これでもしも骨折なんてしていようものなら、今大会でのチャンピオン獲得どころかシーズン終盤のレースそのものに大きな影響を及ぼすこともあり得る。負傷状態が明らかにならないまま、昼過ぎに「5分後の12時40分からアルベルト・プーチがチームのホスピタリティでマルケスの状態について報告を行う」という連絡がチームからあったものだから、さらに脳内は「え!?」の級数と書体がさらに大きくなって「え……」という状態である。
集まったメディアの人垣を前に、プーチの報告は「負傷は大事なく、ブリラム市内の病院での診察でも、打撲程度で午後のFP2は問題なく走行する」という内容だった。
これを日本の諺で、〈泰山鳴動して鼠一匹〉という。
FP2ではファビオ・クアルタラロ(Petronas Yamaha SRT)がトップタイムで、マルケスはそこから0.487秒差の5番手タイム。負傷の影響はまったくない様子で、走行後の取材では「転倒の瞬間は5秒ほど息ができなくて、自分では20秒くらいに感じた」と、転倒時の状況を振り返った。
「メディカルセンターに運ばれたときはもう大丈夫だったけど、体の様子を完璧に把握する必要があったので、スキャンをしてもらうために病院に行った。いちばん痛むのは腰だけど、走っていると集中できたし、膝も痛いけど骨折は何もなくて打撲だけだから大丈夫」
翌日の土曜は、午前に大雨が降ってスケジュールが順延し、FP3はウェットからセッション終盤に路面が乾いてくる微妙なコンディションになった。午後の予選では、マルケスはいつもどおりの圧倒的な速さでトップタイムを争い、惜しくもポールポジションを逃したもののフロントロー3番グリッド。ポールポジションはクアルタラロで、2番手タイムは同じくヤマハのマーヴェリック・ヴィニャーレス(Monster Energy Yamaha MotoGP)。
予選に先だつFP4でもこの3名は、他より抽んでたレースペースを刻んでおり、決勝もこの3台を中心に推移するものと思われた。ドヴィツィオーゾは3列目7番手スタート。予選の一発タイムではポールから0.973差だったが、FP4のレースペースで見ても、マルケスやクアルタラロが1分31秒0~2くらいのリズムを刻んでいた一方で、ドヴィツィオーゾは31秒半ば、というアベレージの差を見ても、これは日曜の決勝も勝負あったか……、というふうにも見えた。
そしてやはり、日曜の決勝レースはマルケスとクアルタラロの一騎打ちで推移していった。
先行するクアルタラロの後方でじっくりと様子を見たマルケスが、最終ラップで一気に前に出て勝負を決する。
第13戦サンマリノGPのカーボンコピー状態だが、今回はクアルタラロがさらにもう一勝負狙って、最終コーナーでマルケスのイン側に突っ込んできた。だが、この激しいストッピー勝負でもきっちりとバイクを停めて旋回し、素早く引き起こしたマルケスがわずかに先行。ゴールライン手前で負けが見えたクアルタラロは、身をよじって悔しがった。
最終コーナーの劇的なバトルを制して最高峰クラス6回目、通算で8回目の世界タイトルを獲得したマルケスは、「今年はMotoGPのベストシーズンだった」とここまでの戦いを振り返った。
「2014年は13勝したけれども、正直なところ、ライバル勢と差があったのも事実。今はレベルが接近していて、4メーカーが優勝争いをしている」
こう話すとおり、今季ここまでの14戦でマルケスは、ヤマハ、ドゥカティ、スズキと緊密な優勝争いを繰り広げている。それぞれマシン特性が異なるなかで、自分たちの持ち味を最大限に活かして戦い続けているのだから、たしかに圧倒的な優勢で進めた2014年シーズンと比べると今年のほうが緊張感の高い戦いになっているといえそうだ。
そしてマルケスは、第13戦同様に今回のレースで最終ラップまで優勝争いを続けたクアルタラロについて、こう評した。
「今シーズンはあらゆることを想定していたけど、ファビオがあのレベルで来ることまでは想定できなかった。今年の決勝レースはドビが安定していると読んでいたし、ヴィニャーレスも速さを発揮するレースがあるだろうし、スズキも来ると思っていた。でも、ファビオについては、シーズン序盤に誰も予想できなかったと思う」
さらにその速さについては、こんなふうにも話した。
「ファビオは、ヤマハのバイクをとてもうまく乗っている。過去の記憶を振り返ると、最高のレベルで乗っているときのホルヘに似ている。コース全体をうまく走って巧みに走らせている。今日の彼は終始すごく速くて、自分たちはエンジンが強みだけど向こうはリアグリップが強みだから、(コーナーが連続する)セクター3とセクター4ではついて行くのが精一杯だった。どんどん強くなっているので、来年はきっと厳しいライバルになると思う」