幻立喰・ソ

第71回「ソ焼ソの心、ソ・ウ・ラ知らず」

 
 第31回でもお伝えした後楽そば最後の砦であった有楽町店が、2016年5月27日をもって幻立喰・ソになってしまいました。常連のみなさんはもとより、葬式立喰・ソの方も含め多数が名残を惜しんで来店、名物の焼きそばは早々に売り切れたそうです。

 立喰・ソなのに焼きそばから売り切れるとは言語道断! ではなく、名店の最後にふさわしい幕引きであったと申せましょう。焼きそばが売り切れでなぜ? と思った貴方、がまんして最後まで読みなさい。いや、読んでください。



後楽そば


後楽そば
再会できることを願う後楽そばファンはたくさんいます。(2016年5月撮影) 閉店から数日後、看板に白い布がかけられていました。これで見納めでしょう。(2016年6月撮影)

 ひとまず後楽そばは置いておいて、焼きそばの中でもソース焼きそば(以下ソ焼ソ)についてひとくさり。誰も知っているソ焼ソですが、改めて見直すと不思議な麵です。そもそもソ焼ソの麵はラーメンと違うの? 乾麺はないの? ほとんどが作り置きなのになんで伸びないの? と知っているようで知らないことだらけ。で、その答えはウィキ先生なりで各自見つけてもらうとして、五目焼きそばとかあんかけ焼きそばとか海鮮焼きそばとなると、回るテーブル付き高級中華料理店の香りがしますが、ソ焼ソは別格中の別格。「こだわり」とは縁遠いポジションにいるよう思います。
 そば、うどん、ラーメン(以下ソ・ウ・ラ)は、こだわりの手打ち、こだわりのスープ、こだわりの具など、こだわりキーワードをよく見ます。例え「3歳のそれはそれはかわいい孫のソーちゃんが、“じいじがんばれ”とそば粉をとんとんしてくれるんです。だからうちのそばは愛情たっぷり練り込んであります」というこだわりでも「こだわりの手打ち」と銘打てば損した気分にはなりません。それはともかくですよ、そう言えば手打ち焼ソ麺って聞いたことないですね。
 さらにソ・ウ・ラは老舗がありますが、ソ焼ソの場合、主な提供地は海の家だったり屋台だったり、駄菓子屋のおばちゃんが焼いてくれたり、お好み焼き屋のサブメニューだったり、文化祭の模擬店でど素人の学生が焼いていたり、散々食い散らかした後、せっかく持ってきたからと焼いたのにそのまま廃棄処分な悲しいバーベキューのシメだったりとか、提供される場面にもこだわりは感じません。
 しかも一度に大量に焼いて鉄板に盛り上げて放置、焼きたてどころか待機状態から透明パックに詰め込んで山積みされ、すっかり冷えた状態での提供さえ、そこかしこで見られる普通の光景です。
 具もキャベツと肉の切れ端(肉なしも特に珍しくない)に紅しょうがと青のりくらい。揚げ玉を加えて具を水増し? したたぬきソ焼ソというパターンもあります(これはこれでおいしいです)。味の決め手であろうソースにしても、業務用のお得用サイズをどばどば。隠し味も不要です(雑踏の埃とか鉄板にこびりついた焦げかすや油分、そしソて焼ソ焼人はなぜだかよくしゃべるので飛んだしぶき……とかが実は隠し味?)。もちろんソ焼ソの専門店もありますし、ソ焼ソ道を真摯に追求されていらっしゃる御仁もいらっしゃいます。が、ソ・ウ・ラにに比べ明らかに少数派(不思議なことにカップ焼きそばは、こだわり信者が急激に増加します。しかし、間違ってもカップ焼きそば原理主義者に「焼きそばなのに焼いてないじゃん」と当たり前のことを言ってはいけません。毎日繰り返される電車バスの定員オーバーやらパチ○コの景品買い、ソー○ランドでの○○行為は言うに及ばず、恐れ多くも御料車の換算両数まで、世の中には現代の叡智を持ってしても解明できない謎がたくさんあるのです)。

 誤解しないでください。「だからソ焼ソは格下だ」などと言うつもりではございません。その逆なのです。こんなにこだわりがないのに、いつでもどこでもおいしいソ焼ソ。当たり前すぎて見逃しがちですが、すごいじゃないですか。思い出してください。屋台の、海の家の、模擬店の、駄菓子屋のソ焼ソに文句をたれる人見たことがありますか? 否、満面の笑みを浮かべおいしそうに嬉々としてほおばる人ばかりです(おそらく)。
 これがソ・ウ・ラだとそうはいきません。老舗系ならおいしくてもしかめ面してツウを気取ってみたり、例え立食いであっても「まずくはないんだが」とか「普段は食べないが、サクッと済ませたいので(この表現になぜかイラっとするのは私だけでしょうか?)」などと、味に関しては二の次だからね的枕詞を入れたがる、自称ブロガーの方をまま見受けたりと、素直にことが運びません。
 まあ、それはいいとして、もっと驚くべきはソ焼ソの柔軟性と顔の広さです。パンに挟まれれば焼きそばパン、ごはんを混ぜればそばめし、卵焼きにくるまれてオムそば、ミートソースをかけたら新潟名物のイタリアン、広島のお好み焼きではデフォルトですし、ミーゴレンという東南アジア(今はASEAN諸国ね)の定番メニューもあります。変わったところでは、中華まんに潜んだ焼きそばまん、牛丼の上に鎮座した焼きそば牛丼など、交友関係の広さは他の麺を寄せ付けません。冷やし焼きそば、ざる焼きそば、流し焼きそば、回る焼きそばから、焼きそばダイエット、焼きそばコーデ、焼きそば納税などというものが出てきても驚きません(話のいきがかり上)。
 また、富士宮を始めとした地方出身のソ焼ソがご当地焼ソというブランドを確立しているように、昨今は町おこしB級グルメのエースとしても大活躍です。ソ焼ソ陣営は「ソ焼ソみんなで盛り上がりましょね〜」というスタンスなのか、他の食べ物、特に餃子に見られるような「俺がイチバン!」的なギスギス感をあまり感じません。これもきっとソ焼ソが醸し出す懐と顔の広さの賜でしょう。自他共に誰も否定してくれない度量も交友関係も極めて狭い私は、ソ焼ソの切れ端でも煎じて飲みやがれな風情を全身に感じますが、煎じて飲むより普通に食べればいいのでしょう。





赤のれん
昔ほどではないですが、最近も破天荒な牛丼をリリースするすき家にかって存在したのが焼きそば牛丼。この発想も柔軟性の高いソ焼ソあってのことです。(2013年4月撮影) 数ある総菜パンのなかでも、揚げ物系に続き確固たる地位を築いているのが焼きそばパン。炭水化物×炭水化物で若人をわしづかみ。(2014年10月撮影)


富士宮


ソ焼ソ
町おこしB級グルメの成功例としても全国一有名なソ焼ソであろう富士宮。もちろん富士宮駅にもあります。間違いなくおいしいです。(2012年1月撮影) 有名ブランドでなくとも、ふらっと入ったなんでもない地方の大衆食堂でひっそり息づくソ焼ソもあなどれません。ビールとの相性は涙ものです(特に平日の午前中とか)。(2012年1月撮影)

 というわけで、冒頭に記したように、後楽そばは立喰・ソでありながらも、ソやウを差し置いて隠れた人格者、いや人じゃないから人格麺、いや、麺格麺(なんのことだかさっぱり解らなくなりますが)なのです。ソ焼ソが早々に売り切れたというこからも、、広く深く愛された名店であるという答えが導き出されたのです。理論が破綻していますか? 気にしないでください。

 すごくソ焼ソ気分です。が、こんな素敵なソ焼ソを夜中に食べようと思っても、自作以外はそこそこハードルが高くなる、と言いますかどこに行けば食べられるんだ? と考え込んでしまう、とても不思議な麺なのです。後楽そばがあれば24時間いつでも食べられたのにね。



ソ焼ソ


ソ
後楽そば名物ソ焼ソ。奇を衒う事の無いごくごく普通のソ焼ソでした。ちょっとソースが辛めだったかな。入れ放題のネギをトッピングしちゃうA級常連さんもいました。(2015年3月撮影) ソもおいしかったです。特にどんぶりがしびれます。欲しかったんですが、忙しい大都会の繁盛店ゆえ「下さい」などと言える雰囲気ではありませんでした。(2014年7月撮影)


店内


奥側の出入口
高架下だけに店内はごらんのようなカウンターのみの穴ぐら状態でした。混んでくると出入りにも一苦労。(2015年3月撮影) ビックカメラ側と高架下と出入り口は2つあったのですが、最後の頃には高架下の出入口は耐震工事で閉鎖されていました。(2016年5月撮影)


2009年7月


2014年7月


2016年5月
まったく気がつきませんでしたが、後楽そばの看板は時々変わっていたんですね。右から2009年7月、2014年4月、2016年5月撮影。


後楽そば
閉店の翌朝通りかかったら、最後にカギを閉める場面に遭遇しました。感無量です。おつかれさまでした。テレビの密着ルポみたいなカメラもいました。(2016年5月撮影)

●立喰・ソNEWS 2016

急激に減少している老舗の立喰・ソですが、新規開店もちらほら見受けられます。さすがに歴史ある新しい老舗の新規開店はありませんが(あったらおかしい)、チェーン店だけではなくやる気まんまん若手オーナーが開業する立喰・ソも見受けられます。ご苦労も多いことでしょうが、どうかがんばって老舗に育て上げてください。さらに減少傾向にある駅の立喰・ソも、東武伊勢崎線、じゃなくてスカイツリーラインの業平橋、じゃなくてスカイツリー前や竹ノ塚に新店舗が開店したようです。こちらもぜひ末永くがんばっていただきたいと思います。といいつつ、私は両店とも未だ未訪問というていたらくです。だから写真もなくてごめんなさい。


バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在800店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べるだけで、たいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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