●インタビュー・文-阿部正人 ■撮影-楠堂亜希・編集部 ●取材協力-Honda http://www.honda.co.jp/ |
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38歳。苛烈かつ、とてもクレバーなトライアル競技でトップに立つ男がいる。しかも競技をこなしながら、数々のデモを披露、スクールも開設。いまおそらく世界でいちばん忙しいであろう二輪スポーツの覇者は、さらなる来季のオールクリーンを目指す。 |
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初めての全日本チャンピオン獲得は2007年。31歳の時。続いての獲得は2010年、34歳。そして3度目が2013年、37歳。ここまで3年毎に獲得したため、次は2016年かと目されていたそうだ。 「そうはなりたくない! という思い。決してリキんだわけではなく、成績が後からついてきたと言いますか、乗れていたと言いますか。年齢とともに悪いチカラが抜けて、うまくいく部分が残っているのかもしれません。さらにまだ伸びしろもあります」 スラリと伸びた背丈、日に灼けた細面の穏やかな表情。顔が高い位置にあることに、正直、驚いた。以前、競技中の小川選手を見たことがある。握ったハンドルバー、フロントを上げ、障害物を乗り越えて到達、そして着地。一連の姿はつねに”かがんだ”状態、ハンドルを握った状態にあり、身体のすべからくを見ることは難しい。 「皆さんにそう言われるのですが、乗車中はよほど猫背なんでしょうね」 |
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1976年10月4日、三重県四日市生まれ、38歳。血液型A型。身長178センチ、71キロ。妻、一男あり。 ”GATTI”(ガッチ)の愛称で呼ばれる。ガッチとはイタリア語で猫のこと。しなやか佇まいと計り知れぬ運動性能。猫の、飛ぶ、駆け上がる、高みからの着地などの一連の動きはトライアル競技にとてもリンクするものがある。ところが……いまでは定説になっている”ガッチ”の語源だが、イキサツについては苦笑いをする小川さん。 「小川、おがわ、おがわっち、がわっち、がっち……次第に短くなって“がっち”になった次第です。おとなになってから”がっち”をアルファベットにしてみたらGATTI。イタリア語で猫だと教えられた時、ああ、それも悪くはないなあと。トライアル選手の理想的な運動能力にも”合致”しているし、実際、猫背になっているし、猫も好きで飼っているし、という事情のいきさつです」 |
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小川友幸選手。HRC CLUB MITANI HONDA RTL260F。公式サイトhttp://www.tomoyuki-ogawa.com/ | ||
名前と猫とトライアル競技とが三位一体となってのオールクリーン! シーズンオフに入った今は、ワンボックスに2台のトライアル車を積んで、各地をキャラバン中のGATTI選手。 「ブログを読んだ方々から、小川友幸はいったい何人いるんだ? とコメントされます。自分でも運転しながらよく走ってるなあと。20代の頃。自分の選手としてのピークは20代後半で30を過ぎたらどうなるのだろうと思ってました。ところが30を過ぎて、気がついたら38歳になってしまっている。とりわけ身体のバネの維持とか持久力とか。そこに衰えを意識したことがなく逆に肩のチカラが抜けたというか、気負う感覚がなくなったというか。現状でやれるべきことはなんでもやってやろうという気持ちになってきています」 |
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小川さんの持つ、トライアルを通じての多様な顔。「3日空けたら(乗らなかったら)大会に出られない身体になる」というストイックなトップ競技者のポリシーを貫きながら各種イベントでのデモンストレーション。これはショーアクター、エンターテイナーとしての存在感。そして開設しているトライアルスクールでの指導者の立場。 「競技に専念したらどうか? とおっしゃる方もいらっしゃいます。移動の体力やイベントなどの気遣いなく競技者に特化したルーティンで過ごしてみてはどうかと。ただ私の思うのは”現役”だから出来ることはあるのではないかと。いろんなコトをやっているから、むしろ、リラックスできているような」 |
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実質、来年の2月まで週末のスケジュールはびっしりだと笑う小川さん。これまでに、たくさんの生徒を預ってきた。好評の「GATTIスクール」の秘訣を伺えば。 「初めての人には、できるだけ言葉を簡潔にいこうと心がけてます。一度にたくさんのことを話すとかえって理解しづらい。カラダを使ってのことなので頭で理解するより、まず感じること、つかむこと。直感の動作に伝わることを自分のなかで考えて伝えるようにしています」 スクールを希望する生徒の動機や目的もさまざまなようだ。ちびっこ、入門、初級、中級、上級、トライアル競技を観戦して興味を持ち、ちょっと自分も乗ってみようという人も多いようだ。記憶に残っている生徒さんは。 |
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「渓流釣り師の方ですね。私は釣りはしませんが、渓流釣りは秘境やその源流まで分け入りたいそうですね。そして先行者がいると魚たちは怯えて隠れてしまう。だから、誰よりも先んじて渓谷へ分け入るためのテクニックを身につけたいと」 とても明確な目的。小川さんは苦笑いしながら続ける。 「その人はそこそこ上手くなったらスクールには来なくなりました。でも、これでいいんです。トライアル技術の普及というか社会性、自在性といいますか。ちょいとそこの畦道を走ってみる遊び心の手助け。また消防や災害派遣など、早急なケースでのバイクとトライアル技術の認知度が浸透することが私のスクール活動の原動力なのです」 |
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四日市で開催されているガッチトライアルスクール。ちびっこ、入門、初球、中級、上級の各クラスがあり初心者からレース出場まで技量によって学べる。日程、詳細は公式サイトで。●写真提供-ガッチトライアルスクール | ||
そして当然、競技者として。”現役”選手に稽古をつけてもらいたくて門戸を叩いた少年もいたようだ。 「きっかけは全日本を見た、ファンになりました、ちょっと始めてみたいので教えてくださいといろいろですが、群馬から来るとても熱心なお子さんがいました」 「教える上で、核心となるのは『トライアルの頭』を持てるかということ。ロードレースと明らかに違う競技運びの構図。こうする、ああしたい。そのきっかけを与えることだと思ってました。嬉しかったのは、その子がめきめき上達し、頭角を現した。そして私と同じ最高峰クラスまで来てくれたことです。やりがいを感じましたね。本当に嬉しい。自分が積み重ねてきたことが、目の前で起きてくれる嬉しさと言いますか」 |
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小川さん自身、物心のついた頃に、トライアルを愉しむ父の姿を見よう見真似で自転車に乗る。「楽しくて、楽しくてたまらなかった」という自転車でのトライアルにはじまり、ステップアップを続けて、中学2年の時には自転車トライアル世界チャンピオンに。そこからバイクとの併行の競技人生を続けて最高峰クラスの顔ぶれに。日本を代表するトライアラーとして、世界の関係者にも一目おかれる存在である。 「トライアルは一般的に敷居が高いという印象が強いようですね。フィールドは特別だし、バイクも特殊。とんでもない。トライアルはとっても遊び心に富んだ身近かなバイク。自分のいろんな活動を通じて、ここを伝えていきたいと思っています」 |
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レース、スクールだけではない。デモンストレーションも小川選手の重要なルーティーン。写真は2014年全日本ロード選手権開幕戦鈴鹿で行なわれたデモンストレーション。トライアル普及のため、小川選手は今日も休みなく日本全国を駆け巡る。●撮影─楠堂亜希 | ||
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イメージどおりに物事が運ぶ。こんな嬉しいことはない。思ったとおりにセクションをクリア。見る側は手に汗にぎった瞬間をゆるめて胸をなでおろす。トライアル競技は、目の前の行われる信じがたい”事実”を見たものにしか解らない白熱の緊張と高揚、時に落胆がこれでもかと連続する。しかしまだ、気持ちは次ぎのセクションへ走る。 「セクションに対して、かたくなに挑もうとか、やってやろうとリキむ時はダメですね。気負いのあまり、カラ回りして。気持ちと自身の動きがおそらくチグハグになっているのだと思います。波に乗れないまま一日が終わってしまう」 逆に、減点ゼロ。一度も足を着くこと無くセクションをクリア(クリーン)。さらにこのクリーンがラッシュするゼロラッシュは、トップ競技者たちのまこと息詰まる見せ場でもある。 「次から次へとテンポよく進んでゆくんです。気負いがない。セクションごとの気持ちの切り替えや挑もうなんて野心もなく、競技が自然に流れていくような感じです。表彰台の真ん中に立ってから、ああ、あれが”無”の境地だったのかなと思ったりするのです」 つまりは、連続チャンピオンの獲得も、無の境地の時間がむしろ年齢ともに拡幅されてきたということだろうか。 「かつて日本人トップとして世界へ出た時、惨敗でした。その状況を鑑みた時に、思ったことですが自分のスタイルはショー系、インドア的でどこか”魅せる”ためのテクニックであり、世界のステージはもっとアウトドア志向。ありのままの自然を冒険するステージの枠を感じたのですね。日本と世界のテクニックの差はまったく感じなかった。こういうフィールドの違いに翻弄されて、なかなか”無”になれる切り替えができなかったといいますか。ちょっと若かったか……そういう自身を客観的に見ることのできる視野が持ててきたのかなと」 ここに、スピードマッチとは違ったトライアル競技の奥深さ、魅力が潜んでいる気がする。若さ=それがどこまでを若さと言うのか解らなくさせる他にはない二輪スポーツの集積。視点や発想、自分の見直しを変えることでまだ第一線のトップを張るカタチをつくりだす。 「若い頃は、競技や自身の技術向上のためにいろんなことをやりました。ジムに通ったり、健康食を試してみたり。人づてに”いい”ということはすべてやってみたりしました。トレーニングに一生懸命になるあまり、身体を限界まで痛めつけたこともあります。しかし競技での成績は、いいところまで行くのだけどもタイトルがとれない。『万年2位の男』と呼ばれたり、ああ、自分はそういう人間なのかなと自嘲的に思ったり。自分をどこか追い込むことで成長させなければという気持ちがあったかもしれませんね。いまはそういう尖った自分がなくなってきた気がしています」 |
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今年の戦績は、写真の開幕戦(茨城)と第2戦(奈良)を連覇という幸先よいスタートを切り、第3戦(山口)2位、第4戦(北海道)優勝、第5戦(岡山)2位、第6戦(愛知)2位、最終戦(宮城)3位と安定した闘いを見せ126Pを獲得。2位の黒山選手(ヤマハ)に11Pの差を付け見事2年連続チャンピオンに。●撮影─楠堂亜希 | ||
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現在、忙しい日々のなかで、ひと息をつけるのがテレビでのスポーツ観戦とのこと。どうしても自身の年齢に近しい選手の活躍に目を奪われるそうだ。 「”レジェンド”こと葛西紀明選手。42歳。素晴らしいですね。たいへん尊敬していますし、競技者としてのスタイルを意識しています。基本的に、スポーツ競技の中継を熱心に観戦して、自身を鼓舞したり、イメージトレーニングをしています。少年の頃、サッカーチームに入っていたことがあり、サッカーも好き。また、器械体操もたいへん興味があって見ています」 ジャンプ競技や器械体操、それはトライアル競技と同様に、凄い技のあとに”立っていてくれ”という見る者の共感で共通する。その葛西選手は今季も好調にカンテを飛び出している。競技は違っても響きあうこころと目標だろうか。小川さんもかなり触発されているようだ。 「これまで全日本のタイトルを4回獲りました。応援していただけるファンの方々、スポンサードしていただける企業の方々のおかげと深く感謝しています。これからも、いまやれることを、やれるだけやること。終わりを見たくない気持ちと、この4という数字があまり好きになれません。できたらこの数字をこっちに持っていきたい」 来年の抱負を伺うと照れ笑いをしながら右手を掲げた。手のひらを大きく広げていた。 |
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肉体的にも精神的にもまだまだ限界ではないという小川選手。3連覇、いやレジェンドに向けて東奔西走の日々は続く。 | ||
「5」はトライアル競技ではそのセクション失敗を現すが、ここでは真逆の成功5度目というタイトル獲得の印し。各地に神出鬼没のように現れる38歳チャンピオンは、今日もトライアル車を積んで列島を縦断しているはずである。 |