高回転化によるパワーの獲得に吸排気効率の向上は大命題である。
数年前までの4ストロークは、ただひたすら高回転化を目指し、高出力化への一途を辿っていった。そう、かつては同一排気量の2ストロークを想定して、4ストロークエンジンのハイパワー化が行なわれていった。
吸排気効率の向上とは、シリンダー内部にどれだけ効率よく混合気を充填するか、そしていかに効率よく掃気するかである。この大命題に対し、ホンダは楕円ピストンによる8バルブ化を果たし、ヤマハは真円ピストンによる5バルブ化を果たすことになった。ここでホンダがV型を採用し、4ストでは後発のヤマハがホンダのお株を奪うインライン4に留まったのはなんとも皮肉な状況であろう。
この4ストロークエンジンの新しいムーブメントの中、ヤマハFZRシリーズに端を発するジェネシス思想は生まれた。そのデビューは華々しく、鈴鹿8時間耐久にケニー・ロバーツ、平忠彦を参戦させるなど、ヤマハの命運を賭けたキャンペーンが展開されるものだった。ヤマハと言えば2ストロークでの技術も知られていた。もちろん4ストロークも手掛けてはいたのだが、レースシーンでの活躍から知名度でも圧倒的に2ストロークに押されていたわけだ。
だが、モーターサイクルを取り巻く環境が変化の兆しをみせていた’80年代中頃から、ヤマハも4ストロークへの本格的な参入が求められていた。それがジェネシス思想の誕生に拍車を掛けることになった。
全日本選手権へのテスト参戦から、鈴鹿8時間耐久に現れたFZRは、大きく前傾したシリンダーと1シリンダー当たり5つのバルブを備えていた。燃焼室には吸気側2バルブ、排気側3バルブ、その中央にスパークプラグが隙間なく配置され、見るからに吸排気効率の高さを伺わせるものだった。
しかし、バルブ駆動を始めとするメカニカルトラブルが多発し、ヤマハの4ストロークが耐久初優勝を達成したのは、デビューから3戦目の’87年のことだった。このモーターサイクルでの5バルブ化は、そのまま4輪のレーシングエンジンにも活用されることになった。F3000を始め今ではF1にもこのテクノロジーは移植されつつある。
開発期間と現在の応用範囲だけを考えれば、ホンダが採用したオーバルピストンよりも実績を残していると言えるかもしれない。小さなピストンが息づく燃焼室に、少しでも多くの混合気を送り込み、少しでも良質な燃焼を生み出したい。技術者の夢はこうして現実へと姿を変えていったのだ。
さて、初めて5バルブを採用したFZRシリーズは、今日まで正当な進化の道を辿っている。高回転化、高出力化を目指していた時代の産物は、今もスポーティモデルの心臓部に熟成されつつ採用されている。
ただ、その構造自体が非常にメカニカルであるがために、そして構成パーツが増加するために、採用されているのは750cc以上のビッグモデルに限られている。考えてみればたとえ750ccであってもより小さな吸気バルブの直径は10数ミリに過ぎない。これが400ccであれば、加工精度の維持や耐久性を可能にする素材など、難問が多く派生するのは間違いのないことだ。
そして、加工精度が求められるのはバルブばかりではない。インライン4で750ccの排気量を持つエンジンであっても、1シリンダーでは200ccを下回る。けしてロングストロークエンジンではないから、ピストンの直径は5バルブを収めるのにギリギリの寸法と言わざるを得ないのだ。
この状況で必要な圧縮比を得るためには、バルブとピストンヘッドのクリアランスは重要な意味を持ってくる。例えバルブのオーバーラップを抑えたとしても、ピストンヘッドには魔法のような加工精度が必要とされることになる。
FZRのピストンを見たことがあるだろうか。もし、2ストロークを見慣れているのならば、その加工には驚異の声を上げずにはいられないだろう。5バルブという全く新しいテクノロジーと、内燃機関では不可欠なシーリング技術の狭間で息づくピストン。ヤマハのジェネシス思想が生み出したピストンだ。
そこには夢を追い続けた技術者の熱い情熱が今も感じられることだろう。それが、このエンジンを実際に味わったときにも、FZRをライディングしたときにも、喜びにも驚きにも例えられる感動を呼び起こす。