行く年来る年MotoGP 技術者たちの2015年回顧と2016年への抱負 YAMAHA編 前編

 MotoGPの各陣営技術陣首脳に話を訊く年末年始恒例企画の『行く年来る年MotoGP』、2015年版はライダー・コンストラクター・チームの三冠を達成したヤマハからのスタートである。登場いただいたのはレース現場で陣営全体を取りまとめるヤマハ発動機技術本部MS開発部長・辻幸一氏と、選手たちが駆るYZR-M1の開発で陣頭指揮を執るMS開発部モトGPプロジェクトリーダー・津谷晃司氏。
 今年のヤマハは選手とマシンの両面で安定感の高い強さを発揮した一方、、ライダー間の角逐がシーズン終盤に様々な話題を投げかけることにもなった。その終盤2戦に関しては、すでにプレスリリースが発行されており、それが公式な見解ということなのだが、せっかくの機会なので、玉砕覚悟でいくつか質問を投げかけてもみた。
 ともあれ、とりとめのないこちらの雑多な質問に対し、ヤマハ発動機のMotoGP二大頭脳が果たしてどんなふうに回答をしたのか、まずはご一読あれ。


 ●インタビュー・文・西村 章
 ●撮影─松川 忍
 ●取材協力─ヤマハ発動機 http://www.yamaha-motor.co.jp/mc/
  ※このインタビューは2015年12月に行ないました。文中の表記はインタビュー時点のものです。


ヤマハ発動機 技術本部MS開発部長・辻幸一氏

MS開発部モトGPグループ主査・津谷晃司氏
ヤマハ発動機 技術本部MS開発部長・辻幸一氏。 ヤマハ発動機 技術本部MS開発部モトGPプロジェクトリーダー・津谷晃司氏。

─: 2015年は波瀾万丈なシーズンで様々なことがあった一年なので、時系列順に話を伺いたいと思います。ロッシ選手は開幕戦で優勝し、以後も毎戦、表彰台を獲得し続けました。彼はプレシーズンから順調だったのですか?

津谷:「そんなに順調でもなかったですね。オートバイは去年からいろいろ変えたので、それの適応に若干の時間はかかりましたが、レースが始まってからは彼の本来の力を発揮できるようになりました。もちろん彼自身が乗り方に順応したこともありますし、我々も調整の仕方を少しずつ見つけた、ということもありますが、予選でうまく前に出られるセッティングを見つけてあげられなくて、いつも2列目や3列目からのスタートになっていました。『3列目からスタートすると優勝するのではないか』ということも冗談交じりに言われていましたが、彼も私たちも常にポールポジションを狙っていたけれども、うまくセッティングを見つけてあげることができなかった、というのが本当のところです」

─: 良いグリッドの確保はシーズンを通して課題だったと思うのですが、その原因はどこにあったのですか?

津谷:「教えてください(笑)。私たちのバイクにも原因はあると思います。もうひとりのライダーは、ピークタイムも出してレースラップもいい、という走り方だったので、バレンティーノが予選でいいタイムを出せるセッティングを我々が見つけてあげられなかった、ということなのだと思います」


#46

─: 決勝を想定したセットアップという意味では、総じてうまく行っていましたか?

津谷:「そうですね。レースだけを狙って調整していたわけでもないんですが、結果的にはレースに向けてある程度の良いベースセッティングがあったけれども、予選に合わせた良いベースセッティングが見つからなかったことが最後まで影響した、という差があるのかなと思います。コース特性にもよるでしょうが、彼が望むような、ブレーキングが決まるバイクになっているときはもちろんポールポジションをとれますのでね」

─: 一方のロレンソ選手は、序盤数戦は苦労を強いられていました。開幕戦ではヘルメットの内装に問題が生じ、体調が悪いレースもありました。偶然が重なって単に結果を出せなかったのか、あるいは何かが噛み合わなかったからそのような要素でさらに苦労を強いられることになったのでしょうか。

津谷:「もちろんバイクが決まっていなかった、ホルヘに合わせきれていなかった、という要素もありますけれども、どちらかというと最初は外的な要因のほうが大きかったように思います。開幕戦は装具の問題で、第2戦のオースティンはもともと我々のマシンに向いていないコース、という事情もありますが、それに体調不良も重なった、と。アルゼンチンはちょっと彼にとってタイヤが難しかったかな。最初の3戦はそういう感じで、波に乗れなかったですね」


#99

─: その後、ヘレスから一気に4連勝を重ねましたが、そこには何か噛み合うきっかけのようなものがあったのですか。

津谷:「何かを大きく変えたわけではないんですが、3戦目までの外的なトラブルがなく集中して乗ることができたので、プラクティスからずっと上位につけることができました。集中して乗れれば、あれくらいの力を持っている選手だと思います」

辻:「アウェイ、というか外のレースからヨーロッパに戻ってくるのをきっかけにして、再スタートを切った、ということかもしれませんね」

-: では、最初の3戦はピットの中で見ていても「何かが噛み合わない」という印象だったのですか?

津谷:「私はそうでしたね。逆にバレンティーノのほうがうまく噛み合っていたので、余計にそういう印象だったのかもしれません」

─: 最初に「バイクの調整の仕方を変えてきた」という話がありましたけれども、選手たちがリクエストし続けてきたダウン側のシームレスが、今年は開幕戦から入りました。それは一年を戦っていくうえで大きい要素になったと思いますか?

津谷:「去年のインタビューで『ウチはブレーキングで負けていて、そこを改善しないとチャンピオンを獲れないだろう』という話をしたと思います。トランスミッションも助けのひとつにはなっています。が、それが主要因かというとそういうわけでもなくて、あらゆる手を尽くしました。車体もそう、エンジンもそう、制御もそうです。すべてで改善をしているので、(ダウン側シームレスの)効果はもちろんあったけれども、それだけが要因だったわけではない、とは思います」

─: つまり、今年は去年よりも強いブレーキングのできるマシンに仕上がっていた、と。

津谷:「データから見ても、バイクを寝かせるまでのストレート区間でのブレーキングは良くなっていると思います」

─: 去年、同じことを伺った際に、『シームレスで劇的にラップタイムが上がるわけではないが、ライダーのミスを誘発する要素を減らすことによってレース全体での貢献は大きくなるだろう』という趣旨のことをおっしゃっていました。

津谷:「結果として、そのとおりになりました。一発タイムはそう変わるわけではないですが、長い距離で見れば、ミスが減るだけラップタイムはコンスタントになるし、貢献する要素になったと思います」



─: 7月1日以降、レースでいえば第9戦ザクセンリンク以降にECUソフトウェアのアップデートが凍結されました。後半戦を戦ううえで、これは大きい足枷になりましたか?

津谷:「大きいかどうかは微妙ですが、間違いなく足枷でしたね。来年はもっとすごい足枷ですよね(笑)」

─: ECUソフトのアップデートをできなくなったことは、具体的にどれほど厳しいものだったのですか。

津谷:「それまでは改善手段があったものを、その手段を奪われた、ということですから。今までソフトウェアの機能でオートバイをよくしてきたところを今度はかわりにエンジンで良くするのか車体でするのか、というふうに選択肢が減った、という意味合いですね。改善要素の大きな柱の一本がなくなった、ということです」

-: シーズン前半で見ると、ロッシとロレンソがそれぞれ勝ったりコンスタントに表彰台を獲得したりしながら推移してきました。両選手の間で、シーズン前半からお互いを意識する緊張感はどんどん高くなっていたんですか。

津谷:「直接的にチャンピオンシップのライバルになれば、意識はしますよね。でも、その意識の仕方は、けっして悪い意味での関係ではなかったですよ」

-: かつてのようなウォールを立てることはないにしても、両者の関係をうまくマネージするのは大変だったのではないですか?

津谷:「私は技術面の仕事に集中させてもらっていて、そういうところは辻がやってくれていますが、技術的な立場から言うと両者に公平なスペック、公平な戦闘力を与えることに一番気を遣いますね。どちらがナンバーワン、ナンバーツー、というわけではなく、扱いにも差をつけないので、とにかくふたりを公平に扱うことには注意をしました」

-: 2008年や2009年の時期と、今年とでは、ピットの中の雰囲気はどんなふうに違っていたんですか?

辻:「特に全然、なにも特別なものはないですよ。後半戦はいろいろあったかもしれないけれども、そういう意味からしても普通ですよ。シーズンが進んできて、緊張感やぎすぎす感のようなものが高まったのかというと、そういうことは特にありませんでした」


#99

#46

-: シーズン後半、とくに終盤戦にはいろいろなことがありましたが、その伏線として、アルゼンチンでロッシ選手がマルケス選手と接触し、その後、アッセンで再度、両選手が最終シケインで接触しました。これらの出来事については、チームの中でどうご覧になっていたんですか。

辻:「チーム全体をマネージメントする立場から言えば、いろんな人がいろんな視点でレースを見ると思うのですが、接触云々を抜きにして、というとおかしいけれども、我々がいつも見ているのは、相手がどこでどれだけ速くて、ウチはどこでどれだけ負けていて、次のレースに対してどうすればいいんだ、ということをレース中はずっと考えているんです。F1ならレース中にドライバーへ指示を出せるけれども、我々はそういうことをライダーに対してできないので、レース結果に関して我々がイニシアチブを取ることは、少なくともオートバイのレースについては不可能なんですね。その状況下で、じゃあ我々はいったい何をしているのかというと、ホントに技術的、客観的に、今言ったように、相手に対してどうしたらいいのかということだけを考えているので、結果としてああいう接触のようなこともあるけれども、それに対してどうこうということは、全然考えない。周りはいろいろあるのかもしれないけれど、我々の中ではそういうことは全然考えてないですね」

-: 次のレースに向けてどうやってバイクを良くしていこうかということに集中して……

辻:「それがヒントなのか何なのか、我々がもしそのレースで新しい部品や新しいトライをしているのであれば、ホントにそれが良かったのか、こういう狙いで変えたけれどもそのとおりに機能しているのか、ということは、ライダーもレースの極限状況にならないとわからないんですよ、正直言って。だから、そういうところをいつも見ています」


辻幸一氏

-: シーズン後半戦に入ってミザノのレースでは、コンディションがいろいろ変わっていくなか、ロレンソ選手が転倒し、ロッシ選手はピットインのタイミングを見失って今季初めて表彰台を逃す結果になりました。この第13戦でも、辻さんや津谷さんたち運営側はレースに対してイニシアチブを持つことはできなかったから……

辻:「いや、もちろん、(ピットに)入れとは指示しますよ。他の様子も見ながらサインボードを出してね。あのときで言えば、いちばん最初にピットに入ってきたロリス・バズがどんなタイムを出してくるかということを見ながら、ブラッドリー(・スミス)がピットに入らないことにも『おまえはいったい何を考えてるんだ』と思いながら見ていました。で、あのミザノのレースでは、チャンピオン争いは基本的にバレンティーノとホルヘのふたりだったので、我々としてはもちろん勝って欲しいけれども、彼ら自身としてはチャンピオン争いがあるものだから、どうしても相手を見ますよね。『向こうが入らないのなら自分も入らない』という状況だったのだと思います」

-: どっちがどこまで頑張るかというチキンレースのような状態。

辻:「そうそう。そうですね」

-: このふたり、ロレンソ選手とロッシ選手のチャンピオン争いだな、と辻さんと津谷さんが意識しだしたのはいつ頃からですか?

津谷:「前半戦が終わったあたりでは、ある程度の感触はありましたけれども、この段階では目先のレースをひとつひとつ勝ちましょう、というだけで、ホントにチャンピオンシップを私たちが意識したのはずっと後ですね」

辻:「第三者の可能性がなくなってからですよ」

津谷:「フィリップアイランドかセパン、そのあたりですね。後半戦に入っても、どうやって勝ったらいいのか、ということを毎戦考えていただけで、ホルヘとバレンティーノが最善の走りをするための技術的サポートに集中し、チャンピオンシップのことはあまり考えていなかったですね。ライダーたちは考えていたかもしれないけど、私たちはとにかく目先のレースに勝つことだけ。チャンピオンシップはいい成績を出せばついてくるでしょうし、それが目標ですけど、ホントに我々がチャンピオンを意識したのは、第三者の計算上の可能性が無くなってからです」


津谷晃司氏

-: 去年と一昨年はマルケス選手が圧倒的に強くて、特に去年は彼の独走状態で進んでいきましたが、それと比べると今年は、対ライバル陣営という意味での戦い方は違っていたのですか?

津谷:「いや、まったく。何も去年と変えてなくて、どうやったらライバルたちに勝てるのか、というそれだけです」

辻:「そのとおりです。目の前の敵を倒す、ホントにそれだけです。余裕があるわけでもないし、去年のマルケス選手のように前半戦であれだけリードされてしまえば我々はもうごめんなさいをするしかないですけれども。あれくらいになれば何か(余裕のようなものが)あるかもしれないけれども、あんなリードは絶対に我々のなかではあり得ないですしね」

-: ミザノの話題が出たのでサテライトチームについても伺いたいんですが、あのレースではスミス選手が最初から最後までタイヤを変えずに2位表彰台を獲得しました。今年の彼は非常にコンスタントで、彼と話をしたときでも、「昨年は苦労したけれども今年はいままでで最も順調だ」とよく言っていました。彼が今年良かった理由は何だと思いますか?

津谷:「データから見てもそうだし、本人と話してもそうなんですが、走り方が明らかに違います。〈ブラッドリー=転倒〉というイメージがどうしてもついて回るし、転倒の年間ランキングは独走の1位だったりすることもあるんですが(笑)、今年も転びはしましたけど、乗り方は今までと違っていましたよ」

-: それはたとえば、どういうところで?


#38

津谷:「スロットルの開け方もそうだし、ブレーキのかけ方も違っています。ひとことでいうと、丁寧で繊細な乗り方になってきたという印象ですね」

-: 8耐の優勝も大きな自信になっているように見えるのですが。

辻:「8耐とMotoGPはマシンが大きく異なるので、8耐でうまく乗れたからMotoGPでうまく乗れるかというと、それはまた別の話だと思うんです。ただ、乗り方が丁寧になったということも含めて、大人になったということなんでしょうね。目先のことに一喜一憂しなくなった部分はあるし、いい意味で我慢して乗っている。行けるときには行くし、行けないときには無理をしない。レース中に自分で自分をコントロールできるようになってきたんじゃないですかね」

-: 一方のエスパルガロ選手は、昨年はルーキー・オブ・ザ・イヤーだったけれども、今年は苦労している、とよく話していました。

津谷:「相対的なものですかね。ブラッドリーは乗り方を変えながらうまくウチのオートバイに合わせてきているな、無理をしなくなったな、と思います。2015年シーズンに全戦でポイントを獲得できたのは2名のみで、そのひとりがブラッドリーですから、それもたぶん、彼の成長を物語っていると思います。一方のポルは、自分の走りのスタイルを変えたくないというところがブラッドリーよりも強いように感じます。なので、ブラッドリーの場合は、本人がうまく走れる乗り方を探してくるまでバイクを変えない。ポルの場合はそうはいかなくて、『ここはこう乗ったほうがいいよ、ウチのマシンはこう乗ったほうがいいよ』とは言うんですけど、自分のスタイルじゃないとどうしても納得いかないところがある。だから、バイクを変えにいくんですけど、そのバイクを変えすぎたということが我々の反省点のひとつですね。後半戦では、そこが落ち着いてきた印象はあります。ふたりを8耐に召還する、ということを事前に辻から聞かされたときには、後半戦におかしくなったらいやなので最初は『勘弁してください』と言っていたんですが(笑)、でも、ポルに関してはいい影響だったと思います。自分でも8耐では乗れていた、と言っていました。前半戦でセッティングや乗り方を変えて、オートバイへのアプローチを見失っているところがあったので、それが8耐から帰ってきて取り戻した印象がありましたね」-


#44

-: MotoGPと8耐の双方を見ている辻さんの視点で、彼らふたりの8耐優勝のメンタルな影響はどうですか?

辻:「津谷が言ったように、MotoGPバイクと8耐バイクという大きな違いはあるにせよ、8耐マシンは彼にとって乗りやすかった、彼(ポル)がイニシアチブを取ってコンロトールできる、自分の手の中に収まるといえばいいのか、そういうふうに乗れたと思うんですよ。結果的にMotoGPに乗ることに対しても、ああいうふうに乗りたい、というイメージを持つことができたんじゃないかと思います」

-: ふたりとも8耐の優勝は非常にうれしかったようで、ヤマハが呼んでくれるなら来年も走りたい、とシーズン後半戦にも言っていました。来年の8耐に呼びたい、呼ぶ可能性、というのはいかがですか。

辻:「まったく決めてないです。我々にとって優先するのはやはりMotoGPだし、2016年には、彼らも他のライダーも契約が終了する。2017年に向けて、選手たちがシャッフルされるわけですよね。そんななかで、乗れとはやはり言えないですよ。あるいはたとえばチャンピオンシップをリードしていた場合にも、8耐に乗せるわけにはいきません。だから、今の段階では我々から彼らに『乗ってもらうよ』とは言えないし、正直なところまだ何も全然決めていません」


#38
●撮影-楠堂亜希

-: シーズン後半の大きな話題はやはり終盤の2戦になると思います。セパンのレースウィークでは、ヤマハの人々はかなり胃が痛むウィークだったのではないですか?



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