幻立喰・ソ

第36回 
「ソーリ! おいなりさんとはどんな関係なんですか」
「ん、まぁ〜っ、その〜ぉっ」(前編)

 ただただ馬齢を重ねる私には、難しくて書くことも読むことも出来ない漢字一文字の立喰・ソでの出来事です。
 7人以上はおひざの上的に狭隘な店内ですが、まがりなりにも丸椅子装備なのでダークもデューク(エーセス)も内山田洋とクールファイブも必要ありません。
 初見参はお昼時も一段落した午後2時。先客はすでにメートルをぐんぐん上げているおっちゃんだけ。狭いのに酒なんか出したら回転率が悪くなるのにと案ずるのですが、地元では呑み屋として認知されているようです。とはいえ、晩酌タイムに一見さんが割り込んで行くのは、相当難易度が高そうですが。
 いづれにせよ、女将がすでに呑んでいる風(だぶん)なので、ふりの客がどうこう言うのはお門違いも甚だしい思い上がるんじゃないよということで、メニューを見て、お値頃な「いなりセット」(かき揚げそば+おいなりさん2つ+おしんこ)500円をオーダーしたら、顰みに習うかのごとく先客のおっちゃんも「おれもいなりとそば。おしんこぬき」と言いました。「おしんこぬき」が、いかにも常連風です。

 女将(=中国系のおばちゃん)は、カウンターに1皿残っていたおいなりさんを、おっちゃんに差し出しました。
 ん? 私の方が先に注文したのになぁ……この程度で怒ってはいけません。そんな時はどろんとした目で「ソノウラミハラサデオ〜早く幻立喰・ソになあれ〜」と呪文を唱えるのです。怒るのは、隣でソをすすっている赤の他人が私のおいなりさんをほおばった時です。 

 と、その前に、重要なことを確認しておきます。
 昨今の情勢から中国系というと、どこぞの国のようなご都合主義的非友好強欲業突クソババアを想像するかもしれませんが、この女将は気さくで愛想がいいと有名です。念のため。

 とは言え、一見さんには冷たいのね。と忸怩たる思いで呪文を再開しようとしたその刹那、「ごめんね。おまちど〜さま」と、今度はおっちゃんより私に、先にソを出してくれました。

 どういうことでしょう?? 

 気にも留めずおいなりさんにむしゃぶりついてたおっちゃんに続いてソを手渡すと、女将は視界から消えました。あれ? 休憩? 私のおいなりさんは? 再び登場した女将は「ちょっと待っててね〜」とたくわんを出し、約20秒後「はい、おまちどうさま〜ね〜」笑顔で出した皿の上には、出来たてで明らかにおっちゃんのよりも一回り大きいおいなりさんでした。

 店頭在庫状況と客層を一瞬で見極め、いなりセット同時注文→とりあえずおっちゃんに古おいなりさん→一見客にはソを先出し→間髪入れず2杯目製作→一見客に箸休めのおしんこ投入→冷蔵庫から具材を出して新規おいなりさん製作→ちょっと増量して丸く収める。この動作を流れるように処理した手際はお見事です。
「ご注文の品によっては順序が変わることがあります」という貼り紙をよく目にしますが、それはお店の事情。一般的にはオーダー順にこなすのが正解で、今回も一見さんに古いなりを出すのが当たり前です。しかし酔った勢いでおっちゃんが「出来たてのおいなりさんうまいね。ジューシでママみたいだよ」などと言い出したら、一見さんは古おいなりさんに喜寿を迎えるおばあちゃんを投影し、死にたくなるかもしれません。相武紗季ちゃんも日夜考えているように、コンシューマーサービスの本質とはそういうものなのです。ただし生兵法は大怪我のもと。経験と技、確固たる意志と勇気があってこそ出来たのです。いいもの見せていただきました。

 人の心を大きく揺さぶるおいなりさんは、立喰・ソにあって当たり前。ない立喰・ソもありますが、比率は8:2と取扱店が圧倒的です(数字に根拠なし)。取扱がない場合でもA草橋の名店HSのように「おいなりさんは置いてないので、各自持ち込んで好きにしなさい」みたいな貼り紙でお客に全面依存するパターンもあります。だからなのか「2番じゃなく、かんぴょう巻や太巻きじゃ、ダメなんですか?」と「はてな?」や「ヤフー知恵袋」に質問する人もいないようです。こんな質問はありましたが。

 
 ウイキ先生によると、おいなりさんは江戸時代には存在していたそうです。立喰・ソとの関連性については「蕎麦やうどんとセットにしたメニューが、立ち食いそば・うどん店などにある」とわずかな記述のみ。ウイキ先生も立喰・ソにおいなりさんはあって当たり前というスタンスです。

※    ※    ※

 
 庶民文化が数多く開花した江戸時代、夜泣きそばというジャンルで立喰・ソはすでに誕生していた。おいなりさんもウイキ先生があったと言っている。両者の出会いはこうだった。

 
 おいなりさんの製造販売を営む八兵衛は、花見シーズンということで大量に製造したのだが、花冷えで風邪をひき寝込んでしまった。同長屋に住む夜泣きそば屋の熊五郎(24)は「明日は我が身、同業相哀れむ」と向こう三軒両隣、回して頂戴回覧板の精神を発揮、おいなりさんをすべて引取りソと共に販売した。すると、ソだけではイマイチ腹の納まりが悪いと思っていたプロレタリア階級の間で評判になり、江戸中の夜泣きそば屋に浸透した。一方上方(大阪)では、けつねうどんだけでは物足りない丁稚の孫六が、うどん屋にけつね寿司を持ち込み、こっそり共に食べるとうスタイルを編み出した。「けつねうどんでけつね寿司なう」のツイートは、上方中の丁稚に拡散、これが「けつね組み」としてセット販売されるようになり、南船北馬の上方商人によって全国(主に西日本、四国、九州)へと広まった。

※    ※    ※

 う〜ん「バイクの英語」をオマージュ(パクり)してみたのですが……どうにもイマイチ、イマニ、いまに哲夫の歌謡パレードニッポン「哲ちゃんナオコのハチ合わせドン」はおもしろかったなあ……じゃなくて、本家「バイクの英語」とはパフォーマンス、コンテンツ、デコラティブ、パースベクティブ、イシュー、ランチアストラトス、スリングショットキャブ、ストライクバッターアウトなど、すべてレベルが段違いで全く歯が立たちません(「歯を立てないで」だとエロい)。

 言うまでもありませんが、すべてねつ造です。「立喰・ソにおいて日本で初めておいなりさんを提供した人の末裔」という方は、ぜひ顛末を子細に発表し歴史を刷新していただければ、これ幸いです。それと、今回は横文字を乱発していますが、ブ○クオフ105円コーナーで「バーで女を口説けるカタカナ語」を入手したからではありません、決して。

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おいなりさん711 おいなりさん712 おいなりさん719 おいなりさん725 おいなりさん
食い散らかしてきたおいなりさんの数々。どこの立喰・ソのおいなりさんかすべて解る方は、まさに神、おきつね様。私はほとんど憶えていません。

「で、君はなにが言いたいんだい?」
 生まれてこの方、何度この台詞を聞いたことでしょう。総理も出てこないし、幻立喰・ソの記述もないままではございますが、そろそろ紙幅も尽きましたので(Webだろ! と言わないでください。ただの言い訳です)、続きは後編で。


■立喰・ソNEWS

●ない?

 浜名湖の西のはずれに鷲津という駅があります。大きな駅ではないのですが、正月も休まない年中無休で有名な立喰・ソがありました。おいなりさんで有名な壷屋の経営で、豊橋と豊川にもあります。この2店には行ったことがあるのですが、鷲津店は未訪問でしたので18きっぷで行って来ました。
 腹ペコでわくわく改札を出て、待合室を見てもそれらしきものは見当たりません。あれ? 駅間違えたかな? と売店のおばちゃんに尋ねたら「2月一杯で閉めんさったよ」。えー! まじっすか、まじっすか。聞いてないっすけど。だってほら…、ちゃんと壷屋さん公式サイトのお店紹介に、バリバリに掲載されてるのに。
 おいなりさんの壷屋さんだけに、キツネにつままれたようなお話でした。じゃんじゃん。



鷲津
売店の隣、私が立っているところに立喰・ソがあったようです。残念!

 
 


バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在600店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べただけではたいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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