ホンダ=直列4気筒というイメージがある人もいるのではないか。円熟の極みにあるCB400SFや、今はなくなってしまったがホンダブランドの代名詞ともいえるCBナナハンなど、誰もが一目を置く4気筒モデルを展開してきたメーカーだ。しかし時代は4気筒から離れている。特にミドルクラスではライバルは皆ツインになってしまった。ホンダが650ccクラスに投入した4気筒、ホンダCB650F。ライバル不在のこのモデルとしばらく付き合うことにした。
■文:ノア セレン ■撮影:松川 忍
■協力:ホンダモーターサイクルジャパン http://www.honda.co.jp/motor/
少し走れば田園風景が広がる北関東エリアは、日々の移動すらちょっとしたツーリングのよう。この季節は刈るタイミングを計っている稲が金色の頭を垂れていて美しい。 |
サイコーニチョードイイホンダ!
筆者は常にベストバランスの一台を探している。バイクは完全に趣味のものではなく、大切な移動手段でもあり、よって使い勝手や接しやすさ、燃費なども重視する。趣味性を追求したモデルでは、アクセルレスポンスが激しすぎて日常的には使いにくかったり、ポジションがきつくて長距離移動には向かないものも多い。だったら快適な移動体で良いじゃないか、と400~650ccクラスのスクーターになりそうなものだが、一方で完全に移動手段のみとして使いたいわけではないというところが欲張りだ。例えただの移動でも、その中に一定のエキサイトメントや人車一体感、バイクを操っているという実感のようなものがないと寂しいのである。
これが実は難しい。そのバランスは乗っている人によって変わるものであるし、作る側もベストバランスなものを作ると逆に没個性となってしまうことがあるからだ。しかしCB400SFを思い出してほしい。かつてはライバルに対して「素直すぎる」「従順すぎる」「CBだと誰でも速く走れてしまう」などと言いたがる個性を追求するライダーが多くいたように思うが、現行モデルの領域まで熟成されるともはやツッコミ所は存在しない。素直なのは良いことで、乗りやすいのも良いことなのだ。そのうえで、それを気軽に走らせるのも、積極的に速く走らせるのも、後はライダーに任せてくれる。究極のベストバランスバイクはこのCB400SFなのかもしれない。
そんなCB400SFの600cc版があれば良いのに、という声はずっと聞かれてきた。もう少し低回転域でトルクの余裕があり、そして高回転域ではパンチを。400で足りないと感じる場面は少ないものの、しかしもう少し余裕があっても良いかもしれない、というまさに贅沢な要求。それへの答えがこのCB650だと思う。
癖なく扱いやすいハンドリングや日常的にも接しやすい適度なしなやかさを持ったコンパクトな車体。特にカウルのないこの「F」は気軽さが高く「ちょっとこそまで」といった使い方にも対応してくれCB400SFのように付き合える。それでいて90馬力のパワーがあるため日常域はもちろん、ツーリングシーンや高速道路での長距離移動でも余裕がある。
目立ったスペックがあるわけでもないし、ホンダもなぜか市場への積極的なアピールをしているようには感じないが、ベストバランスバイクを常に探している欲張りな筆者としては、CB650Fは登場時よりかなり気になるバイクだった。そして新型になって海外でもさらに評価が高くなっている。ホンダの4輪車「フリード」のCMではないが、これこそサイコーニチョードイイホンダなのではないか!?
本当はこれでイイんだ。これがイイんだ。
650ccクラスで唯一の4気筒車というのはCB650Fのアピールポイントである。ライバルの650ccクラスはみなツインになり、4気筒となると一つ上の750cc~クラスである。もっとも今は排気量によるクラス分けなどほとんどなくなってきてはいるが……。そういう意味でも比べたり、競ったりというのは意味をなさなくなってきている。
しかし比べないとは言っても、4気筒のスムーズさはやはりツインに比べると上質だ。エンジンをかけた時の排気音やメカニカルノイズから受ける高性能な印象はそれだけで興奮させてくれ、CBの汎用性の高さとは相反するようなプレミアムな印象を受け気持ちも高まる。最後の空冷CB750が絶版となってしまってからこのクラスにホンダの4気筒はなかったわけだが、このCBの登場で「4気筒のホンダ」が帰ってきたような想いだ。
一方で車体周りだが、クラスを超えた贅沢ともいえる4気筒エンジンに対してここではむしろ質実剛健な路線をとっている。スチールフレームと正立フォーク、ピンスライドキャリパーといった装備は、スペックが好きな人にとっては物足りない装備に感じるかもしれない。しかしこれこそが、筆者がこのバイクに注目する一番の所なのだ。
剛性の高いアルミフレームや倒立フォークは極スポーツの場面ではもちろん有効だろう。しかし舗装林道のような荒れた路面、雨の中や、ややもすれば砂利道なども走ることになる公道においてはむしろツッパリ感やゴツゴツしたフィーリング、接地感の薄さなどに繋がることも少なくなく、気持ちよく走れる場面を限定してしまうこともある。鉄フレームに正立フォークという組み合わせは汎用性も求められる650ccクラスではありがたいことにまだ主流であるが、ホンダもまたプレミアムな4気筒エンジンを搭載しつつも車体はこの路線で行ってくれたことがうれしい。鉄フレームと正立フォークの組み合わせはしなやかな路面追従性を生んでくれることが多く、路面状況やスピード域に関わらずライダーに潤沢なフィードバックを提供してくれる場面が多いのだ。
ピンスライドキャリパーだって必要十分の性能でありながら整備性も上々。こういった細かな装備まで、背伸びすることなく、CBが狙う運動性、汎用性、使われ方に合った本当に必要な装備を使っているところに特に好感を抱く。「商品性」の名のもとに不要な装備をたくさん背負い込んでしまったモデルのなんと多いことか……CB650Fはそんなしがらみから解放された、本当の意味での「ベストバランスバイク」を目指して作り込まれた、CB400SFの兄弟モデルに思える。
買った時の対外的な見栄より、今後幸せに付きあっていく実を取ることを考える筆者のようなライダーにとって、本当に全てが納得!の構成をしているのだ。
川沿いには彼岸花が並ぶ。土手の上は砂利道だったのだが、ロードではクイックなハンドリングを見せるCB650Fは意外にも未舗装路も十分許容してくれた。 |
しがらみを脱ぎ捨てバイクとシンクロする
ジャーナリストが勘違いしがちなことがある。それはバイクの主要使用エリアは東京近郊だと思い込んでしまうことだ。ワインディングと言えば箱根や伊豆、ツーリング記事では出発点はだいたい東京で首都高に乗るところから始まる。バイクはおしゃれなシャッター付きガレージに保管し、爽やかな朝日を浴びながら最新のライディングウェアに身を包んで出かける……。
世の中はそんな人ばかりではない。
筆者は最近、首都圏から北関東の田舎に引っ越した。都心から100数十キロしか離れていないのに、世の中の見方がずいぶん変わったように思う。首都圏にいた時は幹線道路で様々なバイクに出会い刺激を受けてきた。速いライダーもいれば、カッコ良い最新の高級車もいた。幹線道路や高速道路で見知らぬライダーとランデブーになることも多い。こんな状況で、自分の乗っているバイクが対外的にどう映っているのか、というのは意識していないつもりでも意識していたのだ。カッコいいのか。速いのか。最新なのか。センスの良いカスタムがされているのか。常に周りと比べたり競ったりするバイクライフだった。
ところがどうだろう、今の環境ではそもそも周りにバイクがいない。比べたり競ったりする相手がいないのだから、カブに乗っていようがCBR1000RRSP2に乗っていようが関係ないのだ。そんな環境で始まったCB650Fライフは、これまで以上にバイクとライダーの関係が濃いように感じている。信号待ちで隣に並んだバイクに嫉妬することも、優越感を感じることもない。信号ダッシュで悔しい思いをすることもない。高級カスタム車で財力を見せつけられ卑屈になることもない。見るものと言えば軽トラックぐらいのものである。よっておのずと自分が乗っているバイクと向き合っていく時間が増えていく。比べず、競わず、ただバイクとのシンクロが進む。そんな時にCBの良さが改めて浸み込んでくるのだ。
マイブーム「焼き物」
バイクと直接関係はないのだが、最近ハマっているというか、興味を持っているのが陶芸だ。まだまだ勉強中ではあるが、どうやら陶芸と言っても色々あるようで興味深い。いわゆる「陶芸家」と呼ばれるような、自分の表現を追求する作家タイプもいれば、現代アートなどを追求してそれを実現するための素材として粘土を選ぶアーティストもいる。一方で超正確なロクロさばきで1日に湯飲みを1000個も作れる職人さんもいるし、なんとなくそれらの中間に位置するというか、器(うつわ)をメインに作っている「焼き物屋さん」もいる。
いずれも粘土をこねて何か形作り、加飾して、焼いて、という工程はおおよそ同じなのだが、作るものだけでなくそのフィロソフィに大きな違いがあるのも興味をひかれる部分だ。美や表現を追求するアーティストタイプのストイックさには目を見張るし、職人さんの手さばきにも感動する。作家タイプだけれど器しか作らない器作家なる人たちもいて、器に込められていく思いもすさまじい。
最近特に興味を持っている陶芸。コレクションは地域の器作家のものも多いが、遠くは備前や島根などにも足を伸ばして「正しく、健やか、実用的で無理のないもの」に出会えるとコレクションを増やしている。ここ数年の夏のツーリングはだいたい陶芸の産地をめぐるものになっており、それぞれの地域の陶芸を見て回っている。細かな路地の奥の窯元さんに行くには、小回りの利く、静かでスマートなバイクが良いのだ。 |
そんな中で筆者が特に興味をひかれているのが「民藝」という考え方。いわゆる民芸品といわれるなんとなく伝統的な物っぽいというのではなく、民藝というもはや思想に近いようなものがあるのだ。興味があれば調べていただきたいが、民藝運動(というものがあった)の中心人物の一人だった濱田庄司さんは「正しく、健やかな、実用的で無理のない焼き物、材料の性質に応じたものを作ろうと思う」と言った。この言葉は筆者が無意識に探し求めてきた生き方そのものに出会ったような衝撃であり、以来全てのことにこの言葉が当てはまるような気がしてならないでいる。今も器を中心に様々な焼き物を収集しているが、いつも「正しく、健やか、実用的で無理のないもの」かどうかを見極めようとしている。
こんな個人の興味をバイクの引き合いに出すのも不自然かもしれないが、今や世の中の多くのものを「正しく、健やか、実用的で無理のないもの」かどうかという目線で見ているだけに、CB650Fはまさにしっかり合致してしまったのである。まさに「正しく、健やかな、実用的で無理のない乗り物、現実的な公道での使用環境に応じたバイク」ではないか。
個人的見解を許していただきたいが、最近大変興味を持っている焼き物の世界と、バイクの世界に共通性を見出せてなんだか嬉しい想いでいる。
筆者が写っている写真は灯油で焚く窯。地面に直接レンガを積み上げ、薪で焚くようなアンティークな窯は今では少数で、ガスや電気炉がメインだそう。灯油も少数派だとか。 |
付き合いだしてとりあえず1000キロ
昨シーズン、編集部には旧型のCB650Fがあった。編集部小宮山が都市部を中心とした徹底した走り込みと細かなインプレを展開したが、新型は筆者が郊外インプレとして担当することになった。すでに小宮山が旧型から乗り換えてのファーストインプレッションを紹介しているが、筆者の手元にきての第一印象はおおよそ同じだった。
ミッションがクロス気味になったこととエンジンのパワーが上がったことで、旧型より4気筒らしい高性能さを感じやすくなったように思う。極低回転域での扱いやすさやエンストのしにくさなどはそのままだが、高回転域のパンチは明らかに向上していて楽しめる。サスペンションはデュアルベンディングバルブフォークが装着されかなりフィーリングが向上していると評判だが、旧型でも特に不満をもっていなかった筆者は劇的な進歩は感じていない。しかしそれはエンジンが元気になったのと連動したものかもしれず、この元気さで旧型のフロントフォークのままでは物足りなかったのかもしれない。
日本三大稲荷の一つに立ち寄る。人が集まる場所にバイクで行くのは時として気がひけるが、650ccという排気量のわりにはコンパクトで駐車が気軽だし、マフラーが腹下となっているため子供に触られて火傷させてしまう心配が少ないのもいいと思った。マフラーは新型でこれまでの3室構造から2室構造になったが、低回転域での排気音が静かなのも他の観光客への攻撃性が低く好印象だ。 |
今のところ、使い方は日々の移動と都内へのアクセス、そしてすでに一泊ツーリングは2度ほど行っている。ファーストインプレは上々。十分なパワーと予想した通りの付き合いやすさ、そして2回とも土砂降りの雨にやられた1泊ツーリングでも怖さを感じさせずに走れる性格にとても満足している。まさに、正しく、健やかで無理のないバイクである。
慣れが必要かな、という部分は最近のホンダ車に共通するウインカースイッチだろうか。左スイッチボックスでホーンが上、ウインカーが下と従来とは逆の配置になっているためウインカーを操作しようとしてホーンを鳴らしてしまい、ホーンを鳴らしたい時に鳴らせないという事態がおきているが、これも慣れるのかもしれない。もう一点は、特に実用的に使っている筆者は気になるところだが、簡単に使えるヘルメットホルダーがないのに困っている。これもそのうち対応策を練ろう。
「なぜか目立っていないが、きっと良いバイクだ!」と目をつけていたCB650Fとは、今後1年間の付き合いになる予定。長く付き合うことで発見する部分を今後もレポートしていくのでお付き合いをお願いします。
(試乗・文:ノア セレン)
| 『通勤快速 Diary』 -Honda CB650F編-今年の春からほぼ半年、6ヵ月に渡って生活を共にした“相棒”…。 |
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