ハーレーダビッドソンのピストン……といっても、それは“無限に近いほどの種類”がこの世に存在してきた。
それはまさしくバイクの歴史といってもよく、1903年以来ハーレー社のラインナップからみても、すさまじく素材や設計のプロセス上の変遷を感じさせてくれる。
歴代モデルを分類していくと、初期のエンジンには、鋳造=鋳鉄製のピストン、ピストンリングそしてシリンダー、シリンダーヘッドと、すべてが同一素材で造られていた時期があった。
鋳鉄……といっても理解できない人もいようが、ハーレーで言えばショベルヘッドならばビッグツインのシリンダーとピストンリング、XLX系ではヘッドまでも鋳鉄製が装着された。
鋳鉄製ピストン……は、さすがに1920年代モデルまでの使用にとどまっていた。
鋳鉄はアルミに比較すると、強度があって熱膨張が小さいのが特徴で、このため今日のオールアルミエンジン─シリンダー壁面までもメッキまたはニジカル等─でも、ピストンリングのみは鋳鉄製である。従って昔のエンジンが丈夫なのも、うなずける点といえよう。
アルミ製のピストンが世界的に実用化されたのは、1920年代であり、ハーレーも同様である。しかしビッグボアのためにヨーロッパ車と大きく異なったのが“アンバーストラット”と称した、歪補正ピストンを用いたことだろう。
ピストンを上部から見ると、実は100分の16ほどの割合でピストンピン方向が少ないという、楕円になっている。ピストンに熱が伝わるとピンのボス等にアルミ素材が多く用いられているため、余分に熱が溜まって、外側にふくらもうとする。これを抑えるのが、アンバーストラットである。
ショベルヘッドの純正やS&Sの1500シリーズには、この製法を用いてアルミの熱歪補正を行なっている。アルミ鍛造時に“アンバー鋼─膨張率が銅の10分の1と少ない”を鋳込むもので、アルミも10%銅入りのものが用いられたりする。
エヴォリューション以降、つまり1984年からはすべての純正ピストンは12%シリコン入りのアルミ合金入りで変形しにくい。
延べにして120万km! もテストランした上での、今日のエヴォリューションは、ショベルよりも10%以上も丈夫なピストンに仕上げられているのも事実なのである。
ナックル→パン→ショベルの1936〜1984年の50年弱あまり、ハーレーはメカニズム的に大きな変化を遂げていない。もちろん1936年と1984年型では共通するパーツは少ない。基本ベースで変化が少ないということだ。
時代の要求によって、クランクシャフト支持─ベアリング型式─や、クランクケース─肉厚のアップ─や、放熱対策─ヘッド系─を変化させたにすぎない、と考えよう。
ところで、エヴォリューションに至るまでのハーレーは、なんとピストンピン径が同一である。ピン径は20.09mm。日本のSR系と同様で、88.09mmという1340、1200cc共通のナックルヘッドが進歩系ユニットであることがわかろう。
従って、そのピストンも一応は相関関係で装着出来るため、ボアアップ、チューン等には極めて有利なわけだ。加えてハーレーでは大口径フライホイール(なんと216mm)のクランクピン位置を外側にずらし、ストロークアップ(ストローカー、クランクと称する)も、容易にできるパーツも出ている。
つまりハーレー全車は、まるでジグソーパズルのように、パーツの互換性に優れているパワー・ユニットなのである。
写真で紹介しているピストンについて説明すると、フラットトップは、ハーレーのボア、ストロークアップで知られたS&Sサイクル(ハーレー本社公認のチューナー、ウィスコンシン州のミシシッピー側にある)製でボアはφ92mm、ボア3.1mmアップのためシリンダー交換とケース穴拡大が必要だが、なんとクランク交換で1700cc近くになる。
純正装着のシリンダーは、89.09mm、つまり1mmのボアアップ対応で、アルミシリンダーのシリンダーライナーが“歯車”状に鋳込まれたSPIN-LOCKと呼ばれる合体方式で、放熱性を向上させている。
単気筒あたり600cc(883は別)以上になると、エンジン始動時の冷間時と、30分以上経過した場合では、アルミヘッドとシリンダー間の、特に上下寸法が異なるのだ。
冷えている場合はシリンダー→ガスケット→ヘッド間には、始動時の振動でほんの少し─コンマ以下の隙間が生じる。このときに空吹かしでもしようものなら、たちまちガスケットが吹き抜けてしまう。
エンジンが暖まれば、アルミのヘッドとシリンダーがガスケットを上下から、熱膨張によって押して気密をより高く保つのである。
ボアの大きな空冷エンジンでは、暖機運転といって、始動後に少なくとも5分はアイドリング状況下─700rpm以下に保って、それまでは走り出さない方がベターである。
このため、アメリカ人の中にはハーレー伝統の鋳鉄シリンダーにこだわるチューナーも少なくない。写真左のCRアクステル社製ピストンは、鋳鉄製シリンダー用主体で開発されており、シリンダーもエヴォリューション用が製作されているものだ。
ヘッドは半球状シリンダーヘッド用のためのドームトップタイプで、このためヘッドの中─燃焼室もショベルヘッド的に加工して用いるようになっている。
エヴォリューションの思想は、SSCC─サイド・スキッシュ・コンバッション・チャンバーと呼ぶ、圧縮行程時にヘッドとピストン面のクリアランスを部分的─ビッグツインは半月、スポーツスターは楕円状─に無くして、ガスを圧縮させて渦流を作って燃焼効率を低中速にアップするシステムである。
いわば日本的なエンジン・コンセプトを採用したわけだが、高回転時のパワーアップには、やはり半球状がベターで2バルブではハーレーXRやドゥカティ・パンタ系も同思想である。写真右側のコスワースJE製のハイコンプピストンは、サンダンスのデイトナウエポン用に製作されたもので圧縮比12〜14.5はあるレース用ガソリン専用(アメリカでの専用品)のものである。
エヴォリューションのベースは、ハーレーのレーシングマシンXR750系であり、実はバルブ挟み角やヘッドも同じように改造できるように工夫されている。
ちなみにヘッド形状は、ボアのベース円が88.97mm、バルブ挟み角は吸入31、排気27度の合計58度。バルブ径最大は吸入21.59、排気25.04mm径までとなっている。これは883〜1340まで同じであるが、異なるのはピストンピン穴からピストン上端までの寸法だ。XLH系は30.14、FL/FX系は34.09mm
で、ビッグツイン径のピン穴が下側についているのである。
これもチューニング時には、ショートコンロッド(S&Sやキャレロ製)を用いるので、クランク交換を行なう高度なチューニングでは、シリンダー下端を削ってセットアップする手法も採られるのだ。
最新のハイテクノロジーもピストンの世界に入りこんできている。日本のエンジン─四輪─では、ピストンヘッド面にセラミック加工を施したり、サイド部にテフロンコーティングを加えてやり、ピストンスカート部とシリンダーとのなじみを早期に行なえるようにしたものが見られる。
ピストンとシリンダーのクリアランスもハイシリコン入りの鋳造および鍛造ピストンは100分の5でOK、スリーブかアルジルならピストンと同一膨張なので100分の1使用も可能なまでに技術の向上が見られる。
昔どおりのセオリーと最新テクノロジーのミックスしたピストンが、ハーレーの各社製ピストンに見られ、どれを選択したらよいか迷うほどであるから、ハーレーのチューンナップの楽しみも、ショップやオーナー達の大きなる生きがいとなっている。