西村 章が聞いた ゆく年くる年 MotoGP/技術者たちの2014年回顧と2015年展望−HONDA篇・前編

●インタビュー・文-西村 章 ●取材協力-Honda http://www.honda.co.jp/

2014年シーズン、HondaはMotoGPクラスの三冠(ライダー/コンストラクター/チーム)を達成した。また、Moto3クラスでもライダーズタイトルを獲得したが、コンストラクターはライバルのKTMに同ポイントで並んだものの勝利数でわずかに及ばず、完全制覇とは至らなかった。このHonda陣営でマシン開発を束ねるのが、HRC開発室室長の国分信一氏だ。90年代はミック・ドゥーハンの車体担当エンジニアとしてレース現場で働き、2012年までRepsol Honda Teamのテクニカル・ディレクターを務めた国分氏は、現在、MotoGPとMoto3クラス全体を統括する立場にいる。激闘の2014年シーズンを振り返り、間もなく始まる2015年シーズンとMotoGPクラスのレギュレーションが大きく変わる2016年以降についても忌憚のない意見をたっぷりと伺った。
 というわけなので、まずは早速、お読みいただくといたしましょう。ではどうぞ。

 

―まずは今年一年のMotoGPクラスのレースを振り返って、ライバルよりもマシン面のアドバンテージはあったと思いますか?

「思わないですね。我々としては、いつも思わないですね。最近ようやく勝てるようになった、というのが正直な印象で、実際に2011年までは負け越していましたから。逆にいえば、あの頃にマシン性能面で大きく負けていたとも思っていないんです。だから、勝っているときにも我々はあまり勝っているとは思わない。レースは、いろんなファクターが絡みあって結果が出てくるものじゃないですか。だから、我々はマシンにアドバンテージがあるとは思っていないですね」



国分さん

―とはいえ、ライダーでいうならばマルク・マルケスが最強、という印象は誰しもが感じたことだと思います。

「そうですね。彼を見ていると世代が変わったな、と思います。コースサイドで走りを見ていても、ブレーキングからコーナー進入、旋回、立ち上がり、すべてが彼は他のライダーと違っていますからね。Moto2の時代から、彼はすごく速かったので注目をしていたんですよ。乗り方が個性的だなあ、と思って見ていました。彼に近いことは皆、Moto2ではできるんだけど、今から考えれば、それを一歩超えているのがマルクだったんだなと思います」

―昨年から今年にかけて、マシンの改善ポイントはどういうものだったのですか?

「それは毎年同じで、すべての領域を少しずつ良くしていこう、ということです。ひとつだけが突出するとバランスも崩れてしまうし、ライダーだって人間だから道具は使い慣れているものがいいじゃないですか。使い慣れたものをさらによくするために、少しずつ変えていくというイメージですね」

―マルク・マルケスという特殊なライディングスタイルを持つ選手の意見が反映されるようになったことで、開発の方向性に影響が及ぶことは?

「方向性は変わらないですよ。それを現場のスタッフがライダーの乗りやすいようにチューニング、セッティングをしていくことで、ライダーによってだいぶセッティングが違ってくるけれど、マシンの骨格やエンジンは同じものですから」

―今まで多くのライダーを見てきたと思いますが、マルケスのライディングスタイルをどう思いますか?

「一言で言うと独特。ライディングフォームがいいなあ、と思ったのはケーシー・ストーナーですね。マルクは独特だし、ダニは小柄でがんばってる。その前の時代で言うと、ロッシ選手もフォームがすごくキレイでしたね。彼の場合は手足が長かった。そう考えると、オートバイの大きさと人間の大きさがピッタリと合ったのはケーシーだったのかなあ。これはあくまで個人的な印象で、技術者的な意見や見解とは関係ないところですけれどもね」



マルケス

―ケーシーが10月末にもてぎでテストしたときには、現場にいたのですか?

「いました。基本的にテストのときには、私は現場にいくようにしています。テスト内容や結果はレポートでもわかるけれども、ライダーの表情はレポートからはわかりませんから。しかも、ライダーは技術者じゃないので、表現のしかたはひとによってまちまちです。だから、彼らの表情から『あれ、いまのはどうだったのかな』とか『こういうふうに感じたのかなあ』と読み取って、コメントから抜けていそうなところを埋め合わせるためにも、現場にはいつも足を運ぶようにしています」

―ケーシーのテストは、見ていてどうでしたか?

「すごい。あの順応性には驚きました。でも、彼からは現役時代ほどのタイムは出さない、ともいわれたんですよ。出せないんじゃなくて、出さない、と。『出そうと思えば出せるんだけど、転倒リスクが高くなるし、僕はテストライダーなので転倒のリスクは避ける』というわけです。そうは言いながらも、今のMotoGPの真ん中くらいのタイムで走ってましたからね。あれでタイムアタックをしたら……」



ストーナー

―Q2に行けるくらい?

「あれは行けますね、余裕で。だから、ケーシーに訊いたんです。『ホントにトレーニングしてきてない?』って。そしたら『ホントに乗ってないんだよ、前のテスト以来一年ぶりなんだ』って。ビックリしましたね。テスト中でも、ココ(ひじ)を擦って帰って来ましたから。ちょっとプッシュしたらこうなった、って。
 テストをしてもらったのは、2015年のマルク仕様とダニ仕様。基本的には同じマシンなので、セッティングをそれぞれの仕様にしてフィードバックしてもらって、今後の開発に繋げていく、ということですね。ミシュランタイヤも試してもらって、非常にいいコメントをもらえました。ケーシーがミシュランに乗ったのは、2006年のLCR時代以来になりますね」

―タイヤがワンメークになって以来、マシンセットアップはタイヤ性能をいかに引き出すか、という考え方になっているとよくいわれます。ブリヂストンからミシュランへ変わると、タイヤ特性も大きく変わると思われますが、それがどれくらいセットアップのアプローチに影響するのでしょうか?

「そこはまだ、探っている段階です。同じタイヤといっても中身は全然違いますから、ラーメンで言えば、とんこつラーメンと味噌ラーメンくらいちがう。よく言うんですよ。『ライダーがとんこつラーメンを欲しいと言ってるのに、自分たちは味噌ラーメンを作って、そこに塩コショウしたってとんこつにはならないんだよ』って。

 技術者も料理人と同じで、お客さんが本当に何を欲しているのかを見極めないと、とんこつが欲しい人に醤油を提供しても納得してくれないし、醤油用のダシを作っているところに塩コショウしたってとんこつラーメンにはならないわけですよね。だから、そういう意味では、ミシュランとブリヂストンは同じタイヤでも明らかに違うわけだから、それをどう美味しい料理にするのか、というところは大きなポイントですね」



国分さん

―それが2015年シーズン、つまり2016年に向けた準備の重要なポイントになる。

「ただ、ブリヂストンが何ラーメンかということはわかったんだけど、問題はミシュランが果たして味噌なのか醤油なのか何なのか、ってことなわけです……、技術的な説明に全然なってないですけど(笑)。ベースの悪いマシンに一所懸命何かしたって、ライダーの要求するモノにはならないし、あれだけ人間が動いて性能を引き出してゆく乗り物なんだから、ライダーの要求するモノを与えないと、出る性能も出なくなりますよね。そこの見極めが非常に重要で、自分が何を作っているかを理解していれば、それをどう使ってもらえばいいのか説明できるけど、食べ方のわからない料理を出されたってライダーも困っちゃいますからね」

―タイヤと言えば、バレンティーノ・ロッシが『Hondaはタイヤが摩耗した後でも旋回性が落ちない』とコメントしているのですが。

「これはねえ……、ライダー七不思議のひとつに入るんじゃないかと思うんですよね。うちのライダーがヤマハの後ろにつくと、やはり『向こうの方が速い』『ヤマハのマシンのほうがよく曲がってよく加速する』と必ず言うんですよ。旋回性は、昔からヤマハの優れているところですからね。ライダーのコメントは開発にすごく重要だけど、コーナリングと開けていくときの表現は特に注意しなければいけない。なぜなら、前と後ろのライダーは同じタイミングでコーナーに入っていくわけではないんだから。

 前にいるライダーのほうが先にブレーキングするわけで、そうすると後ろは追いつくわけですよね。コーナーに入ると車速は落ちていくから、近づいていく。でも、前の人は先にスロットルを開けるから、立ち上がりで必ず離れるんですよ。この離れるところをライダーはいやがるんです。分析のしかたにもよるけれども、レース前半はだいたいヤマハのふたりのほうが速い。だから、少なくとも旋回に関しては、我々はヤマハのほうが優れていると思う。



国分さん

 それは自分がコースサイドで見ていても、『ああ、あそこはやはり離されるなあ』とか『こういう区間はダメだなあ、でもここは勝負できているなあ』と感じるけど、オーバーオールで見るとだいたい同じようなタイムだから、あまり差がないな、というのが実感です。だから結局、マシンのアドバンテージはない、という最初の話になるんですよ」

―では、その旋回性でヤマハに対して詰めることができるようになった、と思いますか?

「いや、思ってないです。明らかに差は残ったままです」

―動力性能はどうですか?

「動力性能は、我々のほうが少し速いと思っていたけど、今年はだいぶ近づかれましたね。ドゥカティに対しては、我々は(開発が)止まっているけど、彼らは開発を進めて追いかけてくるので、今年の後半には加速性能で抜かれちゃっているんですよ。
 結果の勝率で言うと今年は勝っているけど、トータルで見るとライダーの調子がいいときもあれば悪いときもあるし、マシンがいいときも悪いときもある。私がよく言うのは『2010年までを見てください』ということなんです。Hondaはどれだけ苦労をしていたか。2004年から2010年の間は、2006年のニッキーしかチャンピオンを獲れていないんですよ。その間、我々は負け続けていたわけです。最近、Hondaは強すぎると言ってくれる方もいますが、勝ち続けてないんですよ。2004年からしばらくの間はヤマハの時代でした。でも、その前10年を見ると、彼らもしばらく勝つことができない時代がありました。つまり、長い目で見ると力は拮抗しているんですね。だから、しっかりと開発をしましょう、ということになるわけですが」

―2010年以降で、少しでも気持ちが楽になったことはない?

「一度もないです(キッパリ)。毎年、死にものぐるいです。でも、大変だからこそ、勝ったときの喜びも大きいし、まわりで見てくれている人たちも感動したり愉しんでもらえる。簡単だと、やっぱり面白くないと思うんですよ。私も長い間レースをやっていますが、どんなに辛くて大変でも、自分から辞めたいと思ったことは一度もないですもんね」

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国分さん