年末年始恒例特別企画 モータージャーナリスト 西村 章が聞いた 行く年来る年MotoGP 技術者たちの2016年回顧と2017年への抱負 Honda編・前編

 はい皆様お待たせをばいたしました。各陣営の技術陣トップにシーズン回顧と来年への展望を語ってもらう、毎年恒例の「行く年来る年MotoGP」。今年は、MotoGPのライダーズタイトルとコンストラクターズタイトルを獲得したHondaからスタート。Honda篇前編は、技術面を統括するHRC開発室長の国分信一氏。例によって、難しい技術でもわかりやすい比喩を用いながら噛み砕いて平易に説明してもらいました。では、早速参りましょうかGO!


 ●インタビュー・文・西村 章
 ●取材協力─Honda http://www.honda.co.jp/motor/

-2016年はECUソフトウェアが統一され、タイヤがミシュランに変わりました。事前の予想と比べて、シーズンは想定通りに推移しましたか?

「想定通りではないですよ。自分たちが想像していた以上に他とのレベルが違っていたし、自分たちの理解度が違うなあ、とも感じていました」

-理解度が違う、とは?

「ソフトウェアを作っているマニエッティ・マレリはイタリアのメーカーなので、日本人の発想とは違うところもあり、その理解に時間がかかったのかな、と思います」



ホンダ・レーシング 開発室 室長 国分信一氏
ホンダ・レーシング 開発室 室長 国分信一氏

-発想の違いというのは ソフトウェアの設計思想などですか?

「設計思想であったり、伝え方であったり。たとえば同じ料理の素材を与えられた場合、日本人は日本料理風にしてしまうので、けっしてまずい味ではないのですが、いまひとつうまく行かない。でも、それをイタリア風にアレンジすると素材の良さが引き出される、みたいなことなんですよ。日本人だと、米を渡されるとすぐに炊いてしまいがちですが、イタリアだとリゾットにするので、あんな調味料やこんな風味も入れることができる、というようなね。またヘンな喩えになってますけど(笑)。
『共通ソフトウェアだから自社製ソフトにあったいろいろな機能が失われているのは止むなしだよね、だけど、なんとかしていかなきゃいけないね』というところでシーズン前半に結構苦労をして、少しずつ安定してきたのですが、では最終的に100パーセント使えるようになったのかというと、まだもう少し改良する余地があったのではないか、というのが、シーズンが終わった現在の正直な印象ですね」

-割合で言えば、どれくらい使いこなせていたのですか?

「数字で表すのはなかなか難しいのですが、今のレベルは70~80パーセントくらいでしょうか。やっていけばやっていくほど、もっとできることがわかってきて、こういう風にしてみようとか、もう少しここも使ってみたいね、ということがどんどん出てきたので、それを総括すると使い切れなかった、という結論になるし、まだまだ使える余地はあったのではないか、と思います」

-それは、レースを重ねていくことで少しずつ見えてきたことなんですか。

「今シーズンの我々は、エンジンが昨年から少し変わって、タイヤはブリヂストンからミシュランに変わって、さらにそこに共通ECUの制御が絡んで、というふうに変化点が多いシーズンだったので、混乱しないように特に気を配っていました。たとえばライダーが説明する事象に対しても、『それはどこから来るんだ、エンジンか? タイヤか? 制御か?』ということを開発側とレースの現場でしっかりと見極めながら、ひとつずつ切り分けていきました。チャンピオンシップを戦うために一番重要なのは、安定してポイントを稼ぐことなので、ライダー、チーム、メカニック、HRC開発陣がしっかり連携して、じっくりと取り組んでいきましたね」

-マルケス選手は、開幕直後から高いレベルで安定していたように見えましたが。

「マルクはシーズン前半からがんばってくれていましたが、他のライダーは、たとえばカルは全然ポイントを獲れなかったし、ダニも苦戦していたじゃないですか。シーズン中盤からHonda勢が全体的に良くなって行くわけで、ある程度は覚悟をしていたものの、なかなか思っていたとおりには進みませんでしたね」

-マルケス選手はシーズン前半から、我々に対して加速が課題だとずっと言っていました。

「まさしくそのとおりですね。データ上にも現れているし、映像を見ても明らかでした。やはりそれは我々ホンダらしくないよね、ということで注力してきたのですが、今のレギュレーションではシーズン中にエンジンを開発できないので、制御や車体の領域で対応してゆきました。あとは、タイヤをもっとうまく機能させるための取り組みを続けてきた、というところです」


#93

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-今シーズンは4メーカー9選手が優勝しましたが、それはECUソフトが統一されて全体のレベルが平準化された影響が大きいからなのでしょうか?

「制御だけではなく、タイヤの影響も大きかったと考えています。ミシュランは今年が初年度で、開発を進めて進化してゆくシーズンだったのだと思います。その進化していく過程で、ライダーの好みと合ったときにその影響が大きく現れたのだと思いますね」

-ペドロサ選手は、ミシュランの特性へ合わせるのに苦労していたようにも見えました。

「ダニは、去年のテストのときには一番順応度が高くて、全然問題はなかったんですよ。そこからタイヤの開発が進んでいく過程で、特性が変わってゆきました。どうしてもそれに対する好き嫌いって、ある程度は出るじゃないですか。プレシーズンから理解して順応してきたものがいきなり変わると、混乱しますよね。それが、ライダーが『信じる』ということにも影響する。これはモーターサイクルのいいところでもあり難しいところでもあるんですが、人間が信じると100パーセントの上を行く。でも、信じないと100パーセントに届かない。そうすると、タイヤに変化があったときに、上に行く人と下に行く人がいて、そのギャップが大きくて、それが今年の結果につながっていったのではないか、というのが私の個人的な印象です。
 ダニは経験が豊富な選手なので、最終的には上手く合わせこめるライダーなのですが、その豊富な経験が順応の邪魔をする場合もあったのかもしれません。自分の経験や知識に根ざした基準からずれていると、タイムが安定しないけれども、そのかわり基準に合ったときにはものすごいタイムを出すわけじゃないですか。ひょっとしたら、ロッシ選手やロレンソ選手も、似たような事情だったのかもしれませんね。結果的には、一番経験のないマルクが最も順応が早くて安定もしていましたが、それ以外の選手はダニ以外の選手たちも結構皆、山あり谷ありでしたから。タイヤなどの基準が安定してくるであろう2017年は、優勝する選手が今年よりも絞られてくるだろうと予測しています」


#93

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-ファクトリー以外のHonda勢では、ミラー選手がアッセンで優勝して、クラッチロー選手もシーズン中盤から安定して速さを発揮するようになりました。ラバト選手は最後まで非常に苦労をしていたように見えたのですが、その原因はどこにあったのでしょう?

「(苦労を強いられるのは)ティトだけだとは、我々は思ってないんですよ。Moto2からMotoGPに上がったときに、苦労しなかったのはマルクひとりだけですよ。Moto2の歴代チャンピオンを見てみると、MotoGPにステップアップした最初の年は、全員苦戦しています。レディング選手にしてもジャックにしても、そう。だから、ティトだけが苦労しているわけではないんですよ。昔を見ても、フレディ・スペンサーのようにいきなり速い人は他にいなかったから、伝説になったわけで、たとえばミック・ドゥハーンなんてチャンピオンになるまでは何年も苦労しました。ウェイン・レイニーの場合でも、そうですよね。そういった歴史を見ると、マルクのように最初から速いのはむしろ特殊な例だから、もっと長い目で見てあげなきゃいけないんじゃないかと思います」


#43

#35

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-マシンについては、今年はウィングレットにも大きな話題と注目が集まりました。ウィングレットは、走りに大きな影響をもたらす技術だったのでしょうか。

「我々がテストしていたなかでは、四輪のウィングほど劇的に効果のあるものではないです。しかし、そこはやはりモーターサイクルは人間の乗るものなので、ライダーに何か感じるものがあれば行ける、という意味では、充分に機能したんだと思います。ただ、数字だけで見る限りでは、さほど大きな要素ではなかったと思います」

-マルケス選手はウィングレット付きのバイクに乗っていましたが、ペドロサ選手の場合はウィングのない仕様にもよく乗っていました。

「ウィングがあるとウィリーしにくい反面、ハンドリングが重くスローになってしまう面もあります。マルクはそれでも自分で対応できるので、ウィングのある方を選択していました。一方、ダニの場合はあの体格なので、切り返しの多いコースでは重さが気になるので、ウィングのない方を好んでいました。ではウィリーのコントロールはどうするのかというと、自分で何とかする、というところに落ち着くわけです。
 物事には何でも必ず一長一短があって、ポジティブな面があればネガティブな面もある。そのどちらを優先するか、ということなのだと思います。ポジティブな面があるからやっていくんだというのがおそらくドゥカティの考え方で、我々の場合はポジティブもネガティブもあって、トータルのレースラップで考えたときにどちらでいくべきかという最終判断は、ライダーとエンジニアのミーティングで決めていきました。だから『これがなきゃダメだ!!』というようなものでもないと思います。実際に、最終戦後の事後テストでは、マルクはウィングなしのマシンで走りましたが、ラップタイムに大きな違いはありませんでしたからね」


#26

#26

-来年の話題といえば、エンジンにも注目が集まっています。あれはビッグバンと言っても差し支えないんですか?

「どうでしょう……、要するに、ビッグバンの定義って何だ、ということになるんですよ。我々の定義では、あれはビッグバンではない」

-では、何というんですか?

「爆発の間隔が違うだけ(笑)。ビッグバンというと、皆、同爆だと思うじゃないですか。そういうエンジンではないですよ」


国分氏

-92年のNSR500のエンジンが位相同爆……。

「あのときは、同爆なのでビッグバン。でも、今回は同爆じゃないのでビッグバンではないとうことになります」

-今回のエンジンは、いわゆる位相同爆を導入したときと同じ効果を狙ったものなんですか?

「(爆発の)変動が、どんなふうに性能に影響するか、ということをテストしました」

-一般的に言われるような、タイヤに優しいトラクションの特性にしていこうということですか?

「それだけではないですよ。たとえば最終戦では、マルクは途中からぐいぐい追い上げて行きましたが、ライバル陣営と比較したときに、タイヤに対してどちらのエンジンがタイヤに優しく、トラクションが良いのか、ということを考えると、単純にエンジンだけで決まるような話ではなさそうですよね。じゃあ、なぜHondaがそのエンジンを試しているのかというと、次のステップをどう踏んでいくのかと考えたときに、変化をさせることでポジとネガが見えてくるので、それをどう伸ばしていくのか、どう新しい取り組みをしていくのか、ということを見ているんですよ」

-では、2017年のエンジンはその方向で行くのですか?

「そのエンジンも、もちろんテストをしてゆきます」

-ということは、違う方向性のオプションもある?

「オプションはもちろんありますよ」


国分氏

-Moto3についても手短かに聞かせてください。今年はチャンピオンを逃してしまいましたが、Honda陣営のMoto3の選手たちに話を聞くと、皆が口を揃えたように旋回性がいい、と言っていました。

「それは間違いないですね。NSF250RWは、よく曲がる、と褒めてもらえた初めてのバイクですから(笑)。今年はMotoGPもMoto3も旋回性が良く、そのぶん、加速面などではHondaらしさがなくなった部分ではあるんですが、さらなる進化につながるポジティブなシーズンでした。車体は非常にポテンシャルが高いので、課題はエンジン。加速性です。車体とエンジンの両面で、加速を改善してゆきます」

-2015年はチャンピオンを獲得しましたが、2016年はシーズン前半に良い勝負をしていたものの、中盤以降はライダーの怪我などもあって、大きく離されていきました。

「ポテンシャルを存分に出し切ったのが、経験のあるビンダー選手でしたね。ヘレスのレースは特に象徴的で、最後尾から追い上げて優勝しました。Honda勢は、若くて優秀な選手がたくさんいましたが、シーズン中に波に揉まれてしまった印象ですね」

-ランキング首位を争っていたホルヘ・ナバーロ選手は、怪我でチャンピオン争いから脱落してしまいましたが、デビューイヤーのファビオ・ディ・ジャンアントニオ選手が良いパフォーマンスを見せていました。

「彼は、シーズン途中からセットアップの別案を教えてあげると、どんどん調子を上げてきました。若いライダーでも変化に気づけばモチベーションが上がるので、私も若い子たちのところへは何度も行きましたよ。行くだけで0.1秒でも速くなってくれるなら、何回でも行きますよ(笑)。
 

 来年のHonda勢のライダーラインナップは、層が厚くなりますよ。エネア(・バスティアニーニ)にも期待をしていますし、アーロン(・カネット)も初年度から速さを発揮していたので、2年目の来年は安定性が課題ですね。あとは、ホアン・ミルにも期待しています。さらに日本の選手。鳥羽海渡君と佐々木歩夢君は1年目ですが、ふたりともポテンシャルはあるし、シモンチェリのチームに入る鈴木竜生君も活躍すると思います。2017年のMoto3は、期待できますね」


若手


Honda篇の後編は、今年4月にHRCを勇退する中本氏が登場します。知られざるレースとのファーストコンタクトの逸話も。どうぞお楽しみに。

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