「俺はサーキットの金網のこっち側(内側)にいるだろ。振り返ると向こう側(外側)にすごいカメラやレンズを構えている子がいるんだ。それも一人や二人じゃない。驚いたよ」
若かりし頃、今はなき船橋サーキットの金網にへばりついてた田口さん。形は違ったが「いつかは内側を」との思いを果たした。高価な機材を揃えながら向こう側で満足している少年達に、不思議というか不可解な気持ちを抱いたという。
「今は買おうと思えば、ローンで何でも手に入る。経済的に豊かになったってことだよな。これはこれで幸せなことだけど、例えば昔のバイク屋のオヤジは、ナナハンが欲しくても『おまえがナナハン? まだ早い』って売ってくれなかった。売るのが商売なのに、売るだけが商売と考えていなかったんだよな。こんなこと言うと年寄りの説教になっちゃうけど」
「ところで最近のバイク業界にプラス要因はあるのか?」
みなさんもご存知のことと思うが昨今のバイク業界は厳しさを増している。右肩上がりのバイクブームも今や昔。国内の二輪車販売台数は9ヶ月連続でマイナスという悪い記録を更新している。新車が売れず、新規の二輪免許取得人口も減少、当然パーツやウエア、そして我々バイク雑誌にも影響が出始めている。
「バイクの写真でご飯を食べさせてもらっている一人として、この状況はマズイと思う。ご飯が食べられなくなるという経済的な問題もあるけれど、そんなものはどうにでもなる。そうじゃなくて……」
田口さんにバイクの楽しさを伝えたのは弟の信治さん。信治さんもプロカメラマンで戸井十月さんに同行し、自分のバイクでバハ1000を走るほどのバイクフリークだ。
「ホントなら兄貴から弟に伝染するもんだろうけど、俺は四輪のレースに夢中だったからバイクは全く頭になかった。でもさ、信治がすごく楽しそうに乗ってるんだよ。つられて乗り始めて、初めてのツーリングでさ、すれ違うライダーがみんな手を挙げてくれる。メーカーが違っても、男でも女でも、若くても年寄りでも、バイクに乗っていればみんな自然に挨拶している。四輪じゃこんなことはない。すごい世界だと驚いて、それからどんどんのめり込んじゃった。バイクに乗っているだけでどんどん仲間が増えたし、初心者の俺に先輩達は暗黙のルールとか、バイクとの付き合い方とか教えてくれたんだよ」
「こんなに素晴らしい乗り物を、次の世代にきちんと伝えられたのか。先輩達から教えてもらったバイクの楽しさを教えていないんじゃないかって思わないか。こんな時代にしてしまったのは、俺たちの世代がきちんとしていなかったからかと思うと、とんでもないことしちゃったって……」
弟子を持ち弟子を育て一人前にした田口さんゆえの、考えすぎと笑い飛ばすのはたやすいが、果たして田口さん世代の後の我々はどうだろうか。こんなこと考えたこともなかった。
「最近のゴーグルには、ゆとりが少ないんじゃないか?」
お世話になった方に毎月見本誌を発送するが、いいにしろ悪いにしろ感想を述べてくれる人は皆無に等しい。田口さんは「あれはいい切り口だ」「あの写真の使い方はもっと考えろ」「でもこっちはバッチリだな」「あのカットはこっちに持って来たほうが生きるんじゃないか」と毎月毎月ズバズバと伝えてくれる。耳の痛くなるような話もあるが、励みにも勉強にもなる。
「面倒なことは他誌に任せて、もっとバイクのファンタスティックな部分を伝えていけばいいんじゃない? バイクの楽しさを知っている人にも、まだ知らない人にも。それがゴーグルらしさだろ」
帰り際、玄関先まで見送ってくれた田口さんは最後の最後でちょっと厳しい顔で言った。
「お前達が次を作っていくんだから。もっともっと自分自身で考えなきゃダメだぞ」
田口さんから見れば、まだまだ半人前以下。次の世代に伝える前に教えられる事の方が多いようだ。