西村 章

第131回 セパン(マレーシア)・オフィシャルテスト 「Put it this way」

 2018年最初のプレシーズンテストは、各陣営とも一年を戦ってゆくマシンの仕様決めに慌ただしい。開幕戦までのテストは、3回計9日間という限られた時間である。特に今年の場合は、次回のテストが初開催地のタイ・ブリラムのチャーンサーキットで、秋のレースに向けた事前情報収集という側面も併せ持つ。3回目のカタールテストは開幕戦準備という色合いも強くなるので、それだけに今回の最初のセパンテストは今年の方向性を見極めてゆくためにも非常に重要なテスト、という位置づけになる。

 昨年三冠を達成したホンダや、最後までチャンピオン争いを繰り広げたドゥカティ、好調にシーズンを滑り出したかに見えたものの途中で混迷気味にもなったヤマハ、そして表彰台を獲得できずに2018年はふたたびコンセッション(優遇措置)適用となったスズキ、同じくコンセッション組でライバルたちに一刻も早く追いつけ追い越せと全力で開発を進めるKTMとアプリリア。計6陣営の24選手とテストライダーたちは、それぞれが取り組むメニューや目標の到達を目指して精力的に走り込む三日間となった。

 今回のテストで非常に印象的だったのは、ホルヘ・ロレンソ(ドゥカティ・チーム)が三日間を通じて彼本来の高いポテンシャルを発揮していたことだ。ヤマハから移籍してきた昨年は、ある意味では対極にある彼のライディングスタイルとドゥカティのマシン特性の摺り合わせに終始したシーズン、という感があった。初日3番手、二日目にドゥカティ勢最上位の4番手、そして最終日にはセパンサーキットの非公式最速ラップタイム(M・マルケス/1’58.867/2015)を更新する1分58秒830を記録し、総合トップでテストを締めくくった。

 この最速タイムを叩き出した周回について
「完璧なラップは存在しないよ。完璧なバイクが存在しないようにね」
 と話すあたりにも、昨シーズンには見られなかった精神的な余裕を今年は取り戻してきているような印象がある。2018年仕様のデスモセディチGPについては、本来のポテンシャルを発揮するところまではまだ使えていない、それが今後に向けた好材料でもある、とも話している。昨年は、彼の持ち味である高い旋回性を発揮できずに、リアブレーキを積極的に使うように自分の乗り方をアジャストしたりバイクの車高を変更したり、と様々な試行錯誤を続けてきたが、「今年のバイクは二次旋回が去年よりも良く、スロットルを早く開けられるようになった」と話している。 

 チームメイトのアンドレア・ドヴィツィオーゾもこの点については同様のコメントを述べている。ドヴィツィオーゾはさらに
「去年チャンピオン争いをしたことで、自分もチームも、心構えやアプローチが今までとちょっと違っているんだ」
 とも話している。こういう要素、ひと昔前でいうところの〈やる気スイッチ〉のようなものは意外と重要で、えてして全体の士気やパフォーマンスを大きく左右する。

 今年もドゥカティは、ファクトリーライダー2名を中心に、高い戦闘力を発揮しそうである。あと、今年からこの陣営に加わったジャック・ミラーが三日間を通じて5番手タイム、と非常に高いパフォーマンスを発揮していたことも付記しておきたい。彼の走りにも、要注目である。


ホルヘ・ロレンソ
明らかに「王者の風格」を取り戻しつつある。

アンドレア・ドヴィツィオーゾ

ジャック・ミラー
総合4番手、今回もポジティブなテストだった。 連日5番手。今年のジャックはひと味違う。
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 ホンダ勢はチャンピオンのマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)とダニ・ペドロサ、そしてカル・クラッチロー(LCR Honda CASTROL)がファクトリー仕様。今回は3名ともピットにそれぞれ3台の異なるエンジンを搭載したマシンを並べた。内訳は、昨年バレンシアテストで使用した2018年プロトタイプ、それを今回に向けてモディファイした2018年最新スペック、そしておそらくこれらとの比較対象として持ち込まれた2017年仕様、の3種類であったようだ。

 マルケスは、テスト二日目には2018年最新仕様での走り込みに集中。ペドロサとクラッチローの評価も、この最新スペックが良いという判断で一致を見ている。
「今はエンジンに集中し、シャシーに関してはベースの状態で走っている。目的は情報を集めてたくさん走り込み、エンジニアにしっかりとフィードバックすること。それが今回のファクトリーライダーの仕事で、最終決定はまだ難しいけれども、このテストでは大半を新しいエンジンで走った」(ペドロサ)
「新しいバージョンのエンジンは、さらにトップもボトムもある。まだ少しアグレッシブなのでスムーズにするように取り組んでいるけれども、制御でうまく対応できるだろう。レースを想定したロングランでも、タイヤの落ち具合やそのときの制御の状態を確認できた」(マルケス)

 また、彼らファクトリーライダー3名は、〈ハマーヘッド〉と俗称される新しいエアロフェアリングも試した。ペドロサは「長短あるけれども、初めてのテストとしては極めてポジティブ」と話し、マルケスは「主な目的はウィリー対策で、ダウンフォースを稼ぐこと。ブレーキングの安定性は良くなるし、一周だけならこのフェアリングで速く走れるけど、安定して速いラップタイムを継続するためにはタイヤを過熱させないようにしなければならないので、バイクのバランスを見直す必要はあると思う」と述べた。

 ところで、このテスト期間中には、HRCの鈴鹿8耐ファクトリー復帰に伴い、彼らMotoGPファクトリーライダーたちも参戦する可能性があるのでは……、というちょっとしたゴシップも持ち上がった。まあ、このような場合には必ず一度は持ち上がるお約束程度の他愛ない憶測ではあるのだが、これに対してペドロサは「参戦するなら彼(と傍らにいたセテ・ジベルナウを指さし)とチームを組めるかもね」とジョークで交わし、クラッチローは「19戦のタイトなスケジュールでテストもあって、さらに8耐に参戦するならそのテストにも参加しなきゃいけないだろうから、どうなんだろうね。まあ、可能性としては20パーセントくらいじゃないの」と軽くいなした。ともあれ、ホンダとしてはビッグネームの参加を切望していることは間違いないだろうし、現状ではライダーたちにその気がないとしてもやがて冗談から駒、ということだってまったくあり得ないわけではない。おそらくこの話題は、シーズンが進めばいずれ何らかの形で再燃するだろう。

 ホンダのサテライト勢はフランコ・モルビデッリ(Team Estrella Galicia 0,0 Marc VDS)、トム・ルティ(同)、中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)の3選手。ともにMoto2からのステップアップ組でルーキー・オブ・ザ・イヤーを争うことになる。今回のテストでは、中上が総合15番手でこの3人の最上位。モルビデッリ20番手、ルティは25番手でテストを締めくくっている。


レプソル・ホンダ
ずらり並んだRC213V。

ハマーヘッド

中上貴晶
グローブボックス、ではない。 着実に世界最高峰へ順応中。
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 ヤマハは2017年に車体で苦労をしただけに、今回のテストではバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)とチームメイトのマーヴェリック・ヴィニャーレスがどんな車体で走っているのだろう、ということに注目が集まった。ヴィニャーレスはこういう外野の詮索にはあまり多くを語ろうとしない傾向があり、テスト初日にその質問があった際には「今日使ったのは去年の11月のヤツ」というに留まったが、ロッシは「11月のよりもちょっと進化形」とわずかに多くを明らかにした。テスト三日目を終えて、車体に関する印象として「ウェイトディストリビューションと剛性が違う。ユーズドタイヤではうまく走れる。タイヤの劣化に関しては良くなっているけれども、新品タイヤを入れたときがいまひとつ。そこをよくしていく必要がある」と話した。

 彼らファクトリー2名が2017年仕様の車体に苦労していたのと比較して、昨年11月のバレンシアテストや今回の初日でも、この車体に違和感を訴えなかったのがサテライトチームのヨハン・ザルコ(モンスター・ヤマハ Tech3)だ。
 ザルコはこのマシンで二日目に6番目のラップタイムで1分59秒台に入れた。
「2分を切らなければ2016年の仕様に戻すことも考えたかもしれないけれども、幸い2分を切ることができた。ヤマハはどちらでいくのかという選択肢を与えてくれているので、落ち着いてカタールまでにしっかりと判断したい」
 と話していた……のだが、結局は三日目の走行を終えて、
「今日は、去年使っていたバイク(2016年仕様)で走ることにしたんだ」
 と明かした。
「次のテストも去年のバイクで走ると思う。ロレンソが2年前に走らせていた方法をみつけて、自分も速く走れるようになりたい。去年一年の経験があるので、さらにちょっとアジャストすれば表彰台に近づけると思う」
 とのことである。

 また、ヤマハも今回のテストでニューフェアリング(昨年11月のバレンシアテストからモディファイしたもの)を試している。
「フロントの接地感が良くなり、フィジカルもラクになっている。ネガティブな要素はない」(ロッシ)
「スタビリティと接地感が向上する。フルバンクから開けていくときに、フロントが切れ込む心配をしなくてもよい」(ザルコ)
 というコメントであった。


バレンティーノ・ロッシ
最高峰クラス19年目。

バレンティーノ・ロッシ

ヨハン・ザルコ
空力戦争新時代宣言。 今季も上位陣に食い込むか?

中須賀

YAMAHA
中須賀(左)と野左根(右)も精力的なテスト。
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 スズキは、今シーズンはコンセッション適用になってしまったものの、良好な手応えでセパンテストを締めくくっている。昨年はケガで序盤数戦を欠場したMotoGP2年目のアレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)が総合6番手、と上々の内容。アンドレア・イアンノーネも三日間を通じて1分59秒台を記録して、総合では13番手。ともに充実したテスト内容だったようで、次回以降のテストで彼らがどのような走りを披露するのか、さらに注視をしてみたい。シーズンが始まれば、コンセッションの上手な活用次第で今季は台風の目としてシーズンを引っかき回す存在になるかもしれない。

 KTMも、ポル・エスパルガロとブラッドリー・スミスのパーマネントライダーに加え、テストライダーのミカ・カリオも加えて精力的に周回を続けた。彼らもまた、他陣営同様に今回のテストでニューフェアリングを試している。

 そしてもうひとつのコンセッション組、アプリリアだが、彼らだけは今回のテストでニューエンジンを投入しなかった。2018年の車体と2017年エンジン、というある種のハイブリッドマシンで今回のテストを走行したアレイシ・エスパルガロ(アプリリアレーシング・チーム・グレジーニ)は、三日間の走行を終えて総合14番手。テスト終了後には、現在の開発状況について以下のように話した。
「車体は、リクエストしていたとおりに仕上がってきている。でもエンジンは(去年と)同じなんだ。ホンダ、ヤマハ、スズキ、ドゥカティ、KTMはニューエンジンだけど、僕たちはニューエンジンではない。MotoGPのテクノロジーは日進月歩で、停滞は後退と同じになってしまう。だから、がんばらなきゃね」
 では、そのニューエンジンは次のテストに間に合うのかどうか、と彼に訊いてみた。
「来ないよ(即答)。ブリラムではオーリンズの新しいカーボンフロントフォークを試すと思うけど、エンジンは来ないだろうね。アプリリア側はカタールテストといってるけど、レースになってしまうかも」


SUZUKI

SUZUKI
がんばるりんちゃん。 昨年終盤の調子を保てるか。

KTM

aprilia
めざせ初表彰台。 和食レストランも経営中。
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 というわけで、今回は以上。次回のMotoGPプレシーズンテストは、兄エスパルガロの上記の言葉にもあるとおり、タイ・ブリラムのチャーンインターナショナルサーキットで2月16日から18日の三日間を予定している。


 



■2018年1月28日~30日
セパン(マレーシア)・オフィシャルテスト 総合結果

Pos No. Rider Team Motoycycle Time

1 #99 Jorge LORENZO Ducati Team DUCATI 1:58.830

2 #26 Dani PEDROSA Repsol Honda Team HONDA 1:59.009

3 #35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda CASTROL HONDA 1:59.052

4 #4 Andrea DOVIZIOSO Ducati Team DUCATI 1:59.169

5 #43 Jack MILLER Alma Pramac Racing DUCATI 1:59.346

6 #42 Alex RINS Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI 1:59.348

7 #25 Maverick VIÑALES Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA 1:59.355

8 #93 Marc MARQUEZ Repsol Honda Team HONDA 1:59.382

9 #46 Valentino ROSSI Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA 1:59.390

10 #5 Johann ZARCO Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA 1:59.511

11 #9 Danilo PETRUCCI Alma Pramac Racing DUCATI 1:59.528

12 #53 Tito RABAT Reale Avintia Racing DUCATI 1:59.547

13 #29 Andrea IANNONE Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI 1:59.615

14 #41 Aleix ESPARGARO Aprilia Racing Team Gresini APRILIA 1:59.925

15 #30 Takaaki NAKAGAMI LCR Honda IDEMITSU HONDA 2:00.071

16 #19 Alvaro BAUTISTA Angel Nieto Team DUCATI 2:00.205

17 #44 Pol ESPARGARO Red Bull KTM Factory Racing KTM 2:00.262

18 #36 Mika KALLIO KTM Test Team KTM 2:00.464

19 #38 Bradley SMITH Red Bull KTM Factory Racing KTM 2:00.520

20 #21 Franco MORBIDELLI EG 0,0 Marc VDS HONDA 2:00.526

21 #17 Karel ABRAHAM Angel Nieto Team DUCATI 2:00.574

22 #10 Xavier SIMEON Reale Avintia Racing DUCATI 2:00.784

23 #45 Scott REDDING Aprilia Racing Team Gresini APRILIA 2:00.812

24 #50 Sylvain GUINTOLI Suzuki Test Team SUZUKI 2:01.120

25 #12 Tom LUTHI EG 0,0 Marc VDS HONDA 2:01.126

26 #68 Yonny HERNANDEZ Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA 2:01.223

27 #33 Yamaha TEST 3 Yamaha Test Team YAMAHA 2:01.385

28 #32 Yamaha TEST 2 Yamaha Test Team YAMAHA 2:01.679

29 #31 Yamaha TEST 1 Yamaha Test Team YAMAHA 2:03.786

30 #51 Michele PIRRO Ducati Test team DUCATI 2:04.767

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