大人になる前のツーリングとは、朝5時出発で朝食前に200キロ! みたいな元気があった。そんな元気はどこへ行ったのか、のんびりと起きてのんびりと新聞を読み、1キロも進まずに朝食を食べてから出発したのは10時半。中央道に上野原で乗ったのが11時半。危うく東京を脱出する前に昼食となるところだった。高速道路でのVストロームはすこぶる良い。650㏄という排気量は、より大きな排気量に慣れている人からしてみれば辛そうだと感じるかもしれないが、楽なポジションを保ったままの高い防風性と静寂性、そして100キロ巡航では振動が極めて少ない4500rpmほどであり大変快適だ。僕のは輸出仕様で国内仕様よりもギア比が加速寄りとされているため、国内仕様だったらさらに低い回転数のはず。また6速固定のままの加速も優秀で、シフトダウンせずともアクセルを開ければVツインの鼓動と共に元気にスピードをのせる。
単調な高速道路をストレスなくこなし(回転数5000rpm以下をキープすると燃費もとても良い)、中央道を降りたのは塩尻IC。20リッタータンクを満タンにしてから19号を北上、そこから松本で156号「野麦街道」へと左折する。これが失敗。野麦街道なんて言われるととっても良さそうなワインディング路を期待していたのだが、ツーリングマップルに書いてあった「観光シーズンは全線大渋滞 早朝に抜けてしまいたい」は本当だった。のんびりだけならともかく、フラフラと、そして紅葉がきれいだと突然停車する観光客の車が多くて走りづらいったらない。追い抜きも大変難しく、ここは我慢の道。
しかも気温がどんどん下がり、Vストロームの防風性を持ってしてもさすがにイヤになってきた。こりゃオプションのグリップヒーターは必須だな、なんてぼやいている頃に、上高地へと分岐する交差点に。ここから先、上高地方面へは一般車両の侵入ができないのだが、学生時代に奥穂高・前穂高・北穂高と登ったことを思い出す。先日、丹沢の大山に登っただけでパンパンの筋肉痛になっている今は考えられない。快適なバイクの追及もいいが、もう少し運動もした方がいいだろう、と自分に言い聞かせる。
寒くてつまらない道を延々走り、時間がないから温泉にも入れず、「あれ? ツーリングってもっと楽しくなかったっけ……」なんて思い始めた時、安房峠に差し掛かり、有料のトンネルではなく迷わず旧道の峠道へと入る。これが大正解。観光客はぐっと減り、ここまではまだ色づきが少なかった木々がばっちり紅葉していて見応え十分。ヘアピンカーブが続く峠道は狭く荒れていてスポーツバイクでは怖くなりそうな場面だけれど、Vストロームでは全く問題なくこなすことができる道。ところどころで景色が開けて遠くに山々が見え最高に気持ちがいい。気温そのものはもっと下がったかもしれないが、紅葉した木々の間から漏れてくる陽の光が暖かい気にさせてくれる。濡れた落ち葉の上を慎重に走っていたら、対向からBMWらしきアドベンチャー系バイクが2台現れた。高速道路も快適にこなせるある程度の排気量をもちつつ、こんな道も楽しめちゃうこのカテゴリーが人気なのがよくわかる。嬉しくて手を振った。
峠道の西側は落ち葉も少なく路面もわりと良く、いわゆるワインディングを楽しむことができた。こういったアドベンチャー系バイクのスポーツ性は限られていると思う人もいるかもしれないが、公道のワインディング路を楽しむ能力はかなり高い。特にVストロームは基本骨格が大変しっかりしている上、前後のサスもストロークが大きくて、ロードバイクのビシッと感とオフ車の許容力が見事にブレンドされている。とても楽しいペースが可能なだけでなく、上体が起きていて先が見通せる安心感があり、かつ動物の飛び出しなど予期せぬ事態にも対応しやすい余裕がある。またフロントの19インチホイールが路面状況に関わらず安定した操舵感と接地感を提供してくれるのも嬉しい。
峠道を満喫した後は158号線で飛騨高山を目指す。旧い街並みが保存されていて素敵だというので、一度は行ってみたいと思っていた。しかし着いてみると、その旧い街並みは2本ほどだけで、かつ観光客でごった返していた。平日なのに……と思いながら、それでもちょっとは散策しようと駐車場を探すと、お約束の「二輪は不可」。探せばあったのだろうけど、この時点ですっかり意気消沈。こういった旧い状態を保存する動きはとても好きなのだけど、あまりに観光地化すると魅力がブレてくるように感じてしまう。まぁいいや、すぐ近くの白川郷に行こう、と足早に立ち去る。
飛騨高山のすぐ西から乗れる東海北陸自動車道がまた凄い! 何にもないような山の中を長いものでは11キロもあるようなトンネルでつなぎ合わせて、北は北陸道、そして南では名古屋までつなげている。よく作ったなぁ、と感激するほど日本の原風景の中に突然21世紀が存在するイメージだった。この東海北陸道をありがたく利用して、飛騨高山から合掌造りで知られる白川郷へとひとっ跳び。すでに夕方だったが世界遺産にもなった萩町集落へと降りて行った。高速道路とは不思議なもので、まさに「降りて行った」という感じ。あまりに短い時間で全く違う場所に移動できてしまう感じはまるで飛行機のよう。125㏄大好きピンキー大統領が「高速乗れるって、いいなー」とこぼしてたが(暴露)、高速道路はどこか不自然さを感じたりもするもの。下道で風景が移り変わるのを感じながら走る方が風情があるようにも感じてしまうが、それでは2泊3日でここまでこれないか。
白川郷は大変素敵なところ。夕方で観光客も引き気味、そしてお店も閉まってきていることでリラックスして見ることができた。とても素敵な合掌造りは世界遺産にふさわしいと思わせるもので、山に囲まれたそのシチュエーションはまさに日本昔話。ヨーロッパなどでは旧い建物を取り壊すことはもちろん、改装すらしてはいけないなどの決まりごとが多く、積極的にこういったものの保存に取り組んでいるが、日本でも今後さらにそういった動きが進めばいいなと思う。
もちろん、それは観光客目的や世界遺産獲得目的ではなく、ただ日本のヘリテイジを大切にするべきだという意味で。白川郷のステキさは、地元の人がそれらの建物に今も住んでいるということだと思う。メインの通りでは観光客がワイワイしている一方で、裏手の田んぼを見回っている農家のおじいさんがいる。そんな何百年も変わっていないであろう風景が素敵で、ある意味世界遺産なんてならなければ良かったのじゃないかとも思ったりする。秘境は観光地になってしまったらもう「秘境」ではなくなってしまうから。という自分も観光客なのだが。
再び高速道路に乗り北上すると、先ほどの集落以外にもたくさんの合掌造りの小さな集落が点在していることに気付く。もしかしたらこれらの観光地化されていない集落の方が地元の人とも話せたりして面白いかもしれない、などと想像しながら一気に福光ICへと北上。そこからはツーリングマップル推奨ルートとなっている304号線で金沢を目指す。推奨されているだけに快適な道だが、いかんせんもう暗いしとにかく寒い。早いところ宿を見つけたい。多少迷いながらも能登半島の西側を北上する159号線を見つけ、民宿・空室有の看板を見つけ飛び込む。