宮崎:どれも仕事となると大変ですが、終わったときの達成感が味わえましたし。チャレンジしてみて欲しいですね。

松井:もう4月。昨年のプロジェクトスタートと同じ時期に差しかかりつつあります。これから来年度のラリーモデルにこれは盛り込みたい、というアイディアがあったら教えて下さい。


森:まずはメンテナンス性改善ですね。配管が多いのもそうですが、いろいろなパーツが散在してレイアウトされてしまっているんです。ベースのクルマがあって、それにラリーの装備を付けている。また必要になったものを追加で装着している。結果煩雑なレイアウトになってしまった。メンテナンス時間もKTMの2倍か3倍は時間が掛かっている。今回、トラブルが重なってそれ以上の時間を要したこともありました。速く直せて、チームのスタッフも休息時間を長くとれる。ライダーが現場で何かトラブルを修復する時にも簡単に出来るものにする。そうした認識で今回開発は動いています。



マシンのメンテナンス性の良さ。それはチームの休息時間にも関わってくる。連勝記録を伸ばすKTMのバイクのメンテナンス性の良さに開発スタッフも驚いたという。その課題は2014年に向け改善を施す計画だという
マシンのメンテナンス性の良さ。それはチームの休息時間にも関わってくる。連勝記録を伸ばすKTMのバイクのメンテナンス性の良さに開発スタッフも驚いたという。その課題は2014年に向け改善を施す計画だという

松井:今回のダカール中、ステージ3でジョニー・キャンベルが燃料ポンプトラブルで4時間近く遅れました。それもメンテナンス性に問題があったということですか。


森:サポートパーツを待っている時間も入っています。ジョニーはバイクを立てて日陰を作り、そこに寝ながらパーツを積んだ車を待ったそうです。

(※編集部注:ジョニー・キャンベルが燃料ポンプトラブルでストップしたのは、ステージ3の序盤、スペシャルステージが始まって20キロほどの場所)

松井:そうなるとマシンのレイアウト、パッケージングを根本から変えていくことにもなるのでは?


森:必要ならばそうした事もやる、そうした認識で開発しています。


宮崎:今回、燃料のところでトラブルがあったので、燃料のことで止まってしまうという事がないように、ライダーがそんなことに気を遣わずに走れるように、ということですね。

松井:CRF450Xというベースバイクにラリー装備を取りつけるのではなく、ゼロからラリー向きのバイクを作るほうが明快な気がしますが。


宮崎:今回、ウチのチーム員の中に自費でラリーを追いかけた人間がいるのですが、彼など、現場でウチのバイク、他のチームのバイクを見ながら、こうしたいよね、ああしたいよね、と構想が広がっていました。
 トータルでパッケージを考える必要があって、様々な状況を考えながらやっていく必要はありますが、移動しながらいろいろなことを話し合いました。

松井:移動時間が次回への企画会議だった。


森:気がつくと寝ていたりですが……。


宮崎:他の事がない移動中は集中して考えていられるのは良かったですね。


野口:電装においてもメンテナンス性は次に向けた課題ですね。電装関連で私が考えている範囲で言えば、ラリー特有の装備であるマップケースなどナビゲーションアイテムがあります。転倒した場合前回りを全部メンテナンスしないといけない場合があります。例えば前回り全体をサブアッシーという状態にして、コネクターひとつで外すことができればメカニックにとっても、ステージ中のライダーにとっても有益です。例えば、チーム戦略としても、エースライダーがトラブルを抱えたとき、ウォーターキャリー(サポートライダーのこと)が追いついて部品をやりとりする時も、ボルト2本+コネクター1個で着脱できるようにすれば戦況にも有利です。
 今回、コネクター類が多かった、という点。また、フューエルインジェクションとしたということで、キャブレター車両に比べて装備が多く、複雑になってしまった部分があるものの、ライダーが留意すべき点はここだけですよ、という風に集約出来るような方法を構築すれば、メンテナンス性と信頼性はライダーの安心感になります。その部分も考えて取り組みたいですね。

松井:ハーネスそのものも……。


野口:今回は量産に近いものを使いました。来年以降、キットバイクを出す可能性もあるので、ワークスと設計思想を共有しながら、ワークスバイクにはワークスでなければ出来ない部分、キットバイクではコストの関係などで可能な範囲の中で出来ることをやりたいと思います。

松井:CAN-BUSラインなども使用したのですか?
(※編集部注:コントローラー・エリア・ネットワーク=CAN、ECUなどを繋ぐ車載向けLANを、バス路線のように複数の電子部品で同じ電線(路線)を共有しながら信号の伝達に使う配線。従来よりも配線数を減らし軽量化できるメリットを持つ。同時に電子パーツ同士の相互通信にメリットがある)




野口:今回、確かに2ラインだけCAN-BUSを使っています。そのため、軽量化という意味では大きな効果を出していません。使う必要があるのかで判断したいと思っています。

松井:他の考え方で少なくすると。


野口:例えばハーネスの12ボルトを何処で分岐させていくのか、というレイアウトでも線の長さ、重さが全然変わります。そうした部分のジョイントなどを含めて設計し直さないといないと思います。

松井:今年を100とすると、来年のバイクはどのぐらいハーネスをリストラしたいとお考えですか?


野口:今年のバイクより機能が増える部分もあるので直接比較は出来ませんが、同じ機能とするならば2013年モデルの50%ほどに。機能が増えるのを考慮して65%に収めるつもりでやっています。


森:ハーネスもけっこう重たいですからね。今、パーツがあちこちに点在してしまっている、というのを結ぶだけでも結構な量になりますから。パッケージングの見直しが重要ですね。

松井:ハーネスのトラブル対策はどのようにするのですか?




野口:ラリー中、ハーネスを交換する、というのは現実的ではありません。基本的にラリーを通じて必ず信頼性を保つハーネスであることです。何かトラブルが起きた場合でも、メインハーネスにフロントサブハーネス、リアサブハーネス、エンジンサブハーネスという枝分かれしているような、パートごとに一つのコネクターでつながっているようなレイアウトを今考えています。
 例えばサブフレームに付随するものは全てサブハーネスと考えてメンテナンスを容易にして、修理もその部分だけを交換すればいい、と言うようにしたいですね。


森:正直、何とかギリギリのところでまとめ上げた、今回は色々と寄せ集めで作った所もありましたから。様々な改善の余地があります。

松井:寄せ集めバイク(失礼!)で7位、という結果については?


森:正直、もう少し高い所を狙っていました。モロッコラリーでのステージ優勝や、モロッコでのトラブルを解決していけばダカールもいけるのでは、と思っていました。ただ、ダカールも1日、2日目、と段々にそう甘くないぞ、となってきました。


山崎:森の続きになりますが、モロッコでのトラブルを対応して解決しました。ダカールの時も日程的には厳しいながらも車検を受けて、スタートまでに全部やり切ったんです。それで100%やり切ったな、と。これはいけるはずだと、と思っていたんです。ただ、南米での事前テストが出来ないし、実際始まってみると、僕達が想定したよりも厳しかった。ですから燃費も予想よりも悪かったし、予想外の事が起こっている。今回、ダカールの期間中、14日間の内、前半11日間は何かしらのトラブルが起こっている。そのくらい、モロッコラリーを通じて我々がイメージしたダカールよりも現実のほうが格段に厳しかった。それが分ったんです。
 そこまでは完璧にやり切っていた。寝ずに頑張ってスタートまできました。でもスタートしたら準備段階で考えていたダカールよりもはるかに厳しいものがあったと。成績は悔しいです。スタートしたら勝つつもりでいたものが、これはちょっと厳しいね、どうも違うね、と。それを二週間勉強して来たんです。だから終わったときは悔しくてしょうがないですよ。

松井:もしそうしたトラブルがなければ……。


山崎:何か壊れる可能性があったとします。それが100個あったとしても短いレースでは起こらないかもしれない。でも、ダカールでは2週間以内に必ず起こる。100個壊れる可能性があれば100個全部潰しておかないと必ず起こる。直さないと次に行っても必ず起こる。そういった部分、過酷なんですよ。だから全部直さないと勝てない、そういうレースである、という認識です。現在、僕達の認識はとても厳しいです。
 例えば、通常はない外的要因によりセンサー配線部に不具合が出てセンサーにトラブルが出てしまう。そんなこと普段では考えられません。でも自然の摂理というか、2週間走っているといろいろな事が起こる。だから、それを全て潰して次に勝つ積もりで臨んでいる。そういう覚悟がないと出来ない。ということなんですよね。勝つつもりでやるなら、これでもか、とえげつなくやらないと勝てない。
 そこまでやればおのずと感動もある訳です。適当に済ませると適当な感動しかないですから。人材もそうです。ここで突き詰めれば本物ですよ。チームのみんなはそんな事を思いながらやっています。だからこそ、来年は勝ちたいねと。表彰台を独占したいよね、と。


宮崎:私も表彰台の上に登りましたが喜んでいる姿なんか見せられない、と。後ろのほうで手を上げていましたが、悔しくてしょうがなかった。なんとかゴールできたことで安心もしましたが。
 かつて創業者の本田宗一郎は「人間のすることだから、100%を目指しても1%やそこいらはミスをする。だから、絶対に不良品を出さないためには、120%の良品を目指さなければならない」と言いました。ダカールではそれが150%位。その位の信頼性を持たせ、さらに性能も上げないと大きなトロフィーはもらえないと思っています。


山崎:今回のトラブルは、ガス欠にしても、あんな所のセンサーが切れるのだって予想外だった。でも弱いところ、弱いところ、を突いてきますよ。


宮崎:楽観的に考えれば、神様が「まだまだだよ」と頭を叩いてくれた。ダカールは甘くはないよという意識でいます。


山崎:今はそうした事を全て潰していくつもりでいます。でも、来年の今頃を予想すると「何であんな事がおこったんだ」となっているかもしれない。それが人のモチベーションであって、だからやられてもやられてもまたレースにでていくんですよね。我々も向上しますが、競合他社も仕上げてきますから。それこそ30分間に20人が入るようなレース展開になるかもしれない。
 だから、メンテに時間を取られるようなら、勝負にならないかもしれない。

松井:今年のダカールで驚いたのはKTMがエンジン交換を前提にしていなかったこと。Hondaが参戦した事でエンジン交換をして15分のペナルティーが科せられることすら避けてきた。


山崎:壮大なゲームですよ。主催者はラリー中盤のレストデイの前に難易度の高いコースを作ったり、勝負を掛けようと思ったステージが運悪く雨でキャンセルになったりとか、予測が非常に難しい。色々な弱みを狙ってやってくるし(笑)。それを乗り切るチームワークは必要だし、優秀なスタッフも必要です。

松井:そうした罠に捕まらないようにするには何が大切ですか?


山崎:素直なことでしょうね。全て受け入れることでしょう。自分達の実力もまだまだだったね、KTMは素晴しかったね、と受け入れないと前に進めないですよね。勉強しましたよね、そうしたことを。


宮崎:何処まであきらめないかも必要ですね。これでもか、これでもか、とやらないと駄目。その点、このメンバーは大丈夫だと思いますが。それでもまだ足りなかった。


山崎:しつこさは必要だよな。

松井:壮大な草レースだけに相手が大きいというものありますよね。



キャンプ地は政府観光局などとタイアップされていた、とのことで、地元のアピールも積極的にされたという。それを楽しむチームメンバーや参加者は多くはないが、メディアを通じてダカールが通った街、国として世界に発信される。1月15日、ステージ10のゴール、ラ・リオハでは街をアピールせんと賑々しくラリーを迎え入れた


キャンプ地は政府観光局などとタイアップされていた、とのことで、地元のアピールも積極的にされたという。それを楽しむチームメンバーや参加者は多くはないが、メディアを通じてダカールが通った街、国として世界に発信される。1月15日、ステージ10のゴール、ラ・リオハでは街をアピールせんと賑々しくラリーを迎え入れた
キャンプ地は政府観光局などとタイアップされていた、とのことで、地元のアピールも積極的にされたという。それを楽しむチームメンバーや参加者は多くはないが、メディアを通じてダカールが通った街、国として世界に発信される。1月15日、ステージ10のゴール、ラ・リオハでは街をアピールせんと賑々しくラリーを迎え入れた。


宮崎:例えば燃料系でいうと、多くのレースでガソリンの成分は公表されていたり、調べると分ります。ただ、ダカールの場合、燃料は主催者が用意する、というだけで日によってガソリンの色も匂いも違う。いったいどんな燃料使っているんだ、と。オクタン価は98と書いてあるけど、どの程度燃料の質を考慮するのか、と言うのもあります。あまり考慮しすぎるとパフォーマンスが落ちますし、重量が重たくなることもあります。

松井:燃料系のプロはどう調べるのでしょう?


宮崎:良いガソリンはタンクの中に入れておくと、揮発性があるのでキャップを緩めるとプシュっといい音がします。南米や暑い気候のガソリンは揮発性を押さえているため、プシュといわない。そして良い部分がすでに揮発している場合もあります。そういうことも考慮しないといけない。
 現地で販売されているガソリンの成分は情報があるのでおおよそ分っているのですが、主催者が地元から買っているのか、レース用を用意しているのか、あるいはヨーロッパから持ち込むのか。その辺の情報が分からない。そこは想定してやるしかない。例えば今、アメリカのガソリンにはエタノールが10%はいっていて、日本は5%以下、ヨーロッパの国ではあの国には入っているけど、あそこには入っていない、など、様々な情報をもとにセッティングをしていきます。南米でも同じです。成分は様々です。分らないもどかしい部分はありました。昨日は黄色だったのに今日は青いぞ、とか。心配ですよね。
 むしろステージの途中でライダー達が給油するドラム缶のガソリンが心配でした。そのドラム缶には底のほうに錆びはあるのか、給油中、ホコリはどの程度考慮すればよいのか。色々想定してゴミがはいらないようなフィルターを付けたりしているのですが、フューエルインジェクションは精密機械ですからゴミなどは心配です。
 それもあって別体燃料ポンプとしてすぐに交換出来るようにしていますし、もしゴミが入ってもどれくらい距離を走るのか、というテストはしています。本来は一つの燃料ポンプでラリーを走りきれる性能は持っていますが、安全性をとって一定の距離を走ったら交換をしています。
 キャンベル選手もポンプで止まった時、彼は壊れたポンプを持って帰ってきてくれた。もちろん、それはレース中捨ててくることもできたわけですが、持って帰って分析しないと次につながらない、という思いから持ってきてくれた。それを我々はラリー後、解析して原因を把握できた。あらためて彼は凄いと思いました。
 結果的にはホコリもゴミでもなかったんですが……。


森:日によっては朝まで整備をしていました。4時か5時までに仕上げないといけないんですが、その頃日本から連絡が入って、修正が入ることもありました。ちょうど日本と12時間時差があるので、日本の朝から始めて、午後2時頃、解析が終わり、こうしたらいいんじゃないか、という連絡が入るわけです。


宮崎:面白い話があるんですけど、私の部署にもCRF450 RALLYのテスト車がおいてあって、それをある時に見たら右のハンドルだけが短いんです。どうしたの、って聞いたら、あるトラブルが起こって、そのトラブルを解消するのに、現場にあるもので修復を試みる実験をするのに、ハンドルバーを切って部品として使えないか、というのを試したそうなんです。パーツを探す時間ももったいない、というので現場の開発者達は必死にやってくれました。結局、それはつかわなかったのですが、一緒に戦ってくれていたんですね。

 TEAM HRCのダカールは今まさに強さを身につけるべく転がり始めたばかりだ。しなやかでは弱い。でも強靱なだけでは持たない。しなやかで時に強く、包容力があり、環境と荒ぶる自然に素直であること。ラリー同様、この道を究めるには長い旅が必要になるかもしれない。そうした中で人の努力やチームとしての人間力のような部分が試されるような気がした。ダカールラリー。これからもこのイベントに挑むHondaのチームには、現地で、地球の裏側、日本で、寝食を惜しんでCRF450 RALLYの勝利に押し上げるべく力を注ぐ人たちがいる事を忘れてはならない。Hondaが言う頂点レースへの挑戦は、レースという文化活動なのだから。



24年ぶり、というより、南米ダカール初参戦となったTEAM HRC。3台が無事フィニッシュを果たし、大きな歓びと安堵に包まれる。終わってみれば見事にKTMとの経験の差を付けられたが、それをモチベーションに次戦に挑む
24年ぶり、というより、南米ダカール初参戦となったTEAM HRC。3台が無事フィニッシュを果たし、大きな歓びと安堵に包まれる。終わってみれば見事にKTMとの経験の差を付けられたが、それをモチベーションに次戦に挑む。


森 庸太郎


宮崎純治


野口晃平
CRF450 RALLYの開発ではLPL代行を務めました。日程、物流全てを管理し、車体全体をまとめてカタチにした、ということです。設計領域では自分も足回り領域を担当し、ラリー専用のディメンジョンを設計し完成車をまとめていきました。また、現地ではテクニカルスペックマネージメントということで、その中では部品の管理、仕様の管理、メンテナンススケジュール管理などを受け持ちました。普段の業務は、オフロードモデルの足回り設計を担当しています。フレーム、スイングアーム、前後ホイール、ブレーキ、走る、曲がる、止まるに関わるところ全部です。 CRF450 RALLY開発の私の担当は、フューエルインジェクションのセッティングとドライバビリティー、走りっぷりですね。それを今回担当しました。HRCのワークスマシンとは別に、今回、CRF450Xのキットバイクをアルゼンチンの現地法人チームに1台貸与していましたので、そのフォローもあってラリーに行っていました。私の部署は「燃料系」と言われ、FI、キャブレター、特にCRFなどのオフロード系を担当しています。 私は電気系全般です。CRF450 RALLYの開発では、フューエルインジェクションのシステムから、ヘッドライトなど外から見える部分までの電気全般を担当しました。ラリー参戦中は、来期のダカール車を作り込む上で必要になるデータ収集をメインに、電気系のトラブル対応と現場でも電気全般の事をさせてもらいました。


[1・ 復帰1年目を振り返る——チーム代表・山崎勝実さんに聞くへ]

[2・ チームメンバー達のダカール・前編へ]

[3・チームメンバー達のダカール・後編]