めいっぱい走りきっての完走を!!!Teamホンダ学園テクニカルカレッジ関西の2014年夏。(前編)

ホンダ ホンダ学園

 メカニックは学生たち、先生はサポート役。

 
 7月12日土曜日、ホンダ学園ホンダ・テクニカルカレッジ関西「二輪整備同好会」の8耐活動は準備の最終コーナーにさしかかっていた。単独体制での8耐参戦は、今年ですでに8年目を迎える。

「28番入ります!!!」

 サインボードを掲げた学生が声を張り上げると、離れた位置にいたライダーは発進。マシンは固唾を飲んで見守る人達の前で停車した。エンジンが止められると、すかさずリアタイヤが持ち上げられた。台風が去り、初夏の陽射しが強まった大阪狭山市の校庭。続いてフロントが持ち上げられてタイヤ交換が開始される。

「落ち着いて、確実に!!!」
 シャフト、カラーが外されて新しいタイヤが組み入れられる。前後のタイヤ交換が終わるとブレーキのエア抜き作業と確認。次は給油だ。バランス取りの難しいクイックチャージャーをふたりで抱えて給油口へ慎重に差し入れる。「1、2、3、4、5」声が出ている。この5つのカウントによって、次回ピットまでのガソリンが注入される算段。

 セルがまわりふたたび咆哮するCBR1000RR。発進の途となった。

 停車から発進まで約30秒、予定どおりのピットワークを終えたようだ。この日は、学園のオープンキャンパス「学校見学会」が催されていた。参観者たちから誰彼となく拍手が起こる。見学に来た本人はもとより、付き添いとおぼしき方々は、一連の動きに感心、どこか溜飲を下げたような表情だった。ところが……

「これがいつもの校庭ではなく、本番のピットで果たして問題なく行うことができるか。自分の作業を確実にこなしながらまわりにも気を配れるか。これからの2週間が彼らの本当の試練になると感じています」

 フルフェイスを脱いだ顔は、この日ライダー役を務めたチームマネージャーの白上貴紀先生。自らが国際A級ライダーとして8耐参戦の経験がある。吹き出した汗をタオルで拭いながら、少々ヤレヤレの表情。いまのピットデモにはいささか不満げな様子だ。理由は後述するが、学生たちはマシンを押し、タイヤや道具たちを持ってアスファルトの校庭をあとにした。

 


ピットデモ
取材日は来年の新入生に向けた学校説明会が行なわれ、その一環として二輪同好会のピット作業のデモンストレーションが行なわれた。そう、ホンダ学園の8耐参戦は多くの人が知っている、ある意味では学園の顔に成長した。まさに継続は力なり。


ピットデモ


ピットデモ


ピットデモ


ピットデモ
大きなミスもなく想定時間内にきっちりと作業が終わり、順調に仕上がっているように見えたのだが。

4輪の車両検査工場を再現した実習棟にて。


作業中
実習棟は手狭な部室とは異なり環境もいい。ちなみに下の写真の学生さん達が被っている赤い帽子は、伊豫田君の親御さんからの差し入れ。二輪同好会だけの8耐ではない。見えない部分で学園全体をはじめ、さまざまなバックアップあればこその課外活動である。

 顧問のひとり、大川 恒先生も加わって棟内に入るとフィットやオデッセイ、アコードなどが並んだ整備場さながらのなかに、2台のCBR1000RRが並んでいる。一般的な自家用車と二輪レーサーの共存。不思議な景色だが、ホンダらしいといえばホンダらしいのかもしれない。8耐参戦のためにこの期間を限定で特別にスペースをさいて貰っているという。

 現場では顧問のひとりで学園の教務主任でもある阪田克己先生の指導のもと、いまピットデモを行ったマシンも早速ホイールやカウルなどが外されてフレーム姿になっていた。なお、3人いる顧問のもうひとり田崎勝三先生は授業中らしく不在。さらに今年は上田、鴨川、遠藤の3先生も参加してくれるそうだ。鴨川先生は7月8日のテストにも参加したそうだ。3先生の参加は、てんてこ舞いの現場で力強い援軍になるだろう。この時期は、顧問の先生だけではなく学園すべての先生方の理解と連携により、本授業と「課外授業」を分担して鈴鹿8耐の、その時を目指しているようだった。



テスト


テスト
本番に先立ち行なわれた合同テストでの風景。学生達は意外と落ち着いていたそうだ。本番ではいかに。■撮影─楠堂亜希

 毎年が違うピットクルーの組み合わせというのも学生チームの特徴。今年のキャプテンは一級自動車整備研究科4年の宮下勇作君。昨年は185センチの体躯を活かして給油係、クイックチャージャーを持ち上げていた。ところが先ほどのピットデモには居なかった。なぜか終わってから整列に飛び込んできて冷や汗をかいていたのである。

「デモ直前に、急にお腹が痛くなりまして……その……トイレに行ってまして、ですね……」

 しどろもどろになるキャプテンだが、さきほどの白上先生の不安気な表情の、その一端? 
 先生から開口一番「今年のチームにはリーダーとかキャプテンは居ないと思ってます」と、さらなるイン攻めを喰らってシュンとなる宮下キャプテン。見事な体格とは裏腹の、繊細なこころの持ち主のようだ。

「1度は参戦することで行ってみたい。ずっと憧れてきた鈴鹿8耐です。今年、私には2度目になりますが、ぼくらでも時速300キロの世界に加わることができる。本番は体調を万全にして悔いのない整備と作業を心がけたいと思います」
 キャプテンは改めて気持ちを取り直したか、ギュっと奥歯を噛みしめて抱負を語ってくれた。

 そして、宮下キャプテンの女房役としてサブリーダーを務める自動車整備科2年の伊豫田将也君。小学生の時から鈴鹿8耐を観戦し、学生メカニックの檜舞台を夢見てきた。
「とにかくバイクがやりたかった。中学校に入ったあたりからその想いが強くなるばかり。まずは完走。出来ればその上まで見てみたいです」

 この伊豫田君、白上先生とは鈴鹿サーキットでの不思議な縁でつながっている。彼が初めて鈴鹿8耐を見た日、それはレーサー白上貴紀選手が鈴鹿8耐に参戦した年(2002年)だったそうだ。課外授業で出逢った、サーキットのこちらとむこう側。

 白上先生は苦笑い。「でも彼にそう自慢しても全然覚えていないそうです。大治郎(故・加藤大治郎選手)と一緒に走ったと言っても信じてもらえない」



宮下勇作君
キャプテンの宮下勇作君。二輪同好会の会長も務める。4年制の一級自動車整備研究科4年生。


宮下勇作君
サブキャプテンの伊豫田将也君。2年制の自動車整備科2年生。

 続いて、同じく一級自動車整備研究科4年生の長谷圭佑君。
「小さい頃から鈴鹿8耐にはとても興味がありました。知人を通じてこの学園と『二輪整備同好会』の活動内容を知り、ここまで来れました。今年は去年やり残したことを達成させたいと思います」

 三田村朋紀君は自動車整備科2年生。整備が担当。
「まず完走したいです。まかされた仕事を確実にこなしたい」

 自動車整備科2年生の前田 翼君。昨年もピットに居たが、故郷が鈴鹿市という地元生粋のレースウィーク少年だ。
「小さい時から父に連れられて8耐を見てきました。いつかは参加したい。ここに入れば行ける。今年も喜びと期待、不安とで本番を待っています」

 
 先生評として、前田君はこのモチベーションの高さと手先の器用さが特筆だそうだ。パーツを頼むと、だいたいの勘所で自作品をひょいと作り上げるという。この時もリアサス調整のバルブを取り付けるプレートの仕上げにかかっていた。

 このモチベーションという点で、初めてピットに入る自動車整備科2年生の本田卓也君も気にかかる存在。昨年はスタンドからの応援だった。
「鈴鹿製作所で季節工として働いていました。もっと専門的な技術を身につけたいと思い、お金を貯めて入校しました。完走するのはあたり前の目標です。さらにレースにはなにがあるか解りません。出来れば私らは堅実に作業をこなしていき、どこかでチャンスを掴んでみたいです」

 白上先生は、本田君についてこう語る。
「彼は能あるツメを隠していると思うのです。ただ年かさでもあるし、若い人たちに譲ろうとつい遠慮がちになるといいますか。もっと自分を出せばいいと感じてます」

 この本田君を含めて、今年はじめてピット入りしたのは3人。自動車整備科2年生、山下展明君。
「学生でレース活動という希少な体験に惹かれて入部しました。全力でがんばります」

 自動車整備科2年生、服部晃佑君は初挑戦をサインボードひと筋に賭けると意気込む。ピットデモでサインボードを掲げて大きな声を張り上げていたのは彼だ。
「LEDの組み入れに、今年から手探りで取りかかりました。まだまだレーサーの方との視認性の問題で詰め切れていませんが本番までには絶対になんとかします。マシン本体には一切触らない気持ちでいます。陽の落ちてきたサーキットにゼッケン28のサインボードが灯ったら、完走間近かと思ってください」

「おいおい、そんなコト言って大丈夫か。まだやることは山積み」と先生につっこまれていたが、この”手探りで始めた”トライの気持ちは評価されていた。

 以上が、新メンバー3名が入った今年のピットクルーたち。みんなの抱負を尋ねると、モチベーションが高く、とても個性的なメンバーに感じる。レースを想うひとしおの熱もある。しかし、先生方の不安とは、また別のところにあるようだった。

 



長谷圭祐君


三田村朋紀君


前田 翼君。
子供の頃から8耐に興味を持った長谷圭祐君。一級自動車整備研究科4年生。 整備担当の三田村朋紀君。自動車整備科2年生。 手先が器用な前田 翼君。自動車整備科2年生。


本田卓也君


山下展明君


前田 翼君。
本田卓也君。自動車整備科2年生 山下展明君。自動車整備科2年生。 サイン担当の、服部晃佑君。自動車整備科2年生。


作業中


作業中


作業中


作業中
本番まであと2週間。環境の整った実習棟でおのずと作業には力が入る。各自のスキルは高いとのことだが、先生の悩みは……。

教員として。顧問として。そしてレース界の先輩として。

「今年のチームは、確かに個々のスキルは高く、手技もしっかりしている。ですがそこからの元気やまとまりに欠ける気がしています。だから咄嗟になにかをするべき時にビビって身を引いてしまうとか、遠慮がちになるとか。チームはこれではダメなのです」

 作業を学生たちにまかせ、阪田克己先生も加わってこれから本番までの過程を模索する白上先生。阪田先生は作業帽をとると、とても柔和で理知的な技術者の趣き。まだレーサー然としたスリム体型の白上先生とは好対照な、工業大学の研究室にいる教授のような雰囲気がある。

「いまの子どもたちの特徴でしょうね。共同でやることに慣れていないのです。ネットやゲームなど、一個人でなにかに没頭する時間が長く、能力のすごく磨かれている点は特化していても集団になるとどうしたらいいか迷う。ここを引き出すことが私らの仕事と考えているのですが」(阪田先生)

「先ほどのピットワークですが、自分のなすべき作業はなんとかうまくいっている。しかしこの時に他のセクションはどう進行しているか? これがまわりを見ながら自分の作業をするというレースには不可欠な要素なのです。まだまわりが見えていません。耐久レースはチーム力です。ここを取りまとめるのが、リーダーやサブリーダーの仕事。これからだと思います」(白上先生)

 少し辛口の視線で、今年のメンバーを見ている先生たち。しかし、その言葉の節々に、今年のメンバーのこれからの成長と本番での活躍に期待をかけていることは確かだ。さらに今年は、ライダー側にももうひとり。第3ライダーを加える情報を聞いた。
 昨年から引き続きの古澤基樹選手(41歳)、児玉勇太選手(26歳)にまじって、北口浩二選手だ。古澤選手と同じ41歳。鈴鹿8耐では高い完走率を持ち、最高位は決勝5位という実績。ひとりあたりの体力消耗の分散を狙ってのことについて、白上先生が言う。

「レーサーの年齢によるスタミナについて一概には言えませんが、私の体験値から40歳を過ぎると途端に厳しくなる気がします。古澤選手は私と同じ歳であること、ベテランゆえの責任とプレッシャーという点も鑑みまして、第3ライダーの存在という使えるレギュレーションいっぱいで行こうとなったのです」

 これら、有用な要素をできる限り構築させて、あとは本番までにチームをどのような状態にまで持っていけるか。時間は刻一刻とせまり、これから数日間は”光陰矢のごとし”だろう。先生ふたりの想い。



阪田先生と白上先生
阪田先生(右)と白上先生(左)。白上先生はライダーとして8耐参戦経験があり、阪田先生は四輪レースの経験が豊富なレースの大ベテラン。


作業中


作業中
時には厳しく、そして笑顔も忘れず。学生達と共に作業をする先生の姿は、レース界の先輩としての姿でもある。

「ひたすら安全を求めて走って完走だけする。これではレースではありませんし目標でもない。出来るだけ詰めたマシンで、めいっぱい走らせて、めいっぱい耐えてゴールを目指す。これが鈴鹿8耐の醍醐味です。とにかく、若い人たちに率先して行動するという、自分の殻を破ったチャレンジをさせたいのです」(白上先生)

「レースは勝負!! 勝負の世界を見せてあげたい。いまの時代に、二輪レースが大好きなんていう彼らはある意味ミラクルです(笑)。しかし、この活動は、授業の延長にあるあくまでも学園の課外活動の一環。いろんな方にお世話とお気遣いをいただいてます。そこから送り出された彼らに、鈴鹿8耐にしかない勝負の世界を見せてあげたい」(阪田先生)

 帰りしな、白上先生と職員室に立ち寄って、五月女 浩先生との再会になった。五月女先生は学園の教頭を務める。その教頭先生が、ゼッケン28号車Teamホンダ学園の監督なのだ。

「今年もまた暑いピットで長くおつきあいいただきますが、応援なにとぞよろしくお願い申し上げます」

 なんどもお辞儀をされるチーム監督の姿=教頭先生。さらに校長の澤田武美先生もバックアップについている。学生メカニック、サポート役の先生方、レーサーたち。三位一体の熱情をもって。一年に一度だけ、課外授業に学園が一丸となって迎えるその日はもうすぐ。風よ鈴鹿へ! そして昨年の雪辱なるか! 
 来たる7月27日11時30分のシグナルグリーンを想うと目頭が熱くなる。



実習


学科
取材をしているとついつい忘れがちだが、学生の本業はもちろん勉強。1コマ90分の実習と学科授業を午前2コマ、午後2コマを終わってからの課外活動である。限られた時間と予算をいかに効率的に使い参戦するかという課題も科せられる。学生だからと言ってハンデはもらえないのだから。

[後編へ]