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はいみなさんこんにちは。MotoGPに参戦する各メーカーの技術陣リーダーとともに、波瀾万丈の昨年を振り返り疾風怒濤の今シーズンを展望する毎年恒例の〈行った年来た年MotoGP〉であります。2020年版は、熱狂的ファンの多いSUZUKI篇からスタート。2019年シーズンは最高峰クラス3年目のアレックス・リンスと大型ルーキーのジョアン・ミルという陣容で挑み、リンスが第3戦アメリカズGPと第12戦イギリスGPで優勝して年間総合4位。一方のミルは、シーズン中盤に負傷欠場を強いられる不運もありながら、9戦でトップテンフィニッシュを果たしてランキング12位。

というわけでTeam SUZUKI ECSTARの成果と課題について、プロジェクトリーダーの佐原伸一氏と技術監督の河内健氏にたっぷりと伺った一部始終を早速お読みいただくといたしましょうか。では、LET’S GO。




●インタビュー・文:西村 章 ●取材協力:スズキ http://www1.suzuki.co.jp/motor/
2008年アメリカGP
今回、お話を伺ったスズキレーシングカンパニー レース車両開発課(右より)佐原伸一氏(プロジェクトリーダー)、 河内 健氏(テクニカルマネージャー)。
※以下、写真をクリックすると大きく、または違う写真を見ることができます。

―2019年のGSX-RRは、特に車体面で2018年の仕様を踏襲して大きな変化がないようにも見えたのですが、まずはその点から教えてください。

河内「細かい部分で微妙な違いはあるのですが、メインフレームのカーボンを巻いた部分については、2018年の後半に使用していたものとほぼ同じですね」

―一般的に〈スプーン〉と総称されているスイングアーム下部のアタッチメントは、整流効果を得られるものなのですか。

河内「それほど大きな違いはなくて、あるとないでは、あったほうがちょっといいかな、という程度ですね」

―タイムにも影響はありますか?

佐原「若干は反映しているだろう、と信じているんですが……」

河内「ジョアンが一度、ウォームアップで装着していないとなぜかタイムが出なくなったので、決勝レースでまた装着した、ということがありました。コンディションをはじめ、いろんな条件が違うから一概にはいえないのですが、データ上も少しいいところは出ていますね。それがはたしてタイムに直結しているのかどうかについては、なんともいえませんが」

佐原「ドゥカティさんが主張していたように、タイヤの温度にも効果は多少あって、データ上では少し下がる傾向にはありますね」

SUZUKI
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―ということは、ライダーのトラクションのフィーリングにも影響がある、ということですか?

佐原「同じ条件で比較することが難しいのでなんともいえないのですが、装着した場合は少し温度が低めになるのかな……という程度の差異です」

―この〈スプーン〉のように、ドゥカティはレギュレーションの抜け穴を見つけることが非常に巧みですが、スズキはそういう方面のトライはしないのですか?

河内「何かないかと思って我々もルールブックを読んで捜してみたんですが、見つからなかったんですよ(笑)」

―2019年は手で操作するリア用ブレーキを取り入れるライダーもいましたが、スズキの両選手はどうだったのですか?

佐原「まだですね。うちのライダーたちはフットブレーキの操作が上手なので。手のリアブレーキが必ずしも必要だというわけではありませんが、いずれトライはしてみようと思っています」

―スイングアームはカーボンが主流になりつつある傾向で、2019年はヤマハも試行錯誤しながら採り入れる方向になっていきました。スズキも対応する予定はあるのでしょうか。

河内「研究し、検討をしていかなければならないとは思いますが、カーボン素材にするメリットをまだ充分には予測しきれていないのが実情ですね」

―軽量化にはなるわけですよね?

河内「カーボンにすることで軽くできる場合もあるのかもしれないけれども、設計、構造によってはアルミより重くなることもあるんですよ」

―剛性バランスはアルミ素材とは異なるのでしょうか。

河内「特性の変化はあるでしょうね。おそらく、フィーリングが変わるのではないかと予測はしています。検討はしていきますが、今のところ、様々な開発課題の中でプライオリティが高いわけではありません」

SUZUKI

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―GSV-Rの時代は、硬かった車体をどんどん柔らかくする方向だったと思うのですが、今の傾向は逆に、柔らかかったものにカーボンのラッピング補強などを入れて硬くしていく方向になっていますね。

河内「そうですね。直4で復帰した時のフレームはかなり柔らかめだったので、それにちょっとずつ(剛性を)足している方向ですね」

―2018年から2019年で大きな変化がないということは、今がいちばんいいバランス、ということでしょうか。

河内「いろいろ試しているのですが、これをなかなか越えないので、その意味では、まあまあいいところに来ているのかなと思っています」

―では、2019年の開発課題はどこにあったのですか?

河内「今のバランスを崩さずにどれだけ性能を上げるか、というところがいちばん難しかったですね。何かやったとしても『ここはいいけどあそこがダメ』となって、結局元に戻ってしまうか、もしくは今までの良かったところが消えてしまう。だから、バランスを崩さずに少し良くする、ということがけっこう難しくて、そこに苦労をしました。
 たとえば、2018年シーズンが終わってバレンシア事後テストのときに、2019プロトタイプエンジンを持ってきて試したのですが、アレックスが『パワーはあるけどコントロール性が足りない』という評価だったので、急遽仕様をやり直してシルバン(・ギントーリ)に追加のテストをしてもらい、また違うエンジンを作って2月のセパンに持っていったところ、アレックスから『これならOKだ』という流れでエンジンが決まった、という経緯がありました」

SUZUKI

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―では、バレンシアテスト仕様のエンジンと比較して、最終的に採用したエンジンはコントロール性が優れているけれども、パワーではわずかに劣る、ということになったわけですか。

河内「わずかに下りましたが、以前と同等以上のコントロール性を確保したままアップデートをできました」

佐原「もちろん我々が開発を進める際には、コントロール性を落とさずにピークの馬力を上乗せする目標でやっていて、ベンチ上ではそのとおりの数値がでていました。ところが実際に走ってみると、河内が言ったように扱いにくい部分も出てきたので、馬力で10上乗せできていたところを6とか5でガマンして、コントローラビリティを維持したものを最終的に選択した、というわけです。昨年と同等以上のコントローラビリティで、当初の予定ほどではなかったものの馬力の上乗せもできている、という結果です」

―2020年の方向性も、2018年から2019に向けた改善と同じ方向ですか?

佐原「パワーはもちろんほしいんですが、コントロール性を落とすことは絶対にしない、というスタンスは変わらないですね」

―リンス選手の2019年のパフォーマンスはどうでしたか?

佐原「確実にチャンピオンシップを争える実力をつけてきたと思います。それがシルバーストーンの優勝にもつながっています。一方で、安定性という面では、まだ改善すべきところがライダーとオートバイの両方の面であるのかな、と思っています。たとえばアッセンは転ばなければ勝てていた可能性が高いし、ザクセンリンクも転倒しなければ表彰台を獲れていたでしょう。予選タイムも、なかなか上位に行けなかったので、そこは改善の余地があります」

―予選で上位を逃す理由をリンス選手に訊ねても、いつも『わからない。それがわかれば、改善している』という返事でした。原因はどこにあるのでしょうか?

佐原「予選そのものの得意不得意、予選はあまり得意じゃないけれども決勝レースは好き、というメンタルな要素もあるのかもしれませんが、予選で思いきりブレーキングをして寝かしこんで加速していく動作をライダーがしたときに、オートバイが性能を100パーセント発揮できない状態になっているのかもしれません」

―予選で速いバイクと決勝で強いバイクの違いは、セットアップで対応できる範疇なのでしょうか?

佐原「ある程度はセットアップでカバーできると思います。構造的に変えなければならない部分もひょっとしたらあるのかもしれない、とも思います」

―では、その部分が2020年の重要な改善のひとつ?

佐原「そうですね。アイディアはすでにいくつかありますよ」

SUZUKI
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―リンス選手はCOTA(第3戦)とシルバーストーン(第12戦)で優勝しました。以前、河内さんはCOTAで勝った際に非常に感動したと話していて、シルバーストーンは「あ、勝っちゃった……」という印象だった、と言っていました。このふたつの勝利の違いは、具体的にどういうことなんでしょうか。

河内「なぜでしょうね……、でもそう思ったんですよ(笑)。初優勝ということもあったからか、オースティンはうれしかったし感動的でした。シルバーストーンの場合は、アレックスがよくがんばってくれて、ライダーの仕事が大きかったように思います。あと、コースがスズキのバイクに合っていた面もあるので『あ、勝っちゃった』と思えたのかもしれませんね」

佐原「わたしは、マルケス選手に競り勝ったという意味でも、シルバーストーンは大きな意義があったと思いました。もともと苦手なコースではないのですが、路面の改修で我々のいい面がさらに出やすくなって、結果的にアレックスが優勝してくれました。負傷欠場していたジョアンの代役で参戦したシルバンも、ペース良く走ってポイントを取ってくれました。あの状態を維持できるのであれば、今後も期待できるサーキットのひとつになるでしょうね」

―COTAの優勝は、佐原さんにとって量産車部門からレース部門に復帰して初めての勝利でしたね。

佐原「そうですね。マーベリックが優勝したときは、わたしはレース部門にいませんでしたからね。COTAの初優勝は反響も大きくて、社内や社外でレースへ興味を持つ人がすごく増えた手応えがありました。シルバーストーンは、『次の優勝はいつなの?』と皆が待っていたときに勝てたので、その意味でも大きな勝利でした。ドラマチックなレース展開だったし、さっきも言ったとおりアッセンやザクセンリンクの転倒の後だったから、なおさら『勝てて良かった……』と胸をなで下ろしました」

―その意味では、今年の2勝はCOTAでバレンティーノ・ロッシ選手を凌ぎきり、シルバーストーンではマルク・マルケス選手に最終ラップ最終コーナーのバトルで競り勝ったという、非常に意義の大きい2勝になりましたね。

佐原「大きいですね。何かミラクルを狙って作ったモノを入れて勝った、というわけではなく、積み重ねてきたことがようやく形になった。地道な開発をしてきたことが優勝につながった、という感触を得ることができました。だから、さっきも話したとおり、2019年のバイクは2018年とそんなに大きく変わったところは、正直言ってないんですよ。でも、それは言い方を変えれば、地道な積み重ねの結果がああいう形になっているのだ、ということでもあります。今後も、何かを変える場合でもひとつひとつ積み上げて変えていくやり方は維持したいし、それが結果に繋がるのだと信じています」

SUZUKI
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―2016年に勝ったときは「冷えたコンディションに助けられた面もあった」と河内さんは言っていました。今年は積み重ねた結果の勝利ですね。

河内「とはいえ、我々はいつもホンダ、ヤマハ、ドゥカティ他と互角に戦って優勝争いをできます、とはまだ言えないですよ。まずは表彰台を常に獲るようにならないといけないし、どういう状況であってもしっかりとトップ争いをできるように我々もワンステップ上げていかなければいけないと思っています」

―シルバーストーンの優勝以降は、一度も表彰台を獲得できませんでした。その理由はどこにあったのでしょうか。

佐原「特に後半戦に苦手コースがあったわけではないのですが、苦戦を強いられた理由のひとつは、調子を崩していた他のメーカーやライダーが本来の戦闘力に戻してきたこと。特にヤマハのライダーが速くなったのは、ひとつの要因になったと思います。もうひとつは、予選が3列目や4列目だと、そこから前に出るために消耗する部分が大きく、それがレースの結果に影響したことはあるのかもしれません」

―一方、ミル選手の初年度はどう評価していますか?

河内「Moto2を1年しか乗っていないルーキーなので、ふつうに乗れるようになるまでにはもっと時間がかかると思っていましたが、開幕当初から既にフィジカル面でもMotoGPマシンに乗るための体力は備わっていました。ケガはあったものの、我々の予想に反して吸収は非常に早かったですね」

―ビニャーレス選手の初年度やリンス選手の初年度と比べるとどうですか?

河内「いいと思いますよ。ジョアンは、ちょっといままでのウチのライダーになかったような、若干アグレシッブなライディングスタイルです。スズキの長所を活かすライディングの習得も必要だし、ジョアンのライディングに我々のバイクが近づくことも必要でしょう。シーズン後半は、その合わせこみ作業が続きました」

佐原「後半戦になるにつれ、予選でジョアンのほうがアレックスより上に行くこともあったし、決勝レースでもシーズン前半はタイヤを持たせることに苦労をしていたジョアンが後半戦ではうまく習熟できるようになってきました」

SUZUKI
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―2020年は、リンス選手とミル選手にどれくらいの走りを期待していますか?

佐原「成績はあとからついてくるものなので、それを目標にして予測を立てるのは難しいのですが、いつもトップを争う位置でレースをすることは目指したいですね。毎回トップを争うことができれば、条件が揃ったときには優勝も見えてくるはずです。そもそも、勝つつもりで毎戦臨まなければ、表彰台にも届かないですからね」

河内「表彰台争いをできるところには必ずいなければならないと思っています。アレックスは今年取りこぼしたレースの反省も踏まえて、年間2勝以上。皆から3勝は期待されているでしょうし、ジョアンはシーズンが始まって早い時期から表彰台争いがマストになりますね」

―〈ホンダ+マルク・マルケス〉のパッケージに対して〈スズキ+アレックス・リンス〉〈スズキ+ジョアン・ミル〉のパッケージに足りないものがあるとすれば、何でしょうか?

佐原「何でしょうね……。予選順位もそうだけど、ライダー、オートバイ、両方の意味でスタートダッシュがすべてですね。マルクも人間なので、ずっとプレッシャーをかけつづけていればきっとミスもする。前に出てもいいし後ろにピッタリつけてもいいし、とにかく最初から最後までずっとプレッシャーをかけ続ける。そのポジション取りをできていないのは、たしかに我々の足りていないところです。予選順位も含めてね。
マルクは、強いですよ。ちょっとくらいの逆風が吹いたって、彼ならきっと勝ってしまう。でも、プレッシャーを与え続けないとミスを犯してくれないから、そこは逆風を与え続けるしかないですね」

―逆風を与え続ける準備は、できていますか。

河内「圧倒的なラップタイムは、ホンダとマルクのパッケージはすごいですよね。でも、佐原がいったようにすべてがパーフェクトではないので、どこかにつけいる隙はあるはずです。レースというものは年間の勝負なので、一戦で勝って倒すと次が大事です。勝った次のレースでもいい走りをするとだんだんそれがあたりまえになって、力関係も徐々に変わっていきます。一戦勝っただけでは変わらなくても、それが続けば年間のレースの流れは変わっていくはずなので、そうやってじわりじわりと差を詰めてチャンスを狙いたいと思います」

―2020年はスズキ株式会社の創立一〇〇周年、グランプリ参戦六〇年目という節目の年にあたるそうですね。

佐原「だからといって特別に開発の取り組み姿勢が変わるわけではありませんが、せっかくの記念の年なので、いい結果にしたいですね。いつもどおり、全力で戦います」

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チームスズキエクスターのGSX-RR開発メンバーとして2019年シーズンを戦った皆さん。(左より)出口 明仁氏(車体設計)、野口省吾氏(車体実験)、内山貴裕氏(エンジン実験)、(河内テクニカルマネージャー、佐原プロジェクトリーダーを挟んで)山田真大氏(制御開発)、秋山高樹氏(エンジン設計)、森貞 俊氏(電装設計)、大谷 明氏(メカニック)。

【西村 章】
web Sportivaやmotorsport.com日本版、さらにはMotosprintなど海外誌にもMotoGP関連記事を寄稿する他、書籍やDVD字幕などの訳も手掛けるジャーナリスト。「第17回 小学館ノンフィクション大賞優秀賞」「2011年ミズノスポーツライター賞」受賞。

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2020/01/20掲載