2016年夏 「還暦記念 久々の北海道(道東&道央、東北も)ひとり旅」・前編 霧、霧雨、曇り、晴れ間、と天気に翻弄されて、一喜一憂

●文・写真-野口眞一
●取材協力ーYAMAHA http://www.yamaha-motor.co.jp/mc/・Y`S GEARhttp://www.ysgear.co.jp

 長距離フェリーに乗るのは十数年ぶりだった。八戸港を22時に出て苫小牧港に翌朝6時着。いろいろ調べ、船中泊して朝から走れるので効率がいいと考え、シルバーフェリーのこの航路・ダイヤを選択した(二等客室+バイクで1万2000円)。7月29日、金曜日。午後4時頃、八戸の街に着くと、急に雲行きが怪しくなって、夕立。大型ショッピングモールの一階駐車場で雨をしのぎつつ休憩。小一時間で雨は上がり、フェリー乗り場へ。学生はもう夏休みだし、金曜日の夜便だったため、団体客も含めて北海道を目指す人たちは多く、ほぼ満員状態でバイクは20台くらいだった。船は定刻に出港した。


山形の友人宅で世話になり、八幡平に寄ってから八戸に。

 今回の北海道ツーリングを思い立ったのは1年ほど前だった。“来年の夏は俺も還暦だな、それを機に、久しぶりに遊びで北海道一人旅に出てみよう。35年続けてきた二輪雑誌の仕事からも退いて、生き方に区切りをつけるか…”。当初は1997年から19年乗り続けたトライアンフ・サンダーバード(水冷3気筒)で、と思っていた。本州のほとんどを走り、四国、九州も旅したが、北海道は未踏だったので、最後に走りたかった。だが、この半年間、マイナートラブル続きで悩まされていた。エンジンは快調だが、乗り手同様、細部にガタがきている。旅の途中で不具合が出たら、型は古いし外車だし、どうしようもない。

 というわけで、ヤマハのMT-07Aを貸してもらえることになったこともあり、8万km余り走ったサンダーバードは手放すことにした。MT-07は1年ほど前から、次に乗るバイク候補の筆頭に挙げていた。仕事で何度か試乗し、総合的に気に入っていた。荷物が多くなる長旅なので積載性の面が懸念されたが、Y`Sギアのサイドバッグとタンクバックも貸してもらえることになり、払拭。日程は当初7月26日から8月3〜4日まで、と考えていたが天気予報がよくなかった。東京はもとより、東北も北海道もその週は曇り雨マークが並んでいて数日前から気をもんでいた。それで予報を信じ、2日ずらして28日に出発することにした。

 初日、7月28日、6時に起きて外を見ると空には雲が広がっていた。が、予報は曇りで降水確率は低かった。7時過ぎ、前夜に済ませておいた荷持をMT-07に積み、女房に見送られて出発。首都高速から東北自動車道へ。高速道路は混雑する地域を避けるためにだけ使う。佐野藤岡ICで降りてしばらく北上し、R121に入る。日光、鬼怒川あたりまで曇り空が続いたが会津田島に近づくと晴れ間が出始めた。ありがたい。田島で昼食後、下郷へ。そこから大内こぶしラインに入って快走。晴天の下、会津坂下~喜多方と進み、再度R121で日中トンネルをくぐって県境を越えれば、山形の白鷹町は近い。

 この町には高校時代からの40年来の友人がいて、東北を旅する時は必ずといっていいほど寄り、世話になっている。今回は北海道へ渡るルートをいくつも考えた。大洗か仙台〜苫小牧のフェリーがある。新潟〜小樽の航路もある(20年前、バイク仲間数人と北海道を旅したときはそのフェリーを利用)。でも今回は道東と道央を巡ることにしたので、小樽上陸はなし。青函フェリーも効率がよくない。八戸〜苫小牧か、秋田〜苫小牧東か。ダイヤを確認した結果、往路は前者を、復路は後者を利用することにした。



MAP

 若い頃なら一気に八戸まで高速をつないで走って行ったかもしれない。だが歳なので、山形で1泊してから八戸に行くことにしたのだった。夕刻、友人宅に到着し、いつのもように歓待を受ける。ビールやウイスキーを飲みながら友と語らい、最後は訳のわからない話になったが、23時頃になり、布団に入るとすぐ眠れた。本日の走行距離393km。


 29日、金曜日。朝食をいただいて荷造りし、8時頃出発。晴れて午前中から気温が上がり、暑い。R287〜R347とつなぎ、R13に出て、尾花沢、湯沢、横手を過ぎ、大仙からR105にスイッチ。角館からR46を経由してR341を北上する。天気が良ければ、数年前の東北ツーリングのとき雨天で断念した八幡平アスピーテラインを走りたいと思っていた。時間は充分ある。八戸には20時頃までに着けばいい。空いていて、適当にコーナーもあるR341を爽快に走る。アスピーテラインも平日だったから交通量は少なめで、気持ちよくコーナリングできた。岩手県側を下って、2時過ぎ、遅めの昼食を摂る。

 その後、県道をいくつかつないでR4に。秋田も岩手も全域晴れていて暑かったが、青森県に入ると雲が増えて、天気が怪しくなった。南部町からR104に乗り換え、八戸港へ着いたのは17時頃。夕立はいったん止むも、夜になってまた降ったりやんだり。出港まで5時間近くあったのでヒマを持て余した。でも刻々と時は過ぎていった。乗船後、風呂に入りビールを飲みながら、ターミナルの売店で買った焼きサバ寿司で夕食。23時に消灯となり、おとなしく就寝。さあ、いよいよ明日は北海道だ。本日の走行距離456km。



幡平アスピーテライン


八戸港
念願だった八幡平アスピーテラインは霧も出たが、やはりいい道だった。 7月29日。八戸港22時出港のフェリー乗船を待つ

40年ぶりに訪れた襟裳岬は大きく変貌していた。


MAP01

 7月30日。4時頃目覚める。よく眠れた。デッキに出ると周囲は濃霧。う〜ん、大丈夫かな。港に着く頃に晴れてくれればいいけど…。祈りながら荷物をまとめて、接岸を待つ。6時、定刻に到着。残念ながら港も濃い霧に包まれ、走りだすと霧雨に。ただ、カッパは着ず、メッシュジャケットの上にウインドブレーカーを着用してR235を東南に進む。しばらくすると霧は晴れ路面もドライに。よし! 雲は多いものの時折薄日も差すようになった。競走馬を育てている牧場が多い日高町を過ぎたあたりから国道は海沿いとなる。が、またも霧が出てきて海は見渡せない。8時頃、静内町の市街地で軽く朝食(朝マック)。その後は薄曇りの空の下、道なりに海岸線のR235〜R336を走る。




苫小牧港


R235
7月30日朝、着いた苫小牧港は濃霧で地面も濡れていた。


日高町の国道沿い
日高町の国道沿いにはいくつも大きな牧場があり、お馬さんが。 R235を進んでいくとまだ霧は消えなかったが路面はドライに。

 行く先の道央や道東の天気予報は曇り雨マークだったが、なんとかもってほしい。そう願いつつ、浦川、様似の町を過ぎ、襟裳岬に向かって県道34号へ。ちょうど40年前、MT-07と同じ並列ツインのTX500で北海道ツーリングをした時以来の襟裳だ。道南や道北は約30年前の私的ツーリングで回ったし、道東の知床〜網走周辺も20年前にグループツーリングで訪れたが、襟裳周辺は40年ぶりなのだ。草原のなかをアップダウンする県道を颯爽と駆けながら「♪北の街ではもう〜…えりもの春は何もない春です~♪」と、ヘルメットの中で鼻歌。だが、岬に近づくとまたも濃霧。おいおい、たのんますよ〜。

 岬には食堂や土産物を売る観光センターが建っていた(30年ほど前にできたらしい)。「風の館」なるものも造られ、灯台や岬先端への遊歩道も整備されている。至近に宿も一軒。40年前は歌の文句どおり、灯台だけで何もなかった。当時は旅の自由度を高めるため、宿の確認や予約はしなかったし、キャンプ場も近くになかったので、夕刻に岬に着いた俺は、仕方なく岬の崖に近い草原でひとり野宿した。朝露に顔を洗われて起きたっけ…。霧はなかなか晴れず、突端の断崖下の美景は少し見えただけだった。




襟裳岬灯台


40年ぶりの襟裳岬
40年ぶりの襟裳岬は霧が立ち込めて、きれいな景色は拝めず。


風の館
襟裳岬灯台も霧の中に煙っていた。灯台自体は昔と変わらない? MTの後ろにあるのが「風の館」。岬は強風が多いことに因むらしい。

 11時半、昼飯には少し早かったが、食堂に入ってミニうに丼を注文。普通のウニ丼は3000円くらいでスーパーウニ丼は約4000円。ほかにも海産のどんぶりや定食、ラーメンなどメニューは豊富だ。あまり贅沢できないし、ウニばっかり多くても、と思ってミニうに丼を選んだのだが、ちょうどいい量で小鉢なども付いていて、なかなかおいしかった。(約1800円)。すっかり様変わりしていた襟裳岬を後にして県道からR336に戻って北上。黄金道路と呼ばれる、襟裳町庶野~広尾町までの約30kmを走る。

 この区間は断崖海岸道路のため、建設費用が予定より大幅にかさみ、黄金を敷き詰めるくらいになったため、そう呼称されることになった。時折美しい海岸線を見ながら走れるがトンネル部が多い。40年前に走った時は一部がまだ未舗装で、トンネルはこれほど多くなかったような気がするけど、俺の記憶違いだろうか。トンネルの内部はまだ比較的新しい感じがしたので、トンネル部は近年改装工事されたのかもしれない。ともあれお天気は良くなってトンネル部以外では日差しを浴びて走れた。また、右側海岸の海面には毛嵐が発生。それが左側の山のほうに駆け上がっていく光景も見ることができた。



ミニうに丼


襟裳の道道34からの眺め
襟裳岬で食したミニうに丼。海藻の味噌汁、イカわさび、たくあん付き。 襟裳の道道34号からの眺め。広がる草原の後ろの山並みには厚い雲が。



襟裳岬の道道からR336


道道55沿い
襟裳岬の道道からR336に入ってすぐの黄金道路入口付近。景色がいい。 道道55号沿いの風景。広大なファームが左右に展開している。


北海道初日に泊まった宿はとてもユニークだった。

 広尾町からR236に移って北へ。大樹町に入ってからも陽光の下を走れて、よしよし! 八戸の夕方と苫小牧からしばらくの間、濡れた路面を走ったため、バイクとサイドバッグがずいぶん汚れていたのでGSに寄って洗車。このお天気が続いてくれれば…(だがそうは都合よくいかなかった)。清水町にある北海道1泊目の宿を目指して帯広郊外の中札内村から道道55号に入る。この道の左右には大農場が多く、その風景は雄大で欧州の田園風景のようだ。北海道の牧場や農場は開拓されてから百数十年前後のところが多いと思われるが、未踏の原野、原生林を切り拓く苦労はいかばかりだったろう。

 そんな感慨にふけりつつ歩を進めたが、空は濃い灰色の雲に覆われ、時折ぽつぽつと雨粒が落ちてきたりした。なるべく空が明るい方向のルートを取ろうとも思ったが、迷って方向違いに進めば面倒だ。しかし道道55号は直線と直角交差点の繰り返しで、遠回りして周辺をぐるぐる回されているような気がして、目的地にたどり着けるのか、不安を覚えた。天気はなんとかもって、カッパの出番はなし。ただ、宿の所在が分かりにくく、行きつ戻りつした後、人に尋ねて細道を走り、農場の中の一軒家にようやく到着。17時頃だった。

 その“旅人の宿”はこれまで経験したことのないユニークな形式の宿だった。基本的には1人でもOKで、若い旅人のために男女別の相部屋利用を前提としていて、そういう場合は宿泊費が格安になる。食事も、なし(素泊まり)、朝食のみ、夕食のみ、2食付き、が設定され、客の都合や好みで選べる。俺は個室の2食付きで予約した。宿主は30代半ばと思しき人で、京都府亀岡市の出身。20代の頃北海道を旅して気に入り移住を決めて5年ほど前から宿を始めたという。建物は以前農家だったもので、それを譲り受け、自作でいろんな設備を整えたようだ。手作り感はそこかしこに見られた。

 通された部屋は4畳半くらいで2段ベッド付き。まずは風呂に入り、19時ころから夕食。広い居間のテーブルを囲んで、一人旅の客が俺を含めて3人。ひとりはレンタカーの一人旅。もう一人は中国人で、7〜8人の中国人ツアー客を引き連れてやはりレンタカー(ハイエース)で北海道を回っていた。客はホテルか旅館で、運転手兼ツアコンの彼はなるべく安い宿に一人で泊まっているらしい。ふたりともに30歳前後と思われた。

 面白いのはこの3人と一緒に、宿主が同じテーブルについて、大皿に盛られた夕食のメニューを取り分けていろいろ話しながら一緒に食事することだった。満室に近い多忙日でない場合はそうしているという。珍しい貴重な経験をさせてもらった。食事も納得できるものだった。俺のような年寄りのライダーがひとりで泊まるケースは少ないだろう、と思われるタイプの宿で、事前にネットで見た写真や情報と多少異なるところもあったが、外したとは思わなかった。23時頃、消灯、就寝。本日の走行距離378km。



まっすぐな道道
農場が続くなかを貫く、まっすぐな道道。長い直線路は北海道では珍しくない。


旅人の宿
農場の中の一軒宿“旅人の宿”は砂利道の先にあった(写真は朝、発つとき)。

二転三転する天気を経て、着いた宿の主と意気投合。


MAP2

 昨夜、夕食時過ぎから降り出した雨は、その後、激しくなったが、7月31日の朝にはやんでいた。よかった。ただ、行く予定の道東=釧路〜根室方面の予報は芳しくなく、曇り雨マーク。降水確率も50%前後で高めだ。寝覚めよく6時前に起きて7時に朝飯をいただき、8時前に出発。雨に降られたくないので、なるべく空の明るいルートを選択して霧多布岬〜根室を目指す。まずR274で鹿追町〜士幌町まで進み、R241に乗り換えて足寄町まで。足寄からR242で本別町。そこから再びR274で白糠町に向かう。この区間は山間部で信号はほぼゼロ。すれ違う車は数台で追い付き追い越される車もなく、俺専用の道路みたいだった。キタキツネにも出会えたし、晴天下なら最高だったろう。

 足寄過ぎまで雲は多いが薄日も差した。だが白糠手前から雲が下がってきて、白糠〜釧路までのR38は霧雨となった。ただ、カッパは不要という程度。釧路に入ると明るい曇り空となり、昼食を摂って、釧路湿原に向かう頃には雲が割れて陽光も降り注ぎ、いいぞ! 湿原は広大で素晴らしい眺めだ。釧路からR44で厚岸に向かい、その後道道123号で霧多布岬を目指す。この地域=厚岸〜霧多布は霧が多い(だから霧多布)。赤い厚岸大橋も霧に包まれていた。アップダウンが続く海岸線を進むと、霧は次第に湿度を増して霧雨となり、路面を濡らし、俺とMTにもまとわりついてくる。あ〜あ、またかよ。

 ウインドブレーカーを着ていたので上半身は大丈夫。下半身は防水ブーツだが、ひざ下あたりの前面に前輪が跳ね上げた雨水がかかる。でも、カッパは着ない。道は海岸線を走っていて展望台もあるが、霧でまったく見えない。たどりついた岬も霧の中だった。日曜日だが天気が悪いからか観光客の姿はまばらだった。立派なキャンプ場が出来ていたのには驚いた。バンガローもたくさん建っていて、その駐車場にバイク数台。昔は木製看板が突端に建てられていただけで、施設のようなものは何もなかったと記憶するが…。霧は次第に水気の多い霧雨に変わって、それから逃げるように先を急ぎR44に戻る。



無料の高速道路


釧路湿原
道東でも道央でも無料の高速道路が多かった。でも俺の旅には不要。 釧路湿原は有名な展望台から眺めなくても圧巻のスケールで美しい。



厚岸大橋


薄紫の可憐な花
霧多布岬への道筋。赤くペイントされた厚岸大橋も霧に包まれていた。 霧多布岬手前の草原に咲いていた薄紫の可憐な花(名前は不明)。



霧多布岬


R44沿い
その名のとおり、襟裳岬以上に濃い霧に包まれていた霧多布岬。 R44沿いも牧場や草原が多い。黒い円筒物は飼葉をまとめたもの。

 雲は低かったがR44の路面は乾いていた。よかった。燃料計が点滅していたので根室市の入口あたり、R243との交差点にあるGSに入る。給油して一服。今夜の宿は根室市内だ。人のよさそうな年配の店員さんに地名と宿の名を言って所在を尋ねると、とても詳しくて、親切に教えてくれた(ほかに候補に挙げていた花咲港の民宿のこともよく知っていた)。約20km先のR44号沿いにあるという。もう着いたようなもんだ。宿泊地の宿は何軒も候補を挙げて優先順位をつけ、前日に電話して予約、という方法をとっていた。

 17時過ぎ、宿に到着。出てきた女将さんに「バイクを入れるガレージはありますか」と問うと「ないんですよ。シートでもかけますか?」。すぐにブルーシートとひもを持ってきてくれた。荷物をほどいてまずは風呂に。その後テレビで気になる明日の天気予報をチェック。だが昨日今日と同じような予報で芳しくない。まあ、カッパを着るほどの降りにならなきゃいいか…。宿泊客は俺のほか中年の男性1人だけだった。19時、食堂に行くと、海の幸が並ぶ膳が用意され、花咲ガニも。客が二人だけで手が空いていたこともあろうが、女将さんは親切で、自ら「カニの殻、むきましょうか」と言って、身を取ってくれた。

 バンディット1250に乗っているという主人とも語らう。気持ちよく話し始めると俺と同い歳だという。さらに会話は弾み、子供のことも話題に。根室についての情報は意外だった。人口は約2万5000人で全盛期の半分に減っており、過疎化が進んでいるとのこと。釧路と同じくらいの規模だと思っていたが…。楽しい時間を過ごし、20時半頃部屋に戻る。夕方到着したとき外観を見て、失敗したかもと思ったが、食事は美味かったし、ご夫婦の人柄がよくて、部屋も風呂も不満のないものだった。民宿・四島の家(しまのいえ、と読む)。根室に宿泊予定のライダーにお勧めの一軒だ。本日の走行距離387km。



根室手前のR44


春国岱
道道123号を後にしてすぐ。根室手前のR44。ストレートが8kmほど続いた。 根室の市街地まであと10kmほどのところにある根室十景の春国岱。

襟裳、霧多布と同じで、納沙布岬も賑やかになっていた。


MAP3

 8月1日。願いが叶ったかな? 6時頃、起きて窓の外を見れば、雲は低かったが雨は降っていない。地面もドライだ。ほっとしつつ7時に朝食をいただき、荷物をまとめて8時前に出発。ビニールカバーを外すのをご主人が手伝ってくれて、ご夫婦に見送ってもらった。まずは襟裳・霧多布岬同様、40年ぶりとなる納沙布岬に向かう。根室市街地から根室半島の海岸線をぐるっと巻いている道道35号を時計回りに走ることにした。市街地を離れると右手に牧場が広がり左手は海。気持ちがいい。晴れていればもっと素晴らしいだろうに。岬に近づくにつれて霧が出て濃さを増してゆく。もう勘弁してくださいよ〜。




納沙布岬への道道35号


沙布岬
納沙布岬への道道35号沿い(北側)には乳牛の牧場もあった。 多くの施設が出来ていた納沙布岬も厚い霧で北方領土は見えず。

 でも霧雨にはならず濡れるほどじゃなかったのが救いだ。他の岬同様で40年も経過しているから当然かもしれないが、この岬の周辺も随分変わっていた。灯台や看板のほか「四島のかけはし」なる巨大なモニュメントが建ち、その下には「祈りの火」と呼ばれる点火灯台が設えられていた。あとで知ったが1980年の秋に出来たらしい。ほかにも北方領土(択捉、国後、色丹、歯舞群島の4島)返還を祈念する望郷の家、北方館などの施設がある。そこに、北方四島とつながりの深い地元の人々の意識の強さを感じた。

 生憎の天気で、距離が近い国後島も歯舞群島も目にすることはかなわなかった(かつて訪れたときは見えた)。道東では他の地域でも、北方領土の返還を訴える看板や施設を目にすることが多かった(その後通った別海町や標津町、羅臼町など)。太平洋戦争敗戦まで、四島に居住していた人たちやその子孫も道東では特に多いようだ。そういえば“四島の家”のご主人も父親が一時期、色丹島にいたことがあると言っていた。プーチンさん、広大な領土をもつロシアなんだから、極東の小さな島々くらい返還してくださいよ。

 岬を後にして道道35号で半島の南側を走って根室市街に戻り、R44で先に進む。昨夕給油したGSの交差点を右折してR243を北上し、R244に乗り換え。この2本の国道もグッドロードだった。ただ、天気はめまぐるしく変化し、一喜一憂、というか七喜八憂することになる。雲間から陽光が差したかと思えばすぐに上空は暗雲に覆われ、小雨がパラパラ。別海北方展望塔では、灰色の雨雲の隙間から青い空と白い高層雲が見え、お日様も顔を出した。だが展望塔から北東の海上にあるはずの国後の島影は視認できず。そんな天候だったので迷ったが、まだ未踏で興味を抱いていたそこの対岸に位置する、野付半島のトドワラ、尾岱沼に寄ってみることにした。天気はよくないが時間はある。



「四島のかけはし」と「祈りの火」
これが巨大なモニュメント「四島のかけはし」と「祈りの火」。


「返せ!北方領土」の看板
根室半島から知床湖半島までの道筋で多く見られた「返せ!北方領土」の看板。

 半島の付け根付近でR244から3桁道道を右に入り、1本道をひた走る。左手は野付水道で、晴れていれば国後島の南端が間近に見えるはずだが、雲は低く流れ、小雨が降り出したりやんだりで、途中2度ほど逡巡。手前のナラワラまで行った時点で引き返そうかとも思った。が、え〜い、せっかくだから、と終点のトドワラまで行ってみた。その独特の風景はバイクを降りて徒歩で行かないと見られないようだったので、まあ、いいか。ナラワラと同じ感じのようだし…。同じような天気の中、踵を返して国道まで戻る。



野付半島


ナラワラ
野付半島のトドワラの手前でみた茫洋とした草原。 道道から見ることができたナラワラ。自然の美しさ、厳しさを感じさせる。


余計な寄り道がたたって、ついにカッパを着ることに。

 今回の旅は北海道5泊6日の日程にしたので道東と道央に地域を絞り、昔訪れた岬や湖などを巡ることにした。加えて、まだ行ったことのないところにも足を運んでみようと考えていた。野付半島はそのひとつだったが、そこからほど近い、有名な「開陽台」にも立ち寄りたいと思っていた。だから、標津町に入るとR243から左折してR272に入り、中標津町へ向かった。だが雲行きはどんどん悪くなって、市街地に入ると西方の空は黒い雲に覆われ雷鳴も。小雨が降りだしたので屋根のある施設で暫時、雨宿りする。

 一時的に雨が上がったので開陽台を目指したが、またすぐに降り出して降雨量が増え、先へ進んでも止みそうもないので断念。来た道を引き返した。意地になってカッパはまだ着ない。海岸線に近づくと小ぶりになった。昼時だったので、雨宿りを兼ねてR335沿いのラーメン店に入る。止んでくれと思いつつ麺をすするが、無情にも本降りとなってしまった。食事を終え、諦めて今回の旅で初めてカッパを着用し、海沿いに国道を北上する。しばらく強い雨の中を走行したが、羅臼に着くと雨が止んだので、調子に乗って道道87号で知床半島東岸の行き止まり地=相泊まで行ってみることにした。よせばいいのに…。

 案の定、行きはよいよい帰りは怖い。相泊から引き返してしばらくすると豪雨になった。這う這うの体で羅臼市街地まで戻って、GSで給油しつつひと休み。MT-07の浜松ナンバーを見た年配のスタッフが、息子がスズキに就職して掛川に住んでいる、と話しかけてきた。豪雨が続く中、走りと景色を期待していたR334の知床横断道路に乗り入れるも、当然、両方ともにまったく楽しめなくて、とっても残念。知床峠まで半分くらい上ったところだった。小型車がガードレールに刺さっている。若者が2人車外に出ていた。

 少し通り過ぎてから停車すると、彼らが走り寄ってきた。東京世田谷から来てレンタカーで旅しているという。何か力になれれば、と思った。運転者が一瞬気を失って気が付いたが慌てて、ブレーキとアクセルを踏み間違えてしまったのだという。幸い2人とも怪我はない。電波が届かないのでスマホは使えず、30分ほど前、通りがかった車の人に警察に連絡してほしいと依頼したのだが、まだ来ないので困っているとのこと。でも俺はバイクだし、羅臼かウトロまで乗せて行ってやることもできない。強い雨は降り続いていた。

 善後策を話していると、羅臼側からパトカーがやってきた。彼らはほっとした様子だった。俺は「若いときは失敗もある。俺も旅先で事故ったことがあるし。まあ、怪我しなかったんだから気を落とさないで、この後も北海道を楽しみなさいよ」。レンタカーだから保険もあるだろうし、時が経てば苦笑いの思い出にもなろう。峠を越えて宇登呂側を下っていくと小降りになった。宿は港の近くだ。17時頃に到着。お天気のことを聞くと、さっきザーッと降っただけで大した雨じゃなかったとのこと。あ〜あ、やっぱり、余計な寄り道をしなければ、豪雨に打たれることもなかっただろうに、と後悔しきり。

 今夜の民宿もネットで調べた。食事の豪華さが自慢の宿で、料金は民宿としては高めの9000円弱。料理に期待しての選択だった。通された6畳の和室からは港が見える。風呂に入り、勧められてボイラー室でカッパなどを干させてもらう。19時頃に夕食。ズラーッと並んだ小鉢の、海の幸山の幸は確かに豪勢だった。それにしても、宇登呂は昔とはずいぶんイメージが異なり、発展していた。羅臼は昔とあまり変わらない印象だったのに。理由は知床が世界自然遺産に指定されたことにあるようだ。大きなホテルも山中にその姿を見せていたし、宿屋もずいぶん多くなっているようだ。港も大きな防波堤が出来ていて、さらに延長工事も行われていた。

 今夜も寝酒に焼酎を飲んで、23時頃就寝。旅に出てからも毎夜寝つきがよく、寝起きもいい。体は好調で疲れを感じず、眼の疲労も少ない。MT-07の具合がよくて、渋滞知らずで、緑豊かな自然の中を走ることが多いからだろう。本日の走行距離380km。



可愛いハマナスの花
よく知られる、可愛いハマナスの花。多くの海沿いで目にした。


羅臼の漁港
羅臼の漁港に着いたとき、雨は止んだが、その後土砂降りになった。


知床半島の東南側
知床半島の東南側、相泊に向かう途中。行きは曇りだったが…。


セセキの滝
相泊の手前にあるセセキの滝。反対の海側には温泉露天風呂も。

後編(9月上旬)につづく。


-野口オヤビンのMT-07Aミニインプレ-「還暦オヤビンもお気に入りの次期主力戦闘機」

●撮影-依田 麗・鈴木広一郎

●YAMAHA http://www.yamaha-motor.co.jp/mc/


MT-07

 見栄を張らなくなったオヤジにとって軽量コンパクトなボディはなによりだ。50代半ばから重いバイクはきついと感じ始めた。前のサンダーバードは装備重量でいくと250kgくらいあったと思う。まあ、シートが低くて足つき性がよく、加えてポジションが楽で、3気筒のエンジンフィールがとってもいい。運動性能だって悪くなかった。でも、歳を重ねるほどに車重は気になっていた。だからMT-07の軽やかさは嬉しい。気軽に乗り出せるし、押し歩きが楽でUターンもしやすい。細い道にも臆せず入っていける。ダートも苦にならない。足つき性も良好で、多少バランスを崩したとしても立ちごけのリスクは少ない。

 水冷ツインは充分な性能で有機的でもある。鼓動というかパルスは低中回転では確実に乗り手に伝わってくる。その程度がほどよく、出しゃばらない。だから味わいが感じられて楽しく、疲れない。今回の旅では、東北でも北海道でも空いている国道や県道、道道では6速で法定速度+ααくらいで巡航したが、とっても滑らかに回って、まるで滑空するように前進する感覚が心地よかった。以前の試乗ではワインディングなどで結構回すことも多かったが、今回はほとんど4000回転前後までで、峠道でも5000~6000回転くらいで求めるコーナリングスピードが得られた。荷物を多く積んでのロングツーリングだったので、コーナーを攻めるようなスポーティな走りは控えたが、それなりに車体を傾けての爽快なコーナリングは幾度となく楽しんだ。

 車体は軽量コンパクトだが強度剛性に不足はなく、中高速での直進安定性にも優れる。足回りも文句がない。サスは前後ともに納得の性能で硬からず、柔らかすぎることもない。スプリングの具合も、ダンパーの効きも文句がない。ブレーキも前後ともに充分な制動力でコントローラブルだ。今回はABS付きだったが、個人的にABSはなくてもいい。ポジションに関して、敢えて注文を付けるとすれば、ハンドルがあと10cm高く、10cm手前なら嬉しい、かな、と思う。ただ、現状でも長距離走行時の疲れは少ないし、高速巡航やワインディングでのスポーティな走りも考えれば、これでもいいのかな、と思う。

 保守的なオヤジなので、車体デザインはもっとオーソドックスないわゆる単車らしいほうが好みだ。でも、まあ時代を考えれば仕方ないだろう。何度か試乗した1年ほど前から、サンダーバードの次はこのバイクかな、と思っていた。60から70までの10年間乗れたらいい。心身に大きな支障が生じなければそうしたい。長旅での積載性に関しても、今回のようにワイズギアのタンクバッグやサイドバッグを装着すればOKだ(別項にてインプレを記す)。今回9泊10日の旅でも全く不足はなかった。それに数泊の旅ならば、工夫してリヤシートに荷物を括り付ければなんとかなりそうだ。すでに(1カ月前)サンダーバードは手放した。8月の末までに優良中古か新車で、MT-07を購入するつもりだ。



MT-07A ブルーイッシュホワイトカクテル1(ホワイト)


MT-07A マットシルバー1
2016年2月に追加された新色はディープレッドメタリックK(レッド)とマットシルバー1(マットシルバー)。マットシルバー1はMT-07Aの専用色。ディープレッドメタリックKはABSのないMT-07にも設定されている。価格や諸元など詳細は新車プロファイル2016で


MT-07A ブルーイッシュホワイトカクテル1(ホワイト)


MT-07A マットグレーメタリック3(マットグレー)
ブルーイッシュホワイトカクテル1(ホワイト)と マットグレーメタリック3(マットグレー)はMT-07、MT-07Aともに継続。写真はMT-07A。


エンジン


ヘッドライト


テール
270度クランクを採用しバランサー装備の並列ツインは性能充分で、振動は少なく回り方が滑らか。燃費もいい。 マルチリフレクター採用のヘッドライトも小型軽量な造りで、マスクは今風の個性的かつアグレッシブなデザイン。 ほどよい角度で跳ね上がったテールエンドが躍動感を生み出している。テール&ブレーキライトはLEDだ。


フロント


リア


メーター
Fブレーキは282mm径ウェーブディスクと対向4ピストンキャリパーの組み合わせをW装備し、高い制動力を確保。 リアブレーキは245mm径ウエーブディスクと片押し1ピストンキャリパーのセットだが、性能充分で使いやすさもある。 フル液晶のマルチファンクションメーターも小型軽量だが、情報量は豊富で、ギヤポジションや外気温度も表示。


シート


ダンク


スイッチ
前側をグッと絞り、後部を幅広としたシートは座り心地がよくて、着座位置の自由度もある。足つき性も良好だ。 容量は13Lで多くないが、ツーリングで普通に走れば、30km/L前後の好燃費。だから、300km以上の航続も可。 スイッチ類の仕様も小型軽量だ。右側はセル&キル一体デザインのスイッチとハザードランプスイッチを装備する。



-Y`S GEAR MT-07純正オプション「タンクバックシティ」「専用の台座でしっかり固定されて、使い勝手のいいタンクバック」

●撮影-依田 麗

●Y`S GEARhttp://www.ysgear.co.jp


タンクバックシティ


タンクバックシティ


タンクバックシティ
タンクバックシティ 21600円(税込み)。長さ360×幅280×高さ200mm、最大積載重量3Kg。レインカバー付属。マップホルダー装備。詳細はこちらで。

 程よい大きさで、細かいものを小分けにすれば、それなりの量の荷物が入る。左右ファスナーの前開きだから、またがった状態でささっと中の荷物、たとえばデジカメなど取り出せる。上面は透明ビニールで地図を入れて随時見ることができる。防水ではないが付属の専用レインカバーをかぶせれば中のものが濡れることはない。着脱も簡単だ。バッグ前側についている細いワイヤー(小さなリング付き)のロックフックを引きながら台座に載せて放せばロック装着できる。ロックフックを引けばワンタッチで外せる。台座はバッグがタンクに接触して傷つけないよう、バッグが少し浮いて着くように工夫されていて感心。ワイヤーの先端についている指を入れるリングの径が小さすぎて指を入れにくいのが気になった。 
 だが、そこに直径2~3cmのキーホルダー用リングを着ければグンと扱いやすくなり、問題は解消。給油時も気軽に脱着できた。また、エクステンション構造になっていて、途中で荷物が増えたらファスナーを開けて容量アップできる。はじめは大して変わらないかな、とも思ったが、実際使ってみると、結構な容量増幅で、重宝した。さらに、左右側面と手前にファスナー付きのポケットが付いていて、薄手の小さいものを入れられるようになっている。1、2泊ならこれで充分だろう(ウエストバッグを兼用すればいいし)。



タンクバックシティ


タンクバックシティ


タンクバックシティ
普段の容量は11リットル(写真左)だが、チャックを開けてじゃばら状に拡張することができ、さらに5リットル拡張可能(写真右)。15リットルの大容量を確保している。 肩掛け用のベルトが付属しており、散策時などはバイクにタンクバックを残さず、ショルダーバックとしてそのまま使用できるため貴重品やスマホなども安心。


タンクバックシティ


タンクバックシティ


タンクバックシティ
タンクへの取り付けは専用のタンクバックマウントリング(別売り 3780円税込み)が必要となる。 台座部分とバックの脱着は、バックの前方部にあるワイヤーリングを引っ張るだけのquick-lockシステムでワンタッチ。 バックを裏返して見たところ。前方にあるワイヤーのリングを引っ張るのだが、リングが少々小さめなのでキーホルダーなどを付けておくとより便利。


MT-07A
純正オプションだけに、装着しても違和感のないすっきりとしたシルエット。サイドバックについては後編で。

[後編へ続く]

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