股下にあるNC750Xの2気筒エンジンはトルクフルで、低回転からレブリミットまで、
フラットに、どこからでも車体と私を前に押し出す。
クラッチレバー操作のいらないDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)は、1速の停止からスロットルを軽率に開けてしまうと、思いのほか進んで、慌てさせるほど。エンストとはおさらば。前モデルのNC700Xより明らかに低中回転の力が増大した。バランサーが追加されたこともあり、エンジン回転が上昇していっても振動は控えめ。それながら2気筒を意識させるビートが遠くにあって心地いい。
雲が多くて、やる気のなさそうに上がってきた太陽が、その隙間から顔をのぞかせる。凪いだ海の上に光の線が伸び、周りの景色が途端に光りだすのを見ながら「オートバイっていいな」としみじみと思う。若いころ、北海道ツーリング中に、観光地の駐車場で、ツアー旅行のバスから降りてきた年配の女性にこう言われた。
「あなたたちはいいわね、美しい景色を好きな場所で、好きな時間見ていられる。自由だもの」
その分、寒かったり、暑かったり、雨に濡れたり、虫と衝突したりするんですけどね、と笑いながら答えると、「それも羨ましいわ」と。
おへそより上にハンドルグリップの高さがあり、無理なく両手が届く距離で、アップライトで楽なポジション。このオートバイはその自由を味わうにはちょうどいい1台だ。視線が前下りではなく自然に遠くまで見渡せる乗車姿勢は、交通の流れだけでなく風景も見渡せるから。
デュアルパーパスやアドベンチャーと呼ばれるこのカテゴリーの車輌は、
排気量と車体が大きいものが多い。
745ccの排気量と、それらに比べるとひとまわりコンパクトな車体で、気兼ねなく使えながら、小さくて窮屈さを感じることもないバランスのとれたサイズ感。足着きも気にならず、身長170cmの私で大きすぎず、小さすぎず。街中でも、海辺のワインディングでも、細い路地でも、Uターンでも不安にならない操作性。いざとなったら、どこからでも湧いてくるようなトルクのおかげでなかなかスポーティーに走れてしまうパワー。並列2気筒エンジンは、6千500回転付近でレブリミットがくる。最初にこのシリーズが登場した時、他機種と比べて高回転まで回らないのを理由に「ツマラナイ」という意見があった。価値観は人それぞれだけど、私はまったくそう思わない。
特にDCTなら、なおさらだ。エンジンをかけるといつもニュートラル位置にあり、親指でハンドルスイッチを押し込むと、カチャっという音とともにAT(オートマチックトランスミッション)モードの「Dモード」に入る。メーターのギアポジションを示す部分に“1”という数字と、“D”という文字がでる。クリープ現象なんぞ存在せず、勝手に動かない。
ここからはスロットルをただ開けるだけである。
回転が上がっていくと、カシャン、という音と共にシフトアップ。私がDCTで気に入っている部分のひとつにこれがある。オートマチックでも、無段変速のスクーターとは違い、ちゃんとわずかだが変速ショックがあってギアが変わっていくこと。クラッチを切る、繋ぐは勝手にやってくれるが、これが絶妙で、自分でやるより間違いなくスムーズ。タンデム中、後ろの人がシフトアップやシフトダウンの度に大きく揺すられることはない。ちゃんと乗り味はオートバイなのだ。自動変速だからエンジンの回転数なんて気にすることはない。前の赤信号を確認して、スロットルを閉じながら減速、勝手にギアは落ちていき停止時には1速の状態。理にかなっている。
バイク歴が30年ともなると、クラッチレバー操作と左足でのギアチェンジは無意識にやれる。当然だ。それでも、DCTが無駄だ、不必要だと思ったことはない。この新しい感覚と気軽さは面白い。フラットトルクのエンジンはこのためにあったのか、と理解した。乗りやすさだけでなく、どこから開けても加速していけるから、DCTとの相性がいい。スロットルを開ければいつでもダッシュ。違和感なく自分の思うように動かせる。
漁師町で生まれ育ったこともあり、潮の香りに郷愁を感じながら、もう完全に上ってしまい、存在を強めようとしている太陽の暖かさがありがたい。次第に混んできた交通の流れにのって、クルージングしている時、気にするのは、スロットル操作と前後ブレーキを使っての速度調節のみ。そこから、海を背中にして前輪を内陸、山の方へ。
ドライブモードたる「Dモード」からスポーツモードの「Sモード」に入れると、
エンジンはもっと回転数を引っ張るようになって、より簡単にシフトアップせず、
とたんにキビキビ感が出てくる。
登りのワインディングでも不足はない。足廻りはしなやかによく動き、タイヤのグリップ力を把握しやすいし、ブレーキの効きは充分で、切り返しなど身のこなしもなかなか。ものすごくスポーティーではないけれど、これだけ楽しめれば文句は出てこない。
ここで私が気に入った走り方は、MT(マニュアルトランスミッション)モードにせず、ATモードのまま、コーナー進入手前で左手親指を使いシフトダウン。エンジンブレーキが使え、立ち上がりを考えたギアを選択できる。コーナーリング中にシフトダウンしても回転を上手く調節してくれるから、リアタイヤのグリップを失うようなこともない。突然、法面から漏れ出た雨水が道を横断するような滑りやすいところが出現したら、今度は左手人差し指でシフトアップ。回転数を下げ、立ち上がりでトルクがいちばん出る5千回転手前を回避すればトラクションを失いにくい。各種センサーからのモニタリングでコンピューターが判断し、命令を受け付けないこともあるが、ジレンマは感じない。もし、それが気に入らなければMTモードもあるじゃないか。
タイヤなどからオンロードが主体だと分かっていても、この姿をしているからには、ダート林道にもトライしたくなる。いざ行けば、手こずるどころか、すんなり走れてしまった。水分を含んだ土だとタイヤがキビシイけれど、ドライならなんてことない。ちょっとしたガレも前輪の荷重を抜きながら走ればなんなくこなせる。左足のシフト操作がいらないので、よりステップコントロールに集中できるのもいいね。ソフトな前後サスペンションも効いている。オフロード向き、とはさすがに言えない。しかしダート道に対し消極的になる必要もない。意外なほどやれる。
草と木々に囲まれた土の上を走ってたどり着いた、山の中の見晴らしのいい、とっておきの場所。ヘルメットも収納できるサイズのトランクスペースにひょいっと放り込んでいた、小物でパンパンに膨れた、patagoniaのスリングバッグの中から、デジタルカメラを取り出し構える。やっぱりシーンを切り取って思い出にするのにスマホのカメラ機能じゃ味気ない。
NC750X デュアル・クラッチ・トランスミッションABSに乗っている時間が長くなるほど、心の奥に凝り固まった保守的な気持ちがどうでもよくなっていく。シンプルながらデザインも含め基本となるオートバイとしてのまとまりが特徴。我慢を強いられない。高い完成度の違和感のないギアチェンジをしてくれるDCTによって、左手と左足は開放され自由になり、日帰り荷物をトランクへ入れたら体も自由。そして私の心も自由になった。技術でライディング操作を簡素化するも普段通りのオートバイとして違和感のない走りに仕上げた。概念を少し変えたオートバイの進化形をどう楽しむかはあなた次第だ。
(濱矢文夫)