スペインは…寒い!
国内メーカーの海外向け車両の試乗会開催地としてスペインが選ばれることは多い。それは温暖な気候やおいしい食事、ワインディング路を含む豊富な道路状況、バイクの性能を十分に楽しめるような高速道路網など複合的な理由だろう。
が、今回の試乗会は寒かった!
スペイン南部のアルメリアは、もうすぐそこにアフリカ大陸があるほど西ヨーロッパの最南の地域。にもかかわらず、試乗ルートにかなり標高の高い山間部も含まれていたせいか午前中には路面の一部に氷も残っているような場所もあり、道の豊富さに加えて路面コンディションの豊富さの観点からも、まさにVストロームのようなアドベンチャーモデルの万能性を確かめるには理想的な(?)ルートとなっていた。
試乗会には各国からジャーナリストが集まり、5台ほどのグループで先導ライダーと共に合計350キロにも迫ろうかという距離を走る。この間、高速道路あり、細かなワインディングあり、ハイスピードなワインディングあり、石畳の市街地あり、砂が浮いている田舎道あり、と(都市部の渋滞路以外で)おおよそ考えられるあらゆるシチュエーションを走ることになる。先導付きとはいえその先導ライダーもそこそこいいペースで走るため、参加しているジャーナリストがストレスを感じたり、1000㏄のバイクの性能を試せないなどといったことはなく、存分に新生Vストローム1000を味わえる環境となっていた。
ヨーロッパのジャーナリストは狂ったように飛ばす??
バイク雑誌を読みあさる青春時代を過ごした僕は、海外試乗会に参加する海外ジャーナリスト、特にヨーロッパ系のジャーナリストは尋常じゃない飛ばし方をする、という刷り込みをされてきた。
しかし実際に会ったあちらのジャーナリストたちは、飛ばすには飛ばすけれど「狂ったように」というほどではなく、ちょっと安心した。それと同時に気付いたのは、ジャーナリストの年齢が高いこと。同行した3日間の中で30代の人は見なかったように思う。皆40~50代だろう。試乗は「どれだけこのバイクを速く走らせてやろうか!」というスタンスではなく、もうすでに成熟したバイクの世界の中で、成熟したジャーナリストが冷静にニューモデルを分析しているような印象を受けた。ヨーロッパで支持を集めていた先代のVストローム1000、そして世界中で人気となっている新型Vストローム650はもちろん、近年では各社から魅力的なモデルが出そろっているこのアドベンチャーカテゴリーに新型Vストローム1000はどう切り込むのか。参加者の期待は大きいように感じた。
650㏄か1200㏄と、このカテゴリーは大きく分けて2つの排気量クラスに分かれている。もちろん、その間の800㏄などもあるが、大まかに言えばミドルクラスとリッターオーバーだろう。Vストローム1000は2つの間、1000㏄という排気量で(再)参入した。スズキとしてはこれを「良いとこ取り」と説明していたが、ジャーナリストたちもそのように受け取っていたようだ。1000㏄という排気量がもたらす動力性能と、低シート高やコンパクトなライディングポジション、そして装備重量228kgと軽量であることなど、既存の1200㏄クラスのモデルに対してのアドバンテージはあるだろう。
ジャーナリストの発言で印象的だったのは、
「ヨーロッパのライダーだって様々な体格の人がいる。またライダーの高齢化はますます進んでおり、大型モデルでも軽量であること、足つきが良いことは重要なことだ。体力的に重いバイクを扱うのは今後ますます難しくなってくるだろう」
というもの。日本でもライダーの高齢化は進んでいるが、それは実は世界的なことなのだ。
「1200㏄クラスをライバルと考えれば、価格的にも手が出しやすい。しかしそれでも若いライダーが買える値段でもないし、そもそも選ぶバイクじゃないだろう。そう考えるとより成熟したライダーに向け、エキサイティングさよりも軽量コンパクトさや扱いやすさに重点を置くのは大切なことだ」という意見もあった。
そもそもVストロームというブランドに個人的に抱いている印象は「質実剛健」だ。僕自分で所有するVストローム650がまさにそれだからだ。快適で、十分に速く、積載性があり、タンデムも快適にこなし、燃費が良く、巡航もストレスなく、スポーティな走りにも対応する、などと言った、総合性能の高さがこのVストロームブランドの一つの魅力であり、開発の柱なのではないかと思う。各国のジャーナリストも、新型Vストローム1000のこういった性能を探りに来ている様子だった。
「とにかくバランスが良い。性能面、価格面を含めてすべてにおいて良くバランスされたバイクだ」という意見もあったことから、スズキの意図した魅力が伝わっていたと感じた。
「すべての人に薦める」
海外ジャーナリストには数々の質問が向けられたのだが、最後の質問は「誰にこのバイクをおすすめしますか?」というものだった。各ジャーナリストとも、この質問には一瞬考えた後、異口同音に「誰にでもだよ」と答えていた。
「乗りやすいとはいえ1000㏄もあるし、大きなバイクだ。昨日免許をとったような人にハイドウゾ、というわけにはいかないけれど、ある程度の経験がある人だったら誰でも楽しめるバイクだね」
「平均点が高い、終着バイクだろう。あらゆるバイクに乗り継いだベテランが最終的に辿り着く一台。とっつきやすさがあるのに、高い技術をもったライダーをも満足させる」
「エブリワン(全員)!これなら街中を通勤するにもストレスにならないし、奥さんや彼女とツーリングしても快適。山道をかっ飛ばしてもかなり速い!バイクのエンスージアスト全員が一台所有するべきでしょう!」
もちろん、排気量やパワー、重さゆえに「バイクの免許を持っている全ての人」というわけにはいかないが、しかしバイクを趣味として楽しんでいるほぼ全ての人に満足感を与えることができるモデルだというのが共通認識だったようだ。
他の質問は新設計エンジンやトラクションコントロール、ライディングポジション、ハンドリング、ルックス、快適性などについてだったが、印象的な発言を記しておこう。
「非常にスムーズなエンジンで低回転域から十分な使いやすいトルク」
「DR-BIGイメージのクチバシの復活は歓迎だけれど、ほかのメーカーもこれを取り入れている今、もう少しオリジナリティが欲しかった」
「トラクションコントロールが2段階というのが良い。今はこういった電子制御技術が進んだことで、むやみに設定幅が広く混乱する場合も多い中、わかりやすくて良かった」
「メーターの情報はとても読みやすく、手動で角度を3段階に調整ができるウインドスクリーンも使いやすい。シンプルで好印象」
「シート高は特別低いわけではないけれど、前の方がスリムになっていて足つきに不満がないと同時に、後部は幅があってお尻が痛くならない」
「GSX-Rイメージのヘッドライトが好き」
「ライバルに対して求めやすい価格設定が良い」
…等々。
先代のVストローム1000がラインナップから外れて数年、ヨーロッパのライダーはますます大きくなるこのカテゴリーにスズキ車の復活を待ち望んでいた様子だった。そして登場したこの新型は、ルックスも性能もアップデートされ大いに歓迎された、と試乗会を通して感じることができた。
もちろん僕も乗ってみた。
スペインまで同行して、僕が所有するVストローム650の兄弟車の試乗会にいるのに、乗らずに帰ってくるのはさすがに寂しい。二輪ジャーナリストとしてではなく、Vストロームブランドのファンとしてどうしても乗ってみたい!そこでなんとか世界のジャーナリストに交じって試乗枠を一つ確保していただいた。スズキに感謝である。
試乗日は非常に寒い朝で、出発の9時の時点で気温は10℃を大きく割り込んでいただろう。新調したクシタニのウェアの内側に念のためにホッカイロを仕込み、650よりはだいぶ大柄な車体にまたがった。目に入る各パーツが650よりも洗練されているイメージ。メーター周りも650よりもモダンで凝った作りで、スクリーンもツルっとした650に対して角ばっていていかにもデザインされた印象。手元のウインカースイッチにはトラクションコントロールの設定をはじめ、メーター内の情報にアクセスできる大きなスイッチがついている。
とはいえ、なじみの各スイッチ類はあるべきところにちゃんとあり、初めて乗る人でも操作に手間取ったりすることはない。クラッチを切ってセルボタンを押せば、新設計のエンジンは大排気量ツインを感じさせず苦もなく始動。650よりはパルス感があるものの、非常に静かにアイドリングする。エンジンからのノイズも少なく、「ヨヨヨ」とハミングするような心地の良いメカニカル音がする。
駐車場から出る時に、650よりはハンドル切れ角が狭くなっているように感じた。倒立フォークが採用されたためだろう。車格そのものも650よりはひと回り以上大きく感じ、コンパクトとはいえリッタークラスであることを認識させられる。エンジンはわずか4000回転で最大トルクを発生するという、バンディットシリーズのような味付け。大排気量ツインでは低回転域がギクシャクしてしまうことも少なくないが、このエンジンはVストローム650のエンジン同様、まるで4気筒のように極低回転域までよく粘り、低回転トルクを有効に使える設定だ。冷え切った路面とタイヤで走り出してもバイクの挙動が唐突に感じることは皆無で、安心して走り出すことができた。
試乗ルートの前半は山間部の日陰部分で、路面には霜がおりている場所もありさすがに慎重になった。こういった状況ではアップライトなライディングポジションとオンオフタイヤ(1000ではブリヂストンのバトルウイング。650はトレールウイング)がありがたい。慣れない右側通行で徐々にペースを上げながら山を駆け上がるとますます気温が下がる。十分な装備をしていたつもりだが、グリップヒーターは標準装備されていてもいいのではないかと感じた。もちろんオプションでの設定はあるのだが、ライバルには標準でついているものもあるし、こういったアドベンチャーモデルは一般的なスポーツモデルよりもより多くのシチュエーションで乗ることが考えられることを思うと、ぜひ標準装備して頂きたい機能だ。
ハンドリングは先が見通せるポジションのおかげもあり思い切り振り回しやすく、またスポーツモデルに比べ細身のタイヤのおかげか切り返しもスパスパと鋭い。またバンク中の安定感も高く、路面が多少荒れていても恐怖感をあまり抱かずに走れてしまうのも嬉しい。もっとも得意とするのは登りの高速コーナーだろうか。このスペインの山間には多いシチュエーションだが、アクセルを開けたまま高いスピードで、それなりにバンクしたまま駆け抜けるコーナー。こういった場面でハンドルバーに覆いかぶさるように前輪に荷重をかけ、曲がりながらグイグイと開けていけるのは本当に痛快だった。フレームやフォークの剛性感は650の比ではなくまるでスポーツバイクのよう。650がオフ車的な緩慢さがあるとすれば、1000はよりシャープで積極的なロードスポーツ的性格だ。
一方で路面が荒れているような細かなワインディングでは、このダイレクト感がちょっとした神経質さに感じることもあった。これはまさにスポーツバイクと同じ現象で、高いスピードでの積極的な操作を突き詰めた場合に、反対に舗装林道のような場面では硬質に感じてしまうのは仕方がないところ。こういった場面では650の方が気兼ねないだろう。
この感覚はハヤブサとバンディット1250の関係のようにも思えた。高いスピードでの究極性能を求めればハヤブサやGSX-Rのようになるだろうが、細かな道や低速でのコーナリング、または汎用性を求めるならば、より想定速度域の低いバンディット1250の方が無理なく走らせやすい。Vストロームも半径の大きなコーナーや高速道路での移動、もしくは路面状況の良い所での積極的なスポーツライディングをするならば1000、日々の移動や舗装林道、ちょっとしたオフロードも想定に入れたいのならば650という、排気量によって別の性格付けがされているのではないかと感じた。
とはいえお昼の休憩となるまでに山間部を抜け、小さな村々を抜け、日本の感覚より速い欧州基準なアベレージスピードで幹線道路を走った総合の感想は、やはりVストロームブランドの名の通り、多くのシチュエーションに対応した高い総合能力を持っているな、というものだった。また650に対してとてもプレミアムな体験ができたとも感じた。650が日常の中のツールとしてその存在感を消すこともあるのに対し、1000は常にバイクに向き合い、バイクと共に楽しんでいる感覚がある。バイクからのダイレクトなリアクションや、ライダーの時には乱暴なまでの入力も受け止めてくれるしっかりとした骨格など、大型バイクを操っているというプレミアム体験をしっかりとさせてくれるのだ。それは絶対性能こそ差はあるかもしれないが、ハヤブサに乗るのとどこか共通するものに感じる。
Vストローム650を購入したショップから、先日2014年ニューモデルの案内のダイレクトメールが届いた。それにははっきりとは書いていなかったものの、ハヤブサとVストロームの写真と共に「ご期待ください」(だったかな)と書いてあった。ハヤブサが予定通り発売されたことを思うと、Vストローム1000の国内導入も期待したい。
プレミアムな乗車体験と大型バイクにしては高い汎用性を提供してくれる新型Vストローム1000に注目だ。
(レポート:ノア・セレン)
車体ディメンションはキャスターが1度立ち、トレールが2㎜短くなっている。新たに採用した倒立フォークと共に、フロント周りの剛性感は飛躍的に向上。ラジアルマウントキャリパーで強烈な効きを見せるブレーキを積極的に使ったハードブレーキング、ハードコーナリングを実現している。φ43㎜のフロントフォークはKYB製のフルアジャスタブル、リアのモノショックもフルアジャスタブルタイプとなった。 |
アクセサリーで用意されているハイシート(+35㎜)(写真左)及びローシート(-30㎜)(写真右)。試乗会ではこの中間の純正シート(850㎜)が装着されていたが、シート前部が細くなっていて足つき性が考慮されているとはいえ、日本仕様ではローシートが標準となっていた方が良いように思う。 |