2017年12月20日
18年目のモロッコラリー──前編 『サハラに挑む、世界に挑む7日間。』
■文・写真:松井 勉
■取材協力:モロッコラリー日本事務局 https://rpm-films.wixsite.com/rallyemaroc/news
巨大なアフリカ大陸の北西部。大西洋と地中海に面した海岸線。そこに拡がる緑豊かな土地を越え、内陸に行けば広大なサハラ砂漠が横たわる国、モロッコ。この土地で2000年に始まり今回で18回目の開催となるクロスカントリーラリーがある。それが0ILIBYA RALLY MOROCCO(以下・モロッコラリー)である。サハラを走る冒険ラリーはどうだったのか。一週間のラリーを追った。
遠い国──。
モロッコ取材に出たのは10月2日。ラリーのスタート地となる町、フェズへの移動をするのだ。昼前に成田から飛び乗った飛行機はベルギーのブリュッセルへ。そこでスペインのマドリード行きに乗り継ぎ空港近くのホテルに一泊する。翌日、午後の便でモロッコのフェズへと飛ぶ。日本からモロッコへ。どうしても一泊を挟んで飛ぶか、長い時間トランジットをするか、悩みどころ。だけどよく考えたらたった一泊でアフリカ大陸、しかもオフロードライダーなら一度は憧れるサハラ砂漠の玄関にたどり着いた、と思えばなんとも速い。だって、もし日本からロシアに渡り数々の国境を跨いでユーラシアを西へ、さらにヨーロッパの突端、マラッカ海峡を越えてモロッコに走って来ようと思ったら、軽く一月はかかる。しかも休みなしで走り詰めでだ。
フェズの空港からホテルへと向かうためタクシーに乗る。30年もののベンツは、天井の内張はだらしなく垂れ下がりしかも室内は軽油臭い。シートベルトもドアノブも窓のレギュレーターハンドルも外れ、動いているのが奇跡のような風体だ。乗り心地という表現がとっくに消え失せたそれで30分。モロッコラリーの主催者、NPO IVENTSがヘッドクオーターを構えるホテルにたどり着いた。陽はまだ高く気温も、湿度も想像以上。汗が噴き出す。とにかく現地到着。
いずれにしてもドアtoドアで40時間。地球儀規模の移動をした。アラビア語圏、イスラム文化圏。距離もそうだが、その世界観の違いも新鮮。おそらくモロッコと聞くだけで辺境をイメージするだろうが、この町にはそんなイメージは全く無い。クルマは多いし、人も家もビルも多い。フェズは立派な都会だった。
このモロッコラリーは、クロスカントリーラリーのFIM世界選手権の最終戦でもある。また、ファクトリーチームやプライベーターにとって、クロスカントリーラリーの頂点でもあるダカールラリーを2ヶ月後に控え、それに向けた最終準備として位置づけるチーム、腕試しに出るプライベーターも少なくない。もちろん、そうした華やかなムードのラリーであり、一週間、3000キロ以下というサイズを好み、身の丈にあったコストで出られる面も忘れられない。
そう、モロッコラリーは魅力的なのだ。
レジストレーションや車検はダカールラリーと同様な様相。
10月4日。フェズにあるサッカースタジアム、スポーツコンプレックスで早朝からモロッコラリー参加者の受付、車検が始まった。参加する車両はモト(いわゆるバイク)、クアッド(ATV)、SSV(ATVより大きく、サイド・バイ・サイド・ビークルの略)、オート(四輪)、そしてカミオン(トラック)クラスが参加する。
モト部門は、FIMラリーのルールに則って行われるFIMカテゴリーと、エンデューロカップと呼ばれるクラスもある。これはエンデューロバイクをベースに容量アップさせた大型のタンク、ラリーのロードブックを入れるナビゲーションアイテムを搭載した車両でエントリーができ、ラリー中給油間隔も短く設定されているのも特徴だ。
さらにガイド付きでラリーのルートをフォローでき、リエゾンの時間制限、スペシャルステージでのタイム計測などをせず、ラリーを一つのスポーツツーリングとして楽しむRAIDクラスがあるのもモロッコラリーの特徴だ。
ヘッドクオーターのあるホテルを出発して車検会場に向かう。フェズの混雑した中心部を通り、到着したスポーツコンプレックスは味スタとか国立競技場的なサイズの広大な場所だった。各チームはすでにこの中にサービスを設け、車検の準備を進めている。
スタジアム内の施設に設けられた参加者の受付では、車両の登録情報、エントラント自身の確認事項、車両に装備されるナビゲーションアイテムの確認から、エマージェンシーアイテムの確認などを行う。室内にパート毎にテーブルが並ぶ。壁沿いにコの字型に並んだテーブルを順番に巡るシステムになっているのだ。そこに座っている各担当者に合格印のような検印を貰いながら進むのだ。テーブルがコの字に並んでいるのだが、空いているテーブルから回ることはできず、左から時計回りに順番に回るのが鉄則のようで、開場入口には順番待ちの列を作って並ぶエントラントは待ちぼうけが続く。
しかし、これがラリー。参加するための準備が整っているかのチェックは忍耐が必要になる。
僕はプレス登録なので、回るテーブルが少なく、IDの確認や期間中ホテルで採る夕食のバウチャー(コレが実は大切)などを受け取り、選手より少ないスタンプハイクで終了。最後に手首にビザバンドを巻いてもらい完了。
世界一過酷な、でお馴染みのダカールラリーとほぼ同等。受付時間は指定されているが、時間通りに守備よく進むことは希。何かと確認に時間が掛かる。その全てを終えると選手達は車検へと向かう。
屋内で行われた受付が終わると、今度は車検だ。車両の安全装備の確認や、ラリーで使うGPSの取りつけ、そしてマフラーの音量測定などが行われた。FIMからラリーに帯同する車検官がレギュレーションブックに則ってしっかり検査。緊張感のなか行われていた。
パスした車両には車検担当者自らがタッチアップペイントを塗り、それが半乾きになったところでボールペンの先でサインをする。車検を終えた参加車両は、そのままスポーツコンプレックス内に設けられた車両保管場所(パルクフェルメ)に入れて終了だ。
受付の終了時にタイムカードに押された時間通りに車検に入り、パルクフェルメ入口でオフィシャルにタイムカードを渡すというシステムだ。車検に不合格の場合でも持ち時間内であれば再車検が受けられる。もちろん、時間を超過すればペナルティーが加算される。すでにラリーは始まっているのだ。
ここで思わぬ事態が起こる。まるでMotoGPマシンのプレシーズンテストマシンのような黒の車体にRed Bullのデカールを貼った新型のファクトリーマシンを投入したKTMファクトリーが音量検査で引っかかったのだ。
計測方法は規定の位置に車両を停め、レギュレーションブックにあるように0.3秒以内にアイドリングからアクセル全開に。レブリミッターに当たってから最低でも1秒間は最高回転を維持。アフターファイヤーの音も含め、ラリースタート前には117db/Aとある。現場で聞いたら117.9db/Aまではパス、とのことなので、野外で行う計測ながら、外部の音を加味はされている。
結局のところ、数回のリトライでなんとかパスしていたが、チームマネージャーは嫌な汗をかいたにちがいない。不安そうにあちこちと連絡を取る姿が印象的だった。彼らのマシン、同型のハスクバーナのラリーマシンにはパスするものもあったりと、誤差の範囲が上側一杯だったのだろう。
見た感じ、だいぶアクセルの開け方やバイクの置き方に車検官が他の車両とは異なる手心を加えたようにも見えたが……。
いずれにしてもラリー界のチャンピオンチームだ。この新型は今まで以上のパワフルな走りを見せるにちがいない。
こうして2018年、モロッコラリーの総走行距離、2612.22キロを走るモトクラス、2570.5キロを走るオートクラスそれぞれの準備が整いつつあった。
ナビゲーションアカデミーも見学。
受付会場のある建物ではNPOアカデミーと題してナビゲーショントレーニングも開催された。主催者から渡されるGPS、センチネル(GPSを使った相互情報通信機器。競技中など他車と接近した際も、危険回避のためにブザーが鳴る仕組みでもある)その取り扱いについて。そして、ロードブックに記載された記号やその意味、カップ(方位)と、自身の車両に搭載されたGPSが示すカップとの差が有る場合の方向修正方法など、ベイシックだが実戦的なもの。これはビギナーにはお勧めの授業だ。全部で2時間を越えるそのアカデミーを受ければ、機材の使い方、ラリーナビゲーションの基礎を学ぶ事が出来る。説明はフランス語が主体で、英語でも解説がなされる。
その日の夕方、オープニングセレモニーがヘッドクオーターを置いたホテルで行われた。モロッコラリーの各カテゴリーで勝利を収めた歴代有名な選手達がステージ上で紹介された。中にはダカールウイナーとなったライダーやドライバー、WRCで活躍したスーパースターやレジェンドも含まれる。
クロスカントリーラリーの魅力は、こうしたビッグネームとアマチュアが同じ釜のメシを食いながら時間を共有できることにもあると思う。世界の頂点を極めた人達と同じレースを走る。同じ道、同じビバーグ。同じ時間。彼らとともに参加するなんて、素敵ではないか。
KTMにハスクが加わり、
ラリーでの存在感はピカイチ。
今回、モロッコラリーには、KTM+ハスクバーナのファクトリーチーム、 HRC、ヤマハ、シェルコ、ヒーロー(インド)などの有力チームに加え、フランスを中心に多くのプライベーターも参加している。二輪、ATV(QUADと呼ばれ、低圧タイヤを履き、バイクのように跨がるスタイルでドライビングするオール・テレーン・ビークル)合わせて71台が参加した。その多くがプライベーターである。
エントリーリストに参加車両のメーカーが記載されているものをカウントすると、二輪ではKTMが32台と多数を占める。ヤマハが13台でそれに続き、ホンダは6台、ハスクバーナが5台、シェルコが4台等となっている。ファクトリーチームを含めた数なので、連綿と市販車を販売し続け、ラリースポーツに貢献しているKTMはプライベーターからの信頼も厚い。優秀な市販ラリーバイクとして高く評価されている。
フランスを中心にキットパーツやコンプリートが多いヤマハ系が多いのはさすが。ヤマハのラリーでのプレゼンスは今も強いのだ。ホンダが市販予定とするラリー用CRF450RALLYも早期に実現して欲しいところ。メーカー同士の思惑が絡むワークスチームの勝負も大事だが、ラリーカルチャーを担うプライベーターにとって、KTM以外のチョイスが加わるのは好ましいコトだし、ラリーの勝負は、ラリーカルチャーにどれだけメーカーが寄与するか、という部分に本当の勝負が掛かっているように思う。つまり、アマチュアへのサポートだ。そこに市販ラリーマシンという部分は大きいし、メジャーなラリーにサポートを出すことも同じように有益だろう。
今年のモロッコラリーで、CRF450Xをモディファイして参加する熱心なホンダファンが2台いた。が、HRCのワークスマシンをのぞけば、プライベーターがホンダを選んだのはたった2台のみ。残念ながらこのシェアの低さが今のホンダが持っているラリー界における実力だと僕は思う。ガンバレ、ホンダ!
ステージ0 スーパーSS。
ドラマは始まった。
10月5日、ラリー初日はフェズ周辺を回るセレモニアルステージが敢行される。6日にはエルフードに移動し、それから最終日まで5つのステージをエルフードベースに行うのだ。
5日のスーパーSSの距離は12キロほど。丘陵地帯を縫うように設定されたルートはグラベルの固い道だ。時折、地割れのような危険な箇所もあるが、ダートロードを使ったハイスピードSSの様相である。翌日のスタート順位を決めるステージであり、今年、雨の影響が懸念されるとの情報もあり、特にファクトリーライダー達はアタックの手を緩めない
この日、トップリザルトだったのは、KTMファクトリーのアントン・メオ。タイムは8分19秒。テールエンダーのライダーでも17分8秒。僅かな距離の中だけにタイム差は少ないが、この日の戦略はその後どう出るのだろうか。
ラリーでは、その日のスペシャルステージのタイムが翌日のスタート順を決めることになる。例えば、初日は短くても、5つあるステージのどこが長く、どんな路面状況か。それらは経験豊富なチームならそれらを予測し、コマ図をスタート地点から辿り、Google Earthなどで前日のうちに路面状況、勝負どころを見極めるストラテジーを造るスタッフが居るとも聞く。
砂丘の多いステージでは最初に通るライダーはナビゲーションを確実にしないとならないが、2番手、3番手のライダーとなるほど、前走車の轍が残るので、ナビゲーションは確認程度で、ハイペースに集中しやすい……、とういこともある。
初日はゼッケン順にスタート。飛ばし屋の彼らしいアグレッシブな走りを見せた。ニューマシンの完成度とスピードも高そうだ。
前日のスペシャルステージの着順どおりにスタートをする。例えば、ライダーとバイクの強みを最大限発揮したとあるステージで2位に15分のタイム差を稼いだとする。残りのステージをライバルとの時間差をマネージメントしながらステージ2位以降で終えれば、ナビゲーションリスクをおさえながら総合では首位を維持できることになる……。
現実には一つのステージで15分もの差を稼ぎ出すのは簡単ではないし、時間のマネージメントも、トップ15のライダーはスタート時間が3分毎と決まっているので、ステージ中、どれぐらい差がついているのかは計算しにくい。
アマチュアにはあまり関係がないが、トップグループはいろいろ戦略が大変なのだ。
ラリー一行はステージ0を終え、フェズの町に戻ったライダー達は、明日に控えた800キロ超のステージに備え準備に余念がない。ラリーが本格的に始まるのだ。
エルフードへ。
今年のモロッコラリーは2日目以降エルフードをベースに行われる。選手達は基本的に同じサービスパークにもどってくるため、サポート隊は移動がない。
367キロのスペシャルステージの前後に214キロ+246キロのリエゾンで繋ぐステージ1。それは827キロと、今年のモロッコラリーでの「ロンゲスト・デイ」となる。
長いステージを終えた選手は翌日に向けた準備に入る。ファクトリーライダーはビバークに戻ると、チームと簡単なミーティングを済ませその後はホテルでしっかりと休む。プライベーターでもラリーサービスを使い、メカニックがメンテナンスをする場合もあれば、自身で全部をこなすエントラントもいる。
ラリーの真髄は一人で全てをこなすこと。「憧れた昔のダカールラリーがそうだったから。」と笑顔で語る強者もいる。
ラリーの深みはこの辺にもあって、メンテナンスを自身でこなす場合、時間を整備に回せば休む時間が少なくなる。クレバーでダメージの少ない走りに徹することが大切だ。でも、アベレージをあまり落とし過ぎると走行時間が伸び、その分疲労が蓄積する。良いペースをマネージする。プライベーターのラリーはその辺のさじ加減が面白いのだ。
安全には厳格なラリー。
まるで、インスペクターが同乗?!
現在のラリーは、スペシャルステージの中でも、チェックポイントの前後や、人家や集落に近い場所を通過する場合、制限速度が設けられ守ることがルール化されている。こっそり時短を試みようにも、きっちりと監視されているのだ。選手達の移動はマシンに装備されたGPSにより管理される。フィニッシュをした後、毎日走行ログをチェックされ、制限速度の該当区間でのスピード違反が見つかれば走行時間にペナルティータイムが加算される。
これは特に移動区間であるリエゾンでも制限速度厳守が決められている。
守るからには、ちゃんと余裕をもってライダー/ドライバーに制限速度近し、を知らせるシステムとなっているのだ。搭載されたGPSは移動速度を速度計として知らせるのはもちろん、制限速度に到達する5キロ手前からワーニング音を出す。ライダーはハンドル周辺に取りつけられた電子式のホーンによりそれを知る。
30年前、リエゾンをかっ飛ばしてビバークに戻るのに、大排気量のバイクは向いている、という考え方だったが今はそうはいかない。一般道でラリーの参加者達が一般車に追い抜かれるのは珍しくないのはそのためだ。
ステージ1の日、二輪、四輪のスペシャルステージが異なり、僕の乗ったプレスカーは四輪のルートに入っていた。
そこは、スタートから5キロほどコースに入った場所で枯れ川(ワジ)を越え、いくつもの分岐を辿って行ったポイントだった。スペシャルステージのスタート前なので走行痕がなくプレスカーに装備されたトリップメーターとルートブックを頼りに道を探すのが難しい。短い距離で頻繁な分岐、曲がり角の連続でややこしい。コチラは写真ポイントを探しながらゆったり走っていてそれだ。これはレーシングスピードで走ったら簡単にミスコースしそうだ。コースディレクターは、道、というより、大地についた薄い轍を選んでルートを設定したようだ。
撮影ポイントを探し、SSをスタートしたクルマを待つ。自分達が辿った道は正しいルートだが、待っていると競技車の2割は全く目の前を通らず、遠くの場所を高らかに排気音を響かせ走り去って行く。しかし、ミスコースしても、正しいルートを走っている先行車を見つけて追いつける道がいくつもある。これでGPSを使ったウエイポイントなどが打たれていたら、ミスコースにすら気付かずペナルティーを受ける。選手達を翻弄する罠が多そうなのだ。
撮影を終え僕達も移動開始。ビバークまでは400キロ近くある。(続く)