2018年1月12日
ジャーナリスト 西村 章が聞いた 技術者たちの2017年回顧と2018年への抱負
「行った年来た年MotoGP SUZUKI篇」
Team SUZUKI ECSTARにとって2017年は苦難の一年だった。アンドレア・イアンノーネとアレックス・リンスはシーズン序盤から厳しい戦いを強いられ、共に一度も表彰台を獲得しないまま全18戦を終えた。その結果、2018年のスズキはライバル陣営よりも規制が緩やかなコンセッション(優遇措置)を適用されることになった。
ただ、その一方では終盤4戦に両選手が共に高いパフォーマンスを発揮し、長いトンネルを脱しつつある光明を窺わせたのも事実だ。MotoGPプロジェクトリーダーの佐原伸一氏と技術監督・河内健氏に、苦闘が続いた2017年シーズンの回顧と、捲土重来を期する2018年の展望について訊ねた。
●インタビュー・文:西村 章
●取材協力:スズキ http://www1.suzuki.co.jp/motor/
-プレシーズンは順調にテストを進め、開幕戦ではイアンノーネ選手が予選2番グリッドを獲得。リンス選手は18番手から追い上げて9位フィニッシュ、とまずまずの内容でした。何かがおかしい、と感じはじめたのはいつ頃からですか?
河内「割とすぐ、アルゼンチンくらいですね。MotoGP経験のあまりないアレックスが、『このバイクは、うまく止まれない。思ったところへ進入していけない』と言っていたんですよ。アンドレアからも似たようなコメントが挙がっていたんですが、アレックスも同じことを言うので、『あれ、これは何か去年と違うのかなあ……』と思い始めたのがアルゼンチンでしたね」
-その状況からバイクが良くなるまで、どんな手を打ってきたのですか?
河内「アルゼンチン以降は、問題の原因を探るために確認項目を挙げてスケジューリングしていきました。開幕当初は柔らかめだったフロントタイヤのケーシングがムジェロ(第6戦)から硬いものになり、それで問題が改善するかと思ったら、悪くはないんだけど思ったほどには良くなりませんでした。そこで、カタルーニャ(第7戦)の事後テストで去年のエンジンを持ってきて比較したんですよ。そこでだいぶ違いが分かってきた。2016年の課題だったトラクションを良くする方向で開発を進めたのが2017年のエンジンだったんですが、思わぬところに影響が出て、ハンドリングが悪くなってしまっていたんです。シーズン中にエンジンを変えることはできないので、それ以外の部分でリカバーするために大至急でいろんなモノを作って投入したのがブルノ(第10戦)テストです。そしてそれが噛み合いだしたのがアラゴン(第14戦)の事後テスト以降、という流れですね」
-佐原さんは、ちょうどその対応の最中にMotoGPに復帰したことになりますね。
佐原「河内が言ったように、去年のエンジンを載せて試したカタルーニャが、私が戻ってきたタイミングだったんですよ。現状の課題をカバーするために今シーズンで出来ることは何か、と言うことを考えるのと同時に、じゃあ翌年はどうしようかということも早々に決めなければならなかったので、2018年に向けた軸足を決めたのもその頃だったと思います」
-エンジン特性は、2016年から2017年でかなり変わっていたのですか?
河内「そんなに大きく変えたつもりはなかったんですが、結果的には自分たちが思っていた以上に、いろんなところに影響がありました」
-では、2018年のエンジン仕様は2016年の特性に近づく、ということでしょうか?
河内「方向性としてはそうなりますね。もちろん、全く同じではないですけれども」
-2017年の問題は、エンジンに由来するものだったのですか? あるいは、エンジンと車体の組み合わせにも何か要因はあったのでしょうか?
河内「エンジンが持っている特性ではあったので、エンジンを変えればそこの部分はかなり良くなります」
佐原「逆に言えば、エンジン以外のところで色々変えていった部分は、エンジンキャラクターにぼやかされてしまって、良いところと悪いところの違いがあまり出ない、ということにもなりました。シーズン途中からそこをカバーする対策を進めていって、車体の良いところや制御の良いところを発揮出来るようになってきたのがアラゴンやもてぎ(第15戦)のタイミングくらいだったのかな、と思います」
-イアンノーネ選手はアラゴンの事後テストは非常にポジティブだった、と終盤の4戦で何度も強調していました。やはり、そこが大きな節目だったのでしょうか。
河内「そうですね。アラゴンテストは大きなターニングポイントだったと思います。そこでは2018年のプロトフレームも試したんですが、非常にいい結果でした。ただし、実戦ではそのフレームではなく、カタルーニャで投入したフレームを最後まで使用しました。スイングアームについては、いくつかあったのをもういちど選別し直し、あとはライダーがそれにセッティングをいろいろ変えて走り込んだ結果、それらがうまく合ってきた感触がありましたね」
-ということは、日本GP以降は、カタルーニャのフレームとアラゴンテストで入れたスイングアームという組み合わせ?
河内「前半戦は同じスイングアームを使っていて、フレームを変えてもスイングアームは一緒だったんですが、アラゴンテストで違うものに変えて、以後は同じです。アレックスは新型スイングアームの投入が少し後になりましたが、最終的に同じ方向に仕上がっています」
-2017年エンジンのポジティブなところは何かあったのでしょうか?
佐原「ウェットコンディションの結果では、2016年の苦戦を見れば、2017年は成績としては良かったような印象があります。ウェットは同じ条件で比較することが難しいのですが、総じて2016年よりも良かったと思います」
-シーズンの推移のなかで、フロントタイヤがムジェロから硬いケーシングに変わりましたが、その効果はスズキに対してはどうだったのですか。
河内「良いか悪いかでいうと良かったです。ただ、我々の抱えていた問題が大きく改善するほどのものではありませんでした」
-当時は、リンス選手が負傷欠場していて、代役として津田拓也選手やシルバン・ギュントーリ選手が走っていました。パーマネントライダーがイアンノーネ選手ひとりだけという状況は、やはり影響が大きかったですか?
河内「大きかったですね。拓也が乗って情報を日本に持ち帰りテストに活かす、シルバンが乗って彼のインプレッションで次の方向が決まる、といういいことはありましたが、レースライダーふたりがともに競い合って切磋琢磨するいい状態をシーズン中盤に作れなかったのは痛かったですね」
-ウィングレットが禁止になったことも、2017年の大きな変化のひとつでした。
河内「レギュレーションの範囲内で、できるだけウィングレットと同じ効果を出せるように工夫をしてきました。今のフロントカウルで、かなり近づけることができたと思います。まだ、ウィングレットを越えてはいませんが」
-ウィングレットの何パーセントくらいの性能を出せているのですか?
佐原「半分ほどじゃないでしょうか。効果としては、ウィングありとウィングなしの真ん中あたりですね」
-来年は今のフェアリングをさらに工夫していく、ということになるんですか?
河内「そうですね」
-フェアリングでは、ウィングレットの何割くらいの性能を発揮できるものなのですか?
河内「7割程度、ですかね」
佐原「行こうと思えばもっと行けると思いますが、ただ、まったく同じにはならないですよ。ダウンフォースを出そうとすると、ウィングレットのときはそれほど増えなかった空気抵抗が、フェアリングだと増えてしまいますから」
-それは、前面投影面積が大きくなるから?
佐原「単純な話ではありませんが、それもありますね。だから、ダウンフォースを得ようと思うと、そこはある程度ガマンをせざるを得ないところなのかもしれません。その意味ではまったく同じにはならないのですが、7割から8割くらいは行けると思います」
-2018年のスズキは、コンセッションが適用されます。フェアリングの分野には関係ないとしても、エンジンはシーズン中のアップグレードが可能になります。
河内「実際に適用されるからといって、では何度も頻繁にアップデート出来るのかと言うと、現実問題としてはそう何度も出来ないとは思います」
佐原「コンセッションの適用は、来年(2019年)はあってはいけないことだと思っています。2018年に受けるコンセッションに関しては、レギュレーション上ではエンジンを9台まで使えますが、我々としては7台で回していくつもりで進めます。シーズン中のアップデートに関しては、必要に応じて行うかもしれませんが、あまり大きなアップデートをして特性が変わってしまうとバランスを崩すこともあり得るので、そこは慎重に考えなければならない部分です。最終的には、何をすればどういうメリットがあるか、ということをその都度考えていくしかないですね」
-2018年はレース数が1戦増えて全19戦、2019年は20戦になると言われているなかで、エンジン数は7基のままでも、耐久性は大丈夫ですか?
佐原「大丈夫だと思っています。大きいクラッシュ等のアクシデントでもないかぎり、7台あれば20戦は充分に回せます」
-コンセッションの適用で、テストの自由度も大幅にあがります。
河内「自由なんですが、テスト用タイヤの使用本数制限はそのまま生きています。19戦でレース間隔も詰まっているので、シーズン中にはそんなにたくさんテストを出来る訳でもないと思います」
-今後はレースライダーのテスト実施に関するレギュレーションがどんどん厳しくなる方向で、どの陣営もテストライダーやテストチームの重要度が増しているようです。
佐原「我々としては、正確な評価をできて正しい方向性を見い出せるテストライダーと仕事を続けていきたいと考えています。たとえば今年代役参戦してくれたシルバン・ギュントーリが好例で、彼はテストライダーとして速さもあり、なおかつ評価も正確なので、彼とは今後も続けたいと思っています」
-2018年は多くのライダーの契約が節目を迎えますが、スズキは将来的にサテライトチームを持とうという意向はありますか?
佐原「将来的に、検討していかなければいけない項目だとは思っています。何年から、と明言はできませんが、そこに対しては前向きに考えていくつもりですよ」
-サテライトチームができると、マネージメント面では忙しくなるでしょうが、その反面ではメリットもまた大きなものが得られますね。
佐原「そうですね。サテライトチームができてライダーの数が増えれば、それだけデータの量も増えるし、コマーシャル的にも露出が増えるのはいいことだと思います」
-2017年の結果を踏まえて、2018年の目標を教えてください。
河内「ファクトリーが走るべき位置をしっかりと走れるように、表彰台の常連に定着したいですね」
佐原「アンドレアとアレックスが、ふたりとも表彰台争いをするポジションで毎戦バトルをしてほしいですね。アンドレアは彼の実力を存分に発揮できるように、アレックスも2017年後半に良くなってきたところをさらに伸ばして、トップライダーの一員になってほしいと思っています。マシン面でも、2018年はエンジンを見直すことができるので、2017年の終盤プラスアルファのパフォーマンスを発揮したいですね」
-何戦目くらいで表彰台に上がれそうですか?
河内「開幕戦のカタールから、狙っていきますよ」
佐原「がんばりましょう。ぜひ、応援をよろしくお願いします」
[レース、ライバル、チームメイト、そして自分 2017年・大躍進のアンドレア・ドヴィツィオーゾが本音を語るへ]