態で精神的にかなり萎えてしまっているのかもしれない。

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 ともあれ、次はカタールで開幕直前のナイトテストが3月14日から16日まで行われる。このテスト、わたくしは少し休憩をさせていただくので、次回のお目もじは開幕戦カタールGPとなります。では、それまでしばらくのあいだ、ごきげんよう。

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■2015年MotoGPエントリーリスト


  No. ライダー チーム名 車両
#04 Andrea Dovizioso Ducati Team Ducati
#06 Stefan Bradl Forward Racing Forward Yamaha
#08 Hector Barbera Avintia Racing Ducati
#09 Danilo Petrucci Pramac Racing Ducati
#15 Alex De Angelis Octo IodaRacing Team ART
#17 Karel Abraham AB Motoracin Honda
#19 Alvaro Bautista Aprilia Racing Team Gresini Aprilia
#25 Maverick Viñales Team Suzuki MotoGP SUZUKI
#26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team Honda
#29 Andrea Iannone Ducati Team Ducati
#33 Marco Melandri Aprilia Racing Team Gresini Aprilia
#35 Cal Crutchlow CWM LCR Honda Honda
#38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 Yamaha
#41 Aleix Espargaro Team Suzuki MotoGP Suzuki
#43 Jack Miller CWM LCR Honda Honda
#44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech 3 Yamaha
#45 Scott Redding Estrella Galicia 0,0 Marc VDS Honda
#46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing Yamaha
#50 Eugene Laverty
Drive M7 Aspar Honda
#63 Mike Di Meglio Avintia Racing Ducati
#68 Yonny Hernandez Pramac Racing Ducati
  #69 Nicky HAYDEN Drive M7 Aspar Honda
#76 Loris Baz Forward Racing Forward Yamaha
#93 Marc Marquez Repsol Honda Team Honda
#99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing Yamaha

※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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