ホンダ学園ホンダテクニカルカレッジ関西は1981年に本田宗一郎さんが建学した。所在地の大阪狭山市は大阪府の南東部。背後には金剛山地の丘陵を控え、学園はかつて堺と高野山の交易で栄えた西高野街道沿いに現れる。清新な建物の並ぶ学園の周りには、若者に人気の量販店や飲食店があつまり、どこか学園を基軸にした学校城下町の趣きがある。
6月下旬のある日、強かった西日もようやく傾いた放課後の学園。白い作業着に身を包んだ学生たちが「部室」と策定された整備場の一角でレースマシンに触れていた。Tカーはオーバーホール中。エンジンを下ろし、各部位に分けられての洗浄や補修。タンクは再塗装するための剥離作業など、めいめいが担当するパートに分かれて作業している。
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「補講をうける子たちもいますから揃わない時はありますね。自動車整備も最近のハイブリッド車やEV車など多様化してますでしょう。内燃機関を越えた電子機器を学ぶようなところもありまして、それらを習得しながらの活動は大変だなあと思うことがありますね」 8耐クルーで今回のリーダーを務めることになった三宅束穂君(2年)は、同じ2年の加角 亮君とフロントフォークのむこうとこちら側。ブレーキのキャリパーを取り外して、ブラシによる洗浄作業。まだ少年と呼ぶにふさわしいふたりの横顔が、鈍い光沢を放つレーシングパーツに向き合うのは、いささかの違和感すら感じられる。 二輪整備同好会。8耐参戦は、課外活動の一環。専門学校、カレッジのいわば「クラブ活動」の範疇である。学生の本分は学業だ。同校はまず自動車整備士を目指す、上級のスキル資格を取得したり、さらなる新しい自動車の研究を学ぶ学び舎。学業と並行しての「8耐」参戦は、相当な体力と根気、学業との両立を主旨としているのだ。 同好会のレース参戦は、学園創設の頃から行われていた。4耐や地方選手権への出場を経て、おおきく飛躍したのが創立25周年を期しての2001年。21世紀の産声とともに8時間耐久選手権出場へとジャンプアップした。 「最初はプロのレーシングチームに監督やピットワークなどお願いして、私たちはお手伝いで加わるカタチでした。そして2007年からはすべてを自分たちでやろうじゃないか。独立独歩チームとしての形態になりました。今年で参戦13年目になりますが、ちょうど単独チームになって7年目なので、1年を上回ることになります。なにか節目のようなものを感じてますね」
チームホンダ学園に乗るライダーは昨年に引き続いての顔ぶれである。
「日頃は溶接工として働き、この8耐のためにひと肌ぬいでくれるライダーです。でも35歳を過ぎますとね。8時間の長丁場をあの暑さでしょう、とりわけJSB1000のマシンがずしりと重くのしかかってくるものなのです」 「私の体験もですが交代を繰り返してきて3回目あたりにおおきな壁があるような気がします。突然、汗が出なくなった自分を認識する。年齢からのものなのか発汗しなくなる身体の異変といいますかね。身体がこわばってきて自分の操作が的確でないと感じてくる。危ない時です」
その危ない時を察知して、早めに手を打つ。ここもピットワークの見せ所になるだろう。ハード面だけではなく、ソフト面の管理ももちろん学生の仕事だ。チーム内でマシンを触ることのできるメカニックは8名(これは規定なので他チームも同様)。4名をライダー専門の介護メンバー、ペルパーの構成になっている。
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かつてはホンダ関西自動車整備専門学校 (通称HATS)と呼ばれていたが、現在の正式名称は学校法人 ホンダ学園 ホンダテクニカルカレッジ関西。創立したのはかの本田宗一郎氏。基礎からスタートし、二輪専門コースも選択できる2年制の自動車整備科、1級整備士を目指す4年制の一級自動車整備研究科、開発製造部門のスペシャリストを目指す3年制の自動車研究開発科の3つの学科からなり、卒業生の多くはホンダ関連企業の即戦力として巣立っていく。専門知識のある人達が入学すると思われがちだが、実は新入生の7〜8割は高校の普通科卒で、初めて車やバイクの勉強を始める学生も多い。まだ進路が決まっていない車、バイクが好きなあなた、いかがですか? 学校見学会、体験授業などオープンキャンパスが7〜9月に開催されるので興味のある方は、ホームページhttp://www.hondacollege.ac.jp/honda_w/で確認を。 | ||
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正面玄関を入ると、広いロビーにはNR、RC212V、VT1300C、VFR1200Fや、レーサーのエンジン単体、そして課外活動でレストアされた初代シビックなどがお出迎え。 | ||
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Honda F1参戦第三期の前に本田技研 栃木研究所が製作した、V12エンジンのF1のプロトタイプマシン”RC1.0x”も展示されている。さすがは、ホンダの直轄校。この”白いカラス”と呼ばれるプロトマシンは、学園の一般見学時にエンジンを始動することもあるそうで、ド迫力のV12サウンドを間近で体験できるかも。(写真提供─ホンダテクニカルカレッジ関西) | ||
ちなみに単独参戦以降、ゼッケンは28。この数字については。 |
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今年の8耐マシンは2012年CBR1000RRのレースベース車(手前)。奧のTカーは2008年モデル。当たり前の話だがパーツ交換、セットアップなどすべて学生が行なう。 学園の創立25周年記念行事として2001年に初参戦。2006年まではプロチームとコラボ体制でスポンサーが付き、有力ライダーが乗りプロの監督が全体を仕切り、学生は指導や手助けを受ける体制で、2001年8位、2002年6位、2003年7位、2004年3位、2005年46位、2006年13位と転倒とトラブルに見舞われた2005年を除き上位のリザルトを刻んだ。プロの手助けがあったことは事実だが、学生たちの努力があればこその結果である。 2007年からは文字通りすべてを同好会で完結させなければならない単独参戦となり、2007年は予選敗退するも、翌2008年42位、2009年21位、2010年36位と見事完走し、経験と技術を蓄えた。2011年、2012年は転倒やマシントラブルに見舞われリザルト上は完走扱いとはならなかったが、リタイアすることなく最後まで走りきった。果たして今年は? |
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クルーを代表して今年のチームリーダー三宅束穂くんに話を聴いた。 「レーシングバイクというのは、一般のバイクとはなにもかも違うと感じています。ここをこうしたいと思っても、この配線はどうなってるのか? メモをとって次に活かそうとしても次がきた時にまた解らないことができてくる。頭のてっぺんから足のツマ先まで新しいことづくしといいますか。戸惑いの連続なのです」 |
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昨年、三宅君は1年生クルーとしてピットにいた。初めての鈴鹿体験。それはこれまでの人生観を一変させるような光景の連続だったそうだ。 「ああストレートがこんなにでかい。もう鼻の奥の奥がキナ臭くなるような衝撃。自分の脳が鈴鹿でいっぱいに。日常生活ではまず味わえない世界。いったい自分はなにをしていたのか? 頭の中身が真っ白になってあっと言う間の8時間でした」 その時の体験をふまえ、今年は2年生としてリーダーに指名される。自身の成長を少しは役立てることができるのかなとはにかむ。 三宅束穂君は今年のチームの様子をこう見ている。
「一見はおとなしくて物静か。しかし、とても個性の強い集団だと思います。まだグループとして行動をすることに慣れていない。チームの力はどうしたら発揮させるたことができるか」
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チームをまとめる8耐リーダーの三宅束穂君。時には厳しく、そして人を引き込む笑顔も魅力。 | ||
三宅君の高校時代のサッカーのポジションはディフェンダーサイドハーフ。メンバーが少なくどちらかといえば少数精鋭のチームだったという。黒い枠の眼鏡をかけてアタリ負けしないがっちりした体躯が印象的だ。
「サッカーの試合もそうですけど、声をださなくても意思の疎通というのはできます。味方の動きを事前に察知していま自分がどのように動けばよいか。どうすれば仲間をアシストしたりアシストされたりでいいカタチに持っていけるのか」
8耐は彼らメカニックのピットワークも見せ場のひとつ。前後のタイヤ交換、場合によってはブレーキパッドの交換、そして給油。これら首尾一貫をできるだけ短い時間で確実にこなし、ライダーを送り出さなければならない。今年のチームはこれらの作業を25秒以内にやり遂げるという目標を立てている。 「集中できるところはする。スイッチを入れるところは切り替える。漫然と8時間を過ごしているのではなくメリハリ。ダレてしまうことなく配分をふまえて行動したい。8時間後には、みんなでやったなあと笑って帰りたいのです」 白上先生にも再び話に加わって頂いた。白上先生は現在4人いる同好会の顧問のなかで最年少の42歳。この学園の出身であり、自らが国際A級レーサーとして8耐を走った体験を持つ。
「毎年マシンをスターティンググリッドに送り出してピットに残る時間があります。私たちはピットに残る15分間と呼んでいます。ああ今年もここまで来られた。今年はひとつでも上の順位にしてあげたいなあ。チームが少しずつカタチになってきて、この本番でみんなどう変わるのか。指導者としても冥利に尽きるし、また胸のドキドキしてくる15分間なのです」
これからチームをコントロールにするのに思案する三宅リーダーにこうエールを送る。 まるで弟分を見つめて転がすように笑う白上先生。弱ったなあという顔つきの三宅くん。彼らのようなメカニックの集うチームがホンダ学園。学生たちが組み上げたCBR1000RRがゼッケン28をつけて鈴鹿のピットにやってくるのである。 いま野球やサッカー、フィギュアスケートやゴルフなど若い人たちの世界挑戦がかまびすしい。オートバイというクルマと人体が一緒になって速力や機能を競い合うジャンルにも「世界挑戦」は存在している。そこにピットワークの実力に重きが置かれる耐久レースは、まさに三位一体のスピードマッチだ。 さあ、世界に触れる夏。シグナルグリーンは7月28日の日曜日。午前11時30分である。 (後編は8月上旬公開予定です。その前に、7月28日決勝鈴鹿8耐での彼らをお見逃しなく!) |
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課外活動の二輪整備同好会の部室。作業終了後は毎日清掃を欠かさず、チリひとつ落ちていない。恒例行事の8耐参戦だけではなく旧車の整備なども手掛ける。学園の課外活動は他にも、オートバイ同好会(主に運転技術の向上)、EV同好会、エコラン同好会、オフロード同好会、レストア同好会などの二輪四輪系はもちろん、スポーツ系の野球同好会、サイクルスポーツ同好会、テニス同好会、サッカー・フットサル同好会にラジコン同好会など多種多彩。 | ||
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課外活動時間は授業後の16時10分〜18時15分の約2時間程。基本的に土日は休み。かつては休日返上で連日の徹夜作業もあったようだが、現在は自らをマネージメントするという意味もあり、時間内で終わらせるよう各自が考えて作業をこなしていく。 |
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歴代のクラブ員が知恵を出して作ったタイヤラックや工具から工夫した燃料タンクのマグネット式カバーに作業マニュアル等々。限られた予算と時間で活動する同好会にとって、学生たちの無尽蔵な知恵と努力は貴重な財産だ。「ちょっと形がわるいですが」といいながら見せてくれた先生だが「自分たちから『あれをやりたい、これを作りたい』と言って形にしていく。そういう姿勢は、嬉しいしたのもしいですね」と眼を細めた。 |
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