松井:その時、宮崎さんの心境は?


宮崎:もう血の気が引きました。とにかく起こってしまったことは仕方がない。早く気持ちを切り替えて対処しなければならないですが、ショックも大きかったです。原因は何なんだ、と対処をして配管回りをリファインして、これで大丈夫だろうと。そして挑んだ三日目にまた止まってしまった。
 その日、燃費が厳しいぞ、という見通しがあって、エルダー選手だけ大きなタンクに交換をしました。ステージ後で調べてみると、燃費が想定以上に厳しかったこと、交換したタンクのサイズは我々が設計した容量よりも少なかったことが分かりました。このタンクは型にはめて作っているものではなく、一個一個製作しているので、個体差があったのだと思います。結果的に、一度目は燃料が残ってしまった。2度目ガソリンは全て吸えたけれども、航続距離が足りなかったというトラブルでした。

松井:テストでライダー達が経験したルートよりも厳しかったと。


宮崎:それもありますし、エルダー選手の要望もあってセッティングは毎日変えていた。燃費のリスクもあるのであまり濃くはできないのですが、ガソリンタンクも大きくしたし、これくらい余裕もあるから、大丈夫、と送りだしたものの、走りきれなかった。二日間にわたって同じ燃料系のトラブルがでたので、夜は眠れなかったですね。テント生活に馴れていなかった、というのもありますが、考えてばかりで、寝ているのか、夢なのか、分らないような状態でした。
 移動中、車の中ではぐっすり眠れたのですが。燃料のことが原因でトラブルがあり、山崎さんからの連絡が来るのが怖かったですね(笑)。


山崎:ラリーは待っている時間が一番疲れるんですよ。今はネットもあるから皆さんは戦況も分る。でも我々はネット環境が悪い所を移動しているので、実は現場にいながら状況が分からない。現場にいながら情報量が少ないときがある。気が気ではありません。


宮崎:私もレース経験としてはモトクロス、ロード始め、現場で携わってきたので、いろいろあるのですが、これらのレースは走る姿が見えている。何があっても見えている分、安心なんです。今回は毎日違うルートを走り、走っているのを見ることができない。我々も移動をしている。情報量もない。エルダー選手のトラブルはピゾリト選手から燃料を分けてもらって走れたので最悪の状態にならずに済んだ。

松井:同じルートを走っていたのに、ピゾリトは燃料を分けることができるほど、よく残せましたね?


宮崎:データ見てもそうなのですが、ピゾリトの走り方は燃費に優しいんです。エルダーが全開で走っているところをピゾリトは全開にしたり探るように戻している時間もある。結果的に燃費がいい。その分をエルダーに分けることが出来たのだと思います。

松井:燃料のトラブル後、ピゾリトにフォローをよろしくね、と頼んだりとかしたのですか?


宮崎:ピゾリト選手はエルダーを助けながら走る、という役割なので、もともとエルダーをサポートしながら走っていました。トラブルのことでこちらの動揺をライダーに伝えてはいけないので、こういうトラブルが出たからこういう対処をしたよ、と淡々と伝えました。でも、走り去る背中にもう拝むような気持ちですよね。頼むから帰ってきてくれよ、と。
 同じような条件で走っていて、アルゼンチン現地法人チームはトラブルが出なかった。そのため、その違いはなんだろう、と比較し検討できた。とても有り難かったですね。

松井:事前テストが事実上難しい今のダカール。今回の本番はFIの設定など、データは貴重なものが多かったのでは?


野口:僕の担当は主にデータの収集です。3人のライダーが全行程、ステージ1から13までのデータを収集しています。今まで24年間ダカールに参加していなかったので、今、どういう使われ勝手なのか、例えばテストする温度条件は、スロットル開度はどの辺を多く使うのか、回転数の頻度はどのあたりを使うのか? という部分で、3人、それぞれが違った乗り方をするライダーで、走りのキャラクターも異なるメンバーでした。その異なる3つのデータが全ステージ分収集できたというのは開発者としては有益でした。

松井:データから3人の何が見えてきたのでしょうか。仕様は同じバイク、個々のセットアップは違えど、同じものを使ってのラリーで、ライダーによって違いはあったのですか?


野口:僕が見てきた中では、最高速を使うかどうか、特にハイスピードなコースでは顕著な違いがありました。エルダーはハイスピードなコースになった瞬間、10分間とか全開を維持します。ピゾリトは先程も話に出たように、必要と感じていないような場合、アクセルを戻しています。それでエルダーと速度に大きな違いが出るわけではなく、ちょうどバランス良く速度を維持し、不要な分は戻している。その結果、燃費が良い方向に振れているのだと思います。



ラップトップと向かい合う野口さん(左)、宮崎さん(中)、そして山崎さん
ラップトップと向かい合う野口さん(左)、宮崎さん(中)、そして山崎さん。


4輪駆動のトラックがパーツ倉庫。引き出されたオーニングの下が野外ガレージだ
4輪駆動のトラックがパーツ倉庫。引き出されたオーニングの下が野外ガレージだ。


スケジュールを書き出したボード。各ライダーのスタート時間、担当者、次なるキャンプ地への移動時間やその出発時間など、メンバー全員が共有すべくことがらが書かれている
スケジュールを書き出したボード。各ライダーのスタート時間、担当者、次なるキャンプ地への移動時間やその出発時間など、メンバー全員が共有すべくことがらが書かれている。


ライダー達は巻物のように長いロールに記された距離、道、情報を頼りにダカールを走る。前日にはこうしてマーカーなどでポイントをしっかり予習
ライダー達は巻物のように長いロールに記された距離、道、情報を頼りにダカールを走る。前日にはこうしてマーカーなどでポイントをしっかり予習。


マップホルダーに納められたルートブック。電動モーターで巻き取りながら進んで行く。0.96km、Y字を左、方位は90度、川、危険! と読み取れる。描かれた三角の物体や、金網のようのなものは、現場に行くと実際に道の脇にある。目標物として描かれているのだ。左上のメーターはトリップメーター。その数字と、ルートブックの左側の数値を合致させて進む
マップホルダーに納められたルートブック。電動モーターで巻き取りながら進んで行く。0.96km、Y字を左、方位は90度、川、危険! と読み取れる。描かれた三角の物体や、金網のようのなものは、現場に行くと実際に道の脇にある。目標物として描かれているのだ。左上のメーターはトリップメーター。その数字と、ルートブックの左側の数値を合致させて進む。


携帯型熱中症計見守りっち、によれば、水分、塩分をしっかり取る事が大切だ。南半球、夏に行われるダカール。標高が高い所では雪、低地ではご覧の気温。これでも過ごしやすいほうだとか……
携帯型熱中症計見守りっち、によれば、水分、塩分をしっかり取る事が大切だ。南半球、夏に行われるダカール。標高が高い所では雪、低地ではご覧の気温。これでも過ごしやすいほうだとか……。

松井:ということは逆にこうして乗ったら最高速は落ちないけど、燃費は上がるよ、と逆のフィードバックも出来ると……。


野口:ただし、ライダーも全開キープをやりたくてやっているのか、バイクのキャラクターとしてやらざるを得ないのか。その辺は全開にしなくてもしっかり走るバイクを作る一つのヒントになるかもしれません。

松井:性能がもっと欲しかった、という部分でしょうか。


野口:どうでしょうか……。空力もテストをしています。例えば、我々が想定しているライディングポジションと少しでも違うポジションを取るとCRF450 RALLYは極端に空力が悪くなる……。そんな事後テストの結果も出ています。空力性能の許容範囲が狭かったと痛感しております。

松井:KTMの空力は?


野口:CRF450 RALLYのほうが優れていると思いますが、KTMのバイクも空力が決して悪くはない。逆に許容範囲が広くどんなライディングポジションでも同じ数値がでる、というのが見えてきています。

松井:空力も皆さんでやるのですか?


野口:ここに来ているメンバーではありませんが、空力を担当したメンバーもいます。

松井:研究所には総勢何名ぐらいCRF450 RALLYに携わった人がいるのでしょう。


山崎:30名。おおよそね。技術者的にはですね。手配したりする人は別にして。

松井:6月にクレイが完成し、夏にモロッコテスト、秋のモロッコラリー参戦、そしてラリー直前にカリフォルニアテストを経て本番へ。半年間、節目、節目で大きく変わった、とも聞きました。


森:変わりました。かなりリセット、リセットで、毎回大きく変えながら改善していきました。


野口:私は6月にブラジルに出張に出たので、出発前に3Dのモデルを作って出かけたんですが、帰ってきて実車を見たら、まるで違う。これ、何のバイクですか? というぐらい(笑)それは驚きました。電気系のメインハーネスなどの通しもまるで変わります。
 実は出張前に担当の方にこれでお願いします、と。3D上は何も問題ないので、そのまま組み付けて下さい、と。ところがいざ、出来上がったバイクは自分がレイアウトした段階のモデルと全く違うバイクだった。だからECUの位置もフューズボックスの位置も違う。出張から戻って、担当の人に「どんだけ大変な思いをしたと思っているんだ」と言われ、「??」となっている中、実車を見て、これ、何のバイクですか? というぐらい変身していました。


松井:その2週間、3週間の間で大リセットがあったと。


森:はい。大リセットを掛けて、外装を含めて全部変えました。

松井:その時は何が故に大リセットが必要だったのですか?


野口:その時はエルダー選手が日本に来て、クレイを削ったあとだった。


森:もうそのレイアウトだと、それまで入れていたものが入らない、それぐらい削られたんです。ですから配置を全部変えました。エアクリーナーボックスから何から。最初のレイアウトでは、タンクは3つでした。その間にタンクが5つになった。


山崎:今は3Dモデルがあるからやれば何でもできるんです。以前のようにものを作って手書きの図面を起こす、というのだったら厳しいけれど。3Dが進化しているから今日と明日が違う、ということも珍しくない。出来るんです。
 ただ、変わらないのはお客様視点なんです。つまりライダー視点ですよね。ライダーが乗りやすいバイクを作る、というのがコンセプトだから、そのために必要なチェンジは全部やるんです。その覚悟でやるんです。

松井:4月に立ち上がったダカールプロジェクトは、皆さんにとっては短期開発ではなかったと?


山崎:例えば森が死にそうな形相でやって来て、「これ、3日で作ってくれ」って言われたら、誰しも“一日24時間あるわけで、その中でヤルしかない”時間を作ってそれに応えるだけですよ。だから“午前9時に始まり午後5時に終わるという働き方ではなない”わけです。時間優先の作業ですよね。それが基本ルールです。図面を書いたら、手配する人、それをどのメーカーさんにお願いするのか。コイツがこれだけ困っていれば、応えてくれる人がいる。そんなアナログ的な関係で成り立っている訳です。


森:モロッコの最初のテストに持って行ったバイクなんて、現物合わせでタンクも作り、板金にクルマを持ち込んでここにこの部品をつけよう、ステーもその場で現物合わせ。手作り感たっぷりの急造バイクでした。


山崎:それは昔ながらの作り方ね。昔のやり方と混在している訳です。昔のやり方、現場で作って現場で付ける。会社の中ではそれをモデル化するやつ、そうした共同作業なんですよ。それをやっていく訳。

松井:ということはモロッコでの現地テストと二輪R&Dセンターでのモデル化が同軸で進んでいく。その部分がハイテクだったと。


山崎:モロッコとは時差がありますから、時差も使ってやる。使えるものは何でも使う。僕らが情報をトスして、寝ている間に二輪R&Dセンターで誰かが仕事をする。朝起きたらその情報をもらって、とかね。そういうやりとりも全て使うんですよ。時差を使って誰かが図面を書いて、とかそこまでやらないと駄目なんです。

松井:ということは、ダカールが日本との時差の大きな南米で開催されていることはアドバンテージになっていのるのですか?


山崎:朝起きたら出来ている、と。そこは昔と違うところですね。今は非常にグローバルですから。地球の裏側が寝ている間に反対側で仕事をして、という事が出来る訳です。

松井:具体的にそれでアップデートしたパーツがダカール期間中に実際にあった?


森:それは出来ません。南米は物流が悪く、物を発送しても時間通りに着かない、税関で止まることもあります。物資面は現場で出来る範囲で、と。


山崎:物流は苦労しました。ダカールの物流はウェーバーというところが仕切っているんですが、そことコンタクトをしないといけない。僕達のバイクはリマで組んだんです。本来なら研究所で事前に組み上げ、確認してから送り出すべきものですよね。ところがとてもじゃないが間に合わない。レース前に土俵を割っている。その部品状態でリマに送って、組み立て、元旦にテストして、ああ、やっと出来たね、と。そして車検ですから。もう神業的綱渡りですよ。何かひとつ大切な部品が届かなかったらおわりでしょ。ビビってましたね(笑)。
 緊迫感ありました。車検が終わったときにはホッとしました。そういった意味でも未体験ゾーンに入っているわけです。ひとつなくなったら全部なくなる、というような。そんな緊迫感が伝わるんですよ。みんなも協力をしてくれる。そんなプロジェクトなんです。
 今まで表側しか語ってきませんでしたが、裏側ではそういうせめぎ合いでした。時間との戦いも「ナントカしなくちゃいかん」というマインドが強いからやりますよね。

松井:これがHondaらしさだと。


山崎:あるでしょう。それがHondaスピリットだと。昔より若干弱くなっている部分はあるでしょう。そんなDNAがあるからこそ、ダカールは成立している。

松井:映像の中にあった木箱、あれにパーツが入っていたんですね。


森:あの木箱の数ですから、あれを見た人からは10年はダカールが出来る、と言われました。


山崎:心配だから、何があっても良いように準備すると荷物増えますよね。

松井:リマに置いていったものがあったのでは?


森:いや、ほとんど積んで行きました。



リマをスタートする前、この体育館のようなガレージに送り込んだ荷物の整理、CRF450RALLYの組み立てに追われるチームクルー。荷物の仕分けを始め、準備に忙殺されたのは言うまでもない
リマをスタートする前、この体育館のようなガレージに送り込んだ荷物の整理、CRF450RALLYの組み立てに追われるチームクルー。荷物の仕分けを始め、準備に忙殺されたのは言うまでもない。


山崎:それを再利用も出来ますし、先行テストをしたり有効活用出来ます、作ったものは。


宮崎:想定して送ってしまっていたので、結果的に古い仕様のモノも荷物の中には入っていた。でもそれはアルゼンチン現地法人チームが使えたりですとか、シェアしてこちらとしては荷物も少なくなるし、と。


森:アルゼンチンチームには荷物も運んでもらいました。


山崎:ダカールのキャラバンにHondaチームのファミリー、言わば“Hondaビレッジ”を作りたいんですよ。アルゼンチンもいれば、他の現地法人チームもいる。ワークスと現地法人チームで協力体制を作りたいんですよ。そのトップにHRCがいればいい訳ですから。そうすれば強固な組織が出来ます。
 また、それはプライベーターがHondaに乗ったとき、そのHondaビレッジができていればプライベーターとしても安心して飛び込める。
 様々な人を集めている。ジョニーはああ言っている、彼はこう言っている、といろいろなアイディアが出てくる訳です。良いことですよね。限られた人間のチームだとそうした発想が出てこない。

松井:11カ国で32人、様々な経験者を集めていた?


山崎:一切の壁を取り払えばこうなるんです。優秀な人間は沢山いますから。事前テストなどで合流してもらい、実際にチームに馴染むかも見ていました。
 各国の現法などにお願いし、自薦他薦で集まったスタッフです。オランダ人でダカール経験があるチームマネージャーがいますので、人を集めて最終的に決定しています。

松井:なるほど、前編で山崎さんが語った、ビジョンにも通じる部分ですね。


山崎:だから壮大なんです。将来どんなHondaファミリーにするのか、というのをよく考えてやらないと作戦を間違っちゃいますよね。

松井:そうした意味では初年度に達成した事は大きいですね。


山崎:結果には満足していませんが、第一歩は大成功です。

松井:南米のライダーも他社からHondaに乗り換えたい、という人が増えるでしょうね。


山崎:そうなる事を想定して準備を進めないといけませんよね。今はいろいろな方がHondaに乗せてくれ、と来ている状況ですから。

(後編に続く)



ラリーを視察したホンダの関係者、TEAM HRCに帯同した日本人メンバー全員が驚いたダカールラリーを取り巻く人気度。ラリーのコースにはもちろん、サポートクルーが移動する一般道もこの様子


ラリーを視察したホンダの関係者、TEAM HRCに帯同した日本人メンバー全員が驚いたダカールラリーを取り巻く人気度。ラリーのコースにはもちろん、サポートクルーが移動する一般道もこの様子
ラリーを視察したホンダの関係者、TEAM HRCに帯同した日本人メンバー全員が驚いたダカールラリーを取り巻く人気度。ラリーのコースにはもちろん、サポートクルーが移動する一般道もこの様子。

[1・ 復帰1年目を振り返る——チーム代表・山崎勝実さんに聞くへ]

[2・チームメンバー達のダカール・前編]

[3・チームメンバー達のダカール・後編へ]