Dual Clutch Transmission、略してDCT。バイクにとっては目新しいトランスミッションを搭載のスポーツバイクが登場したのは2010年7月29日、ホンダのスポーツツアラー、VFR1200Fが最初だった。その前年、モーターショー用のトレイラー映像で姿を現したDCTのデモンストレーションは、変速ショックの極めて少ないまるで魔法のようなミッションに思えたのが記憶に残る。
DCTはマニュアルミッションをベースに二つのクラッチを制御し、自動変速も可能にした点にある。機構的にスタンダードのミッションよりも部品点数が多い。ホンダのスゴイところは、バイクへの搭載を可能にするためDCTのメカニズムを限られたスペースに搭載できるよう小型化。油圧を使った変速機構の制御も、バイク乗りの感性に違和感が無いように合わせ込んできたことだ。重量増加も既存のMTミッションモデルをベースにそれを可能している点も見逃せない。
クルマと違いホンダのバイクのパワーユニットはエンジンケースの中にミッションがある。その通常のMTモデルをベースにDCT化するため。DCTの肝である二つのクラッチの配置を工夫し、油圧制御系もコンパクトにしてスペースをセーブ。重量増加も必要最低限としている。
DCTってどんな構造なのか?
そもそもナゼ二つのクラッチなのか──を簡単に説明しよう。ホンダのDCTの場合、1,3,5速、2,4,6速と、奇数段、偶数段それぞれのギアが装着されるシャフトにクラッチが装備される。例えば、1速から2速への変速時を例にとると、2速側が変速に備えて回転速度を合わせる「予備変速」動作を行うことで、あらかじめ回転を合わせておく。シングルクラッチのミッションでは、変速時にクラッチを操作するとエンジンの駆動力の伝達が一旦途切れるのに対し、DCTではその「途切れ」が極めて少ないうえ、変速時間も短い、ということなのだ。
実際、言葉で書いても伝えるのが難しい。が、DREAM店などのお店で試乗してもらえたら一発で解る。
ホンダのDCTはこのそれぞれのクラッチを既存のシングルクラッチミッションモデルのように2つのクラッチをレイアウトするために、一つのクラッチのスペースを二つのクラッチでルームシェアしているようなカタチになる。2つのクラッチを直列配置している、ということなのだが、ミッションシャフトの中にもう一つのシャフトを通し、2本のシャフトをあたかも同軸上にあるように配置しているのだ。
変速するためのシフトドラムなどはマニュアルミッションモデル同様存在する。ここからもDCTがあくまでもマニュアルミッション派生であることが解る。
巧い人でも相当驚く
DCTの煮詰められたバイク魂。
メカニズムのことはこの辺にして、DCTに乗るとどうなんだ、というコトをお伝えしたい。僕が初めて体験したDCTはVFR1200Fだった。跨がり、エンジンを始動し、右のスイッチボックスにあるシフトスイッチでニュートラルからドライブモードのDへシフト。あとはアクセルを開けるだけでバイクはスムーズに動き出す。その時、条件反射のように左手がクラッチレバーを握りに行ったのはお約束のDCTあるある、だ。
50km/hぐらいまで加速する間、そのあまりにもスムーズなクラッチさばきと変速動作にすっかり魅了されてしまった。特に発進。僕もクラッチ操作は常に精進しているつもりだが、DCT並の発進を無意識に10回連続で決めるのは難しい。20回になればさらにその確率は悪くなる。これでもか、と意地悪く、Uターンや右折、左折のクラッチ制御も試したが、そのクールさは常に一定。いつもDCTは巧いのだ。クラッチ操作ばかりではなく、素早いシフトも魅力だ。こんなに素早くシフトするとギア抜けリスクも高まるはず……。DCTはエンストする心配もないし、エンストしそうになって、思わず右手と左手操作の連携が崩れエンジンの回転だけが上がり焦ることもない。
こうしてDCTにひとしきり関心すると、今度はクラッチ操作やシフト操作から解放された自分の変化に気が付いた。いつもよりアクセル操作への集中力が俄然高いのだ。一所懸命に操作をする、という意味ではなく、アクセル操作で生まれたバイクの鼓動や動きが、音や加速感、減速感とリンクして触れている体の各部からいつもより潤沢に受けているのが解る。
カッコ良いけど、まさにバイクとの対話している感が深いのだ。その時、思ったのがクラッチ操作とシフト操作は、僕の脳内CPUを想像以上に使っていたいんだ、と驚いた。
NC750Xは、というと、正にDCT初体験の時の印象そのままに楽しめた。NC700シリーズが2012年の春に発売され、その年の初夏、VFR1200Fに搭載された制御よりも一歩進めた第二世代のDCTモデルが搭載されていた。なるほどVFRで体験したものよりさらに一体感が増していた。時を同じくしてVFR1200Fも制御を進化させ、NC同様の一体感を得ている。
第二世代の特徴は、例えばATモードで走行中、左のハンドルスイッチにあるマニュアルシフトボタンを操作すると、初代DCTはMTモードへと自動変更になり、その後、ライダーがAT/MTのモード変更スイッチを操作するまで自動変速をしないMTモードでの走行となった。ATモードで走行中、マニュアルシフトをするとMT優先となった。第二世代はATモードで走行中にエンジンブレーキが欲しい、追い越し加速がしたい(もちろん、ATモードではアクセルの開度、速度によって自動でシフトダウンされるのだが)時など、マニュアル操作ボタンでシフトダウンを選択しても、追い越し、減速が終わりアクセル一定の走行を続けると、絶妙なタイミングでATモードに復帰し自動的にシフト操作をしてくれるプログラムになっている。簡単なことだがこれが便利なのだ。
話をNC750X DCTに戻す。2014年春、NC700シリーズは排気量を拡大し現行のNC750シリーズへとモデルチェンジ。700時代から排気量が76㏄アップとなったほか、エンジンのバランサーが1本から2本となるなどの変更があった。700時代からすると10%以上の排気量アップ、そしてキャラクターがしっかり立った鼓動感とトルク感が生み出す750エンジンは、走っていて刺激が途絶えない。
300km近くを走ったが、充実感はバッチリ。700時代も個性はしっかりあったが、大排気量のクルーザーバイクに乗っているような低回転でのドコドコ感と力強いトルク、2000回転から始まるスムーズで滑らかな回転フィール、そして追い越し加速もあえてシフトダウンをせずともグワっと後輪が地面を蹴る感じなど、ぐっとビッグバイクらしさに磨きがかかっているのだ。
DCTはATモード。これだけエンジンが芳醇なパワーを持っていると、あえてMTモードにしてシフトをする必要もない。むしろ、シフト操作、クラッチ操作をバイクに任せ、景色や、ミラーに映る後方への配慮、そしてVFRでも感じた右手から感じるバイクとの会話に浸りながら走る。
Honda DCTを愉しむための操作説明
こちらで動画が見られない、もっと大きな画面で見たいという方は、YouTUBEの動画サイトで直接どうぞ。https://youtu.be/EbpNtwmDmF4。 |
Honda DCTでライディングをもっと愉しむ
こちらで動画が見られない、もっと大きな画面で見たいという方は、YouTUBEの動画サイトで直接どうぞ。https://youtu.be/kOGIKYeDdn0。 |
里山の道をゆくと海に出た。一休みしつつ、ワインディングへ。ここでもDCTはライダーに不思議なゆとりを与えてくれた。道の先へとはらう注意力に雑味がない。クリアなのだ。その感覚はノーマルミッション車と比較すると、ちょっと汚れたヘルメットのシールドから見る風景と、磨き終えたヘルメットのシールド越しにみる景色ぐらい、“見え方”に違いがある。あくまで感覚なのだが、安心感が高いのは間違い無い。
走行ライン、ブレーキによる速度調整への思考がクリアだから、神経が疲れない。ツーリング中に、これは大きな武器になる。
そしてちょっと意地悪だが、NC750Xをオフロードへも連れ込んでみた。林道だ。秋雨前線が去った翌日、道はあちこちに水たまりがある。土の路面は所々轍ができ、しかもぬかっている。太陽の当たっている場所ですらタイヤを通して路面の軟らかさが伝わってくる。
まずそんな林道で嬉しくなるのがDCTの発進制御が絶妙な点。アクセル操作に集中できるから、後輪を滑らせないようにスタートする事が想像以上に簡単。そして30km/h程度、2速から3速で進む。アクセルを閉じれば速度が落ち、自動的にシフトダウンしてくれるATモードでも全く違和感なくこの状況を楽しむことができる。DCTモデルにはABSが標準装備されるからブレーキングにも安心感が高い。
それともう一つ、停まった時の足着き性の良さだ。これはDCTでも通常のマニュアルミッションモデルでも本来シート高に変化はない。だが、停止してからギアをニュートラルにしたり、発進時にローにシフトするために足を踏み換える必用がなく、しっかりと足を着いた状態から発進が出来るのが嬉しい発見だった。林道では進行方向に向かい道路の路肩はなだらかだが確実に端に向けて落ちて込んでいる。今回のように路面が滑る、あるいはジャリで足場が不安定なのがふつうだ。その足場が夏は草に隠れて見にくいこともあり、林道の足着きには神経を使う。DCTは止まる時、安定した場所に足を着けるように止まれば、ほぼ「ヤバイかも!!」という感情にさいなまれることがない。これは強みだ。
翻ってみれば街中でも足着きにはDCTに優位性がある、ということにもなるだろう。確かに教習所では右足を着くのは減点材料だけど、立ちゴケをするより数段安全。そして発進の半クラッチの緊張とエンストの心配から解放されることは乗り手にスゴイ余裕を与えてくれるのだ。
さらに意地悪なテストをしてみた。狭い林道で方向転換に使う奥の手、アクセルターンだ。クラッチが無いDCTにはさすがに無理か……。
それがだ。旋回する方向に着いている足のつま先をしっかり向ける、そしてアクセルを捻る……。どうだ、いつもより簡単、綺麗に小回り完了。あれれ!!!! である。MTミッションでやる場合、時としてバイクを支えつつ、アクセルとクラッチをバランス良く操作する必用があるため、焦りと緊張から右手と左手の操作の同調バランスが崩れ、バイクの旋回が思うにまかせず90度ぐらいで終わる、という「まさか!」が頻繁に起こる……。重たいバイクでは特にそうだ。それがこんなに低い回転でぐるりと確実に回せるとは……。ご機嫌である。これもDCTが生む、アクセル操作に集中出来る利点だろう。
結果的にNC750X DCTは、この機構が生む心の余裕で、場面を問わないライディングの一体感と、より深くバイクとの時間が濃密になる、ということだった。つまりホンダが提唱するDCTは簡単ライディングのために造られたオートマではない、ということなのだ。
想像以上だったNM4-02の市街地での実力。
NM4-02も走らせた。このモデル、デザインの話題性はスゴイ。実際、街中で注目を浴びる。原宿の信号待ちで、じっくり見る人、見ないふりしてみる人を合わせると、信号待ちで7割がたこのバイクを見ていたように思う。このカタチ、そしてカラーオーダープランの中から選べる真っ赤なボディーカラー……。
しかしパワーポイントはソコだけではない。このバイクを走らせると、これぞDCTが広げるバイクの世界、といわしめるムードを持っているのが解る。独特のライディングポジション、ワイドなボディーのバイクを何の気兼ねなくクルーズさせられる。アクセル操作だけで動くDCT+トルクたっぷりの750㏄エンジンの組み合わせでライディングへのストレスは皆無。NC系とは違った走りの質感を持っている。そう、高級な感じがするのだ。サスペンションの動き、加速感や音、そしてブレーキを掛けた時の減速感も含めてだ。
最初、視線がちょっと恥ずかしかったのも忘れ、NM4-02が持つ世界観に浸り始めると、これが心地良い。仮にクラッチ操作を要する通常のMTモデルだったら、ここまでNM4-02と対話を楽しむよりも他のことに神経が行っていたはずだ。
つまり、DCTはバイクの深淵をライダーに見せてくれる装置であり、NM4-02のようなアバンギャルドな外観に潜むコンサバティブなバイクの魅力をカクテルにして乗り手に伝達しているのだ。たった1時間ほど町を流しただけで自分の気分がガラチェンしていたのも新しい発見だった。
クラッチレバーを操作する、と、
マニュアルミッションは同義ではない、
のかもしれない……!
今回の試乗で僕は一つの結論を得た。DCTが提唱するクラッチ操作フリーのスポーツライディング。かつてどんなクルマもマニュアルじゃないと気が済まなかった自分にとって、回転や加速力、エンブレを引き出せる操作が自分主体でできるのであれば、必ずしもクラッチを操作するコトが絶対条件ではない、ということだ。実際、海外ブランドの中にはスポーツモデルだけではなく、ツーリングモデルにクラッチ操作無しで変速を可能にするシステムを投入するモデルがある。シフトアップ、ダウンもだ。そしてそのバイクに乗ると、同様にクラッチを切る、繋ぐは決してバイクを楽しむ必須条件では無いと感じ始めていた。
DCTはその意味でMTミッションの進化版であり、イージーライドを目的にしたものではない。今回もじっくりつきあって改めて実感出来た。なのでMTミッションをさんざん乗り倒した人にDCTに込められたMT魂を、バイク経験が少ない人でも、クラッチ操作が無いだけでどれだけ気軽にスポーツバイクの世界をじっくり楽しめるのか、是非未体験の人はお店で体験してみて欲しい。きっと「あんなオートマ」なんて言えなくなりますから(笑)。
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