-: シーズン後半の大きな話題はやはり終盤の2戦になると思います。セパンのレースウィークでは、ヤマハの人々はかなり胃が痛むウィークだったのではないですか?
辻・津谷: (無言)
(『すいません、その質問は……』と広報側からの留意)
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-: 事前に「この件についてはお話しできない」と伺っていたのですが、すでにヤマハとして公式な見解を発表しているので、さらにそれ以上何かを付け加えることはない、と理解をしていいですか?
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-: 最後の2戦については、お二人の立場から話せないことは多々あると思うのですが、何年か経てば、過去を振り返る形で何かを伺える時期が来るんでしょうか。
-: たとえば、10年後に「あのときは大変だったね」と振り返るような……。
辻:「それは、自分たちのなかではないですね。ライダーたちの本当の心情は我々には知るよしのないことですから。たとえばセナとプロストも、何年か後にセナが『じつはあのときは……』というようなことも言ってましたけれども、それは我々じゃなくてライダーたちに訊いてほしい事柄です」
津谷:「少なくとも私たちから見ている限りでは、いや実は……というような隠し事はなにもないように見えますけどね」
-あの場で起こったこと、それを我々が見たものがすべてである、と。
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ヤマハ発動機 技術本部MS開発部長・辻幸一氏(左)とヤマハ発動機 技術本部MS開発部モトGPプロジェクロリーダー・津谷晃司氏(右)。
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-: 辻さんと津谷さんがチャンピオン獲得を意識するようになったのはシーズン終盤、というお話でしたが、選手二名もそれぞれ、マシンの挙動や改善などでお互いを強烈に意識するコメントが出るようになったのは、やはりその時期なのですか?
津谷:「選手たちは自分の目の前を走っているライダーしか見えないですから、それに対して自分のバイクはどうである、こうしてほしいということはありますが、チーム内のもう一方に対して、ということは特になかったですね」
辻:「だいたい、いいところ悪いところはふたりとも一緒ですからね。出てくるコメントはまず『スピードが遅いからなんとかしろ』と。ごめんなさい、というしかないですけど(笑)」
-: 我々が両選手にエンジンに関して訊ねた際は、今年はいつも「良くなってきた、去年よりも走るようになった」というコメントだったのですが。
津谷:「そうですかね?」
辻:「そんなことない(笑)」
津谷:「赤いところは、とくにすごく速かったですよね。あれは衝撃的です。1周回ってどちらが速いのか、と言われると、いまはウチなのかもしれないけれども、競り合った際に一所懸命コーナーやブレーキングで詰めてきたタイムをストレート一本で詰められてしまうと……。ラップタイムで0.2~0.3秒速いとしても、レースになるとなかなか抜けないこともありますから、辛いですよ。まだまだ我々には改良が必要だと思っています」
-: 選手はつねに現状に納得せず、さらに良いバイクを求めるものだと思うのですが、それは技術者も同じですか。
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津谷:「そうですね。自分たちのバイクが100点だと思ったことは一度もないです」
津谷:「何点だろう……80点くらい?」
辻:「津谷は70点と言うと思ったけど(笑)」
津谷:「一応、チャンピオンを獲ったので10点上乗せということで」
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-: 足りない20点や30点はどういう部分ですか。
辻:「スピードも足りない、ブレーキングもまだまだ。加速も何とかしなくちゃならない。全然まだまだですよ、ホントに」
-: 今年、チャンピオンを獲ったことで少しは安心できましたか。あるいはもっとがんばらなければならない、と思ったのか。
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-: 津谷さんは現場でチャンピオン獲得を経験したのは今回が初めてですよね。喜びは大きかったのではないですか
津谷:「一日だけですね。決勝レースの後だけ。次の日からは次のシーズンですから。だから今は、2015年なんてもう遠い過去のような印象がありますね。次のことしか考えてない、というのが正直なところです。来年勝つためにはどうしたらいいのか。バレンシアの決勝翌日からそればかりです」
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-: 辻さんは2010年と2012年にもチャンピオンを経験されていますが。
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辻:「2010年は今と立場が違っていましたけれどもね。今年については、まずは何事もなく終わって良かった、というそれに尽きます。過去にはホルヘがフィリップアイランドで大きなケガをして以後のレースを欠場したこともありました。2011年でしたね。ああいうことがあると我々も非常に落ち込むので、今年はそういうこともなく、両ライダーとも大きな事故無く終えてくれた、ということと、チャンピオンを獲れてよかったな、というくらいです。狂喜乱舞することはまったくないですね。津谷を表彰台に挙げられていないことが心残りだったので、最後はホルヘが優勝してくれて、津谷を表彰台に上げてやることができて良かった、と安堵したくらいでしょうか」
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-: では、2015年の18戦で、最も印象的だったのはどのレースですか。
津谷:「いっぱいありますけど……。最初の頃ははっきり覚えがありますよね。バレンティーノの開幕戦勝利もそうだし、チャンピオンを獲ったホルヘでいえば、ターニングポイントはヘレスですね。バイクに対するコメントもすごくハッキリしてきたし、集中のしかたが過去3戦とは違っていました。開発側としても非常にやりやすかったのが印象的でした。ホルヘがガラッと変わったな、と思ったのはヘレスでしたね」
辻:「ホルヘでいえば、津谷が言ったようにヘレスと、あとはブルノかな」
津谷:「悪い意味で言うと、後半戦は天候に関することがいっぱい思い浮かびますね。『なんでレース直前になって降るの?』という(笑)。バレンティーノにとっては、それがシルバーストーンで良い方向に行きましたが、ホルヘに関しては、シルバーストーンもミザノもそう、もてぎも悪い方向に行ってしまいました。金曜から各セッションで速く予選で一発タイムも出せていた。レース距離をにらんだシミュレーションも、あの3レースはいずれも良かった。完全にドライなら勝つ可能性は非常に大きかったはず……のところに雨が降ってくる。それが何回も続いたので、またか、と。ウェットセッティングが悪いというわけでは決してないのですが、ホルヘにツキがない感じはありましたね」
-: では、ロッシ選手については印象的だったレースは?
辻:「バレンティーノというよりも、これはよく言うことなんですが、開幕戦で勝てたことは非常に意義が大きかったと思います。なぜかというと、冬のテストをいろいろしてきても、最終的にレースにならないとそれが良かったか悪かったかはわからないんですよ。開幕戦ではああいう形でドヴィツィオーゾ選手と競い合って勝てましたが、あそこで負けたりすると、自分たちがいいと思ってやってきたことがひょっとしたら良くなかったんじゃないか、と疑心暗鬼が芽生え始めるんです。そうすると、ああしなきゃいけない、こうしなくちゃいけない、と思って開発も方向性を見失いやすい。そうさせないためにも、すべては開幕に勝つこと。それを大きな目標として、毎年望んでいます」
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-: ということは、2016年も開幕戦で勝てれば、以後のレースも転がしていきやすくなる?
辻:「そうですね。今言ったように、それまで開発してきたことが正しかったかどうかを最初に見極めるポイントになりますので」
-来年のテクニカルレギュレーションは、この数年になかった大変化になります。
-: 最初に、大きな足枷、と言っていましたが、旋回性や取り回しの良さなどのヤマハの特性は共通ソフトの導入によって活かしにくくなるのですか?
津谷:「そこはあまり変わらないと思います。ECUソフトの共通化によって私たちのバイクの走り方が大きく変わるのかというと、そうではないと思います」
-: 共通ソフトの導入で、レースはより接近した争いになると思いますか?
津谷:「他社の事情はわかりませんが、2016年用にリリースされる共通ソフトよりもいいものを使っていたところはパフォーマンスが下がってくるし、我々は明らかにそっち側です。そうじゃない側、たとえばオープンクラスは逆に性能アップになると思います。ということを考えれば、争いが詰まってくるのは間違いないと思いますが、レースでどうなるかはわからないですね。我々は勝つつもりで全力で取り組んでいます、としか言えませんけれども」
津谷:「大きいですよ。極端なことをいえば、我々はタイヤをどううまく使うか、ということのために仕事をしています。開発もそうだし、現場のセッティングもそうだし、タイヤのためだけに仕事をしているといっても過言ではない。だからタイヤが変われば我々のやることも変わるし、考え方を変えなければならないこともたくさん出てきます」
-: 考え方、というのはたとえばどういうことですか?
津谷:「グリップ力、前後のバランスでバイクの旋回性は変わってきます。オーバーステアもアンダーステアも、それひとつでガラリと変わります。タイヤが変わったのでそれなりに走れ、ということではなく、こういうタイヤだからこういうオートバイにしてこう走らせましょうね、という作戦を練ることになります」
-: 仄聞するところでは、ミシュランはリアに対してフロントが弱い傾向で、フロントからの転倒も少なくないようなのですが、実際のところ、どうなんでしょうか。
津谷:「我々としてはミシュランとブリヂストンの比較をあまり言うわけにもいかないのですが、現在はやっとミシュランの傾向が見えてきたかな、という状況です。シーズン中にも何度かミシュランテストを実施しましたが、違うことはわかるものの、ではどうすればいいのかということはなかなかわからなかった。それがようやく少し見えてきて、どちらの方向性に行けばいいかがわかってきた、という段階です。ブレーキで無理をできない感じはありますね。レースでは、抜きどころはブレーキングだったり切り返しで内側に入ったり、ということになると思いますが、そこで無理をできないとなると、抜きにくいですよね。そうすると、来年は〈抜きにくい=混戦〉になりがちなのかなと思います」
-: 日本GPで中須賀選手が走らせていた2016年のプロトタイプは、給油口が後ろに配置されていました。中須賀選手や吉川和多留監督に話を訊いたところ、燃料の減少に伴うライダーのフィーリング変化をより少なくすることでブレーキングをさらに強くすることが目的、と話していたのですが。
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津谷:「そのとおりですね。ただ、今年に限ったことではなくそれはずっとやってきたことですから。満タンのガソリンが最後は必ずゼロになりますから、その重量変化の影響をなくそうということはずっと取り組み続けていることなので、バイクのセッティングや前後の分担や質量バランスや慣性モーメント等々、昔からずっと考えて取り組み続けてきたなかで、たまたま2016年のマシンは同じようなことをやっていても給油口の位置が違うから目につくだけで、それはずっとこの数年やってきたことなんですよ」
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-: もてぎで中須賀選手は「今すぐホルヘとバレンティーノに渡してもいいくらい、高い完成度ですよ」と話していたのですが、バレンシアの事後テストでの印象も、2016年に向けていい仕上がりといえそうですか?
津谷:「同じタイヤ同じ制御だったら、という条件付きなら、2015年のマシンに対してもそこそこまとまっている、といえると思います。ですが、大きな二つの要因変更があります。タイヤの変更でもオートバイは大きく変わるし、制御についても『オートバイをタイヤにどう合わせますか』という制御をしているわけですから、その変化があまりに大きすぎるので、なんとも言えないですね」
-: 先ほど、2015年のマシンは70点+優勝のご褒美で10点、という話がありましたが、それに対して、さらに+5点くらいは足せそうですか?
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辻:「難しいですね。津谷が言うように、タイヤと制御が変わるなかで、我々もホントのタイヤの実力を把握してない。制御も未知のところがいっぱいある。そこに何か新しいものを持って行って評価できるかというと、とてもそんなレベルにはないですよね。もちろん、良くなると信じて我々は新しいバイクを作ってますけれども、それが最終的に良かったかどうかということは、シーズンが終わってみないとわからない。毎年そうなんですが、シーズンが終わってみて『ああ、今年のバイクは良かったんだ』という、そういうかんじなんですよ」
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-: 2月のセパンテストとそこに向けてやるべき事柄は、例年以上に多くなる、ということですか?
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津谷:「それはまちがいないですね。エクストラの仕事が増えるわけですから。制御が変わる、タイヤが変わる、それを使いこなす、ということは当然の品質、当然の技術、そこまでやれて当然のレベルなんですね。そこからプラスアルファで何ができるか、ということで他社との勝ち負けが決まってくると思うんですが、そのプラスアルファに相当する部分は毎年やっていることなんですよ。他社よりも前に出るためにプラスアルファを常に考える。それに対して、タイヤとソフトウェアが変わる仕事がそのまま乗っかってくるわけですから、やることは増えますよ。シーズンオフに他社もたくさんテストをしているのは、そういうことだと思います」
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辻:「ヤマハモーターヨーロッパが主体となってやる活動なので、私が直接関わるわけではないです。我々が直接関わらなくても速いバイクをプロダクション部門が作ってくれていると信じていますので」
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