伊藤真一や井筒仁康、出口 修が世界耐久選手権に参戦──第80回ボルドール24時間耐久レース・レポート──プライベートチームが、世界チャンピオンを夢見たっていいじゃないか!

YAMAHA

 真夏の祭典「鈴鹿8時間耐久」(鈴鹿8耐)は、日本で1番有名なバイクレース、バイクブームと言われた80年代から90年代初頭までは10万人を超える観客を集めていました。世界中から選りすぐりのライダーが集まる華やかな大会は、近年、ジワジワと人気が復活し6~7万人と観客数が増えています。昨年ユーロスポーツ(欧州のスポーツチャンネル)が世界耐久選手権(EWC)の放送に着手、鈴鹿8耐はライブ中継されました。時差があるにも関わらず、最高視聴率を記録、加入者が4000万人も増えたそうです。初めて鈴鹿8耐を見たユーロスポーツイベントのフランソワ・リベイロ氏(キアヌ・リーブスを8耐に呼んだのもこの方)は「この大会こそ、世界耐久チャンピオンが誕生する場に相応しい」と、鈴鹿8耐をEWCの最終戦にする、と決めたのです。とはいえ、EWCは長い伝統あるシリーズ戦、最初は誰も本気にしなかったといいます。それでも諦めずに説得を重ね大改革が成し遂げられたのです。今季のシリーズ戦は8月末で終了。9月開催の第80回ボルドール24時間耐久が2016-17年の開幕戦となったのです。



左がユーロスポーツイベントのプレスオフィサー上松美紀夫氏、鶴田監督、出口、エルワン、そしてユーロスポーツイベントのリベイロ氏


開幕戦となったポールリカール・サーキットには、24時間という長丁場のレースを楽しむ多くのファンが訪れる
左がユーロスポーツイベントのプレスオフィサー上松美紀夫氏、鶴田監督、出口、エルワン、そしてユーロスポーツイベントのリベイロ氏。 開幕戦となったポールリカール・サーキットには、24時間という長丁場のレースを楽しむ多くのファンが訪れる。

 リベイロ氏は「EWC参加チームが増えてほしい」と日本チームの参加を奨励。この呼びかけにフル参戦を表明したのがTRICK STAR RacingとF.C.C TSR Honda。日本を代表するチームです。
 TRICK STARは2012年鈴鹿8耐でGMT94 YAMAHAと暗闇の中で3位争いを展開、出口修(TRICK STAR)がエンジントラブルでストップ、GMT94が3位表彰台獲得という劇的な幕切れとなりました。その後GMT94のクリストフ・グィオ監督からTRICK STARの鶴田竜二監督に感謝の手紙が届きました。
「鈴鹿8耐はワークスチームが多数参戦する厳しい戦いで表彰台に上がれたのは、あのバトルのおかげだ」と……。
 鶴田監督は感銘を受け「世界の強さを学びたい」と2013年ルマン24時間耐久に出かけたのです。この時、TRICK STARは9位。それでも初参戦で完走を果たしたことに称賛が集まりました。ですが、鶴田監督は「準備不足」だったと悔しさを抱えることになります。あれから3年、鶴田監督は力を蓄え「僕たちのようなプライベートチームでも世界チャンピオンを夢見ることが出来る」とフル参戦を決意します。
 TSRは鈴鹿8耐で優勝経験のある強豪チーム、今年のルマン24時間耐久に初参戦で3位となり、そのまま、フル参戦しランキング7位を獲得しました。藤井正和監督は「世界耐久に来ると、自分が、まだ、若造なのだと思い知らされる。それでも、世界1になれる可能性はある」と2年目のシーズンに挑みます。



TSRの渡辺、藤井監督、伊藤、ダミアン、リザーブライダーのアウトゥーロ・テイゾン。渡辺とダミアンはルマン24時間で3位を獲得しています。伊藤は24時間初挑戦ながら、皆を驚嘆させる走りを見せました


TRICK STAR集合、ルマン24時間に参戦した時に比べると少数精鋭、それぞれの仕事をきっちりとこなして表彰台を獲得しました
TSRの渡辺、藤井監督、伊藤、ダミアン、リザーブライダーのアウトゥーロ・テイゾン。渡辺とダミアンはルマン24時間で3位を獲得しています。伊藤は24時間初挑戦ながら、皆を驚嘆させる走りを見せました。 TRICK STAR集合、ルマン24時間に参戦した時に比べると少数精鋭、それぞれの仕事をきっちりとこなして表彰台を獲得しました。

 ボルドール24時間耐久にはTRICK STAR(出口修、井筒仁康、エルワン・ニゴン)、TSR(伊藤真一、渡辺一馬、ダミアン・カドリン)のラインアップがエントリー。舞台はポールリカールサーキット。フランス南部、マルセイユ近郊のル・キャステレ村にあるコースは、1周5.809kmに1.8㎞のミストラルストレートがあることで知られています。この直線、350km/hものスピードを記録します。その直線を軸に回り込んだコーナーが14。海が近いコースは、寒暖の差が激しく、そして、ミストラルは強い季節風の意味、ですから強い風でも有名。そして、自在にウェットコンディションを作りだすことが出来る設備があり、また様々なテストのため自在にレイアウトを変えることから、ブルーと赤のラインが幾重にも引かれ、どこが本コースなのか見分けるのが難しい。この難コースに彼らは挑みました。



コースにはブルーのラインが幾重にも引かれています
コースにはブルーのラインが幾重にも引かれています。

 24時間も走るのに、事前の走行は、驚くほど短く、火曜日のフリー走行があり、木曜日と金曜日の予選は、各ライダー20分しか走る機会はなく、短時間でコースの特徴を掴み、マシンセッティングを導き出さなければなりません。おまけに金曜日は雨が降りました。最終グリッドは木曜日のタイムで決まり、予選1番手はGMT94。2番手にはSuzuki Endurance Racing Team(SERT)。3番手SRC Kawasaki。4番手にTSRが食い込みます。5番手はHonda Endurance Racing Team、6番手にはYART Yamaha Official Team。7番手にTRICK STAR。EWCで15回ものタイトルを獲得しているSERTのドミニク・メイアン監督(70)は「トップ10にいるチームには優勝の可能性がある」と語りました。またクリストフ監督は「鈴鹿8耐には鈴鹿8耐の、24時間には24時間の難しさがある」と……。
 決勝日には青空が広がり少しだけ秋の風を感じますが、強い陽差しを浴びてライダーたちはグリッドに付きます。急遽参戦の決まったTSRの伊藤真一は2年ぶりのレース、それも24時間という無謀とも言える挑戦です。ロードレースの最高峰世界選手権(WGP)で活躍していた伊藤はレジェンドライダーで世界チャンピオンのバンサン・フィリップが挨拶に訪れました。欧州ではレース人気は高く伊藤の活躍を覚えている人がたくさんいるのです。TRICK STARの井筒もワールドスーパーバイク選手権(WSB)で活躍しており、ふたりを知るファンが多くいます。また参戦ライダーもWGPやWSB経験者が多数いて、ライダーのレベルはとても高い。そして耐久スペシャリストと呼ばれる強者たちが顔を揃えています。



エヴァンゲリオン初号機トリックスターとして挑んだトリックスターの応援に綾波レイが駆けつけた。ピットウォークでも大人気、たくさんのパラソルギャルがいましたが、清楚で美しく、他を圧倒していたように思います


鶴田監督とGMT94のクリストフ監督、TRICK STARが世界耐久参戦のきっかけを作った人物。お互いをリスペクトしつつ切磋琢磨するライバルでもあります
エヴァンゲリオン初号機トリックスターとして挑んだトリックスターの応援に綾波レイが駆けつけた。ピットウォークでも大人気、たくさんのパラソルギャルがいましたが、清楚で美しく、他を圧倒していたように思います。 鶴田監督とGMT94のクリストフ監督、TRICK STARが世界耐久参戦のきっかけを作った人物。お互いをリスペクトしつつ切磋琢磨するライバルでもあります。


カワサキファンは目立っています。カワァ~カワァ~カワサキと独特のリズムで歌を歌って激励、のりのりの応援が特徴です。とにかく陽気!


オフィシャルも24時間見守りますが、何交代制かで、オフィシャル用車両が回っていました。地元のボランティアの方が多く、伝統の戦いを支えてくれています
カワサキファンは目立っています。カワァ~カワァ~カワサキと独特のリズムで歌を歌って激励、のりのりの応援が特徴です。とにかく陽気! オフィシャルも24時間見守りますが、何交代制かで、オフィシャル用車両が回っていました。地元のボランティアの方が多く、伝統の戦いを支えてくれています。

 決勝のスタートは15:00。スタートからトップに立ったSERTは、夕暮れから暗闇が訪れ、3度もペースカーが入り、20℃から12℃と冷え込んだ夜間走行でも、朝焼けの眩しい陽射しの中でも、一度も首位を明け渡すことなく687周を走り圧巻の開幕勝利を飾ります。678周を走ったSRCはSERTに負けない俊足を誇りますが2度のアクシデントで後退、その度に迅速なマシン修復を行い、追い上げ順位を挽回、これぞ耐久という走りを貫いて2位を獲得します。
 TRICK STAR はスタートライダーを務めたエルワンがトップ争いを繰り広げ3番手で出口にバトンを繋ぎ、井筒へと交代、そのローテーションを繰り返し走り続けます。ポジションは4番手に後退から2番手に浮上、3番手キープと変動しましたが、それはライバルたちの動向によるものでTRICK STARは、常に一定のペースを守りました。オイル漏れのトラブルがあり、ピットでは、その処理で他チームよりもピットストップ時間が長くなってしまいますが、それを、確実な作業とライダーの頑張りで補って行きました。スタッフは不眠不休の作業をこなし、乱れることのないピットワークを繰り返すのです。エルワンは耐久ライダーの貫禄を示しチームを根底から支えました。出口は走る毎にタイムアップ、本来の力を示します。井筒は走りだけでなく、鶴田監督のサポートもこなし、ライダーをまとめ上げました。鶴田監督は全ての動きに目を配り指示を出し続けました。そして676周を走り3位を獲得するのです。



決勝日の夕焼け、ミストラルストレートは長く、起伏があります
決勝日の夕焼け、ミストラルストレートは長く、起伏があります。

 TSRの伊藤は、左目を痛め、右目だけを頼りに走行を重ね、その無理がたたり、夜間走行時に身体が動かなくなり渡辺が連続走行しました。しかし交代はその1度だけで、49歳は走り切りました。TSRもトラブルがあり、それを修復するためにピットストップが長くなることがありましたが、ダメージを最小限に留め、674周を走り5位でチェッカーを受けました。藤井監督は「走り切れた充実感は大きい。5位はいいスタート」だと語りました。GMT94はアクシデントから追い上げ9位となります。Honda Endurance Racing Team、YART Yamaha Official Teamは上位に顔を出しますが、転倒やトラブルなどでリタイヤとなりました。55台がスタートし、22台がリタイヤの激しく厳しい戦いでした。



エルワンの走り


夜のピット作業
フランス人のエルワンは、参戦準備からチームを支えました。 夜のピット作業時間もモニターに写し出され速さを競います。

 TRICK STARのスタッフは最後のライダー交代を終えると祈るような気持ちでモニターを見つめました。ラスト10分になると、ピットを飛び出しフェンスによじ登り、井筒のチェッカーを見届け歓声を上げました。表彰台では、優勝したSERTの栄誉をたたえ高らかにフランス国歌が流れると65000人の観客が大合唱、最高潮の盛り上がりを見せます。優勝したSERTもSRCも24時間耐久で何度も勝っている名門中の名門、そのチームとTRICK STARが並んでいます。2本のフランス国旗と一緒に日の丸が抜けるような青空をバックに誇らしげに揺れていました。
 井筒は「奇跡だね」と語り、出口は「きっちり勝負して、表彰台に立てたことが嬉しい」と感涙。エルワンは「ボルドール24時間で日本人チームが3位になるなんて、信じられないくらいに凄いことなんだ。フランス人はみんな驚いている」と語りました。鶴田監督は「ルマンから成長した姿を見せることが出来て嬉しい。表彰台からの景色は素晴らしく、周りが外国人ばっかりだから、自分がハリウッド映画の登場人物になったような気分だった。エルワンは24時間で何度も勝ったことのあるトップライダー。彼がこのチームでやりたいと言ってくれたことに感謝。出口は耐久チャンピオンになるために全てを捧げているライダーで、その気持ちが伝わる走りをしてくれた。井筒は素晴らしい判断力でライダーをまとめ、自分を助けてくれた。そして、スタッフは鈴鹿8耐から、この参戦準備のために休み返上で尽くしてくれた何よりの功労者。支えてくれた全ての人に感謝しかない」と語りました。



井筒
井筒は3年前のルマン24時間耐久はサポートに回りましたが、今回はライダーとしてしっかりと走り切り、チェッカーライダーを務めました。


最後のライダー交代、エルワン・ニゴンから井筒仁康に交代、スタッフは表彰台獲得を信じて、送りだします


井筒を待つトリックスターのスタッフたち、チェッカーフラッグを見届けようと、フェンスによじ登ります。他のチームの人たちも同じ、完走したライダーを讃えます
最後のライダー交代、エルワン・ニゴンから井筒仁康に交代、スタッフは表彰台獲得を信じて、送りだします。 井筒を待つトリックスターのスタッフたち、チェッカーフラッグを見届けようと、フェンスによじ登ります。他のチームの人たちも同じ、完走したライダーを讃えます。

 ドミニク監督は「耐久には映画のような深い感動がある」と教えてくれました。彼はEWCのスター、ライダーは変わっても、監督は変わらず表彰台で勝利のトロフィーを掲げて来ました。監督としてのキャリアは35年にもなるのです。エンジンの載せ替えを約1時間(通常は24時間くらいかかるらしい)でこなす素晴らしいスタッフを抱え、燃費計算、タイヤ選択、ライダー交代のタイミングなど、判断しレース流れを読み、指揮して勝利を導き出す姿は圧巻。SRC監督のジル・スタファは28年のキャリアを持ち、SERTのライバルとして知られています。ちょっと怖そうなのですが、同じカワサキマシンを駆るTRICK STARの心配もしてくれ3位になったことを「自分のことのように嬉しい」と讃えてくれました。クリストフ監督も「素晴らしい活躍だ」と祝福に訪れていました。



ポールリカールのピットビルの屋上から、最後のチェッカーを見届けようと集まった人が見えます。綺麗なお青空が広がり、眩しい太陽の光は、寝不足の人々を容赦なく照らしていました
ポールリカールのピットビルの屋上から、最後のチェッカーを見届けようと集まった人が見えます。綺麗なお青空が広がり、眩しい太陽の光は、寝不足の人々を容赦なく照らしていました。


真ん中で巨大なトロフィーを掲げるSERTのドミニク監督、誰よりも強い存在感を放つ、そして、誰よりも声援を集めるスター、日本人ライダーの北川圭一は、ここで世界チャンピオンライダーになりました


記者会見ルームで、1位、2位、3位となった監督たちは、仲良く並んでライダーたちの声を聞いています。ドミニク監督もジル監督も鶴田監督が憧れ目標とする監督です
真ん中で巨大なトロフィーを掲げるSERTのドミニク監督、誰よりも強い存在感を放つ、そして、誰よりも声援を集めるスター、日本人ライダーの北川圭一は、ここで世界チャンピオンライダーになりました。 記者会見ルームで、1位、2位、3位となった監督たちは、仲良く並んでライダーたちの声を聞いています。ドミニク監督もジル監督も鶴田監督が憧れ目標とする監督です。

 ライバルではあるけれど、24時間には不思議な連帯感が生まれる気がします。参加した全てのチームに完走してほしいと願うのです。リタイヤしてピットが暗くなると、胸を締め付けられるように悲しくなってしまう。もう一度、エンジンに火が入り、最後まで走り切ってほしいと願う。そして、表彰台にたどり着けたら、それは、胸を焦がす歓喜なのです。関わった人々は泣き笑いで互いの健闘を讃えあいます。
 何を好き好んで、苦行のような耐久レースに挑むのか、実は、よくわからないのですが、チームワークで勝ち取る感動の深さは、特別なのだろうということ。監督の采配という深みが加わり、レースの魅力が何倍にも増すのだと感じます。決勝朝から、チェッカー後のかたづけを終えて、ベッドに転がり込むまで40時間以上は起きているという事実を、信じられないと思うけど、たぶん、24時間耐久レースに関わった人は、また、あの戦いの渦に浸りたくなるのです。
 そして、来年の鈴鹿8耐では、シリーズチャンピオンが決まる。どんなドラマが待っているのだろうと考えています。世界チャンピオン決定戦にTRICK STARもTSRも加わっていてほしい、きっと、加わっているはずだと思うのです。そう思わせる素晴らしいレースを見ることが出来ました。
 最後に内緒の話、リベイロ氏は、ベルギーにある伝説のサーキット、スパ・フランコシャンでも24時間耐久をしようと画策しているそうですよ。凄い……。(文・佐藤洋美)



ライダーがブーツを投げたので、それを受取ろうと手を伸ばす観客たち
ライダーがブーツを観客にプレゼント、それを受取ろうと手を伸ばす観客たちは大歓声を上げながら、サプライズを楽しんでいました。