2018年1月18日
「行った年来た年MotoGP Honda篇」ジャーナリスト 西村 章が聞いた 技術者たちの2017年回顧と2018年への抱負
「行った年来た年MotoGP Honda篇」
●取材協力:ホンダ http://www.honda.co.jp/motor/
-2016年は9人の優勝者が出て、2017年はまた違った意味で波瀾万丈の一年になりました。あのような厳しい展開になることは予測していましたか?
桒田「今までにも最終戦までチャンピオン争いが続いたことはあったし、そういう意味で言えば予想の範疇と言えば範疇でした。が、自分たちのシーズン全体を見返せばアップダウンもあって、厳しいシーズンになった、という印象ですね」
-桒田さんにとっては、マネージメント初年度でもありました。一番心がけていたことは何ですか?
桒田「コミュニケーションです。今までも良いコミュニケーションを作れていましたが、さらにチーム、ライダー、エンジニアたち、日本側の開発メンバーのコミュニケーションを緊密にしていこう、ということを常に心がけていました」
-思っていたとおりに運びましたか?
桒田「自分ではうまく進めることができたと思っています。その成果は、今年や来年の結果としてあらわれてくるのだろうと思います」
-中本さん時代から何かを加味したり変えていったことなどはあるのですか?
桒田「強いチーム、強いホンダを作る、というゴールは中本さん時代と同じです。私は中本さんではないので自分のカラーを出して進めよう、そう考えて自分にできることをやってきました。あまり、変えたというイメージはないですね」
-国分さんは、去年のこのインタビューで『2017年のエンジンは、いわゆる〈ビッグバン〉ではない』と言っていましたが、2016年と2017年の違いとして、今、何か言えることはありますか?
国分「2016年と2017年でエンジンは大きく違いますが、延長線上にあるバイクなんですよ。2016年には、ある方向が少し見えて、そこを伸ばして行くために新たなチャレンジが必要だったので、2017年はエンジンに手を入れて進めてきました。だから、あまり極端に変わったわけではないと思います」
-その「ある方向」とは?
国分「かつてのHondaは、コーナリングで他社にアドバンテージがあることはあまりなく、どちらかといえばストレートでアドバンテージがあったのですが、一昨年(2016年)には何度かコーナーで他社を抜くという光景がありました。そういうマシンはホンダの歴史でもあまり例がなかったので、この新たな発見をさらに押し進めながら、ホンダらしさの加速面でも開発を進めたのが2017年のバイクです」
-では、2018年は加速性と旋回性のバランスをさらに進めていく、と。
国分「そうですね。良くなった部分をスポイルさせる必要はないので、全体的にさらにバランスさせるという方向です」
-2017年を振り返ると、マルケス選手が最初に勝ったのはオースティン(第3戦)。そして、次のヘレス(第4戦)でペドロサ選手が勝ったあとは、なかなか勝てないレースが続きました。その時期は、試行錯誤が続いていたのですか?
国分「新たなことをやると、煮詰めるのにある程度の時間はかかるものです。オースティンとヘレス以降も、我々の中では『まだセッティングが充分にできてないところがあるよね』という捉え方だったので、周りで思われていたほどには苦戦をしていませんでした。もちろん、楽観視していたわけではないですよ。それでも課題はしっかりと見えていたので、それを着実にセッティングしていきましょう、という姿勢で取り組んでいました」
-では、時期が来ればライバル勢に追いついて挽回できる、という展望があった?
桒田「明快な展望があったわけではないです。ただ、それを言うならアルゼンチンまでのほうがよっぽどキツかったですね。ヤマハさんが強さを見せていたなかで、我々もポテンシャルがあって戦っていけると思ってはいたものの、アルゼンチンではマルクとダニが転倒し、とても厳しいレースになりました。次のオースティンでもし勝てなければ、今シーズンにいろいろと変えてきたものに対して『実は間違っていたんじゃないのか……』という疑心暗鬼が生まれてくるかもしれません。さらに、あのサーキットはマルクの得意コースでもあります。だから、オースティンは絶対に勝ちに行かなければいけない一戦でした。そこで勝てたことにより、戦っていける自信や手応えを掴むことができました。次のヘレスでもダニが勝ってくれたので、『方向性は間違っていない』という確信をさらに強めることができました。その後の数戦は、今年のバイクをきちんと使えるようになるためにまだできることがある、と追究していく時期が続きましたが、このマシンでチャンピオンを争っていける、と思って戦っていましたよ」
-マルケス選手は、チャンピオンを獲得した後に『夏休み前のザクセンリンク(第9戦)と夏休み明けのブルノ(第10戦)で勝てたことが重要だった』と話していました。桒田さんや国分さんも、そこは同じ意見ですか?
桒田「ブルノはチーム力、総合力で勝ったレースでした。ザクセンリンクの勝利は大きい一勝でしたね」
国分「そうですね。オースティンもそうですが、ザクセンリンクもHondaが得意としてきたコースなので、そこはやはり結果につなげたい、という思いが我々全員にあります。過去に勝ったコースで負けるのは、やはり、ダメージが大きいですからね。だから、勝てるところではしっかり勝つ。それを達成できると、ライダーもメカニックもチームも、そして我々も安心しますよね。特にマルクはザクセンリンクの連勝記録更新もかかっていたので、プレッシャーも大きかったと思います。そういう中でも勝ちきることができたのは自信につながったでしょうし、我々も、『やはり勝てる力があるよね』と確信できました。
これは何年やっても思うことなんですが、道具を使い切る、というのは本当に難しいことですね。どんなにいい包丁を買っても、手に馴染むまではしばらく時間がかかるじゃないですか」
-オースティンやザクセンのように、ずっと勝ってきたサーキットで勝ちに行くのは、表彰台を狙いにいくレースよりも、プレッシャーも段違いに大きいのでは?
国分「もちろんプレッシャーはあります。だから、そのために万全の準備をしましょう、ということなんですよ。マルクにもプレッシャーはあったと思います。でも、彼はそれを力に変えることのできる選手なんです」
桒田「勝つためにはそれぞれの役割があって、ライダーやメカニックやエンジニア、我々、それぞれにそれぞれの役割があります。勝つためには、各自が自分にできることをしっかりやっていく。プレッシャーがないと、案外それはできないものなんですよ。だから、プレッシャーはある意味で自分たちのモチベーションにもなっているので、意外とマイナスにはならないのかな、と私は思っています」
-一方で、オーストリア(第11戦)やもてぎ(第15戦)など、ドヴィツィオーゾ選手とのバトルになると僅差で負けていました。その理由はどこにあったのでしょう?
桒田「マシンですね」
国分「ドゥカティを相手に戦ったとき、加速性能で我々は彼らを越えていなかったことは、データでも明らかでした。さらにもうひとつ、ドヴィツィオーゾ選手の進化、という要素もあったと思います、彼はかつてHondaにいたことがあるので、速いライダーであることは我々も充分に認識しています。さらに2017年の彼は、強いライダーになった、という印象があります。ドゥカティは加速とトップスピードが優れていて、我々も近いところまで迫っているのですが、彼らを上回るところまでは行っていません。だから、ああいう勝負になると加速で差が出てしまう。原因はマシンだったと思います」
-シルバーストーン(第12戦)では、Hondaには珍しいエンジンブローがありました。何か予兆はあったのですか。あるいはいきなり発生したのですか?
国分「いきなりでしたね。我々も正直、何が起きたのかと真っ青になりました」
-何が起こっていたのですか?
国分「詳細は話せませんが、現象をチェックしてデータを分析すると、原因はすぐに突き止めることができました。シーズン中のエンジンは封印されていますが、こういう対応をすれば大丈夫だ、と我々の中で筋が通ったので、次のレースからも同じスペックのエンジンを使い続けました」
-同じスペックのエンジンで、以後のレースでもシルバーストーンと同様の現象が起こる可能性はあったのでしょうか?
国分「対応をしなければ、可能性はありました。ただし、その場合でも可能性は限りなく低かったと思います。しかも、あの出来事の直後に技術的な対応をしているので、以後のレースでは大丈夫でした」
桒田「我々は、考えられるかぎり様々な事柄が発生した場合の対応策を考えています。けれども、あのときは想定していないことが起きてしまったんです。たとえば、普通ならば二つくらいしか同時に起きないことが四つも五つも一度に発生するというような、我々の見えていなかったことがあった、というわけです」
国分「次のレースまで実質、一週間もないんですよ。それまでに対応しなければならないので、現場でわかるところまでチェックして、情報とデータを日本に持ち帰ってエンジニアたちと話をして全力で対応にあたり、これなら壊れない、と保証できるところまでしっかりと確認をしました」
-ミザノ(第13戦)は雨のレースでしたね。
桒田「雨でしたね」
-シルバーストーンの次が雨だったために助かった、という要素もあるのでしょうか?
桒田「それは関係ないです。雨だから大丈夫とか晴れだから起きるとか、そういうものではなかったので、そこは関係ないですね」
-チャンピオン争いが最終戦までもつれ込んだのは、ドゥカティの健闘による結果ですか。あるいは、ホンダが苦戦したからでしょうか?
国分「ドゥカティは、もともと戦闘力が高いですよ。彼らの着実な進歩を一番皮膚で感じているのは、我々エンジニアですからね。去年だけではなく、2016年も、ドゥカティは今と同じようにポテンシャルが高かったと認識しています。我々は、一度たりともドゥカティをライバルから除外したことがありません。ヤマハやスズキも含めて、三つ巴になるのか四つ巴になるのか、ということをいつも考えながら戦っています。ライバル勢に勝てるように、我々もがんばらないといけません」
-ペドロサ選手のランキングは4位でした。どんな一年でしたか?
桒田「ダニは、アップダウンがマルクに比べると大きかったので、マルクよりも厳しいシーズンになってしまいました。ただ、結果を見ればわかるとおり、けっして悪いシーズンではなかったんですよ。我々が彼のスイートスポットにうまく当てられなかったから、アップダウンが大きくなってしまった側面もあります。彼のポテンシャルや速さに疑問はないので、アップダウンの幅を小さくさえすれば、2018年はチャンピオン争いをできると思っています。今シーズンは是非とも、『Repsol Hondaのライダー同士によるチャンピオン争い』を実現してほしいと思っています」
国分「2017年にマルクの次に表彰台をたくさん獲得したライダーは、実はダニなんです。9回も表彰台に上がっているのにランキングが4位だったのは、表彰台を外したときの落とし方が大きかったからで、そこさえちゃんと合わせてあげれば、彼は本来の速さを発揮できるんですよ」
-マルケス、ペドロサ両選手ともに、Hondaはライバル陣営のような大がかりなエアロフェアリングを使いませんでしたね。
国分「我々は、マジメすぎたのかもしれませんね(笑)レギュレーションの解釈が各メーカーでわかれるポイントでした」
-体格の影響もあるのか、ペドロサ選手の方がマルケス選手よりも幅の狭いエアロパーツでした。
国分「オートバイはライダーがものすごくたくさんのことを感じとりながら走る乗り物なので、ああいう要素もライディングには影響を与えます。オートバイって本当に面白いなあ、と改めて感心すると同時に、その難しさも痛感しました。ライダーがいろんなことを感じながら走っているそのなかで、我々はレギュレーションに従って突起物を無くすように作ったら、あれよあれよという間にライバル陣営のフェアリングがドラスティックに変わっていきました。でも、小さくても影響はありますよ」
-Hondaはエアロダイナミクスを心配する必要がないのかなあ、と思って見ていたのですが。
桒田「ライバル陣営でも、エアロフェアリングをずっとつけている選手もいれば、状況に応じて使い分けている選手もいましたよね。ライダーの好みによって変わるセッティングパーツのようなものではないでしょうか」
国分「我々も、2018年はどうなるか楽しみですよ」
-ということは、ライバルメーカーのように大がかりなフロントフェアリングになっていくのですか?
国分「さあ、どうでしょう。楽しみですね。逆に、『なあんだ……』という場合もあるかもしれませんけれどもね」
桒田「ああいうものにもポジティブとネガティブの要素があって、ポジティブだけなら皆が使うのでしょうが、そこが難しいところですよね」
-2017年からの大きな変化という意味では、ダッシュボードメッセージもそうですね。Hondaは2017年は決勝レースでは使っていませんでした。
国分「2018年からは我々も使うことになります」
-ピットインのメッセージなどで?
国分「さあ、どうでしょう。放送で表示されるので、興行的なエンタテインメント性は確かに高まりますが、その反面、戦略もバレてしまいますよね。だから、我々のダッシュボードメッセージの使い方は、まだナイショです」
-ミザノでは、マルケス選手がレース中に足を出し、チームにマシンの準備をボディランゲージで伝える、ということもありました。
桒田「コース状況をいちばんよく把握しているのは選手ですからね。最終的にはライダーの判断に委ねなければならないことも多く、我々はライダーが判断したことに対して万全の用意ができているかどうか、というその部分に関しては、これまでとあまり変わらないのではないかと思います。こっちからメッセージを送っても、読まれなければそれまでですから」
国分「そういう意味では、コミュニケーションツールというわけではないんですよね」
-2018年は、クラッチロー選手もファクトリー契約です。マルケス、ペドロサ両選手と同じマシンでのスタートになるわけですか。
桒田「そうなるでしょうね」
-Estrella Galicia 0,0 MarcVDSのフランコ・モルビデッリ、トマス・ルティ両選手、そしてLCR Honda IDEMITUの中上貴晶選手はサテライトなので、マルケス選手の2017年チャンピオンマシンからスタート?
桒田「そういうイメージですね」
-各選手への期待を聞かせてください。
桒田「カルは、2016年は活躍してくれましたが、去年は少し厳しいシーズンになりました。彼には開発面で協力してもらうことも多いでしょうし、重要な役割の選手だと思っているので、今年は2016年を上回る走りを見せてほしいと思います。新人3人はMoto2から上がってきて同じバイクに乗ることになるので、切磋琢磨しながらレベルを向上させていくためには、いい環境だと思います。中上は4年ぶりの日本人MotoGPライダーなので、その意味でもがんばってもらいたいですね。アジア地区の若いライダーたちにとっては彼が目標になるので、がんばって結果を残してもらえば、皆の良い刺激になると思います」
第2戦アルゼンチン、ホンダ勢の中でシーズン初表彰台となったカル・クラッチローは2018年、HRC契約となり、ワークスマシンを駆ることに。チームメイトはMotoGPクラスデビューとなる中上貴晶。
-2018年のテストライダーは、高橋巧選手と青山博一氏。青山氏はMoto2の監督業で忙しくなるでしょうが、高橋選手が2017年のようにSBKにスポット参戦する可能性は?
国分「今年は8耐でチームを起動し、全日本でも連覇がかかっています。なので、まずはMotoGPの開発や8耐と全日本に集中してほしいと考えています」
-かつてHRCが8耐でファクトリー参戦をしていたときは、2チーム体制だったことが多かったように思います。今年はどうなるのでしょうか。
国分「先日のリリースは、HRCの参戦発表をしただけなので、詳細については今後のお楽しみ、というところですね」
-Moto3についても聞かせてください。2017年のHondaは圧勝のシーズンでしたね。
国分「17勝したのだから、できれば18勝したかったですね」
-なぜあんなにHondaが強かったんですか?
国分「じつは、皆が言うほどHondaとKTMに差はなくて、最高速もむしろKTMの方が速いくらいでした。でも、ジョアン・ミルが落としたときはフェナティが来るし、フェナティが落としたときは他のHondaライダーが来る。我々も、Hondaのライダーたちやチームに全力でサポートをしました。だから、あえて言うなら総合力ですね、たぶん」
-今年はマヒンドラがいなくなって、KTMとの一騎打ちになります。
国分「KTMがあのままでいるとはとても思えないので、我々もしっかりと戦えるように開発を進めています」
-2018年も優位を保てますか?
国分「こればかりは、フタを開けてみないとわかりません。2017年も、開幕前にマシンの差はほとんどありませんでした。今年もどうなるかはわからないですね。確実に、ライダー同士の激しい争いになるでしょう。Honda陣営は、ホルヘ・マルティンを筆頭にがんばってくれると思います。鈴木竜生、佐々木歩夢、鳥羽海渡の日本人3選手の活躍にも期待をしています」
-では、総じて2018年に向けた手応えはどうですか?
国分「混戦だな、という手応えならありますよ。ライバル陣営はいずれも強力で、さらに進化してくるでしょうから、また胃が痛くなるシーズンが始まります。その状況下で一番大事なのは、ファンの方々に愉しんでもらえるレースをしっかりとすることですね。我々の理想はあくまで全戦ブッチギリの全勝ですが、それだとたぶん、観ている人は面白くないですよね。だから、我々の理想と観戦する方々の理想は一致しないんです。そのなかでも、できるかぎり勝つ回数を増やしていくことを、今後も変わらず目標にしていきたいと思います」
桒田「もちろん、三冠の連覇を狙っていきます。難しいことはまちがいないし、ほんのわずかの失敗が命取りになるので、ミスなくパッケージ全体で最大のパフォーマンスを発揮できるようにしなければいけません。勝つために、それぞれがそれぞれの役割を果たし、惑わされることなく一丸となって戦うための準備をしっかりと進め、開幕戦からダッシュできるようにしていきたいですね。毎年必ず何か反省点があるので、どんなに素晴らしいシーズンでも100点満点はありえないと思います。常に進化していくことを考えながら、皆の満足度を上げられるように、2018年も全力で取り組み続けます」
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