年末年始恒例特別企画 モータージャーナリスト 西村 章が聞いた 行った年来た年MotoGP 技術者たちの2016年回顧と2017年への抱負 SUZUKI編

 新年2回目の『行った年来た年MotoGP』、今回はスズキ篇をお届けする。2016年シーズンのスズキは、第12戦イギリスGPでマーヴェリック・ヴィニャーレスが初優勝を飾り、計4回の表彰台を獲得した。復帰以来大きな飛躍を遂げた一年の振り返りと、そこからライダーラインナップががらりと変わる2017年に向けた抱負を、チーム・スズキ・エクスターのプロジェクトリーダー寺田覚氏と技術監督の河内健氏にたっぷりと伺ってきた。
 というわけで、早速インタビューへと参りましょう。


 ●インタビュー・文・西村 章
 ●取材協力─SUZUKI http://www1.suzuki.co.jp/motor/

二輪事業本部 二輪車両性能開発部 レース車両開発課 課長 寺田 覚氏 二輪事業本部 二輪車両性能開発部 GPチーム 技術監督 課長代理 河内 健氏
二輪事業本部 二輪車両性能開発部 レース車両開発課 課長 寺田 覚氏(右)
二輪事業本部 二輪車両性能開発部 GPチーム 技術監督 課長代理 河内 健氏(左)

-2015年のホンダ、ヤマハ、ドゥカティとの差と比較して、2016年のスズキはライバル陣営3メーカーとの差を、どれほど縮めることができましたか?

寺田「リザルトどおりの結果ですよ。2015年は加速力で劣っているところがありましたが、2016年はエンジン出力やシームレスミッション、車体のディメンションなど、加速に重点を置いた開発を進め、だいぶ近づくことができたと思います。とはいえ、マシンはまだ、完全にOKといえるレベルに達していないので、現在の弱点を2017年シーズンに向けてさらに強化していきたいと考えています」


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-シーズンを通して、着実にライバル陣営に肉薄していくことができましたか。あるいは、山あり谷ありのシーズンだったのでしょうか?

寺田「シーズン前にしっかりと準備を進めることができたのが、大きな要因になったと思います。その後は、セッティングを詰めながら合わせこんでいく作業でした。なので、山や谷がそんなにあったとは思っていませんね」

-シーズンの分岐点になったレースはありましたか?

河内「寺田も言っているとおり、加速力がずっと私たちの課題だったんですが、セッティングで取り組んである程度形になってきたのが、夏のレッドブルリンク(第10戦)~ブルノ(第11戦)のあたりですね。あの頃から少しずつ見えてきて、セッティング面で加速に振っていくことができるようになりました。マーヴェリックの成績で見ると、まだ天候で左右されるところはあったんですが、5~6位を維持しながら表彰台を狙える位置を走れていたので、分岐点は夏のレースでしたね

-ということは、シルバーストーン(第12戦)の勝利は、しっかりと積み上げてきた成果を出せたレース、ということですか?

河内「『シルバーストーンは何が良かったのですか?』と訊いていただくことも多いんですが、あのレースで特に何か変わったことをやったわけではないんですよ。その2~3戦前から上位を狙える位置につけていたのですが、決勝では雨などのコンディション変化に左右されて結果を出せなかった。そこをシルバーストーンでしっかりとリザルトに結びつけた、というのが私の実感です」

-シルバーストーンの優勝直後に河内さんは「低い温度条件に助けられた側面はたしかにあった」と言っていましたが、実際にヴィニャーレス選手も、シーズン中に「温度条件が低いと良いけれども、高くなるとグリップをとれない」と話していたことがよくありました。あれは、どういう理由によるものだったのですか。

河内「ひとことでいえば、トラクションが劣っていた、ということになるでしょうか。それをセッティングやライダーの乗り方などで少しずつ詰めてゆき、結果を出せるようになったのが後半戦です。シーズン終盤には、解決というレベルではないにしても、方向性としては高い温度条件でもグリップを維持できるように改善できてきたと思います」

-一方のエスパルガロ選手は、なかなか結果に結びつかないことも多かったようです。彼が本来の結果を出し切れなかったのは、どこに原因があったのでしょう。

寺田「タイヤの乗り換えでは、マーヴェリックよりはアレイシのほうが苦戦したようです。彼はコーナー進入でフロントタイヤにしっかり仕事をさせるスタイルで、マーヴェリックよりもフロントをよく使うライダーなので、その点でも苦労をしたようですね」

-2016年の技術的な話題では、タイヤの変更とECUソフトの共通化が二大トピックでした。ミシュランに関しては、寺田さんは2015年シーズン終了後に、「ミシュランはスズキに合ってるかも」とおっしゃっていました。

寺田「そうですね。あの当時のミシュランはリアのグリップが高くて、加速のスピンやグリップ向上という我々の課題に対してタイヤがだいぶ助けてくれていた印象があります。ところがその後、シーズン開幕後のアルゼンチン(第2戦)でタイヤに問題が出た以降のレースでは、リアタイヤの特性が耐久性重視になったので、だいぶ状況が変わってきました」


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-タイヤについてはもうひとつ、今年はタイヤ選択(コンパウンド)がレース結果を左右する場合が多かったようにも見えました。


寺田氏

河内「フロントに関しては、我々とクラッチロー選手、マルケス選手だけハード側のコンパウンド、というレースが何戦かありましたね。でも、我々も決勝までにはひととおり試しているんですよ。良さそうなものを選んだ結果、『アレ、みんなは違うの?』ということになっていただけで(笑)。勝負に出てあえてよそと違うものを選んだ、というわけではないんです。ライダーたちの好みでいえば、大まかにはふたりとも同じ方向性でしたが、マーヴェリックのほうが皆と同じミディアムで行ける場合でも、アレイシの方は、寺田の話にもあったとおり、フロントに安心感を求めるのでマーヴェリックよりも硬めを選ぶことが多かったかもしれません」

-ミシュランの良いところ、難しいところは何ですか?

河内「これは私の個人的な印象ですが、ブリヂストンのほうがストライクゾーンが広いような気がします。ミシュランの場合、そのコンディションに合ったベストのタイヤを選択すればパフォーマンスは高いのですが、そのベストのものを選ぶのが難しいんです」

-ミシュランのほうがピンポイントだということでしょうか?

河内「だと思いますね」
寺田「ブランドが異なると、特徴も違いますからね。これは良い悪いの問題ではなく、メーカーが違うというのは、つまりそういうことなんだと思います」

-ECUについては、ソフトウェアもスペックECUになったことで、今シーズンを戦っていく上でどんなふうに影響しましたか?

寺田「自分たちで作ったものではなく、外から与えられたものですから、まずは理解するのが大変でした。制御のソフトウェアは、『こういうことをしたいからこの制御をしましょう』と作っていくのですが、ソフトウェアを渡されると、何をしたくてこういうプログラムにしたのか、というところの理解からまず始めなければならないので、そこがいちばん大変でしたね」

-理解するのに、どれくらいの時間がかかったのですか?

寺田「2015年の秋に渡されて、それからずっと試行錯誤ですよ。開幕に向けて、ある程度使えるところまで進めましたが、それ以降、未だに考えながら探求と模索を続けていますね」


寺田氏

-ECUソフト全体のポテンシャルのうち、今はどれくらいまで使えているのですか?

寺田「数字で表すのは難しいんですが、大雑把な印象だけで言うと、7~8割でしょうか。何ができるのかということは把握しているのですが、どうやって使えば我々のオートバイに合うのか、ということに関しては、まだいろいろできることがあるのかな、と思います」

-DORNAがスペックECUを導入した理由は、経費の削減や競争レベルの平準化にあるという話ですが、スズキにとってスペックECUは良い効果をもたらしたといえそうですか。


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河内「競争レベルの平準化という面では、正直なところ、ある程度の効果はあったと思います。ただ、コストダウンや工数削減に関しては、これはこれで手間がかかったので、そんなに……(笑)」
寺田「メーカーにとってレース参戦は技術開発という目的も大きいので、技術的にできないことがあるのは少し残念、という面もあるのですが、皆が横並びになったとしても、そこから先の使い方で開発力の差がついてくるでしょうから、一度は横一線になったからといってもけっして安心できるようなものではないと思います」

-2016年は、4メーカー9選手が優勝したことも大きな話題になりました。この結果は、ECUソフトが統一された影響も大きいと思いますか?

河内「ある程度は影響があったと思います。あとは、タイヤですね。新しいレギュレーションの導入で、皆がいちから探っていく要素がいくつか入ってきたことで、横並びに戻った部分があったのかなと思っています」

-技術面では、ウィングも大きな話題になった年でした。ウィングのポジティブとネガティブな要素に関して、スズキはどう評価をしていますか?

寺田「加速させるためには、いかにウィリーさせないかということが重要です。ウィングは、そのウィリーを抑える効果はありますよね。我々の評価としては、思ったほどネガティブな要素が少なくて、良い部分を使いやすかった印象はあります」

-その反面、切り返しなどバイクのアジリティへの影響はどうだったのですか?



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寺田「もちろん、影響はあると思います、ゼロではないですよ。でも、我々の使っていたレベルでは、思っていたほど(悪影響は)大きくなかったですね」

-2017年からは、ウィングが使用禁止になります。

河内「皆が、あの加速を一度経験してしまったわけですよね。あの加速をウィングなしで達成することを考えると、これはまた結構な課題ができたな、とは思っています」


寺田、河内氏

-2015年から2016年にかけて加速が課題だったという話でしたが、別の方面から加速の新たな宿題がひとつ増えた、ということになりますね。

河内「そうですねえ……。他社とアイディア比べになるので、技術屋としてはもちろん腕の見せ所なのですが、工数を管理して開発を進めていく側としては、頭の痛い問題がまた一個増えたな、という印象ではありますね(苦笑)」

-しかも、2017年からスズキはコンセッション(エンジン開発などのルール制限が緩やかな措置)がなくなります。

寺田「コンセッションは後発メーカーが追いつくための措置ですから、いつまでもその場所に甘んじていてはいけないと思うし、我々としてはライバル陣営と同じ条件で競争するためにがんばってきたのだから、今後もその意志は変わらないですね」

-ある意味では、ようやく本来のスタートラインに立った、ということになりますね。

寺田「そうですね。我々も、もう言い訳はできないのだから、今後はさらにしっかりとがんばっていかなければならないと思います」

-2017年シーズンに向けたバイクの開発課題は何ですか?

寺田「やはり、加速ですよ。もっとしっかり加速させて、ライバルに負けないようにしなければいけません」



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-ライダーのラインナップは、両選手とも変わります。それぞれどんな印象ですか?

河内「アンドレアを暴れん坊みたいに思っている人もいるようですが、じつはすごく丁寧にバイクに乗る選手なんです。そのあたりの彼の巧さを引き出しながら、スズキにあってドゥカティにないところをキープしつつ、ドゥカティにあってスズキにないものを早く得られるようにバイク作りを進めてゆけば、良いバイクに仕上がって結果もついてくると思います」

-アレックス・リンス選手に関してはどうですか?

寺田「年齢も若いし、下のクラスから上がってくるので、将来性に期待をしています。開幕から高水準のリザルトを期待するよりも、むしろリラックスして早く慣れてもらうことに重点を置きたいと考えています。ランキングに関しては、アンドレアは行けるところまでどんどん行ってほしいし、アレックスは順応しながら速さを獲得していってほしいですね」

-2016年のスズキを自己採点するとすれば、何点くらいですか?

寺田「どうでしょう……。去年よりもある程度のステップアップを果たして表彰台にも上れたので、80点くらいですか。足りない20点は、トップを目指してやっているけれども、そこにはまだまだ届いていないので」

河内「では私は70点(笑)。2016年をスタートしたときに立てた目標については、表彰台に上がったし、一回勝つこともできたので、到達はできたと思います。では、他社との差を詰めることができたのかというと、まだそこまでには至っていない、というのが今年の正直な実感でした。あとは、ライダーをバックアップする立場からいうと、2016年もあるレースでメカニカルなトラブルからアレイシにリタイアをさせてしまいました。それは我々が反省すべき点だし、この場で言えないヒヤヒヤしたこともあったので、そういったことがらを改善しなければ、さらに上の成績は望めない。そういう意味で、30点マイナスです」

寺田「2017年は、2016年以上の成績を当然、目指してゆきます。だけど、ハードルが高いのもよくわかっているので、そこに向かってどれだけ進んでいけるのか、ということだと思います。2016年のランキングで我々よりも上にいる3選手に勝たなければならないし、今年はさらにそこにマーヴェリックが加わるわけだから、その4人に勝たなければ我々は成績を更新できない、ということです。難易度が高いことは充分に承知していますが、そこに到達するために全員で力を合わせて、目標達成への努力を続けていきます」



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スズキ株式会社レース車両開発課のみなさん。向かって左から田村耕二氏。馬場和俊氏。河田晃一郎氏。市野正幸氏。河内 健氏。寺田 覚氏。西原 敬氏。大西謙太郎氏。三角昌義氏。多田隈省吾氏。益田大治郎氏。

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